よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】   作:Mr.ティン

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決着! 瘴気の錐(超瘴気スピン) 対 救いの御手(成仏!ブッダフィンガー)

【聖武天皇】

 

朕は、光の壁の内側で繰り広げられる戦いを、息を呑んで見守っていた。

だが、その光景は、朕の想像を遥かに超える過酷さであり、背筋を凍らせるもの。

 

光の壁で囲まれた戦場は、一面、汚泥の沼と化していた。

大怪異が放った瘴気の雫、それによって腐った大地が、戦いが進むにつれ、どんどんと広がっていったのだ。

そして、その沼から、亡者の手のような蔦が、ひたすらに伸びている。

大金剛盧舎那仏は、その蔦に絡め取られ、思うように動けない。

 

「ぐっ……!」

 

朕は、思わず声を漏らした。

その間も、大仏が、大怪異に打ち据えられている。

巨大な腕が、大仏の身体に叩きつけられる。

鈍い音が響いた。まるで巨大な釣り鐘が突かれた様な轟音が、ひたすらに歪んで鳴り響く。

その轟音が幾重にも響く中、大仏の身体が僅かに傾く。

 

「大仏が……!」

「何故、動けぬのだ!?」

 

周囲の者たちも、焦燥の声を上げる。

確かに、大仏の足元では、汚泥が浄化されている。

光が触れた場所は、清められ、元の大地に戻っていく。

だが、周囲から次々と汚泥が流れ込む。

そして、瘴気を帯びた蔦は、浄化されきらず、大仏を拘束し続けているのだ。

 

「何故だ……何故、大仏はあの蔦を引きちぎらぬのだ……!」

 

朕の周囲に控える術者の一人が、疑問の声を上げた。

確かに、あれほどの力を持つ大仏であれば、蔦など容易く引きちぎれるはずであろう。

だが、大仏は、蔦を引きちぎろうとしない。

その時、僧の一人が、涙を流しながら呟いた。

 

「……御仏は、あの蔦に宿る怨念をも、救おうとしておられるのだ」

「何と……?」

 

朕は、僧を見た。

 

「あの蔦は、ただの瘴気ではございませぬ。無念の内に亡くなった、数多の魂が宿っております。大仏は、それらを無下にできぬのです。救わんと、されているのです……」

 

僧の言葉に、朕は胸を打たれた。

なんと慈悲深きことか。

敵であろうとも、怨念であろうとも、救おうとされる。

御仏にとっては、あの蔦の一本一本が救いを求める衆生の手なのだ。

それが、仏の心。何という慈悲深さか……。

 

しかし、いかな御仏と言えど、状況は悪化するばかりであった。

大怪異は、容赦なく大仏を打ち続ける。

蔦は、更に数を増し、大仏を縛り続ける。

地獄の亡者が救いを求めるが如く、幾重にも。

最早大仏はまともに身動きすら出来ぬほどに蔦に覆われていた。

 

「このままでは……!」

 

朕の胸に、絶望が忍び寄る。

その時であった。

 

都の方角から、まばゆい光の柱が聳え立ったのだ。

 

「何だ……!?」

「あれは……!」

「……あの方向は!」

 

どよめきが、朕の周囲を包む。

光の柱は、天を貫くほどに高く、そして眩い。

何よりその光が立つ方角。

あれは、試練の魔穴がある方角ではなかろうか?

そして、その光の柱が消えた瞬間、輝く巨大な岩が、凄まじい勢いで大仏の下へと飛来した。

 

「あれは……魔穴核岩では!」

「何と!?」

「魔穴核岩……あのように大きいものが……」

 

術者の一人が叫び、呼応するように他の者がざわめく。

朕の心も、沸き立った。

あれは、あれこそは、精鋭たちが試練の魔穴を突破した、その証。

それが今、ここに届いたのだ。

 

魔穴核岩は、飛来した勢いを急激に減じ、大怪異を遮るように大金剛盧舎那仏の前に浮かぶ。

そして、強烈な光を放つと、大仏の左手に、すっと収まったのだ。

その瞬間、僧が叫ぶ。

 

「あれは……如意宝珠!?」

「何と!?」

「そのような事が!? いや、だが確かにあれは……!」

 

如意宝珠。

朕も、その名は知っている。

仏法における、その名の通り、如何なる願いをも叶える仏宝であると。

寺院に収められし仏像が、そのようなものを持っている姿を見た事があった。

まさか、その様な事が!?

朕が魔穴核岩無しに大仏の開眼を押し進めさせたことで、魔石核岩は埋め込まれるのではなく、その仏宝として収まったというのか!?

