よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】   作:Mr.ティン

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蘇我氏と物部氏の争いは、用明天皇の崩御により決定的となった

蘇我氏と物部氏の勢力争いは、ある時決定的な決裂を迎えた。

用明天皇の崩御の後、誰が後を継ぐかでそれぞれが別の皇族を擁立したからだ。

 

古くからの神道を重視し、武力に優れた勢力である物部氏は穴穂部皇子を擁立した。

これに対して、大陸からの新たな技術を基盤にし、同時に神道に対抗すべく仏教を取り入れた蘇我氏は泊瀬部皇子を擁立した。

また蘇我氏は、その他の皇族──厩戸皇子や竹田皇子も味方に引き入れて、政治的な立場を強固にした。

 

ここまでは、俺の生前の歴史と同じだ。

 

問題は、だ。

 

(……物部氏に付く勢力も多いな)

 

俺の視線の先、河内の地で陣を張る物部氏の軍勢があった。

複数の豪族が与しているようで、かなりの勢力に見える。

 

同時に俺は後方を振り返る。

こちらも、かなりの軍勢だ。

物部氏の陣営に対抗するように、此方も陣を敷こうとしている。

物部氏の陣にも引けを取らない陣容は、複数の皇族が味方に付いているからだろう。

そして、俺もこの攻め手の陣営に参加している一人だ。

 

「緊張しているのか?」

 

不意に、声をかけられた。

振り返れば、見事なまでの名馬に跨った貴公子がいる。

漂わせる気品は、まるで輝いているよう──いや、実際に後光が出ていた。

相変わらずこの方は仏の加護に満ちている。

 

跨った馬も尋常ではなく、前世で言えばばんえい競馬のばん馬のような巨躯を誇っていた。

もちろん力強さは言うまでもなく、その速さは前世のサラブレッド並みで、持久力は馬車馬以上というのだから、この世界の魔力の影響は相変わらずとんでもない。

 

(黒〇号か松〇の同類か……?)

 

色合いこそ白馬だが、その威圧感は生前の物語に出てくる名馬じみて居る。

いっそUMAとでも言いたくなる程だ。

俺も同様の馬にまたがっているが、馬の格という点では当然劣っている。

無理もない、この方は皇族なのだ。

 

「もったいないお言葉にございます、厩戸皇子殿下。確かに、心が冷えるようです」

「無理もない。このような戦は久しくなかったのだ」

 

厩戸皇子。

言わずと知れた、聖徳太子だ。

皇族として代々洗練された血を受け継ぎ、また蘇我氏の影響で幼少から深く仏教に帰依している為か、仏像のような後光さえ既に纏っている。

伝承の通り、既に大陸から渡って来た書を読み解き理解する聡明さも併せ持つ。

俺の生前では様々な逸話が伝説に過ぎないと疑問視され、存在自体も怪しまれていた人物だが、少なくとも皇族として確かにこの時代に生きていた。

この方の言う通り、ヤマト政権下にあっては、このところ戦らしい戦はなかった。

だからこそ、兵は皆緊張していた。

 

それは、相手方にも原因がある。

相手方の兵が持つのは、物部氏秘蔵の強力な──ダンジョン産武具の数々だ。

そして何より、人の背丈をはるかに超える櫓の上に立つ男。物部氏の当主にして当代一の弓の名手、物部守屋がこの陣を狙っているからだ。

その弓もまたダンジョン産で、地上から放っても1里──俺の生前で言えば約533メートルに届くという。

 

(……なら、あんな櫓に上って射かけたらどうなる?)

 

そう思っていた瞬間、咄嗟に身体が動いた。

 

ギンッ!

