よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】   作:Mr.ティン

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一の谷の戦いで平氏は本拠である福原から撤退し、屋島に拠点を移した

【源義経】

 

粟津の戦いが終わり、義仲殿を、私は討ち取った。

その後京の街に入った時、複雑な想いが私の心を満たしていたのだ。

それでも、義仲殿との戦いは終わった。

だがまだ、平家は存在している。

この先も、戦いは続くのだ。

 

京では、予想外の歓待が私を待っていた。

民や公家たちが、源氏の勝利を喜び、私に声をかけてくる。

その喜びの声が、まるで祭りのようにして京の街に響き渡っていた。

 

「義経殿、ようこそ京へ!」

 

公家たちが、笑みで迎えてくれる。

私も、素直にその喜びを受け入れていた。

 

だが、その喜びの中で、ある人物が私に近づいてきた。

それは、あの後白河法皇だった。

 

「義経よ。そなたの働きは見事だ」

 

法皇の言葉に、私は深く頭を下げた。

 

「ありがとうございます、法皇様」

「ところで義経、そなたに一つ申し出がある」

 

法皇の言葉に、私は顔を上げた。

 

「検非違使などの任官を与えたいと思うのだが、いかがであろうか」

 

任官。

その言葉が、私の心に深く入り込んだ。

源氏として戦ってきた私が、帝の使いとなる。

それは、源氏が帝から認められたということではないのか。

 

「ありがとうございます。光栄です」

 

私は、喜びのままに答えていた。

 

だが、それがいかに拙い事であったのか、私は知ることになる。

その夜、私と供に軍を率いる、異母兄弟の源範頼殿が、私の元へとやって来た。

 

「九郎、拙者から一言申させてもらいたい」

 

範頼殿の声には、いつもの穏やかさとは異なる、わずかな厳しさがある。

 

「何でしょうか、範頼殿?」

「そなたが任官を受けるということは、本来の頭領である兄上を差し置いて、後白河院の直下に入るということになりかねぬ。これは極めて危ういことであろう」

 

範頼殿の言葉に、私は改めて気づかされた。

確かに、そうかもしれない。

兄上は、東国で平氏討伐の準備を進めている。

その兄上を差し置いて、私が帝の側近くにあるのは、範頼殿の言う通り危ういことかもしれない。

だが戦の事ならともかく、政治的な事と言うのは、余りに複雑すぎて私には判断がつかないのだ。

 

「ですが、範頼殿。後白河院からの褒美を無下にするのも難しいのです。どうすればいいのか、私には分かりません」

 

私の正直な想いに、範頼殿は深くため息をついた。

 

「九郎、そこだ。そなたは、物事の裏を読もうとしない。帝の褒美など、一見名誉のように見えるが、それは時として足かせとなる。兄上への報告も必要だ。兄上は、そなたが何をしているのかを知る必要がある」

 

範頼殿の言葉は、もっともだった。

だが、既に私は心の中で、その褒美を受けることを決めてしまっていた。

 

「分かりました。範頼殿の仰る通りです。すぐに兄上にお伝えします」

 

その時、私は本気でそう思っていた。

範頼殿の助言に従い、兄上に報告しようと。

 

夜が更けた後、私は文を書いた。

後白河法皇からの任官の打診を、そのまま兄上に報告するのだ。

政治的には複雑な状況であることも、わかってはいた。

 

「これで兄上に全てを知らせることができる」

 

私は、その文に満足した。

だが、その翌日、事態は急速に展開した。

 

「義経殿! 兄上からの命です! 平氏が籠る福原を攻撃するとのこと。そなたは搦手を担当せよとのことです!」

 

その知らせに、政治的な悩みは一瞬にして消えた。

戦いの時が来た。任官のことは、戦いの後に改めて兄上と話し合えばいい。

今は、兄上の命に従うだけだ。

 

「わかった。すぐに準備をしよう」

 

こうして、私たちは京を出立した。

福原へと向かう道の中で、範頼殿率いる大手の軍勢と別れ、私の搦手部隊は北側の険しい山々へと向かった。

 

一方、範頼殿は福原の正面に陣を据えた。

平氏が籠る福原の防衛線は、確かに堅固だった。

生田口・一ノ谷口・夢野口に、平氏の兵たちが陣を張っている。

 

範頼殿は、その前で深く思考していた。

 

(正面からの強攻では、平氏の堅固な防衛線を正面から突き破るには多大な損失が出る。だが……)

 

範頼殿の視線は、指定された戦場を計算するように眺めていた。

正面の攻撃で平氏の注意を引きつけ、義経殿が背後から奇襲をかけるという作戦。

その作戦が成功するか否かは、ここでどれだけ平氏の戦力を自分たちに向けさせるかにかかっていた。

 

