何処にでもいるOLである私にはいつもお弁当を作ってくれる人が居る。
帰れば私を出迎えてくれて、お風呂も用意してくれてるそんな人
外から見ればいい関係なのかもしてない
だけど、私はどうしても彼女との生活に違和感を感じていて……


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第1話

 

 食事とは人の心を和ませる。

 お腹の中にモノが入っていれば自然と気力と活力が湧き出て、逆に空腹ならば無気力で何もかもが億劫になってしまう。

ましてや苦労と苦悩の山である勤務時間の合間となれば、その重要性はもう言うまでもない。

 

「いただきます」

 

 自分のデスクで持参したお弁当を広げる。

 社会人になる前はOLの昼食というものはグループを組んで取るモノだと想像していたけれど、いざやそうなってみると全く違っていて人に依ってそのスタイルは様々だった。

 けど、それは私にとっては有難いことだ。誰かとの食事も嫌いじゃないけど、仕事の合間は一人でゆっくりしたい。

 

「先輩今日もお弁当ですか?」

 

 好奇心にあふれた一言に私の箸は止まる。

 声をかけてきたのは職場の後輩。いかにも興味津々と言った風に、私の昼食が詰まった弁当箱に視線が注がれていた。

 悪い子じゃないんだけど正直こういうのは辞めてほしい、折角の食事に水を差されたような気分だ。

 そんな私の視線を知ってか知らずか、後輩は構わず会話を続けようとする。

 

「たしか、同居してる人が作ってくれてるんですよね」

「そう」

「もしかして恋人だったりします?」

「…………違う」

「なんです、今の間」

「なんでもない」

「いや気になるんですけど」

「しつこいな、違うって言ってるでしょ」

「でも、なんか毎回すごい凝ったお弁当持ってくるじゃないですか」

 

 まぁ……凝っているのは否定しない。

 良い感じに胡椒の利いてしっかりジャガイモを感じるポテトサラダ(人参抜き)に、ポリポリとした食感が楽しいキュウリの漬物。トマトはさっぱりとした味わいで、林檎は塩水を使ってきれいに保ちメインのウズラの卵入り肉団子は存在感抜群である。

 水筒にはお茶も完備で、まさに至れり尽くせりの内容だ。

 

「もう半年になるのに毎日それだけのお弁当作るなんてそりゃあもう愛情が無いとやってられませんよ」

 

 したり顔で頷く後輩を後目に私はポテトサラダを口にしてそのジャガイモとマヨネーズが混じりあった独特の食感を舌で愉しむ。

 半年前も美味しかったけど、今は更に美味しく感じる。それも当然で、これは全て私の好みに仕立てた料理だ。

 そう、私の為に作られた料理。半年の間で私の好みを知って、それを追求して作られたお弁当。一つ一つきちんと手間をかけて、一日も欠かす事無く。

 確かにそれは、傍から見たら愛情に見えるのかもしれない。

 

「先輩?」

「何?」

「いや、なんか今、難しい顔してたから何かあったのかなって」

「別に、何も無いよ」

「いや、絶対何かありますって。先輩直ぐ顔に出るんだから」

 

 それは昔からよく言われる。

 自覚は無いが、今の感情が顔に出やすいらしくなんとか直そうとしているのだがなかなかうまく行かない。

 

「もしかして、同居してる人とうまく行って無いとか」

「いいから、お昼ぐらい食べさせて。今日も残業なんだからこの時間ぐらいはゆっくりしたい」

「……あの残業って」

「勿論、アンタも」

 

 社会人が二番目に聞きたくないのに(一番目は休日出勤)しょっちゅう聞く事になる言葉を浴びせてやると後輩の顔が途端に顔が引きつった。

 内心ざまぁみろと舌を出す……が、だからと言って私の気分が晴れるわけじゃない。ただ単純に覗き見される不快感を押しのけただけで、憂鬱な事柄はまだ横たわったままだからだ。

 それを紛らわす為に、甘いソースの肉団子を噛締める。

 お肉と一緒に卵が崩れる感覚は期待通りに私の心を和ませて、だからこそどこか虚しい味がした。

 

 

 

