よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】   作:Mr.ティン

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天平の大地震と藤原広嗣の乱、そして

俺は今、混乱していた。

 

(急になんだ!? 何が起きている!?)

 

和室に模した魔力の流れの中の仮想領域で、ダンジョンコアのシステムから、警告じみた報告が次々に飛び込んで来る。

その内容は、共通してただ一つ。

 

(何でこんな急に、朝廷の兵がダンジョンに!?)

 

そう、隊列を組んだ兵たちが、畿内を中心とした各地のダンジョンへと次々に入り込んできているのだ。

そして、次々とモンスターを倒しては、そのドロップ品を確保していく。

 

これまで豪族が自身を鍛えたり、また上質な武器を求めてダンジョンに入ることはあった。

だが、こんな風に国を挙げて組織立ってダンジョンに潜るというのは、初めての事だ。

 

各地のダンジョンの中にそれぞれ何人も居座り、モンスターがリポップするたびに狩っているような状況だ。

明らかに、何か朝廷が動いた証拠だ。

 

(むう……このままでは、獲物を生成する魔力が枯渇しますぞ)

(そこは、アマテラス達に海底のネットワークの余剰分を回すように頼んである)

(あっ、アマテラスちゃんから魔力が送られてきたわ! 近江の方に回すわね)

(ありがとうございます!)

 

この事態に、俺は急遽イザナギ達も呼び寄せていた。

スサノオたちが宿っていた身体を人として作り替え、奈良時代の初めから夫婦として過ごさせていた二人だが、俺とハルカだけでは手が足りなかったのだ。

幸い、五人の子供たちは独り立ちした後だと言うので、遠慮なく一時的に意識を魔力の流れの本体へと戻してもらっていた。

一方、アマテラス達も海底のダンジョンコア延伸を中断し、余剰魔力を地上へと送り込んでいる。

そのおかげで、何とかダンジョンのモンスターを枯渇させずに済んでいた。

 

(しかし、コレは何の意図によるものだ?)

 

こんな動き、俺の生前の歴史では存在しなかった。

もちろん俺の生前にダンジョンは無かったため、同様の動きがある筈もない。

しかし、因果を同じくするような何かがあるとも考えられないだろうか?

 

(すこし、朝廷からは目を放していたからな……何かを勅令として発したとしか思えないけれど、その意図は何だ?)

 

俺が朝廷から意識を逸らしていたのは、例の大怨霊が原因だ。

あの大怨霊は、本来の核である長屋王の怨念が失われてからも、各地で無数の災厄を引き起こしていた。

直近でも、とある出来事に視線が奪われ、朝廷側の動きは放置していたのだ。

 

(やっぱり、アレに対処するため、か?)

 

そして恐らく、この動きも、朝廷の大怨霊への対応の一つなのだろう。

俺は、これまで大怨霊が引き起こして来た災厄を思いだしていた。

 

 

真っ先に思いだしたのは、反乱だ。

 

藤原四兄弟が病で倒れた事で、朝廷では政治的空白が生まれていた。

何しろ彼らが就任していた大臣や大納言に中納言といった朝廷でも重要なポストが、そっくり失われたのだ。

その下の参議クラスが辛うじて生き残っているという状況は、およそ政治を動かせる状況では無かった。

この状況にあって聖武天皇は、生き残った参議の一人である橘諸兄を大納言に抜擢し、事実上の首相に据えたのだ。

藤原氏主導の政治から、橘諸兄主導の政治へ移った、らしい。

 

元々藤原四兄弟は、軍事拡張路線を進めようとしていた。

 

半島南西部で未だ健在の後百済を後押しして、半島の他の部分を統治する新羅を押し返そうと考えていたらしい。

しかし、天平の大疫病が、全てを変えた。

 

大納言になった橘諸兄は、天然痘で疲弊した社会を立て直すため、新羅との緊張緩和・軍事費削減・内政重視の方針を取ったのだ。

また唐に派遣していた吉備真備・玄昉をブレーンとして重用し、知識人や仏教勢力を政権中枢に組み込み活用した。

 