 

魔穴核岩は、朕に浮かんだ想像に応えるように、光り輝いた。

ただの岩だった姿から、金色に輝く宝珠へと、その姿を変えていく。

その様は、まさに如意宝珠そのもの。

そして、大仏の手に収まった如意宝珠は、更なる光を放った。

これまでとは何か違う、だが神聖なる光が。

 

その効果は覿面であった。

光を浴びた蔦が、消えていくのだ。

まるでその苦しみから解き放つように。

辺り一面に広がる汚泥も、ほのかな輝きを放って、浄化されていく。

 

「……周囲の一切が、清められていく……」

「おお……何と……!」

「魔石核岩、いや如意宝珠とはこれほどの……」

 

朕を始め多くの者が、感嘆の声を漏らした。

大怪異もまた、その表面を浄化され、苦悶の如きうめきを上げている。

 

「勝てる……勝てるぞ!」

「大仏が、我らを救ってくださる……!」

 

周囲の者たちが、歓声を上げた。

朕も、勝利を確信し、思わず両の手を握り締める。

 

だが、その時、大怪異が、最後の力を振り絞った。

その怨念と妄執を最後に示さんとばかりに、大怪異は、己の身を捻り、回転し始めたのだ。

 

瘴気が渦を巻き、やがて巨大な錐の形を成す。

そして、その錐が、ある方向へと向けられた。

 

「まさか……!」

 

その切っ先を、朕の方へ。

大怪異は、最も怨念を向けるべき対象。

今代の帝、朕を狙っているのだ。

 

それを察した朕が悲鳴を上げる間もなく、瘴気の錐は聳え立つ光の壁へと突進した。

 

その先端には、神木の塊が集められている。

瘴気などと言う不確かなものではなく、古より天を目指し聳えていた神木の幹が。

その威に、光の壁が軋む。

回転する幹が光の壁をひたすらに削り続ける。

そして、ついに、錐の先端が、光の壁を突き破った。

 

「ひっ……!」

 

朕は、恐怖に声を上げた。

周囲の者たちも、絶望の悲鳴を上げる。

瘴気の錐が、一気に朕へと迫った。

 

その時である。

如意宝珠が、再び輝いたのは。

そして、瘴気の錐を遮るように、横合いから、巨大な何かが現れた。

 

「……手、か? あれは……」

 

それは、巨大な手のひら。

大金剛盧舎那仏が差し出した、その手。

あらゆる衆生を受け止めようとするかのように、慈悲に満ちた手。

如意宝珠から放たれた光が、その手を包み込み、巨大な光の手となって、瘴気の錐の行く手を遮ったのだ。

渦を成していた瘴気も、その光に触れると、次々と浄化されていく。

 

「ああ……!」

 

朕は、涙を流した。

光に触れた大怪異の骨格を成していた神木も、本来の神の依り代としての特性を高められ、浄化され、周囲の瘴気を清めていく。

最後に、巨大な手は、そっと大怪異であった瘴気全体を握りしめた。

光に包まれた瘴気は、最後の残滓すら残らず、浄化され、消えてゆく。

 

「アァァァァ……!」

 

最後に残っていた、人の顔の様な瘴気が放っていた怨嗟の声が、次第に小さくなり、消える。

それが、大怪異の──いや、日乃本全てを恐怖に陥れた、大怨霊の最期であった。

ここに、大怪異は一切を浄化され、大金剛盧舎那仏は、帝である朕と民が暮らす都に救いを齎されたのだ。

 

「勝った……勝ったぞ……!」

 

術師の誰かであろう声が上がり、同様の声が一面に広がってゆく。

周囲の者たちが一様に、歓声を上げ、涙を流し、抱き合った。

 

その中で朕は、同じく全てを見ていた妃を抱き寄せ、共に無事であることに御仏へ感謝の念を送る。

そんな我らに向かい、近づいてくる巨大な輝き。

全身光り輝く大仏は、ゆっくりと宙を浮かび、結跏趺坐の姿勢に戻ると、建造された地である此処。若草山の麓へと戻ってくるのだ。

 

朕は妃と共に、その姿を、ただただ見つめ続けた。

 

【アキト】

 

(良かった……本当に良かった……!)