               * * *

 

 

 

 そうして通常の……最近はこれが通常に成りつつもあるけど、とりあえず定時よりも2時間遅く仕事が終わる。

 取引先のミスによる遅延など本当に勘弁してほしい。そちらのミスならそっちで埋めるのが筋じゃないか、なんでウチが尻拭いをしなきゃいけないんだ、しかも2ヶ月前の日付だと?完全に仕事舐めてるだろ。

 そんな怨嗟を心の中でぶつぶつと呟きながら、私は秋の気配がかなり薄くなった夜を歩き、自宅として使っているアパートの一室の前にたどり着く。

 寒さと空腹と疲労とストレス、心が荒む要素の役満でもう何をする気も起きない。以前だったら家に着いたらシャワーを浴びてコンビニ弁当をビールで流し込んで、そのままダラダラしながらベッドに潜り込むという生活だった。しかし今は違う、質という意味では前より確実に良い生活を送っている。

 それは……皆まで言う必要もない、鞄の中に入っている今は空になった弁当を持たせてくれる人が居るからだ。

 

「おかえりなさい!」

 

 私が家のドアが開くよりも前に、同居人が扉を開けて出迎えてくれた。

 月の光をそのまま映してしまいそうなぐらい白い肌と、小さな猫のような愛らしい笑み。それは半年の間に幾度も目にして今となっては安心感を覚える一方で、未だに心の何処かがざわつき揺れる。

 

「ただいま~あぁもう、つかれたぁ」

 

 心の動きを彼女に悟られないよう家の中に入りながらわざと(半分以上は本当の事なのだけれど)疲れ切った声を出した。

 ちなみに先んじて扉が開いた事は今更驚くような事ではない、彼女にとってこんな事は朝飯前だ。尤も、朝が弱い彼女は朝以降にはとことん弱るので、そういう意味でも朝飯前なのだが。

 

「御飯、もうじきできるよ」

「今日は何?」

「今日はアサリのクラムチャウダーでーす」

「いいねぇ、楽しみ」

 

 誤魔化しきれたのか或いは単に気付かれたけどスルーされたのかは判らないけれど、当たり障りのない会話が進む。進んだ中で晩御飯のメニューが出れば益々空腹は進んで、そろそろ限界が近い。

 あぁでもその前に着替えなくちゃとかそう言う事を考え始めた矢先であった。

 

「それと、お風呂出来てるよ」

 

 魅力的な提案。

 疲れているから御飯の前にお風呂に入ろうか、それともお腹が空いている御飯の後にお風呂に入ろうか。

 残業という残酷な時間を乗り越えた私にとって悩ましい選択。だけれど、それが選択ではない事に直ぐに気が付く。

 

「うん、お風呂出来てる」

 

 念を押すかのように繰り返される言葉と彼女の何かを期待しているかのような目。

 いや、何を期待しているのかは解かる、今までにも何度もしてきた事だ。

 

「今日は疲れてるんだけど」

「うん、わかるよ?解るんだけど……前の時から結構間が空いてるし、そろそろ私も限界が近いって言うか」

 

 そうだっただろうか?

 鈍い頭で記憶を探ると、確かに前回から2週間ほど空いている事に気が付く。

 確かにそれではキツいだろう。晩御飯がアサリなのもその為なのは間違いない。

 

「あー……」

 

 疲労が私に決断を遅らせる。尤も、遅らせるだけで出来なくするわけじゃない。

 毎日毎日三食作ってもらっている恩はあまりにも大きいし、それに……

 

「ね、いいでしょ?」

 

 期待から懇願に変わる眼差し。

 そう言う目で見るのはちょっとやめてほしい、ますます断りづらくなってしまう。

 

「解った」

 

 私の折れた一言で、彼女の顔がパッと明るくなる。

 

「うん!それじゃあ先にお風呂行ってて!」

 

 パタパタと軽い足取りで彼女はキッチンに向かう。

 私はと言えば、溜息を一つ吐いて風呂場へと足を運ぶ。

 洗面所でコートとスーツを脱いで、用意してあったハンガーにかける。シャツや下着の類はもう面倒くさいからそのまま洗濯機の中に突っ込んで、体一つで浴室に滑り込む。そしたら念入りに化粧を落として(肌が荒れやすいのでどんなに面倒くさくてもこれは欠かしたことが無い)それから湯船だ。

