よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】   作:Mr.ティン

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とある学校の日本史授業風景 9コマ目 奈良時代①

午後の授業が始まった。

窓の外では、これから体育を始めるらしい生徒達の声が聞こえる。

教室内では、教師の三上が、今回の内容について板書を始めていた。

 

「さて、今日から奈良時代に入る。まずおおよその時代区分を確認しよう」

 

黒板に『奈良時代(710年代~780年代)』と大きく書き込む。

 

「平城京遷都から、平安京遷都まで。約70年ほどの期間だ。短い時代だが、内容は極めて濃密だ」

 

後方の席に座る女子が、資料集を開きながら手を挙げる。

 

「先生、奈良時代って大仏の時代ですよね?」

「芦原か。その認識は間違っていないが、それだけではない。律令国家が最も完成に近づいた時代であり、同時に、その矛盾も露呈し始めた時代でもある」

 

三上は黒板に『藤原氏の台頭』と書き込んだ。

 

「まず、この時代の政治を動かした藤原氏について理解する必要がある。飛鳥時代末期、藤原不比等という人物が朝廷で大きな力を持っていた」

 

教師の声に、窓際の男子が首を傾げた。

 

「藤原不比等……どこかで聞いた名前っすね……?」

「大化の改新で有名な中臣鎌足の子だ。日本書紀の編纂者でもある」

「そう言えば……本当だ。資料に載ってるや」

「思いだしたのなら、続けるぞ? 不比等は娘の光明子を聖武天皇に嫁がせることで、藤原氏の地位を確固たるものにしようとした」

 

教師は黒板に簡単な系図を描く。

 

「不比等には四人の息子がいた。武智麻呂、房前、宇合、麻呂。この四兄弟が朝廷の要職を独占し、いわゆる藤原四家の基礎を築いた。彼らは父の方針を継ぎ、光明子を皇后に立てようとした」

 

後列の生真面目そうな男子が手を挙げる。

 

「皇后に立てる、って別に普通じゃないんですか?」

「定原か、良い質問だ。当時、皇后になれるのは皇族出身の女性に限られていた。光明子は藤原氏、つまり非皇族だ。これを問題視した者が居た。長屋王という皇族だ」

 

三上は『長屋王の変』と板書する。教室の空気が少し緊張した。

 

「長屋王は天武天皇の孫で、律令に精通した人物だった。彼は『前例のないことだ』として、光明子の立后に反対した」

 

前列の女子が眉を寄せる。

 

「……それで、どうなったんですか?」

「藤原四兄弟は、長屋王を謀反の疑いで告発した。『左道を学び、国家を傾けようとしている』とな」

「左道って、呪術ですよね? それも、呪殺みたいな方向の」

「その通りだ。現代でも様々な法律で人に向けての呪殺は禁じられている系統だ。もちろん、当時もその様な術は忌避されていた。『左道を学んだ』という罪状は現代以上に重い意味を持ち、深刻に受け止められた。長屋王は弁明の機会も与えられず、一族と共に自害に追い込まれたのだ」

 

生徒達は口をつぐみ、教室が静まり返る。その様子に構わず、教師は続けた。

 

「そして、光明子は非皇族初の皇后となった。しかし、この事件は後に大きな影を落とすことになる」

 

三上は新しい項目を板書した。『天平の大疫病』。

 

「長屋王の変の数年後、九州から天然痘の大流行が始まったのだ」

 

後方の女子が小さく声を上げる。

 

「天然痘……普通、日本人なら魔力で耐えられる筈ですよね? 祈禱だってあった筈です」

「その通りだ。通常であれば、この国の人々は魔力によって疫病にも強い耐性を持っている。しかし、この時の疫病は異常だった」

 

教師は黒板に簡単な日本地図を描き、九州から矢印を延ばしていく。

 

「疫病は九州から畿内へ、そして全国へと広がった。加持祈禱も効きが悪く、多くの人々が命を落とした。そして……藤原四兄弟もまた、相次いで病死した」

「全員が、ですか?」

「そうだ。わずか数ヶ月の間に、朝廷の中枢を担っていた四人全員が命を落とした。人々は、これを長屋王の怨霊の祟りだと噂した」

 

前列の女子が小さく呟く。

 

「それだけのことをされたなら、怨霊になるのも無理はありません」

「その通りだ。事実、この疫病の広がり方は通常ではなく、何らかの超常的な力が働いていると信じられた。幾つもの文献がそれを裏付けている」

 

教師は続いて新しい項目を書き込んだ。『聖武天皇の不安』。

 

「藤原四兄弟の死後、政権は橘諸兄が握った。しかし、聖武天皇自身は深い不安に囚われていた」

「不安って、何にですか?」

「長屋王の怨霊、疫病、そしてこれから起こる災厄への恐怖だ。実際、この後も多くの災害が続いた」

 

教師は黒板に項目を並べていく。

 

「まず、畿内七道地震。大和国を中心に大きな被害をもたらした。次に、藤原広嗣の乱。大宰府で藤原宇合の子、広嗣が反乱を起こした。そして、天平の大地震。美濃国で発生した推定規模マグニチュード7.9クラスの巨大地震だ」