夜明け前、範頼殿は軍を動かした。

源氏の旗が、次々と掲げられていく。

その旗の数は、まさに圧倒的だった。

東国から集った源氏の大軍。

数万の兵たちが、福原に向けて布陣を整えたのだ。

 

対する平氏は、約一万の兵力。

すでに戦力差は明白だった。

だが、平氏も決死の覚悟で防衛線を張っていた。

 

夜明けが近づいた。

東の空が、わずかに明るくなり始めている。

 

「全軍、進撃!」

 

範頼殿の号令が響き渡った。

源氏の大軍が、一斉に動く。

まるで波が押し寄せるかのようにして、源氏の兵たちが平氏の防衛線へと向かっていく。

 

生田口での激突は、凄まじかった。

 

平氏の兵たちが、槍を構えて源氏の進撃を阻止しようとする。

だが、源氏の大軍の勢いは止められない。

次々と兵士たちがぶつかり、槍の穂先が打ち合う。

その音は、まるで雷鳴のようだ。

 

範頼殿は、その戦いの中心にいた。

大きく太い刀を振るう範頼殿の周囲では、平氏の兵たちが次々と倒れていく。

範頼殿の武は、あの義仲殿ほど派手ではないが、極めて実用的で、かつ超人的だった。

 

一人の平氏の武士が、範頼殿に立ち向かおうとした。

それは、平家の有力な武将の一人、平重衡だった。

 

「我は、平重衡! そなたこそ源氏の頭領か!」

 

重衡が、刀を振るった。

その一撃は、確かに強力だ。

だが、範頼殿はそれを受け止めた。

 

「我は源範頼。兄上の命で、この地を制する」

 

範頼殿の刀が、重衡の攻撃を正面から受け止める。

その衝撃で、周囲の空気が震動した。

二人の武士が、刀を打ち合わせる。

 

重衡が、次々と斬りかかる。

だが、範頼殿もまた、その全てを受け止めた。

むしろ、戦いが進むにつれ、重衡の動きは鈍って行った。

一見互角に見えた打ち合いだが、範頼殿の威力は次第に重衡を蝕んでいたのだ。

 

そして、その隙を範頼殿は逃さなかった。

 

「覚悟せよ」

 

範頼殿の一閃が、重衡の胸部を貫いた。

平家の有力な将が、その場に倒れ伏し、血溜まりが広がってゆく。

 

「重衡殿が!」

 

平氏の兵たちが、悲鳴を上げた。

その混乱が、平氏の防衛線を更に脆弱にしていく。

 

同時に、別の場所では、別の平氏の有力な武将が、源氏の兵たちによって取り囲まれていた。

平教盛だ。

彼は、激しく抵抗したが、数に圧倒され、遂には倒された。

 

「教盛殿も……」

 

平氏の陣営に、絶望的な空気が漂い始めた。

有力な武将を次々と失う中で、平氏の防衛線は崩壊へと向かっていた。

 

その時、山の北側で、一つの異変が起きていた。

 

急斜面を駆け下りる馬たちの群れ。

その数は数百。

それは、後に鵯越の逆落としと呼ばれる大奇襲だった。

 

私は、夜明けが近づく薄暗い光の中で、驚くべき光景を見た。

何頭もの鹿が、岸壁を難なく降りていくのだ。

急な斜面であるにもかかわらず、鹿たちは優雅に駆け降りていく。

 

(これは……)

 

その光景が、私の脳裏に一つの判断をもたらした。

鹿が降りられるなら、我らの馬も降りられるはずではないか。

魔穴で鍛え上げられた馬なら、なおのことだ。

 

「兵たちよ! あの断崖を下ろう! 鹿のように駆け下ろう!」

 

その瞬間、兵たちの顔色が変わった。

 

「義経殿! 正気ですか!? あのような急斜面を、馬で下ろすなど……」

 

だが、私の目には迷いがなかった。

 

「魔穴で鍛えられた馬たちなら、できる。信じよ! 行くぞ!」

 

こうして、私たちは断崖を駆け下った。

馬の蹄が、岩肌を蹴る音が響く。

まるで雷のようなその音は、平氏の陣に響き渡ったはずだ。

 

一方、弁慶は違う方法を取った。

熊のような巨躯の弁慶が、自分の馬を愛おしむかのように気遣い、大きな体で馬を抱えて断崖を下ったのだ。

その光景は、後に多くの兵たちに語り継がれることになる。

 

「拙僧も、ここを通らねばならん」

 

弁慶の言葉と共に、彼の巨躯が断崖を下っていく。

馬を傷つけないためにと、自らの足で岩場を蹴り、一歩一歩慎重に下っていく。

その姿は、勇敢というより、哀切さえ感じさせるものだった。

 

