よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】 作:Mr.ティン
【源義経】
京の街道に入った時、複雑な感情が私達を迎えた。
義仲殿の兵の横暴さなどで疲弊していた京の民や公家たちは、新たな軍勢の到来に期待と不安が入り交じった視線を向けてくる。
「義仲の軍が去り、今は頼朝殿の軍が来たか……」
そのように呟く公家の言葉に、私は素直に応えることにした。
「皆様、私たちが武勇を見せることで、頼朝殿の軍の正当さと、源氏の威光が京にも降り注ぐことを知ってもらいましょう」
私の言葉に、范頼殿や兵たちは頷いた。
ただ、本当の安堵があるのかどうか、私には判断できなかった。
京への道中で、私は思い返していた。
ここに至るまでの道のり。范頼殿と共に義仲殿を追撃してきた日々。
そして、粟津での決着を。
范頼殿が大手で近江・瀬田方面へ進出し、私は搦手として宇治方面へ向かった。
私達は連携して、義仲殿を京に閉じ込める布陣を取ったのだ。
一方で義仲殿側は、宇治と瀬田に分かれて防衛線を張っていた。
その布陣は堅牢で、素人目には難攻不落のように見える。
だけど、私達の軍は、その様な堅牢さにも臆することは無かった。
それを示すのが、范頼殿の軍勢が瀬田に接近した時に起きた、一つの争いだ。
「先陣は拙者が取る!」
范頼殿配下の佐々木高綱が、大声で叫びつつ激流の瀬田川を強行突破したのだ。
その勇敢さに、周囲の武士たちが鼓舞される。
「先陣を取られてなるものか!」
同様に梶原景季も、すぐに馬を川に入れる。
この高綱と景季の先陣争いが、まるで火をつけたかのように、范頼殿の本体を勢いづかせたのだ。
一気呵成に、范頼殿の軍勢が瀬田川を渡っていく。
これを受けた義仲殿側の防衛線は、まるで砂が流れるようにして瓦解していったという。
京を守る最後の防衛線が、次々と崩れ去っていったのだ。
一方、私の手勢は宇治方面で展開していた。
宇治川は、京を守る最後の防衛線だった。
義仲殿側の兵たちも、対岸に陣を張り、弓を構えている。
だが、そのまま正面を斬るのは、余りに芸が無い。
その為私は僅かな手勢と共に、本来人が渡らぬ急流までやってきていた。
幅広い激流が、私たちの進軍を阻もうとしている。
だが、その程度で私を止めることなど出来はしない。
「渡るぞ!」
私の号令で、先陣の者たちが激流に乗り込んだ。
馬の足が、川底を掴もうとするが、流れが強すぎる。
だが、天狗に教わった身のこなしで、私は川の流れを読んだ。
まるで水が意思を持ったかのように、私はその流れに身を任せ、同時に馬を操る。
水が、激しく流れているが、私の身体は、その流れと一体になったかのように、宇治川を渡っていく。
そしてそんな私に、他の武者や兵達が続くのだ。
「義経殿に遅れるな!」
配下の者たちも、私に続いて川を渡ろうとする。
皆私程の技量が無いため、多くの者が流されかけた。
だが、彼らもまた魔穴などで腕を磨いた者達であり、馬もまた鍛え上げられている。
その為私をならいコツをつかみ、次々に川を渡り切っていった。
「搦手を破ったぞ!」
私の軍勢が、対岸に上陸する。
こうなれば、後は思うがままだ。
未だ川向うを睨んだままの義仲殿側の防衛線を、後方から突く。
彼らは混乱に陥った。
「このまま京まで攻め上がるぞ!」
義仲殿の防衛が完全に崩壊し、京への道が開かれたのだ。
コレにはたまらず、義仲殿も撤退し始める。
そして京を引いた義仲殿は、わずかな手勢を率いて、北に向かったとの知らせが入った。
恐らく、支配地である北陸方面を経由し、地盤の木曽へと戻ろうとしているのだろう。
私達は義仲殿を追い、追撃に入った。