 

窓際の男子が目を丸くする。

 

「災害が続きすぎじゃないですか……」

「そうだ。聖武天皇は、これらを全て長屋王の怨霊の仕業だと考えた。そして、恐怖のあまり、都を転々とし始める」

 

三上は地図に印をつけていく。

 

「恭仁京、難波宮、紫香楽宮……わずか十数年の間に、何度も遷都を繰り返した。明らかに異常事態だ」

「それで、聖武天皇はどうしたんですか?」

「二つの大きな決断をした」

 

生徒の声に、教師は黒板に大きく書き込んだ。『国分寺・国分尼寺の建立』と『大仏建立』。

 

「一つは、全国に国分寺と国分尼寺を建立だ。広範囲で怨霊や瘴気を浄化するため、全国規模で仏教の力を広げる試みだった」

 

前列の男子が手を挙げる。

 

「それって、効果あったんですか?」

「ああ、あった。記録によれば、各地の国分寺が建立されるにつれ、災害や疫病が徐々に収まっていったとされている。しかし、それだけでは終わらなかった」

 

三上は黒板の『大仏建立』を指さす。

 

「そして二つ目が、巨大な仏像、大仏の建立だ。これについては、少し詳しく説明する必要がある」

 

教室の空気が変わる。生徒たちの視線が一斉に集中した。

 

「まず、なぜ大仏を造ろうとしたのか。それは、北の果てから現れた『大怪異』という存在がきっかけだった」

 

後列の男子が身を乗り出す。

 

「大怪異って、教科書に載ってるやつですよね!」

「そうだ。陸奥国の恐山付近で、長屋王の怨霊を核とした巨大な怪異が実体化した。それが都へ向けて南下を始めたんだ」

 

三上は黒板に簡単な図を描く。恐山から平城京へ長い線を描く。

 

「大怪異は山をも超える巨体で、通る場所を全て穢しながら進んだ。国分寺を嫌ったため険しい山地を選んだが、それでも確実に都へ近づいていた」

 

前列の女子が不安そうに訊ねる。

 

「それで、大仏を造ったんですか?」

「そうだ。『巨大な怪異には、同じく巨大な尊いもので対抗すべき』という僧侶たちの進言を受け、聖武天皇は大仏建立を決断した」

 

教師は新しい項目を書く。『魔穴の活用』。

 

「しかし、問題があった。巨大な仏像を造るには、膨大な金属が必要だった。そこで朝廷が注目したのが、ダンジョン――当時は主に魔穴と呼んでいるものだった」

「え、ダンジョンを使ったんですか?」

「その通り、歴史上初めて、国を挙げての大規模なダンジョン攻略が行われた。各地の魔穴に兵を派遣し、モンスターを倒して得られる魔力を含んだ武器や防具を集め、それを鋳潰して大仏の材料にしたんだ」

 

後方の女子が感心したように呟く。

 

「すごい発想ですね……」

「当時としては画期的だった。無限に資源が湧く鉱脈としてダンジョンが扱われたのだ」

 

さらに教師は、板書しながら続ける。

 

「さらに、大仏に力を与えるため、魔穴の核、つまりダンジョンコアを埋め込む案も出た」

 

後列の男子が目を輝かせる。

 

「ダンジョンコアを!? それってヤバくないですか?」

「そうだ。しかし、ここで重要な出来事が起こる」

 

三上は『試練の魔穴』と板書した。

 

「平城京の近くに、突如として巨大な魔穴が出現した。後の記録では『根乃国大神の試練』とされている」

 

前列の女子が、何かを思い出したように声を上げる。

 

「根乃国大神……うちの神社にもお祀りしている、あの?」

「その通り、古事記に記された、地の底の神だ。神託によれば、既存の魔穴核岩を掘り起こすことは許されないが、試練を乗り越えた証として特別な核岩を授けると告げられたらしい。これは当時の文献にもしっかり残っている内容だ」

「へ~」

 

告げられた言葉に生徒が唸る中、教師は続ける。

 

「朝廷の精鋭たちが、この試練の魔穴に挑んだ。防人、武人、狩人、巫女、僧、陰陽師、修験者……様々な術者が徒党を組み、深層へと進んだ。そして最奥で、巨大な鬼との激闘の末、魔穴核岩を手に入れた」

 

中列の真面目な女子が手を挙げる。

 

「それが大仏に使われたんですね?」

「そうだ。今も東大寺の大仏が手に持っている、如意宝珠がその魔穴核岩であるとされているな」

 

三上は黒板に『大仏対大怪異』と大きく書く。

 

「大怪異の接近に伴い、都中の僧や術者が集まり、数日間不眠不休で祈りを捧げた。その祈りを受けて、大仏が開眼した」

 

教室が静まり返る。誰もが固唾を呑んで次の言葉を待っている。

 

「大仏は結跏趺坐のまま宙に浮かび、都の北東に現れた大怪異と対峙した。その大きさは、横たわった状態で200メートル近くあったとされる」

 