 温度は42度、夜空で冷えた体にこの暖かさはよく沁みる。

 

「ふぅ……」

 

 体が緩み疲れがほどけていくような感覚に私の意識はあっという間にあやふやになる。

 風呂場で寝てはいけないなんてよく言われるけど、それでもここでの睡魔の魅力は如何ともしがたい。

 いやでもなんとか耐えなくては、この後に『御飯』なのだからその前に体も髪も洗って全部済ます必要がある。あぁでもやっぱり一度湯に浸かると出たくなくなるのも人情で、 その間で揺れながらとグダグダと時間だけが過ぎてゆく

 どれだけそうしていただろうか、外からかけられた声が私の意識を引き戻す。

 

「ねぇ、そろそろいい?」

「えっ!?あっ、ちょっとまって!!」

 

 反射的に湯舟から上がって大急ぎで体を洗う。

 大雑把だけど仕方ない、終わった後ではやる気にならないのだからその前に済ませなくては。

 

「いいよー!」

「お邪魔しまーす」

 

 最低限……本当に最低限で済ませて彼女を呼ぶと待っていたと言わんばかりに浴室に入って来る。

 バスタオルだけを巻いた細く妖しげなその体。ここがアパートの浴室なんてものじゃなくてもっと湯気や或いは霧が立ち込める場所ならばそこに溶けて消えてしまいそうな不安を誘う姿。

 その不安を嘲笑うように彼女が私を後ろから抱きしめる。

 湯で温まった体を一気に冷ますような冷たい感覚。ただの皮膚感覚だけではない、もっと生物の本能に根差したような寒気に身を震わせると、彼女の囁きが私の脳髄に響く。

 

「いただきます」

 

 肩に一瞬の鋭い痛みが走る。けど、そんなのはどうという事はない、何故ならもっと深刻な事態が私に発生するからだ。

 

「う……く……」

 

 彼女の牙が私の肩に突き立てられる。

 傷口からにじむ血、だがそれは私の体を伝う事は無く、彼女の牙へと吸い込まれてゆくのだろう。

 断言でないのは、私がその様を見た事が無いからだ。

 何故なら鏡に彼女の姿は無く、不自然な傷痕とそれに悶える私が映るだけ。

 

 それは何時か映画で見た吸血鬼に襲われる被害者のようで、だけれどこれは映画でなく紛れもない現実だ。

 一つ違う事があるとすれば、私は被害者なのでは無く彼女に対して自分から血を捧げているという事。

 

「……ぐっ、う……!」

 

 “血を吸われる”というより“命を吸われる”という感覚。

 私の中から熱と力が失われ、意識は深い闇の淵を垣間見る。

 喰われる血液量は決して多くは無いのに、闇がそこにある事が殊更に恐ろしい。まるで心が直接死を見ているようで、私は目を閉じて必死にそれに抗おうとする。

 けれども耐えるほどに恐怖は膨れ上がり、その裏側で言いようのない快感が走る。

 喰われ堕ちようとしている事に魅力を感じているようで、どうしようもなく気持ち悪い。

 

「あぁっ……は……ぁ……」

 

 命であるならば本来逃げるべきであろう誘惑に私は耐える。

 耐えれはすれど震える体を彼女の冷たい腕が強く引き寄せて、それが私の心を揺らすのを彼女は気が付いているのだろうか。

 いや、おそらく知らないだろう。

 ただいつもと同じように私の血を喰らうだけ。そして、食べ終わったのであれば……

 

「ご馳走様」

 

 霞む思考と共に牙が抜かれ、短く終わりの時が告げられた。

 安堵によって緩んだ意思のそのままに崩れ落ちようとする私を彼女がそのまま抱きかかえて、それに甘えるようにゆっくりと呼吸を整える。

 私の血を味わった彼女はどんな顔をしているのだろうか?

