よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】   作:Mr.ティン

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鈴鹿山演義 ~弐~

【坂上田村麻呂】

 

「ここは……?」

 

洞窟の入口には、不思議な雰囲気があった。

自然の洞窟とは思えない、整った岩壁。

そして、奥から漂ってくる、清浄な気配。

 

(もしや、これは……魔穴か? 古いものであるようだが……)

 

魔穴の多くは人里近くにあるが、同時に山地にも数多い。

そして、山地の魔穴は特に古く、階層も深いと知られている。

更に言えば、魔穴は瘴気を浄化するとも言われているのだ。

故におれは、意を決して中に入った。

するとそこには――光り輝く霊鳥がいた。

 

「なんと……」

 

純白に輝く鳥。

その神々しさに、おれは目を奪われた。

間違いない。おれを導いた輝きは、この鳥の光だ。

 

「もしや、神仏の使いなのか……?」

 

問いかけるが、鳥は佇むのみだ。

だが代りに、洞窟の奥から、声が聞こえてくる。

 

「この地に、何の御用でしょう」

 

女性の声だった。

瘴気が満ちる山には場違いな、だがこの鳥の輝きの中では、これ以上ないほど相応しい、清らかな声。

霊鳥は、その声に警戒することなく、むしろ穏やかに羽を休めている。

神秘的で、どこか遠くから響いてくるような不思議な声は、俺に問いかけていた。

 

(神仏の類いの呼びかけ、か)

 

おれは、礼を尽くして答えた。

 

「どなたか存じませぬが、御無礼をお許しいただきたい。おれは、坂上田村麻呂と申す者。朝廷の命により、大嶽丸討伐の任を受け、この山に参りました」

 

しばしの沈黙。

そして、俺の声に応える様に、洞窟の奥から――見目麗しい天女のような美女が現れた。

 

「……ぁ」

 

おれは、息を呑んだ。

 

長い黒髪に透き通るような肌。

眉目秀麗にして静謐なる佇まい。

それでいて、その身にまとうのは、神威を漂わせる具足なのだ。

美しさと健気な凛々しさを秘めた彼女に、俺は自然と膝を折り頭を垂れていた。

その神々しさに、おれは思わず問いかける。

 

「もしや、貴女は……この山の神であらせられるか?」

 

美女は、曖昧に頷き、そして俺に告げた。

 

「田村麻呂様。あなたは、大嶽丸を討つと仰いましたね?」

「はい。それが、おれに課された使命にございます」

「……であるのなら、力をお貸ししましょう」

 

その言葉に、おれは喜びを感じた。

 

「何と有りがたきお言葉か! しかし、山の神よ。お力をお借りいただけるとして、如何様にお呼びしたものか」

 

美女は、少し考えるように目を伏せた。

そして、遠き日を思い出されたのか、こう告げられた。

 

「……かつて、姫巫女と呼ばれておりましたが……如何様にも好きなように」

 

姫巫女。

神に仕える、尊き存在。

なるほど、古き御霊が神となられた方であるのか。

おれは、咄嗟に言葉を紡いだ。

 

「であるならば……鈴鹿の山の尊き姫、鈴鹿御前と、お呼びさせていただきたい」

 

その言葉に、美女は――驚いたように目を見開いた。

そして、しばし噛み締めるように佇む。

やがて、ほころんだように微笑んだ。

 

「……鈴鹿御前、ですか。良いお名前ですね。ありがとうございます、田村麻呂様」

 

その微笑みは、何という美しさか。

おれは時と場も忘れ、この方に見惚れてしまった。

 

 

【アマテラス】

 

(スサノオったら、あんなに嬉しそうに……)

 

私は、魔力の流れの中で、スサノオの様子を見つめていました。

弟は、ある若者を鍛え始めていたのです。

あの子の気まぐれは、今に始まった事ではないのですが、今回は特に楽しそう。

それが、とても微笑ましく、私はその様子を度々眺めていたのです。

 

そして、次第に……私は、その鍛えられている青年ばかり見るようになっていました。

領域に映し出される光景の中、弟にあしらわれながら、それでも挫けず向かい続けるその方。

 

坂上田村麻呂様。

 

その真摯な姿勢と、武にかける情熱は――遠く生前の記憶の中の、クニの長を務めていらしたお父様を思い出させるものでした。

クニの長と、武門の跡継ぎ。

有様は違いながら、それでもその真摯な瞳は、記憶の中のお父様のそれと不思議と似ている気がして。

 

(素敵な方……)

 

私は、彼の姿を追い続けました。

 

そして、ある日――田村麻呂様が、弟に一撃を入れるのを見届けた時。

何かを成し遂げたと自覚した、あの方の姿が、私の心に焼き付いたのを感じました。

あの方の事を考えるほどに、疑似的に作られている筈の心臓が、高鳴るのを抑えられません。

 

(ああ……これが、きっと……!)