【源義仲】
近江粟津で、追撃軍との遭遇は、運命のようなものだった。
甲斐源氏や頼朝殿方の追撃群が、まるで大波のように押し寄せてくる。
武田信義、安田義定ら甲斐源氏の精強な武士たち。
そして、頼朝殿の側近たちが率いる鎌倉方の兵たちが。
「来たか……」
俺は、覚悟を決めた。
戦力差は圧倒的だった。だが、それでも俺は戦わねばならん。
巴が、俺の側に立った。
「義仲様、わたくしも戦います」
巴の目には、戦う決意が燃えていた。
幼い頃から俺に付き添い、魔穴で鍛えた彼女は、その見た目に似合わぬ怪力の持ち主だ。
「巴……」
俺の心は揺れた。
巴の力は必要だ。
だが、同時に俺は、彼女に生き延びてほしかった。
配下の数少ない兵たちが、俺の周りに集まる。
わずか数百の手勢。
それに対して、追撃軍は数千。
「ここで戦いましょう。義仲様の栄光を示す最後の戦いに」
配下の一人が、そう言った。
その顔には、既に決意がある。
他の皆も同様だ。
俺は深く頷き、皆に告げる。
「そうか。ならば、ここで俺たちの全てを見せてやろう」
だが、既に俺はこの時、一つの決意を固めていた。
その想いと共に、戦いが始まった。
俺の刀が、敵兵を次々と斬り伏せていく。
山で鍛えた身体能力と、魔穴で得た気の力が、俺の身体を超人的なものにしていた。
「うおおおっ!」
俺の雄叫びが、戦場に響く。
敵兵たちが、俺の武の前に怯む。
一方で巴も、その怪力を遺憾なく発揮していた。
彼女の手にかかれば、甲冑を纏った武士の首も、まるで樹の枝を折るかのようにいとも簡単に引きちぎられる。
その様な力で振るわれる長刀は、一振りで容易く複数の兵を藁の様にまとめて断ち切った。
「巴! 後ろだ!」
俺の叫びに、巴は身を翻して、後方から迫る敵兵を払い除ける。
だが、やはり敵の数が多すぎた。
時間が経つにつれ、俺達の手勢は減っていく。
やがて、戦況は絶望的になった。
「義仲様! もはやこれまでです!」
叫ぶ配下は自身と敵方からの返り血で赤く染まっている。
俺は、周囲を見渡した。
わずかに残った手勢は、皆同様の有様だった。
全員傷を負い、巴もまた肩に深い傷を負っていた。
「……そうだな。ここまでだ」
俺は決断した。
みな、良くここまで俺に付き従ってくれた。
だからこそ、俺は皆に別れを告げよう。
「全員、木曽へ向かえ。ここは俺が食い止める」
「義仲様、そんなことは!」
「あれらには俺の首が必要だ。だがお前たちの首は必須では無い」
配下が反対しようとしたが、俺の目を見て、黙った。
俺の覚悟を察したのだ。
その俺に巴に近づいてきた。
「義仲様、わたくしも……」
「巴、お前も行け。生きよ」
俺の言葉に、巴の目に涙が浮かんだ。
「義仲様……わたくしは、貴方と共に果てたいのです……」
巴の言葉に、俺の心は揺れる。
だが、駄目だ。
ここで切られる首は、最早俺だけだと決めたのだから。
「巴、聞け。お前が生きていれば、俺の想いが生き続ける。お前が木曽で、俺のことを語り継ぐのだ」
「義仲様……」
「だからこそ、生きよ。そして、いつか、俺たちが歩んだ道を、誰かに伝えるのだ」
俺の言葉に、巴は涙を流した。
だが、彼女の顔には、覚悟が見えた。
「わかりました。わたくしは、生きます。義仲殿の想いを、何があっても生き伝えます」
巴が、義仲殿に近づいて、強く抱きしめた。
お互い具足を纏っているが、想いは確かに伝わっていた。
「……義仲様……」
「ありがとう、巴。お前がいてくれて、俺の人生は輝いていた」
その瞬間、巴は俺から離れ、わずかな手勢と共に、引き上げていく。
俺はその背に向け、叫ぶ。
「行け……! そして生きよ……!」
義仲殿の声に、巴たちは走り去っていった。