(ああ、大仏が勝利を収めた)

 

ハルカが涙声で呟き、俺も安堵の息を吐く。

大迫力かつ、見どころがある戦いだったが、中々に、冷や冷やさせられる戦いでもあった。

あれだけおぜん立てしたのだ。

勝ってもらわなければ、俺が直接力を振るう事も考えていただけに、何とかなって一安心といった所。

そんな想いを知らぬであろう大仏は、ゆっくりと浮かび、結跏趺坐に戻りながら、若草山の麓へと戻っていく。

 

その姿を見ながら、俺は今の戦いを分析していた。

 

(魔穴核岩が変じた如意宝珠の成した幾つかは、元々ダンジョンコアが持っていた機能そのものだな)

 

瘴気や蔦が浄化されたのは、ダンジョン内のモンスターの死骸などを魔力に還元する機能そのもの。

俺が普段、ダンジョン内で行っていることを、外部で、しかも大規模に行っただけだ。

 

(ただし、あの巨大な光の掌は……)

 

あれは、俺の機能ではない。

仏の救いの表れとして顕現したもの。

聖武天皇をはじめとした、人々の祈りが生んだものだろう。

 

(あの祈りは、尊いものだったわ……)

(ああ、人の祈りの力を、改めて思い知らされた)

 

ハルカが、しみじみと語るが、俺も同意見だ。

祈りの力──人々の意思が魔力に及ぼす影響について、改めて目の当たりにしたことになる。

同時に、怨念の力も。

両極端の意思の力が、今後もこの日本に否応なく影響を及ぼすことは確実だ。

 

そのように考えていると、俺の領域に、三つの意思がやってきた。

 

(アキト様、ハルカ様。ただいま戻りました。)

(ご用命、ここに完遂しまして御座います)

(見てくれたか師匠! あの技の応酬をさ!)

 

それは、試練のダンジョンの管理を任せていた、アマテラス、ツクヨミ、スサノオの三姉弟だった。

 

(お疲れ様、三人とも。良い仕事をしてくれた)

(本当に、ありがとうね)

 

俺とハルカが感謝を述べると、三人は照れくさそうに笑った。

彼らは、俺たちが試練のダンジョンを作った後、適切に朝廷の兵の障害となるよう調整する役を任されていた。

 

道中のモンスターの生成配分、ポップアップ頻度、最奥の眷属たちの群体管理は、ツクヨミが担当。

ドロップ品の生成、性能調整、そして最奥に眠るダンジョンコアへの魔力注入は、アマテラスが。

最後の試練である大鬼の制御と、モンスターの実際の戦術指揮は、スサノオが。

三姉弟はそれぞれ役割分担し、この難しい仕事を無事に達成していた。

 

(しかし、あの力士が使っていた技は最高だったな! 師匠、気付いていたか? あれは俺が生前師匠に学んで、次代の連中にと伝授した技だぜ?)

 

スサノオが、上機嫌で語るが、その件について謝る必要があった。

 

(済まない、見逃していた。大仏の方から目が離せなくてな……)

(……えー)

(後で確認はしよう。ただ、なるほど……俺達の技は未だに受け継がれていたか)

 

がっくりとするスサノオ。

しかし俺が技について言及すると、直ぐに気を取り直し、熱く語り始めた。

 

(ただ継承されていた訳じゃないぜ? 代を重ねるにつれて、更なる発展をしていた! あの返し技、見事だっぜ!)

(スサノオちゃん、嬉しそうね)

(当然だハルカ様! 俺達の技が、人の手で更に磨かれていたんだぞ!)

 

スサノオの喜びは、本物だった。

自分が伝えた技が、時を経て、更に高められている。

武人としては、これ以上の喜びはないだろう。

 

(まあ、結果的に全てうまくいった。良かったな)

 

俺が言うと、三姉弟も頷いた。

五人の意思が見守る中、大仏は建立された位置で結跏趺坐し、動かなくなった。

 

(……大仏が、止まったわ)

(ああ、人々の願いである大怪異討伐が叶ったからだ。その役目を終えたんだろう)

 

俺が説明すると、ハルカは少し寂しそうに頷いた。

だが、地上では、人々が歓声を上げている。

大仏に向かって、感謝の祈りを捧げている。

その光景を見ながら、俺は思いに浸った。

 

(さて、朝廷はこれから、どう動くのだろうな……)

 

大怪異は倒れた。

試練のダンジョンも、役目を終えた。

だが、この出来事は、この国に大きな影響を与えるだろう。

 

魔穴の重要性。

大仏の力。

そして、人々の祈りの力。

 

全てが、明らかになった。

これから、どんな時代が訪れるのか……。

 

(そう言えば、大仏だけあって、まだ大仏殿は建てられていないな)

 

そんな事に気づきながら、俺は、静かに人々の様子を見守るのだった。

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