世紀末都市「ふるさと」   作:鳩胸な鴨

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16話 世紀末都市「浪石町」 その4

「そこの突き当たりから来るぞ。構えろ」

「あいよー」

 

春香くんの指示に従い、向かってくるゾンビたちの脳天に拳圧を飛ばす。

反射的な動きを再現できないのか、それとも急所を守るという発想がないのか。拳圧はあっさりとゾンビたちの脳天を叩き、その中に巣食う寄生虫を潰した。

 

「急所丸出しなのはありがたいですね」

「…あの、本当に人間なんですか、彼女?」

「私も怪しんでる」

 

失敬な。大宮基準では平均的な人間だ。

倒れ伏した元ゾンビたちを踏まないように進み、ふと浮かんだ疑問を口にする。

 

「…そういえば、今んとこ人型しか出てませんけど、よくあるゾンビものみたいにエッグいクリーチャーになったりとかはあるんですかね?」

「知らん、だと。まあ、元が寝たきりの老人を起こす薬だから、ないんじゃないか?」

「さっきから気になってたんですけど、どうやって、その情報手に入れてるんですか…?」

 

そうか、紫菜さんは春香くんが霊能力者とは知らないのか。

変な疑いを持たれる前に説明しておこう。

 

「霊能力者なんですよコイツ。それでここにいた霊にあれこれ聞いてるみたいなんです。

その証拠になるかはわかりませんけど、たまーになんにもないとこに向かって手を突き出し、『破ーッ!』て叫んでます」

「そ、そうなんですか…」

「前半は本当だが、『破ーッ!』は嘘だからな」

「えっ?」

「場が和むかなと」

「えぇ…」

 

重苦しい空気だったから私なりにジョークをかましてみたのだが、どうやら滑ったらしい。慣れないことはするもんじゃないな。

軽く後悔しながら、「こっちだ」と先導する春香くんの後に続く。

 

「んで、春香くんの言う通り進んでますけど、これどこ向かってんです?」

「地下室だと。そこに薬の研究をしてるところがあるらしい」

「脳に寄生虫入るってわかってんのにこんなにゾンビ作ってるってことは、下手な鉄砲数撃ちゃ当たる理論でやってんですかねぇ」

「わからんな。『ある程度命令が出せることから、労働力として利用できないか試してる』みたいな話はあるらしいが」

「文字通りの『死んでも働け』とか、ブラック企業もびっくりですね」

 

現代だと比喩でも許されない激励だが、昭和期でも許されない気がする。

いろんな意味で非人道的な薬に引いていると、異質な音が耳を撫でた。

ずるっ、ずるっ、と、濡れたタオルが引きずられた時のような音。とても病院の中で聞くようなものじゃない。

音の発生源は、私たちが歩いていた通路の先。

何かがいる。そう確信を抱いた瞬間。

 

日の明かりをかき消すように、巨影が通路を埋め尽くした。

 

その正体は、人の塊。ゾンビとなった高齢者が溶け合い、イカに近いクリーチャーと化していた。

 

「きゃひぃん!?なんですかあれぇっ!?」

「自分から死体くっつけてああなったのか、それとも人が作ったのかでエグさ変わってきますね」

「どっちでもエグさは変わらんだろうよ」

「そっか」

「なんでそんな冷静なんですかぁ!?早く逃げましょう、ほらっ!!」

 

あの程度なら見慣れてる。

イカゾンビが放つ数多の触手を弾き、受け流す。コンテナの中身が無いトラックくらいなら吹き飛ばせそうな怪力だ。

 

「見た目イカっぽいし、イカのシメで行けますかね?」

「やってみたらどうだ?」

「あ、ちょっと…!!」

 

元が寄生虫だから、知能が低いのだろう。触手の動きは単調で、速度に慣れたら簡単に見切れる。

春香くんたちに被害が及ばないよう、暴れる触手を受け流しながら、イカゾンビの懐に潜り込む。

狙うは、眉間部分に鎮座する老人の額。

手刀をそこに叩き込むと、イカゾンビの素材となったゾンビたちが一斉に叫ぶ。

どうやら弱点だったらしい。イカゾンビはひとしきり叫んだのち、べた、とその場に崩れた。

 