 

手にした槍を振るい、俺は飛来した矢を間一髪で斬り落とす。

まだ二里ほどもある距離を、物部守屋は射抜いてみせたのだ。

それも一歩間違えば、厩戸皇子を射抜く軌跡で。

俺が守らなければ、確実に皇子は射抜かれていただろう。

 

「む?! ……済まぬな、河勝」

「いえ、これがこの身の役目なれば」

 

そう、俺は今厩戸皇子の護衛としてここにいる。

蘇我氏に協力する渡来人の一族──秦氏の長として。

秦河勝。

それが俺──この時代でのアバターの名だ。

 

 

この時代の動向を人として見たくなった俺は、ツクヨミの助言からとある人物に目を付けた。

俺の生前の世界の伝承によると、その人物は出自が未確定であるものの、厩戸皇子の側近となったとされている。

伝説の中には、壺の中に入れられ、川の畔に流れ着いたところから始まったという話もある人物だ。

その出自が明らかではない赤ん坊は、渡来人の一族に預けられて育てられたらしい。

それが、秦氏の河勝だ。

 

もっとも、その伝説には眉唾物の内容も多い。

夢のお告げで始皇帝の生まれ変わりだと名乗ったとか、だから秦氏の名乗りを許されたとか。

そもそも壺に入って流れて来たという部分も怪しすぎる。

魔力なんてなかった生前の世界では、それらの伝説はあくまで創作だったのではないかと思う。

事実、この世界でももっと以前から秦氏は存在していたし、河勝という当主も存在していた。

 

だから、俺が赤ん坊のアバターを作り、壺で川に流されていたのは、ある種の実験だった。

生前の伝承に似た行動を起こした場合、何が起きるのか──魔力があっても歴史は元の流れに沿おうとするのか、それを確かめたのだ。

 

その結果は、見ての通りだ。

俺は紆余曲折──流石に夢枕に立って始皇帝を騙ることはしなかったが、代わりに地の底の神の生まれ変わりと見抜かれ──を経て、秦氏の養子になったのだ。

養子になった俺は神童ともてはやされた。

いつものように高性能に調整した肉体は常人を軽く超えたし、今までに磨いた技術も健在だ。

知識も、コアネットワークのアシストがあるのでどうとでもなる。

一応この時代の人にできる範疇で力を発揮したが、それでも突出した能力を持つ者として、渡来人のまとめをしている蘇我氏に目を付けられるほどになった。

それを知った当主である先代の河勝は、当主の座を譲り俺に名を継がせた。

こうして俺は秦河勝を名乗ることになったのだ。

 

 

厩戸皇子が生まれたのは、ちょうどその頃だ。

蘇我氏は早くから聡明な厩戸皇子を引き入れようと動き、勢力下にある俺を護衛兼側役に任命した。

 

何しろ、時期は蘇我氏と物部氏の関係悪化が急速に進んでいた頃だ。

血筋的に蘇我氏に近い皇族である厩戸皇子を守るために、腕利きの護衛が必要だった。

俺は練り上げていた武をそれまでに何度も発揮してきたため、適任だと思われたのだろう。

 

面通しは、あっさりとしたものだった。

 

「そなたが河勝か。その名は聞き及んでいるぞ」

「光栄にございます、殿下。お初にお目にかかります秦氏の河勝と申します」

 

まだ少年と言っていい厩戸皇子は、既にその優れた知性を瞳に宿していた。

俺を興味深そうに見つめる様子は、全てを見透かすかのようで、気圧されたのを覚えている。

それが、俺と厩戸皇子との出会いだった。

 

だが、面通し後は怒涛の日々が待っていた。

直後に、用明天皇が崩御したのだ。

すぐさま後継者問題は浮上し、ヤマト政権は二つに割れた。

それぞれ皇族を擁立した物部氏と蘇我氏にだ。

 

問題は俺の生前の歴史程、物部氏は単独では無かったという事だ。

俺の生前の歴史の場合、物部氏は武力や神職の勢力を基盤にして勢力を保っていたものの、どちらかと言えば単独の勢力扱いだった。

逆に蘇我氏は大陸からの新技術を多く取り込み、また多数派工作にも成功して数では物部氏を圧倒していた筈だ。

しかし、この世界では少し様子が異なる。

 

