よくわかる日本の歴史 ~ただし、原始時代から日本にのみダンジョンがあったものとする~【第三部完】   作:Mr.ティン

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鈴鹿山演義 ~参~

【坂上田村麻呂】

 

変異山賊たちが、魔穴へと押し寄せてくる。

 

元が人であるためか、怨霊が嫌う光にも幾らか耐性があるらしい。

霊鳥の輝きに怯みつつも、遂には襲い掛かってきたのだ。

 

「せやあっ!!」

 

だが、おれは容易くこれを打倒する。

 

一歩踏み込み、横薙ぎに剣を振るう。

今まさにおれに飛び掛からんとした、変異山賊の首が地に落ちた。

頭を失った残った身体は、数歩走った後、おれの背後で力を失い崩れ落ちる。

 

その様にひるむことなく、次の敵がおれへと迫った。

だが、おれは既にそいつの目の前に居ない。

目を見開き、おれを探そうとする敵の横に、既に踏み込んでいた。

師から学んだ歩法は、相手から見た時、霞の如く動きを掴ませぬもの。

敵の攻撃の間合いを外しつつ、剣を振るうべき最適な場所へと踏み込む神業だ。

 

そして、再びの一閃。

おれを見失った者への、意識の間隙に差し込まれるような剣だ。

認識の外から来る斬撃は、受け手に避けることも防ぐことも許さない。

 

「ぐあっ!?」

 

三体目が倒れる。

四体目、五体目も、同じように倒れていく。

 

山賊たちの武器や素手の攻撃は、悉くおれの身体を捉えられない。

師より学んだ歩法は、まさに神業であった。

 

(師よ……我が武神よ。見ていてくださるか?)

 

そして、未だ師の高みには届いていない。

師であれば、おれが一人切り捨てる間に、両手の指程の敵を切り裂いているであろうから。

 

おれがその様に、師の偉大さと己の未熟さを感じる中、鈴鹿御前もまた、二本の剣を抜き放っていた。

そして、その二本の剣を、宙に放り上げたのだ。

 

「何を……っ!?」

 

すると――驚くべきことが起きた。

 

二本の剣は、まるで生きているように空中を駆け、変異山賊たちを打倒していったのだ。

 

一本が山賊の首を刎ね、もう一本が別の山賊の胸を貫く。

そして、また別の敵へと向かっていく。

 

その術の精妙さと、溢れ出る霊力に、おれは驚愕した。

 

「何と……!」

 

これが、山の神の力か。

いや、神そのものの御業というべきか。

術師の中には、岩などを浮かせ、敵に自在にぶつける者が居るが、この様な剣の名手が如き動きを為させるのは困難であろう。

まさしく神業。

そして……。

 

(何と、凛々しく、美しい……)

 

おれは、鈴鹿御前に見惚れそうになった。

それほどに、戦の最中であっても彼女が美しかったのだ。

だが、その様な無様、師にも顔向けできぬ。

おれは必死に、戦へと意識を向け続けた。

 

やがて、全ての変異山賊が倒れる。

凡そ、二十程度か。これが大嶽丸配下の全てでは無かろうが、相応に戦力を削った筈である。

すると鈴鹿御前が、おれに声をかけた。

 

「田村麻呂様」

「如何為された? ……それは……?」

 

振り向くと、その手には、輝く光の珠があった。

恐らく実体ではないだろうそれは、術に疎いおれでも神々しさを感じさせられる。

 

「あなたに、お渡しするものです。どうか、その剣を、此方へ」

「剣を……?」

 

鈴鹿御前の言葉におれは頷き、愛剣をその光の珠へと触れさせた。

すると、どうした事だ。

 

「……っ!? こ、これは……!?」

 

光の珠は、剣に溶け込み、その在り様を変貌させたのだ。

おれの愛剣が、神々しい輝きを放ち始める。

まるで、太陽の光を宿したかのような、眩い輝き。

 

「これは……一体……?」

「神器の分け御霊にございます」

 

鈴鹿御前は、静かに告げた。

 

「皇家に伝わる神剣の分身を、宿したのです」

「神剣の……分身……!?」

 

おれは、驚愕した。

皇家に伝わる神剣とは、あの三種の神器の一つだというのか。

 

「はい。その名は、天羽々斬。大蛇を斬った、神威の剣でございます」

「天羽々斬……!? であるなら、貴女様は……っ!?」

 

そうだ。であるならば、この方はそれ程の神格を持つ御神に他ならぬ。

思わずその御名を口走ろうとしたおれの唇を、この方はそっと人差し指で押さえたのだ。

 

