よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】 作:Mr.ティン
【源範頼】
京での日々は、複雑な政治的緊張に満ちていた。
義経が検非違使に任官されたということは、拙者にとって深刻な懸念だった。
兄上・頼朝殿は、東国でその知らせを受けたはずである。
その反応がどのようなものであるのか、拙者は想像に難くなかった。
だが、京での義経の姿は、その懸念とは裏腹に、むしろ懸命だった。
意に沿わない形で任官された義経は、畿内の治安・追討に奔走していた。
後白河法皇からの命令と、兄上からの期待の間で揺れながらも、義経は全力で職務を果たそうとしていた。
「拙者も、そのような姿勢に応えねばならん」
拙者は、そう呟いた。
そして、その時が来た。
頼朝殿からの文が京に届いたのだ。
その文には、明確な指示が書かれていた。
『範頼へ。そなたは大軍を率いて山陽道を西進せよ。一ノ谷敗走後の平氏残党を掃討しつつ、西国への生命線を押さえるのだ。これにより、平氏の包囲網を完成させよ。九郎には別の指示を送る』
拙者は、その文を何度も読み返した。
山陽道は確かに、平氏の西国への生命線である。
ここを押さえることができれば、平氏を瀬戸内の海上へと追い詰めることができるだろう。
「九郎よ。拙者は山陽道へ向かう。そなたは畿内の追討と、海上での機動を頼むぞ」
拙者が義経に伝えると、義経は深く頷いた。
「分かりました。拙者も全力を尽くします」
義経の言葉には、兄上への信頼を回復したいという想いが込められていた。
検非違使として任官されてしまったことで、兄上の意に背いてしまった。
そのことに対する罪悪感が、義経の瞳に映っていた。
「九郎、拙者から一つ言わせてもらえば」
拙者は、義経を見つめた。
「そなたの武は確かに天才的だ。だが、政治は違う。兄上は、そなたを信じている。その信頼を、何があっても失うな」
義経が頷く。
拙者は、その義経の姿を心に留めた。
兄上への手紙に、この光景を描いて送ろう。
義経が、決して後白河法皇に完全に取り込まれているのではなく、兄上への忠誠を失っていないことを、伝える必要があったからだ。
こうして、拙者は京を離れ、山陽道へと向かった。
一万規模の大軍を率いての遠征である。
兵站、補給、治安維持。
そのようなことが、拙者の専門だった。
山陽道での行軍は、当初は順調だった。
一ノ谷敗走後の平氏残党を次々と掃討し、西国への道を着実に開いていく。
拙者の配下たちが、各地での補給拠点を確保していき、大軍を動かすための基盤を整えていった。
「殿、備前に到達いたしました」
配下が報告してくる。
「そうか。ここから先は、海を意識した行動が必要になる。平氏は海上での優位を持っている。船の確保を急げ」
拙者が命じると、配下たちが動き出した。
だが、ここで大きな問題が生じた。
大軍を移動させるに必要な船の確保が、想像以上に困難だったのだ。
この地域の船は、既に平氏に徴発されていたり、漁業のための小舟ばかりで、兵を運ぶには不適切なものが多かった。
「殿、船不足により、児島周辺の海峡を渡ることができません」
部下の報告に、拙者は眉をひそめた。
平氏は、備前から備中の海域を押さえ、海上での優位を保っていた。
その海上優位を利用して、源氏の機動力を制限しようとしていたのだ。
「くっ……」
拙者は、歯を食いしばった。
兵站と補給に長けた拙者だが、海上での機動となると、話は別だった。
平氏の水軍の優位は、確かに無視できない脅威だった。
そして、その脅威は現実となった。
藤戸周辺で、平氏の水軍と残党による海上封鎖が、拙者の軍を妨害し始めたのだ。
源氏の数百から千規模の分隊が、平氏の小規模だが機動力に優れた水軍に足止めされ続ける状況が続いていた。
「このままでは、屋島への包囲網の完成が遅延する」
拙者は、その事態の深刻さを理解していた。
平氏が四国へ完全に脱出してしまえば、再び長期化した戦いになるだろう。
兄上の戦略全体が、ここで遅れることになるのだ。
そこで、拙者は配下の佐々木盛綱に、一つの任務を与えた。
「盛綱よ。この藤戸の海峡を何とか越える方法を探ってくれ。船なしでの渡海が可能なのか、地元の者たちに話を聞いてみてくれ」
盛綱が、深く頷いた。
盛綱は、拙者の信頼できる武将の一人だった。
盛綱は、即座に行動を開始した。
地元の領民たちに話を聞き、この海峡の潮流や干満差について、詳しく調べたのだ。
この藤戸の海峡は、潮流が速く、干満差が大きく、浅瀬と深みが入り混じる難所として知られていた。
だが、盛綱の調査により、一つの可能性が見えてきた。
干潮時に、浅瀬を利用して渡海することが、理論上は可能だったのだ。
「盛綱、そなたは本当に、その渡海が可能だと考えるか?」
拙者が、確認を取った。
「はい。干潮を見計らえば、拙者は少数精鋭を率いて、この海峡を越えることができるはずです。そしてそれが成功すれば、全軍での渡海の道が開けるでしょう」