例の異常気象への対処を一定以上成功させていた神道の勢力は、生前の歴史程に権威を落とさずにいたのだ。

その分物部氏に付く豪族も多く、こうして平地で軍を拮抗させるほどになっていた。

 

もちろん、蘇我氏も魔力により実際に力を行使できる仏教を広めようとしているものの、まだ完全に浸透したとは言い難い状況だ。

皇族を複数味方に付けている事実はあるものの、圧倒するには及ばない。

 

そもそも生前の史実では、物部氏は館に立てこもっていた筈で、このように平地での合戦を仕掛けてはこなかったのだ。

 

(魔力の影響だな、これは)

 

再び放たれた矢を、俺は槍を振るって叩き落す。

威嚇の意味もあるのだろう。

ひたすらに蘇我氏側に付いた皇族ばかり狙う守屋の矢は、散発的だ。

それだけに集中を強いられるのだが、現状はまだマシと言える。

この飛距離の矢は脅威だ。

守屋は狙いすまして厩戸皇子や他の皇族を狙っているが、これが無差別に射抜く様になったら、被害は深刻な事になるだろう。

守屋の矢だけでは無く、一般の兵が物部の陣から放つ矢でさえ、数百mの飛距離がある。

まさしく、武を司る物部氏に恥じない戦闘力だった。

 

(ハルカを連れてこなかったのは、正解だったな)

 

彼女は、争いを好まない。

ヒトの体に意思を宿すと、その傾向が余計に強くなる。

ただでさえ政治的対立から戦禍に発展しそうなこの時代だ。

ヒトの世が気になるのは彼女も同じだが、あえて今回は誘わなかったのだ。

そして、それは正解だったと感じる。

 

前哨戦でさえこれなのだ。明日以降本格的に両陣営がぶつかった時、どれほどの被害が出るのか想像もつかない。

そして俺と共にヒトの体に宿った時、ハルカは出来るだけ傍に居ようとする。

俺は厩戸皇子の護衛となった以上、戦に参加するのは避けられない。

もしこの時代に彼女も居たなら、凄惨な戦の現場にもついてきかねなかった。

俺は、そんな酷な事を彼女に体験させたくなかった。

 

 

「……む。殿下、合図です。どうやら、陣自体を下げるつもりの様ですな」

「大叔父殿の判断であろう。想定以上に物部の長の強弓は長かった。この位置の陣に届くのであれば、下げるのも妥当であろうな」

 

暫くして、本陣としていた位置から、合図があった。

守屋の武を目の当たりにして、攻め手の軍の指揮官は撤退を決めたようだ。

この軍の総大将は、擁立された泊瀬部皇子だが、実質的な指揮官は蘇我氏の長である蘇我馬子その人になる。

長年の政敵の武に内心は苛立っているだろうが、判断自体は冷静のようだ。

号令と共に、追撃されないようゆっくりと引いて行く蘇我氏の軍。

せめて守屋の弓が届かない位置でなければ、落ち付けもしない。

 

(……これ、史実通りに勝てるのか?)

 

この戦い──生前では、丁未の乱と呼ばれた蘇我氏と物部氏との間で起きた皇位継承争い──だが、既に流れは大きく変わっている。

自身の館──もしくは城に立てこもった史実に対して、こうして合戦が行われようとしているし、物部氏に付いた豪族も多い。

何より、人外じみた守屋の剛弓の威力は、想定をはるかに超えていた。

想定以上の守屋の武に、流石の俺も予想がつかない。

先刻までのように指揮官を狙った狙撃による斬首戦術などされたら、どんな戦術も意味が無いだろう。

 

「……明日は、尋常ならざる戦いになるであろうな」

 

厩戸皇子もまた馬の向きを変え、俺もそれに付き従う。

一瞬振り向くと、勝ち誇る様に放たれた矢が、天空高く打ち上げられる様が見える。

まるで天を射抜くようなソレは、太陽さえも射抜きそうなほど鋭く天へと昇って行った。

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