 歓びか、幸福か、それを知りたくて酷い倦怠感の中で視線を向ける。

 だけれど、微笑む彼女は私を出迎えた時と何も変わる事が無くて、私は荒い呼吸の中に落胆の色を混ぜる事しかできなかった。

 

 

 

                   * * *

 

 

 

 

「美味しい?」

「……ん」

 

 昼の間に綺麗に掃除された居間で料理の並んだテーブルを挟んで私たちは言葉を交わす。

 勿論、味という点に関しては一切不満はない、白く暖かなアサリのクラムチャダーは十分に私の胃と心を満たしてくれる。ついでに言うなら、失った血もだろう、あさりは鉄分が多くて血を作るのにうってつけな食材の一つだと最近知った。

 血を作ると言えばレバーが有名で、さらにはニラレバが定番だが家ではあまり出てこない。理由は単純で、彼女が大蒜を扱えないから。

 市販の焼き肉のたれとかオイスターソース使えば大蒜無しでも美味しいニラレバが出来るけど、彼女は手作りにこだわってそう言うのをあまり使いたがらない。

 

「傷は大丈夫?」

「へーき、今回もちゃんと止血してもらったし」

 

 寝巻の下のガーゼに触れる。実際、止血処置は毎回完璧で血が滲んだ事など一度もない。こういうのは、やはり血のエキスパートたる吸血鬼故の技術だろうか。

 

「そっか、良かった」

 

 微笑みながら、彼女はホットココアを口にする。

 吸血鬼である彼女にとって普通の食事なんて一切必要ないけど、私が食べている間にただじっと見つめられてるだけと言うのは落ち着かないと零してからからはこうして飲み物を飲むようになった。

 ……彼女は、私に都合よく合わせてくれる。

 勿論、何もかもとは言わないけれど、それでも人間である私の生活リズムに合わせて活動してくれるのは事実だ。

 平日は私が仕事だから昼間の間、彼女は部屋のカーテンを閉め切って静かに眠りながら過ごせる。けど、休日となれば私も家にいるから彼女は昼も眠らずに起きて色々な雑事を熟す。

 曰く、昼間は著しく力が落ちるだけだからなんとかなるらしいけど、逆を言えばそういう状況を耐えていてくれるわけで……それがどうしてか居心地が悪い。

 いつも笑顔を絶やさぬ彼女に、何故か不安を覚えてしまう。

 私を食い殺す気など無いことは解っているのに。

 

「どうしたの?」

「えっ あー……ううん、別に」

「嘘、なんか変な事考えてた」

「……いや、そんな」

「隠しても無駄。貴女すぐ顔に出るんだから」

 

 昼間、後輩に言われた言葉を彼女の口から再び聞く。

 

「それに、最近浮かない顔」

「……」

「何か、あった?」

 

 隠し事が出来ない、か……なら今のままもやもやと頭の中で悩んでいても彼女に余計な心配をかけるだけかもしれない。

 ならばと意を決して私は彼女に問う。

 

「あのさ」

「ん?」

「吸血鬼って、みんなそうなの?」

「そうって?」

「だからさ、人間にご飯作ったり部屋掃除してくれたり、色々やってくれたりさ」

「あ、あ~~~~どうだろう。私、他の吸血鬼にあんまり会わないし」

「そうなの?」

「うん、そもそも吸血鬼って数少ないから会う機会って少ないんだよね。なにせ人口の0.0000002%しかいないんだから」

 

 子供じみた0の数に私はちょっと噴き出す。

 彼女も別に吸血鬼の数など把握はしていないだろう。国勢調査があるわけでもないし、誰も吸血鬼の詳細なんて判らない。ただ少ない事だけは実感していてその比喩を口にしただけだ。

 

「でも、全く会わないない訳じゃないでしょ」

「そりゃ、私もそれなりに永く吸血鬼やってるから何度か会った事はあるし、吸血鬼の寄り合い所帯みたいなものに居た事もあるよ」

「へぇ、今も?」

「ううん、とっくの昔に抜けた、っていうか解散しちゃった」

「解散?」

「吸血鬼って群れる事が出来ないから、集まっても長続きしないんだよね」

「なんで?」

 