盛綱の確信に満ちた言葉に、拙者は頷いた。
「よかろう。そなたに全軍の運命がかかっている。頼むぞ」
こうして、盛綱は少数精鋭を率いて、藤戸の海峡への挑戦を開始した。
干潮を見計らい、盛綱の部隊は浅瀬へと馬を進めた。
馬の蹄が、海底の砂地を蹴る。
拙者は、その様子を遠くから見守っていた。
浅瀬を進む盛綱たちは、時に深みに出くわした。
その時、盛綱は一の谷での弁慶の話を思い出したのだろう。
馬を自分の肩に担いで、深みを泳いで越えたのだ。
馬もまた、この地で鍛え上げられた魔穴産の馬たちであり、泳ぐことができた。
小舟で矢を射かけて妨害してくる平氏の水軍も、盛綱たちの決死の行動を前にしては、それ以上の追撃ができなかった。
やがて、盛綱は児島へと渡り切った。
「盛綱が成功したぞ!」
兵たちから、歓声が上がった。
拙者は、その成功を見て、即座に決断を下した。
「全軍、盛綱と同じ方法で渡海せよ。船に乗せるのは物資だけだ。騎馬は、盛綱の指示に従い、干潮時に浅瀬を利用して渡るのだ」
拙者の命令により、大軍の渡海が開始された。
地元の漁民たちから徴発した船に、物資を積み込む。
そして、他の騎馬は、干潮時に一気に浅瀬を渡る。
平氏は、この大規模な渡海を防ぎ切ることができなかった。
水軍の数も、所詮は限られたものだったのだ。
こうして、藤戸の海峡を越えた拙者の軍は、備中、備後、安芸へと進軍することができるようになった。
陸路の補給線は、完全に平氏の手から奪われた。
平氏は、もはや海上の拠点に閉じこもるしかなくなったのだ。
拙者は、その成功に満足しつつも、同時に危惧していることがあった。
「盛綱よ。そなたの成功により、陸路の制圧は進むであろう。だが、海上そのものは、未だ平氏が優勢だ。そこが拙者たちの弱点だ」
盛綱が頷く。
「おっしゃる通りです。海上での戦いは、これからが本番でしょう」
その懸念は、すぐに現実となった。
その後、海上での複数の小規模な海戦が起こった。
特に、芦屋浦での戦いは激しかった。
拙者の軍の分隊と平氏の水軍が衝突した時、平氏は小舟での奇襲と攪乱を駆使して、源氏の兵たちを苦戦させた。
海上での戦いは、陸上での戦いとは全く異なる。
平氏の水軍は、長年の経験で鍛え上げられていたのだ。
だが、ここで頼朝殿の政治的な働きかけが功を奏した。
熊野水軍や摂津水軍が、次々と源氏側に与する形で合流したのだ。
「熊野殿、摂津の水軍が参陣いたしました!」
配下からの報告に、拙者は安堵した。
数が増した源氏の水軍は、徐々に制海権を奪い始めた。
平氏の前線水軍が、次々と撃破されていく。
小規模な衝突を繰り返す中で、平氏の海上戦力は着実に弱体化していった。
海岸沿いの小規模な城塞も、次々と陥落していく。
拙者の軍が西進するのに合わせ、海側からの圧力も増していったのだ。
こうして、屋島への包囲網が、次第に完成へと向かっていった。
拙者は、西国制圧の進行状況を、詳しく文にして頼朝殿に送った。
同時に、義経の動きについても、好意的な報告を心がけた。
『兄上。九郎は、検非違使としての職務を誠実に果たしており、同時に平氏追討への意気込みも失っておりません。拙者は、九郎への信頼を失うべきではないと愚考いたします』
そのような内容を、拙者は送った。
兄弟の間を取り持つことが、この時代の拙者の役割だと感じていたからだ。
そして、数週間後、拙者は山陽道の大部分を制圧し、屋島攻めの準備が整ったことを確認した。
海上での小競り合いは続いているが、全体的な戦況は、源氏側に傾いていた。
平氏は、屋島に篭城し、海上での最後の抵抗を続けるしかなくなっていたのだ。
拙者は、屋島を見つめていた。
あの島に篭城する平氏は、もはや往年の力を失っていた。
清盛は既に死に、重衡や教盛といった有力な武将を失った平氏。
屋島での戦いは、もはや平氏の最期を意味するものとなるだろう。
だが、それはまだ先のことだ。
今、拙者が感じるのは、一つの達成感と、同時に深い疲労だった。
陸上での戦いと兵站、そして海上での複雑な政治的調整。
それら全てを同時に進めることは、拙者に大きな負荷を与えていた。
だが、兄上の指示は明確だった。
屋島攻めの準備が整い次第、次の段階へ進むのだ。
そして、義経との連携も重要だ。
拙者の陸上からの圧力と、義経の海上での機動力が合致すれば、平氏の滅亡は確定するだろう。
白い旗が、山陽道の各地で揺れていた。
源氏の旗だ。
その旗の下で、平氏滅亡へ向かう最後の段階が、今、始まろうとしていたのだ。
拙者は、屋島の方へと視線を向けた。
あの島での戦いが、この長き平氏討伐戦の終わりをもたらすのだろうか。
それとも、新たな困難が待っているのか。
拙者には、まだ分からなかった。
だが、確かに言えることは、源氏の勝利が近いということだ。
陸と海を同時に支配し、平氏を四国の一島に追い詰めた源氏。
その優位は、もはや揺るがないものとなっていたのだ。
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