後列の男子が小さく声を上げる。

 

「200メートル……今は座ってるから半分くらいっすかね?」

「おおむね間違ってはいない……その巨体が宙に浮かんだ光景を、想像してみろ」

 

生徒たちが息を呑む。

 

「戦いは激しかった。しかし如意宝珠を得た大仏は、大怪異を完全に浄化した。こうして、都と聖武天皇は救われたんだ」

 

前列の女子が感動した様子で呟く。

 

「すごい……」

「この戦いは、都にいた唐、新羅、百済、渤海の使者たちも目撃した。彼らは本国に詳細を報告し、日本の大仏という切り札の存在が知れ渡った。これ等の書簡は現存しているものがあり、この事件の実在を裏付けている。その結果、大仏は強力な外交的抑止力となったとされている」

 

窓際の男子が手を挙げる。

 

「先生、その後大仏はどうなったんですか?」

「役目を果たした大仏は、建立された場所で結跏趺坐し、動かなくなった。そして大仏を収める大仏殿の建設が始まる」

 

三上は『東大寺と開眼供養』と板書した。

 

「元々この地にあった金鐘寺や福寿寺などの寺院群が統合・拡張され、大養徳国金光明寺――後の東大寺が成立した。面白いことに、大仏殿の柱などは、大怪異が取り込んでいた神木を利用している」

 

後列の女子が不思議そうに首を傾げる。

 

「敵だった大怪異の一部を使ったんですか?」

「そうだ。大仏に浄化された神木は、本来の神の依り代としての性質を取り戻していた。それを建材として使うことで、思いのほか順調に大仏殿が完成した」

 

教師は新しい項目を書く。『仏教の発展』。

 

「大仏建立には、多くの僧の尽力があった。特に重要なのが三人だ」

 

黒板に三つの名前を書く。『行基』『鑑真』『菩提僊那』。

 

「まず行基。民衆の中に入り、橋や道路を造りながら仏教を広めた。その功績を認められ、大僧正の号を授けられた」

 

中列の男子が訊ねる。

 

「大僧正って、すごい位なんですか?」

「僧侶の最高位だ。次に鑑真。唐から招かれた僧で、正式な戒律を日本に伝えるために来日した。五回の渡航失敗で視力を失いながらも、六回目で日本に到達した」

 

前列の女子が驚く。

 

「視力を失っても来たんですか……」

「そうだ。しかも日本で祈禱を受けて視力を取り戻したという奇跡も記録されている。最後に菩提僊那。インドから来た僧で、大仏の開眼供養の開眼師を務めた」

 

三上は一息ついてから、新しい項目へ移る。『墾田永年私財法』。

 

「大怪異討伐後、聖武天皇は国の立て直しに取り組んだ。その一環として制定されたのが、墾田永年私財法だ」

 

窓際の男子が首を傾げる。

 

「なんか難しい名前ですね」

「簡単に言えば、『自分で開墾した土地は永久に私有できる』という法律だ。それまでの班田収授法では、土地は国のものだった」

 

後列の真面目な女子が手を挙げる。

 

「それって、律令制の根幹が変わるってことじゃないですか?」

「その通り。良い指摘だ。これは律令制が限界を迎えつつあることを示している。人口増加で配分する土地が足りなくなり、新たに開墾を奨励する必要があった」

 

教師は説明を続ける。

 

「この法律により、貴族や寺社が広大な私有地、荘園を持つようになる。これが後の時代、荘園制へと発展していくのだが……」

 

教師は時計を見た。

もう、残り時間は少ない。

 

「その辺りは、次の授業だな。では、今回の内容を纏めるぞ」

 

三上は黒板の要点をまとめ始めた。

 

・藤原氏の台頭と長屋王の変

・天平の大疫病と藤原四兄弟の死

・聖武天皇の不安と連続する災害

・国分寺建立と大仏建立

・大怪異との戦いと試練の魔穴

・仏教文化の発展(行基、鑑真、菩提僊那)

・墾田永年私財法と律令制の変容

 

書き上げた内容を生徒達がひとしきり書き写し終える頃、チャイムが鳴った。

生徒たちが教科書を閉じ、ノートを仕舞い始める。

そんな生徒達に、教師は告げる。

 

「次回は奈良時代の後半だ。文化的な成熟に反して、政治的には不安定な時期になる。覚える内容も多いから、予習しておくように」

 

その後立ち去る彼を見送り、生徒達は談笑し始めた。

 

「やっぱり大仏の話は燃えるな!」

「大怪異もデカいのが暴れたってのが、こう……何か滾るっすね!」

「……男子はさあ、不謹慎よね」

「ねー」

 

そんな中、後列の女子──芦原が、隣の席の男子──定原に話しかける。

 

「三上先生って、説明丁寧だね」

「う~ん、比べた事がないから、良くわからないな」

「丁寧だよ~、前の学校の先生はもっと……」

 

他の生徒達の声も上がる中、教室は一時のざわめきに包まれる。

窓の外で、何かの試合が終わったらしい、甲高い笛の音が遠く響いていた。




次回より奈良時代後半突入
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