 幾つも出てくる疑問によどみなく答えていた彼女の声がそこで止まる。

 何か、変な事を聞いたのだろうか。少し不安になると、突拍子もない言葉が飛び出してきた。

 

「ねぇ、最近太った?」

「はぁ!!??」

 

 脈略の無いそれに、私は思わず動揺する。

 太ってなど、いない、いない、いない、そのはずだ。健康診断でもそこまで(当社比)増えていなかったし、腹囲にも(さほどの)変化は無かった。

 だいたい私が太ったとすればそれは彼女にも責任がある、毎回毎回美味しい食事を作るからついつい食べてしまうのだ。

 食べればその分身に付くのは当然で……いや、その分運動しろよって言われたらそうなのだけれど!

 

「ふふっ」

 

 彼女の笑い声が私の動揺を一旦宥める。

 どうもまた顔に出てたようで、私は憮然としながらも残りのクラムチャウダーを口にして気持ちを落ち着かせた。

 

「私達吸血鬼って太らないんだよね」

「何それ自慢?」

「違うよ、単なる事実」

「話が見えないんだけど」

「……太るってさ、満たされて満たされて溢れて、それが体に蓄積していくって事でしょ?」

「まぁ、そうね」

「だからさ、私たちは太らないの。満たされるって事が無いから」

 

 はたと、食事の手が止まる。

 満たされない、とはどういう事であろうか?

 

「私たちはさやっぱりアンデッドなんだよね。血も通ってないし体は冷たいまんま、なーんにも変わらないまま時間だけが過ぎて行って……なのに渇きばかりがあって」

「渇くのは人間も同じだよ」

「ううん、全然違うよ。人間の空腹や乾きってそれを満たせば何かしら変化があるでしょ?食べたもの飲んだものは血肉になる、命を永らえさせる。けど、吸血鬼は維持するためだけに渇くの」

 

 吸血鬼とは死ぬ向かうモノだと彼女は言う。

 全ての命はやがて終わりを迎える。けど、吸血鬼はその終わりの淵の内にありながら永久の眠りにつくことを拒絶した者達だと。

 

「私たちはただ只管に摂理に背いて存在している。命あるものに戻れる事なんてあり得ないのに死に行くのが恐ろしくて、バカみたいに藻掻いて必死に曖昧なままであろうとする」

 

 死にゆく故に渇く体、それを繋ぎ止めるために彼女たちは命を求める。

 言うなれば砂の城だ、形を維持するために水を必要とし乾けば崩れる。そして崩れ去るのが自然なのに、いつまでも城の形を保つために無理矢理に水を足しているようなものだ。

 

「だから私たちは満たされない。渇きを癒すか否かでしかない」

「それで……太らない?」

「そう言う事。んでまぁ、そういう生態?だからさ段々と色んなことに鈍くなっていくんだよね、渇きを癒すことが最優先っていうかまず考えるのがそれなせいで他の事どうでもよくなっていくって言うか」

「つまり、無関心になる?」

「うん、吸血鬼同士だと無関心と無関心になるから。集まったりしてもいつの間にかバラバラになっちゃうんだ」

 

 確かに、無関心同士では関係は続かないというか構築すら出来ないだろう。

 私だって、後輩の事をウザったいと思う事はあってもどうでもいいとは思っていない、何だかんだ良い所があるのは知っていて知っているのはあの子に相応の関心があるからだ。

 仕事で結び付いた関係だけど、それでもちゃんとした関わり合いをもてなければその仕事自体も破綻する。

 それが出来ないのだから吸血鬼とは、様々な意味で破綻した存在なのかもしれない。

 

「……なんで?」

「ん?」

「なんで、貴女は私と一緒にいて色々してくれるの?」

 

 質問が最初に戻る。

 渇きによって物事がどうでもよくなると言うのであれば、彼女が私と一緒に生活する理由が余計に判らなくなる。

 血を定期的に得られるからだとしても、渇きを癒すのが最優先なら耐えられなくなる程期間をあけるのは何故だろうか。

 生活そのものを私に合わせる必要だってない。御飯もこんな毎日手作りなんてやる事は無い。

 私に何かあるわけじゃない、どこにでもいる平凡な女に何故この吸血鬼は尽くすのだ。

 

「なんでって……貴女が笑ってくれるから」

「え?」

 

 それは、どういう意味だろう?