だがそこに、藤原氏の色はない。

特に象徴的だったのが、藤原広嗣の左遷だった。

藤原四兄弟のうち、藤原宇合の子である広嗣は、式部少輔や大和国守まで一時昇進する。

しかしある時、これらを解任され、大宰少弐として大宰府へ左遷されたのだ。

 

隆盛を極めた藤原氏の凋落を示すようなソレは、当然ながら藤原広嗣の反発を招いた。

 

(それだけじゃない。あの時の広嗣は、大怨霊の影響を受けていた)

 

長屋王の怨念は大半が霧散していた。

だが、残滓の様なものが、藤原四兄弟の子である広嗣を破滅へと導こうとしていたのだろう。

 

そして、大怨霊に導かれるままに、広嗣は大宰府で挙兵する。

自身を左遷した、橘諸兄政権に対して反乱を起こしたのだ。

彼は橘諸兄政権の政治を批判し、朝廷の中枢に入った吉備真備や玄昉の排除を要求する上表を送った。

 

だが、その反乱は瞬く間に鎮圧された。

朝廷より派遣された官軍によっておよそ数か月で乱は平定され、広嗣は処刑される。

この乱で藤原氏の政治的立場は更に揺らいで、橘諸兄政権は盤石となる結果を呼んだ。

大怨霊の中で僅かに残る長屋王の無念の残滓が望んだかのように。

 

 

(ただ、聖武天皇にとっては、むしろ不安を増大させた形になったのだろうな。その表れが、遷都か)

 

藤原広嗣の乱の舞台は、主に九州だ。

だが聖武天皇は、これを酷く恐れて、平城京を離脱して各地を転々とし始めた。

伊賀、伊勢、美濃、近江を巡り、最終的に山城国の恭仁京に腰を据える。

だがそこで落ち着いたかと思えば、更に彼は遷都を繰り返した。

生前で言えば大阪の地に建てられた難波宮や、近江──滋賀に建てられたという紫香楽宮など。

それはつまり、天皇が都に落ち着かないという異常な政治状況だ。

 

この遷都の数々は、恐らく聖武天皇の恐怖の表れだったのだろう。

反乱以外にも、この時期無数の災害が各地を襲っていたのだ。

 

その最たるものが、大地震だ。

一つは、平城京がある大和の国を襲った大規模な物。

畿内七道地震と呼ばれるこれは、俺の生前の規模で言えばM7クラスで、都がある大和の国を中心に壊滅的被害をもたらした。

これは天平の大疫病の前に起こったが、聖武天皇としては長屋王の怨念が引き起こしたという認識だったようだ。

 

そしてもう一つの地震が、 天平の大地震と呼ばれる、歴史的にも類を見ないほど大規模な震災だった。

美濃の国で発生したとされるそれは、M7.9クラスの大地震だ。

揺れそのものが三日三晩続いて、身体に感じる余震は二十日にも及んだというのだから、凄まじい規模になる。

当然美濃国では国衙、正倉、寺院、民家などの多くの建物が倒壊し、多数の人々が負傷した。

命まで失わなかったのは、魔力によって強靭なこの世界の人々ならではだが、かといって被害は無視できない。

大規模な地割れや地滑りなども起きていて、その範囲も近隣の尾張や三河、近江まで及んでいた。

 

(余りにショックだったのか、聖武天皇は居としていた紫香楽宮から逃げ出して、結局平城京に舞い戻ったんだったか)

 

俺の意識はこれらの乱や地震などの大怨霊が引き起こす事態に向けられていたせいで、朝廷の動きを見落としていた。

だから、この際の動きは後から調べて知った内容になる。

 

 

ただ、恐らく察せられることはあった。

 

(もう聖武天皇は何にでも縋りたい気分だったのだろうな)

 

この遷都の期間に、聖武天皇は二つの政策を打ち出していた。

一つは、全国に国分寺と国分尼寺の建立を指示した事だ。

 

恐らく、朝廷も大怨霊の存在と、その影響が全国に及んでいるのを理解していたのだろう。

広く広がった大怨霊の瘴気に対抗するには、都付近では足らず、全国各地に寺を建てる必要があると判断したようだ。

 

実際、この動きは大怨霊に効果的だった。

 

(アナタ、見て……大怨霊が揺らいでいるわ)

(ああ、瘴気も幾分薄まりつつあるな)

 

全国に建立される国分寺と国分尼寺は、その地で仏教を広めるだけではなく、日々の祈祷や法事で大怨霊の元となる各地の瘴気を浄化する効果があるようだ。

その為、大怨霊はその勢いを一気に減じていた。

その様子に、ハルカが首をかしげる

 

(でも、たくさんのお寺ってそんなに効くものなの?)