だが、その弁慶の決意は、他の兵たちを鼓舞した。

 

こうして、私たちの奇襲は成功した。

鵯越の逆落としと後世で呼ばれることになる、その戦術は、平氏に決定的な打撃を与えたのだ。

 

平氏の兵たちが、突然の奇襲に混乱する。

その混乱した隙を、範頼殿の大軍が正面から押し込む。

生田口での激しい戦いの中で、平氏の防衛線は次々と崩れていった。

 

範頼殿は、その戦いの中で、己の武を遺憾なく発揮していた。

後続の平氏の有力な武将たちが、範頼殿に立ち向かおうとするが、その全てが刀の前に倒れていく。

 

「これまでだ! 海へ退却するぞ!」

 

平氏の総大将が、そう命じるのが聞こえた。

福原は、平清盛の象徴的な地であった。

その福原を捨て、平氏は海上へと撤退を余儀なくされたのだ。

 

勝利である。

源氏の圧倒的な勝利であった。

 

平氏は屋島へ退却し、多くの有力な武将を失った。

重衡、教盛をはじめとする、平家の精鋭たちが、この戦いで散ったのだ。

それは、平氏が決定的な戦力不足に陥ることを意味していた。

 

私たちが京へ戻った時、源氏の兵たちの喜びは最高潮に達していた。

源氏は瀬戸内での優位を確立し、平家の滅亡は、もはや時間の問題のように思われた。

 

だが、その勝利の喜びの中で、私はある違和感を感じていた。

それは、政治である。

 

白河法皇からの任官について。

範頼殿の忠告に従い、その手紙を準備していたのだ。

 

(兄上に全てを報告すれば、必ず良い答えをくれるはずだ)

 

私はそう信じて、文を認めた。

だが、戦いはその計画をうち砕いた。

福原攻略が終わり、京へ戻った直後、後白河法皇が再び私に接触してきたのだ。

 

「義経よ。そなたの働きはまさに天才である。国家の礼としても、その任官を正式に認めたい。いや、むしろ更に高い地位を与えるべきではないか」

 

法皇の言葉に、私は言葉を失った。

 

「法皇様、実は兄上に報告する予定でして……」

 

「そなたが兄上に報告するのはいい。だが、拙者もまた、帝の代理として、そなたの功績を認める必要がある。この任命は、確定したものと思ってよい」

 

法皇の強力な意志が、私の弱い抵抗を押しつぶした。

結果として、私は後白河法皇の側近となり、畿内の治安・追討を担当することになったのだ。

 

その事実が、兄上に伝わった時、どのような反応があるのか、私には想像もつかなかった。

 

そそて、範頼殿が、私のもとにやって来た。

 

「九郎、兄上からの返信が届いた」

 

範頼殿の手には、兄上からの文があった。

 

「見てみろ。兄上は何と仰っているのか」

 

私は、その文を開いた。

 

『九郎へ。そなたが任官を受けたということを聞いた。拙者は、その判断について複雑な心情を抱いている。だが、既に事は決したのであろう。ならば、拙者は、そなたを信じるしかない。だが、よく心せよ。後白河院との結びつきは、同時に政治的な危険性も孕んでいるのだ。拙者の命には、常に従うことを忘れるな。頼朝』

 

兄上の言葉は、範頼殿の警告と同じだった。

だが、もう遅かった。

 

「申し訳ございません、範頼殿」

 

私は、そう言うしかなかった。

 

「九郎、拙者は、そなたを責めるつもりはない。これが源氏の宿命なのかもしれぬ。だが、これからは気をつけよ。兄上の信頼を失うことのないように」

 

範頼殿の言葉に、私は頷くしかなかった。

 

白い旗が、京の空に揺れていた。

源氏の旗だ。

だが、その旗の下で、源氏内部の矛盾が生まれつつあったのだ。

 

平氏の決定的な敗北は確定した。

彼らは屋島に篭城し、戦力を大きく失ったまま、源氏の追撃を待つことになる。

重衡や教盛といった有力な武将を失った平氏は、もはや反撃の力さえ失いかけていた。

 

しかし、源氏の最大の敵は、もはや平氏ではない。

それが何者であるのか、私はまだ十分に気づいていなかった。

 

 

こうして、京での日々が始まった。

平氏討伐の準備をしながら、同時に後白河法皇の側近として働く。

その二つの立場の矛盾は、日々深まっていくのだった。

 

兄上の文は、机の上に置かれたままだった。

その文の一語一語が、私の心を圧していた。

 

「拙者の命には、常に従うことを忘れるな」

 

その言葉が、やがてどれほどの重さを持つことになるのか、私はまだ知らなかったのだ。




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