そうだ、それでいい。
「これで、お前たちへの責任は終わった」
俺は、一人呟いた。
その俺に、追撃軍が迫ってくる。
だが、此処は通さぬ。
俺は一人で、追撃軍に立ちはだかった。
大立ち回りを演じながら、俺の刀が敵兵を次々と斬り伏せていく。
木曽の山で鍛えた力が発揮され、敵兵をなぎ倒していく。
兵たちが数人がかりで俺に立ち向かおうとするが、その全てが刀の前に倒れていく。
この兵達も、魔穴などに潜り鍛え上げられているのだろう。
だが、此処で最後と決めた俺の力は、その全てを圧倒した。
「うおおおっ!」
俺の雄叫びが、戦場に響く。
敵兵たちが、俺の武の前に怯む。
だが、長く続いた戦で、俺の身体は疲労していった。
激しい戦いの連続が、身体を蝕んでいく。
(ここまでか……)
一瞬身体がよろめき、俺は限界が迫っていることを悟った。
更にその時、一人の武士が現れる。
ただならぬ気配を発するその武者には、どこか近しいものを感じていた。
だとするなら……。
「そうか、そなたが……」
その者は、他ならぬ義経だった。
【源義経】
義仲殿の武は、精強な源氏の武者たちでも押しとどめることが困難だった。
一人で数十人の敵兵を相手にしながら、なおも倒れぬその姿。
彼を止めるには、もはや手は一つ。
私は義仲殿の前に一騎で立ちふさがった。
私が、静かに言った。
「義仲殿、もはや退路はありません」
「だろうな。ならば、俺の最後の相手は、お前か」
義仲殿が、私に向かって刀を構えた。
その目には、迷いがなかった。
「九郎よ。お前も、同じ源氏の血を引く者。ならば、一騎打ちをしてみようぞ」
「かしこまりました」
私は、愛刀の薄緑を手に、義仲殿に向かった。
そして、繰り広げられたのは、源氏同士の超人的な一騎打ちだった。
木曽の山で鍛え上げられた義仲殿の身体と、鞍馬の山で育ち天狗に教えを受けた私の身のこなしが激しく衝突する。
義仲殿が、一太刀を放った。
その一撃は、まるで山を崩すかのような威力を持っていた。
内なる気が、刀と共に放出される。
それは、雷光の如き輝きを放っていた。源氏の旗の純白のような、激しい気の発露だ。
私は、薄緑を振った。
すると、天地の気が反応し、義仲殿の一撃を受け止める。
だが、その衝撃で、後方の地面が砕けた。
「すごい……」
兵達の感嘆の声が、遠く聞こえた気がした。
義仲殿の気は、自分の身体から放出される雷光のような力。
それに対して、私の気は、天地全体を動かす風のような力だ。
だが、本質は同じ。源氏の血から生まれる、超人的な力だ。
義仲殿が、次々と斬りかかる。
その剣戟は絶え間なく、非常に速い。
だが、天狗に教わった感覚で、私はそれを全て躱してのける。
「ぐっ……」
その時、義仲殿の呼吸が、わずかに乱れた。
既に多くの敵兵と戦ってきたのだ。
疲労が、彼の身体に蓄積している。
一方、私はまだ余力があった。
その疲労を隠さんばかりに、義仲殿が、大きく斬撃を放った。
だが、力を込め過ぎたばかりに、精妙さは失われている。
その動きの中に、わずかな隙が見えた。
(今だ)
私は、その隙をついた。
薄緑をその隙へと忍ばせ、義仲殿の脇腹に一撃を入れる。
一見軽く触れただけに見えたそれは、しかし触れた箇所そのものを消し飛ばす威力を秘めていた。
「ぐああ……」
義仲殿が、血を吐いた。
脇腹が抉れ、鮮血が吹き出す。
たまらず義仲殿は後退したが、その目はなおも燃えていた。
「九郎……お前も、相当な武人だな……」
義仲殿が、そう言った。
「ありがとうございます。ですが、義仲殿、もはや……」
「分かっている……」
義仲殿が、再び刀を構えた。
だが、その動きは、わずかに遅くなっていた。