「私は、鈴鹿御前。それでよいではないですか」

「……」

 

……その御名を口にすべきではない。そう言う事なのか。

おれは穏やかにほほ笑みを浮かべるこの方に、それ以上何も言えなくなった。

そのような俺に満足したのか、この方……いや鈴鹿御前は俺に告げる。

 

「今この時、大嶽丸を討つためにこそ、あなたに託します」

「……はっ! 確かに!」

 

おれは、この方の言葉の意味を噛み締めた。

それ程の神剣であれば、分け御霊であろうとみだりに振るうべきものではない。

ましてや、人に向けるには過ぎる力だ。

 

「さあ、田村麻呂様。この剣で、大嶽丸の嵐を払いましょう」

 

鈴鹿御前に促され、おれは魔穴の外に出た。

そして、天に向かい、天羽々斬を振るう。

 

「はああああっ!!」

 

切っ先から溢れた輝きが、光の軌跡を描いた。

天まで伸びた光は、おれが振り下ろす軌跡に沿って、立ち込めた暗雲さえも引き裂いたのだ!

雷雲が裂け、豪雨が止み、風が凪ぐ。

大嶽丸が引き起こした嵐を、神剣は跡形もなく消滅させていた。

そして、雲が払われ、再び差し込んだ日の光により、山頂までの道が、顕わになる。

 

「これが……天羽々斬の力……!」

 

おれは、己の手にある剣を見つめた。

何という力か。

 

「さあ、参りましょう」

 

鈴鹿御前が、おれの隣に立つ。

その瞳には、強い決意が宿っていた。

 

「はい!」

 

おれたちは、山頂までの道を走り抜けた。

大嶽丸が引き起こした嵐は、天羽々斬に雲ごと切り裂かれ、再び引き起こされることはない。

やがて、山頂から怒りの咆哮が轟いた。

 

「グオオオオオ……!!」

 

その声は、山全体を震わせる。

嵐を引き裂かれ再びの嵐さえ封じられたと知り、大嶽丸が怒り狂っているのだ。

更に、山頂まで見通せるようになったことで、おれはそれを見た。

 

(……あれが)

 

山の輪郭、その頂に、歪なカタチがある。

この距離でも解る巨体が大岩に座し、天に吠えるその姿。

あれこそ、大嶽丸に他ならぬ。

 

その大嶽丸が待つ山頂まで、あと僅か。

だが……。

 

「……まだ、いたのか」

「そのようですね……」

 

山頂までの最後の道の前に、残った変異山賊が集結していた。

その数は、数十。

先の洞窟に押し入った数よりも多く、今度は山頂までの道を塞ぐように密集し布陣している。

死角の無いその陣形に、おれは眉根を寄せた。あれでは、師より学んだ歩法も、すり抜ける前に何者かとぶつかり、気取られてしまう。

更に、あれらも元は人である以上、みだりに神剣たる天羽々斬を振るうべきでは無かろう。

となると……。

 

(……手傷を負うも止む無しか)

 

強引な突破になると、おれは覚悟した……その時。

 

ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!

「何っ!?」

 

突如、変異山賊たちへと矢が射かけられたのだ。

 

「若君!!」

「若君、御無事か!」

「おお、お前たちも無事であったか!」

 

それを成したのは、分断されていたおれの兵たちだった。

暗雲を切り裂き、嵐を吹き払った様子を、配下の兵も目撃していたのであろう。

恐らく、急ぎ山頂を目指し、ここで合流となったと言った所か。

 

「皆、よくぞ!」

「若君こそ…………うん?」

「……若君、その女性は……?」

 

おれは、配下の兵たちに声をかけたが、皆はおれの隣に立つ鈴鹿御前の存在を訝しんでいる様子。

 

「この方は、鈴鹿御前。おれを助けてくれた方だ。無礼の無いように」

「なるほど、その様な事が……」

「あの清廉さ……この地の神職であろうか……?」

「神々しさも感じる故、恐らく?」

 

だが、おれの言葉と、その佇まいから、神聖なる術者であると判断したようだ。

するとすぐさま、兵達は槍を並べ、山道を塞ぐ賊たちへと突き進む。

 

「若君、ここはお任せを!」

「我らが、こやつらを食い止めます!」

 

配下の兵たちは、変異山賊を相手取ろうというのだ。

実際、嵐と共に瘴気も幾らか吹き飛ばされているため、配下の兵は瘴気に惑わされることがなくなっていた。

また、変異した山賊は瘴気が薄くなったことで力が衰え、おれの配下の兵に押し負けるようになっている。

故に、おれはこの場を兵達に任せる事とした。

 