(……今の大怨霊は核になるものが無いからな。広く浄化の祈りが行われる方が、効くらしい)

 

これが、まだ長屋王の怨念が健在だった場合、その強力な個が浄化の祈りさえ跳ねのけていたかもしれない。

だが、長屋王の怨念は既にない。そのため大怨霊を形成するのは、無数の形にならない恨みや憎しみなどだ。

そうであるなら、祈りの数で押し込めるらしい。

ただ、大怨霊も只で滅びる気はなかったようだ。

恐らく、各地の寺の建立で、自身の存在の危機を感じたのだろう。

大怨霊は突如として、その全国に拡散していた自身の身体たる瘴気を集め始めたのだ。

 

(何だ……? 何処に向かっている?)

(見てアナタ! あの山に流れこんでいくわ!)

(一体何をする気だ!?)

 

俺達がその流れを追うと、各地の国分寺から逃げるように、北へ北へと進んでいき、とある山へとたどり着いた。

硫黄の匂い漂うそこは未来で言う、恐山。

そこには、今まさに変容しようとしている、ナニカが居た。

 

(あれは、変異した動物、か? あそこまで行くと怪異としか言いようもないが)

 

恐らく、大本は大怨霊の瘴気にあてられた変異動物だったのだろう。

節のある足からすると、恐らく昆虫やそれに近い蜘蛛などを元にしていたようだ。

その怪異に、急激に大怨霊の瘴気が流れ込んでいく。

だが瘴気に耐えられないのだろう。

怪異の身体は瘴気が流れ込むほどに肥大化し、同時に異形の度合いを強めていった。

 

(……大怪異、そう言うほかないな)

 

かつて見た山をも抱え込む大百足さえも超える巨躯に至ったそれ。

大怨霊を宿したそれは、異形の身体でありながら、四肢を備えていた。

出来の悪い悪夢のような、異形の巨人。

それは、ゆっくりと顔らしき部分を持ち上げた。

視線を向けているらしいその先は、はるか先、大和の国。

恐らく、都なのだろう。

そして、ゆっくりと動き出したのだ。

 

(まさか、此処から都へ向かうつもりなのか!?)

 

大異形は、その大きさゆえのゆっくりとした動きで歩み始めた。

その巨大さに、近隣の人々も否応なしに気付かされたのだろう。

何やら騒ぎ立て始め、早馬なども走り出した。

 

恐らくは、国司──いや、もっと上の都へ知らせる為に。

 

 

(もしかして、あの大怪異への対抗策なのか!?)

 

ひとしきり思いだした俺は、今のこのダンジョンアタックの原因を理解する。

恐らく、朝廷は戦うつもりなのだ。

あの大怪異と。

だが……。

 

(人の武器でどうにかなるのか、アレは?)

 

巨大な大怪異を人の手で振るう武器程度でどうにかなるのか?

そんな疑問が浮かぶ。

だが、その疑問はあっさりと解消した。

 

俺が見逃していた都。

そこで、一つの動きがあった。

都の東の外れの地で、ダンジョンから持ち出された無数の武器や、各地の鉱山で掘り出された鉱石が大量に持ち込まれていたのだ。

 

魔力をふんだんに含んだダンジョン産の武器が、そこではただの原材料として炉に入れられ、溶かされていく。

溶かされた金属は、とある土台へと流され、形となっていった。

 

急ピッチで造られているそれ。

国分寺や国分尼寺と同じく、朝廷が大怨霊に対して用意したもう一つの方策にして、未だ形ならぬそれこそ、朝廷の対大怪異の切り札。

遥か彼方から迫る大怪異に対して、それは目覚めの時をひたすらに待つのだった。

 

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