 

それは、長年『恋することに恋していた』私にとって、衝撃的な出来事で。

ハルカやアキト様の関係を羨ましく思い、いつか自分もと夢見ていました。

ですが、まさか本当に、こんなにも心を奪われる方に出会えるなんて。

 

(私、あの方に恋をしてしまったんだ……!)

 

そう自覚してからも、私は田村麻呂の姿を追い続けました。

そしてある日、彼が鈴鹿山の大嶽丸討伐を任命されたことを知ったのです。

 

(大嶽丸……大怪異の瘴気から生まれた異形……)

 

北の果てから都までの道中で、大怪異が残した瘴気の残滓。

その中でも特に大きな汚泥の沼が生み出したあの怪異は、私の目から見ても恐ろしい存在です。

 

(でもきっと、弟に鍛えられた田村麻呂様なら……)

 

私は、討伐の成功を信じて、その旅路を追ったのです。

 

ですが、状況は厳しいものでした。

空さえ飛べる大嶽丸は、あの方の接近を知り、配下を伏せていたのです。

あの方は、配下の者を変異山賊から逃がすため奮戦し、囲いを突破しましたが、直後。大嶽丸の起こした嵐により分断されてしまいました。

結果、田村麻呂様は一人、嵐の山中を彷徨う事になってしまったのです。

 

(いけない……!)

 

私はもう座視したままではいられませんでした。

魔穴核岩──ダンジョンコアの力を使っての直接の干渉は、アキト様に禁じられています。

でも、写し身を使っての干渉は、許されていました。

 

私は、この地の魔穴を探し、安堵しました。運良く、田村麻呂様からほど近い場所に、それはありました。

更に、アキト様が各地に放っていらした霊鳥の一羽が其処に居たのです。

 

(あの方は、天運も兼ね備えて居るのね)

 

私はその霊鳥に命じてその身を輝かせ、田村麻呂を鈴鹿山の魔穴へと導きました。

あの方に、休息の場所を用意する為に。

 

ですが、その間も、大嶽丸配下の山賊は近づいているのです。

輝きはあの方を導きますが、変異した山賊たちも引き寄せてしまいかねません。

そして、霊鳥の輝きは、瘴気を退けますが元は人の山賊には効果が薄いのです。

 

(……お助けしないと)

 

私は、決心しました。

写し身を作り上げるのです。

かつて、スサノオが鬼の姿で現世に現れたように、私も田村麻呂様の前に現れましょう。

 

戦い方も、役行者様に従っていた際に、身に付けて居ます。

あの方の足手まといにはなりません。

 

そして――私は、作り上げました。

かつて、姫巫女と呼ばれていた時に近い──そしてほんの少しだけ成長した姿を。

 

そして、田村麻呂様の前に姿を見せたのです。

 

初め、彼は私を山の神だと思ってくださっているようでした。

その後大嶽丸討伐に協力すると告げると、喜んでくださったのです。

 

そして――

 

「鈴鹿の山の尊き姫、鈴鹿御前と、お呼びさせていただきたい」

 

その言葉を聞いた時、私の心は歓喜に満ちました。

 

(鈴鹿御前……私の、名前……!)

 

姫巫女と呼ばれることで秘してしまったかつての本当の名前。

何時しか呼ばれるようになったアマテラスの名。

それらに並ぶほど、彼から与えられた名は嬉しかったのです。

 

私は、心の底より溢れる微笑みに身を任せました。

 

そして、陶然と私を見つめてくださる田村麻呂様を見て――私は、完全に夢中になったのです。

 

ですが、その時――

 

霊鳥が、警告するように鳴きました。

私と田村麻呂様はその意味を察して、弾かれたように魔穴の入口を見たのです。

 

そこには――変異山賊が、霊鳥の発する光に怯みつつも、魔穴に押し入ろうとしている姿がありました。

 

「……光が、呼び寄せてしまったのですね。せめて一時田村麻呂様には休んでいただきたかったものを」

「……なんの。既に休ませていただきました。故に、ここはお任せを、鈴鹿御前」

「いえ、私も。この具足は見かけだけではありませんよ?」

 

私たちは、視線をかわし合い、微笑み、頷き合いました。

そして、武器を構えます。

田村麻呂様は、剣を。

私も同じく、腰に佩いていた二振りの剣を。

 

ゆっくりと敵が、迫り来ますが、私は何も怖くありません。

田村麻呂様の武を、私は弟に並ぶほど知っているのですから。

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