「頼んだぞ!」

 

大嶽丸は尋常ならざる相手。

生なかな兵では、あたら命を散らすだけであろう。

であるならば……。

 

「……(コクリ)」

「……(コクリ)」

 

おれは鈴鹿御前と頷き合う。

大嶽丸に挑むのは、この二人だけで、良い。

それを確かめ合い、おれたちは崩れた山賊の陣形の合間を駆け抜け、山頂への道へ足を踏み入れた。

 

 

【アキト】

 

(いやあ、すごいな)

 

俺は、自身の領域内で、田村麻呂とアマテラスが山賊相手に大立ち回りを演じる様を観戦していた。

隣には、ハルカが座っている。

その膝の上には、分裂したアマタの一人――少年タイプが、抱えられていた。

 

俺の領域内に映し出される光景は、臨場感たっぷりだ。

そこから目を離せない様子のアマタが、不思議そうにハルカへと尋ねる。

なぜなぜ期真っ最中なのだ。

 

(ねえねえ、お母さん! 何でアマテラスお姉ちゃんの剣は浮いているの?)

(アマテラスちゃんは、色んなものを魔力で操るのが上手なの)

 

ハルカが、優しく答えた。

俺も、同時に過去を思い出しつつ頷く。

 

(そうだな。アマテラスは、物を動かす術に長けている)

 

アマテラスの生前、彼女は埴輪を動かしたり、自動で動くネズミ弾きを作ったりしていた。

その器用さは、今も健在のようだ。

それどころか、浮いた剣は達人の動きを模倣までしている。

ただ動かすのとはわけが違う精度だ。

 

別の方向から、別のアマタとスサノオの声が聞こえる。

 

(スサノオお兄ちゃん! あの人の剣、すごいね!)

(っと……ああ、キレがあるだろ? あいつは見どころあったからな!)

 

スサノオは、弟子である田村麻呂を誇らしげに見守っていた。

ただ、少し慌ただしい様子でもある。

その傍には、分裂アマタの一人が、楽しげに応援していた。

 

(ねえねえ、スサノオお兄ちゃん! なんで、あのお兄ちゃんの剣をみんな防げないの?)

(誰もが持つ、無意識の隙を突いているからだぞ!)

 

スサノオが、嬉しそうに解説する。

 

(構えを作る瞬間、攻撃を繰り出す瞬間、そういう一瞬の隙に、田村麻呂の剣が入り込むんだ!)

(すごーい!)

 

アマタが、目を輝かせている。

……まあ、此処までは良い。

 

(フゴ~~~ッ!?)

 

一方で、ツクヨミは何やら叫んでいた。

だが、その顔面には、何故かツクヨミに特に懐いている分裂アマタ――少女体が張り付いており、まともに言葉を話すこともできずにいる。

更には暴れないように、スサノオに取り押さえられているのだ。

 

(きゃっきゃっ♪)

 

何が楽しいのか歓声を上げる少女アマタ。

楽しそうにツクヨミの顔に抱きついているせいで、ツクヨミは中々に愉快なことになっている。

 

(フゴ~~~ッ!? …プハっ! 放せスサノオ! 私は姉上を誑かす不埒ものに天誅を下すのだ!)

(駄目だぞ、兄上。姉上の恋路を邪魔するなんて。ほら、もう一度抱きついてやれ)

(わーい!)

(フゴッ!? フゴゴゴ!?)

 

首を振って一瞬解放された口も即座に塞がれ、ツクヨミは再びフゴフゴ言うだけの物体に成り下がった。

ツクヨミは、相も変わらず完全にシスコンを拗らせているのだ。

ハルカが、苦笑する。

 

(ツクヨミも大変ね……)

(兄上は手遅れだからな!)

(酷い言われようだが、事実だなあ……だが、アマテラスの恋は応援してやりたいな)

 

アマテラスは、長年恋に憧れていた。

その彼女が、ようやく本当の恋を見つけたのだ。

 

(さあ、いよいよ大嶽丸だな)

 

俺たちは、領域に映し出された光景を見つめた。

田村麻呂とアマテラスが、山頂へと向かっている。

そこには、大嶽丸が待っている。

 

(頑張れ、アマテラス)

(ワタシも、応援してるわ)

(姉上、頑張れ!)

(ドキドキ!)

(ワクワク!)

 

(フゴォォォ……!)

 

……ツクヨミだけは、まだ納得していないようだが。

 

こうして、俺たち全員、アマテラスと田村麻呂の戦いが始まるのを、固唾をのんで待つのだった。

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