そう、それほどの傷を受けても、義仲殿の動きは僅かにしか鈍らなかったのだ。
もう一度、激しい剣戟が繰り広げられた。
義仲殿の雷のような気と、私の風のような気が激しくぶつかる。
その衝撃で、周囲の空気が歪んでいく。
だが、義仲殿の僅かに鈍った動きは、最早戻らず次第にその度合いを大きくしていく。
出血と疲労が、確実に彼を蝕んでいる。
それでも、義仲殿は最後まで源氏の武者だった。
「もう一度……だ!」
義仲殿が斬撃を放った。
最早当初の速さは無い。
だが、そこに込められた力はこれまでにない程。
しかし、それは隙しか無い大振りなものだ。
私は、その隙を容赦なくついた。
「申し訳ございません」
私が呟きながら、最後の一撃を義仲殿に入れた。
横薙ぎの一閃。
鎧の合間をぬった刃が、義仲殿の首を斬り飛ばしていた。
【源義仲】
薄れていく意識の中で、俺は多くのことを思った。
巴が、無事に木曽にたどり着いたのだろうか。
彼女は、自分のことを語り継いでくれるだろうか。
……いや、無早ただ生きてさえいてくれれば、それでいい。
(俺は……同じ源氏に討ち取られるのか……)
皮肉だと思った。
自分が倒したのは平家だった。
倶利伽羅峠での大勝、入京、旭将軍の称号。
全ては、平家に対する勝利だった。
だが、自分を倒したのは、同じ源氏の血を引く者だった。
そして、義経のことも思った。
(あやつも……無邪気に己の武を信じておるのだな……)
義経の目に、俺は自分自身を見た。
迷いのない目。
ただ武を信じる目。
天狗に教えを受けた、奇妙で純粋な瞳だ。
(あやつも……やがて……同じ道を辿るのであろう……)
俺は、そう感じていた。
義経の無邪気さと武の力。
それらは、やがて彼自身を滅ぼすことになるはずだ。
京で花開いた栄華は、わずかな期間で消え去った。
倶利伽羅峠での大勝も、今は遠い思い出だ。
(俺は……何をしてきたのか……)
その問いが、最後に浮かび、そのまま俺の意識は暗黒へと沈んでいった。
【源義経】
京への道中で、私は思い返していた。
義仲殿との最後の一騎打ちを。
京の街に入った今、弁慶が私のもとへやってきた。
「殿、お疲れのようだな」
弁慶が、心配そうに言った。
「いや、先の戦を思い出していただけで……」
私が、遠い目で言うと、弁慶は深く頷いた。
弁慶の顔には、複雑な感情が映っていた。
「殿、拙僧からの進言をお許しいただきたい」
「弁慶、何か?」
「同じ源氏同士の戦い。果たしてそれで本当にいいのか。拙僧は、そのことが気がかりでなりません」
弁慶の言葉に、私は頷いた。
だが、私には複雑なことは分からなかった。
「弁慶、兄上がそう望むなら、私はそうします。裏に何があるのか、私には理解できません。ですが、兄上を信じます」
「拙僧も、殿に従います。ですが、殿……」
弁慶が、言いよどんだ。
「何ですか、弁慶?」
「いや、拙僧の杞憂かもしれません。ですが、これからの道も、気をつけてくださいませ」
弁慶の言葉には、わずかな不安が含まれていた。
義仲殿の死により、私の名は一層高まった。
聞けば、後白河院より、お言葉も賜れるらしいとも。
それが何を意味するのか、私には判らなかったが、きっと喜ばしい事なのだろう。
京の街を歩む中で、私は空を見上げた。
(兄上は、次に何を命じるのだろう……)
私には、その先が見えなかった。
ただ、兄を信じて従うだけだ。
だけど、世の中は複雑だ。
その複雑さ、純粋な武だけで解決することはできないことが、少しだけ煩わしかった。
白い旗が、風になびいていた。
源氏の旗だ。
だが、その旗の下で、源氏同士が相争ってしまった。
そのような運命を背負いながら、私は京の街を歩んでいくのだった。