 ただ一言で高鳴る胸に、更なる言葉が紡がれる。

 けどそれは、決して希望を与えてくれるものでは無かった。

 

「私たちは何も無い存在。何も得られず何も生み出せず、ただ在るだけ。けど、貴女達人間は違う、何かを感じ何かを繋ぎ何かを残して行ける」

「……何かって」

「人間は吸血鬼が得られぬものを得られる。なら、私は貴女をそれで満たしたい、何も無い吸血鬼でもそれが出来るんだって証明したい」

 

 彼女の手が私の頬に触れる。

 

「私ね、貴女が好き。仕事で疲れて愚痴を言うのも、お酒を飲むと直ぐに眠くなっちゃうところも、犬の動画を見て癒されてるのも、映画を見ると涙もろくて泣いちゃうのも、そしてなにより私の料理を喜んでくれるのが本当に好き」

 

 愛の告白のようなそれは、けれどもどこか身震いする様な悪寒を伴って私の心の中に吹き荒ぶ。

 嫌に渇く唇で、私は再度、最も大事な事を問う。

 

「なんで、私なの?どうして、私を選んだの?」

「焼き鳥をね、美味しそうに食べてたから」

「焼き鳥?」

「そう、半年前に私が何気なく入り込んだお店で貴女がご飯を食べてて、それで本当に美味しそうに食べてたから」

 

 それだけ?

 ただ、それだけで私を選んだのか?

 

「この人なら、私の作ったモノもきっと同じように食べてくれるんだろうなって、そう思ったの」

 

 笑顔で始まりを告げる彼女に、私はようやく理解する。

 嗚呼、彼女は私を見ていない。

 彼女にとって、私はお人形だ。彼女の手で彼女が望む姿を見せる為に選ばれただけ。

 もっと早くに気が付くべきだった、だって彼女の笑顔は何時も変わらない。

 私が愚痴る時も、一緒に動画を見てる時も、映画に行った時も、そしてなにより今この瞬間も。

 人間ならば笑顔と手感じるモノによって変化する、けれど彼女はいつも同じなのだ。

 それは、つまり私の生活は何をしていようと彼女にとって何も変わらないということで、私は結局……!

 

「どうしたの?」

 

 彼女が私の顔を覗き込む。

 何が起きたのか判らない彼女と視線が合う。

 

「あの、ね……私、私……」

 

 私は、お人形なんて嫌だ。人間として貴女と一緒に居たい。

 貴女に何かをしてあげたい、何かで満たしたい、何かを得てほしい、何かを分かち合いたい。

 けど、どうすればいいのだろう。

 吸血鬼がただ渇くだけの者ならば、私が何をしようと彼女には届かないのではないだろうか。

 

「………!」

 

 その恐怖に至った瞬間、私の唇が彼女に触れていた。

 切なさも甘さもない、深い冬の夜の奥底へ踏み入るようなそんな口づけだ。

 どれほどそうしていたのか。

 おそらく数秒程度の、けど私にはバカみたいに永い時間を経てゆっくりと唇が離れてゆく。

 そこにあったのは驚いたような呆けたような彼女の顔。

 けれども……

 

「うん、いいよ」

 

 その一言と共に彼女は微笑む。

 この半年で幾度も目にした、少し前まで安心感を覚えて今は悲しい笑顔。

 これから先もずっと、私が彼女の望む私でいる限りに変わらぬであろう。

 判り切っていた結果に泣きたくなって、けど泣くのは悔しくて、彼女に幾度も口づける。

 

 私はまた、笑えるだろうか?

 笑えたとしても彼女の望む笑みであろうか?

 わからないけれど、人が何かを得て満たされ変わってゆくモノならば、私を変えたものは彼女なのは間違いなくて、それを失いたくない。

 私は人間だから、飢えるならば私自身の手で私を満たすのだ。

 

 全ての嘆きと恐れををここに吐き出して。 

 痕の着かぬ飢えた骸を離さぬよう、強く握りしめた。

 


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