「お、おー…」

「まさか、眉間へのチョップ一発で沈むとは。見た目イカと一緒だからって、急所まで同じにしなくてもいいでしょうに」

「金属バットでグラウンド叩いた時みたいな音鳴ってたぞ、お前のチョップ」

「大宮だと平均的な威力です」

 

人ではなく、軟体動物の感触だった。件の寄生虫は人の体の仕組みさえも変えてしまうのだろうか。

そんなことを思っていると、紫菜さんがおずおずと問いかけた。

 

「さっきから気になってたんですけど、大宮って、あのバカみたいに事件が起きる大宮ですか?」

「そこです。知ってるんです?」

「おばちゃんが住んでるんです」

「世間狭っ」

「やっぱり大宮の血筋でしたか…」

 

大宮の血が入っていると碌な目に遭わない、というなんともくだらない仮説が浮かんだ。

もし次に民俗学関係の授業を受けることがあったら、これをテーマに論文を書こうか。

紫菜さんに仲間意識を芽生えさせていると、春香くんが行き止まりの前で止まる。

 

「…止まれ」

「なんです?またクリーチャー来ます?」

「いや、地下室の入り口がここなんだ」

「………普通の行き止まりですけど?」

「ちょっと待ってろ、開け方聞き出す」

 

春香くんが何もない場所をしばらく睨む。

数秒すると、彼は急に行き止まりの壁をいじり出した。

どうやらうまく聞き出せたらしい。春香くんは作業を10秒足らずで終わらせ、開いた壁を前に胸を張る。

 

「ほれ開いた」

「こーゆー秘密の地下室って謎にテンション上がりますよね」

「これに関しては上がらんだろ」

 

…それもそうか。ゾンビ工場みたいなもんだしな、ここ。

そんなことを思いつつ、病院にしても殺風景な通路へと足を踏み入れる。

 

「………おじいちゃん、どこだろ…」

 

不安げに呟き、きょろきょろと様変わりした通路を見回す紫菜さん。

ふと、気になることができた私は、彼女に問いかける。

 

「……そもそも、紫菜さんはどうしておじいさんがここに居るとわかったんです?」

「その…、火葬の日、偶然、おじいちゃんを乗せたはずの霊柩車が一度ここで停まって、棺桶を入れ替えてたのを私だけが見ちゃったんです…。

入れ替わった棺桶にもおじいちゃんがいたから、みんな信じてくれないと思って黙ってたんですけど…、どうしても、ちゃんとおじいちゃんとお別れしたくて…」

「…………そうか」

 

ここに忍び込むには十分な理由だ。

納得を抱きながら、私は紫菜さんに聞こえないよう、春香くんに耳打ちする。

 

「…おじいさんの霊とか見えませんか?」

「守護霊としてそこにいる。自分のことは気にすんな、帰れ…だと」

「それ、伝えた方がいいんじゃ?」

「私を挟んだ時点で、その言葉に力はなくなる。それに、これに関しては紫菜さん本人が納得するかしないかだ」

「……そういうもんですかね」

「そういうもんだ」

 

言った方がいい気もするが。

そんなことを思っていると、先の十字路の左右から2人の男が姿を現す。

 

「そこで止まれ、侵入者」

 

かちゃ、と銃が私たちに向けられる。

私は慣れているが、紫菜さんと春香くんは戦慄を顔に滲ませた。

 

「きゃひっ…、じゅ、銃…!?」

「マジに国が関わってるんだな…。桜の代紋もないのに銃持ったやつがいるなんて」

「大宮じゃ珍しくもないですけど」

「いちいち大宮と比較するな」

 

銃を規制するための法律がまるで機能してないのが大宮だ。誰もが一度は銃撃を経験してるとまで言われてる。

私たちの態度が気に食わなかったのか、それとも鬱陶しく思ったのか。彼らは銃を突きつけ、冷ややかに告げた。

 

「こっちの質問にだけ答えろ。何者だ、お前たち」

「ふっつーの大学生ですよ。アンタらのあやしげーな実験をたまたま知っちゃっただけの」

「チッ…。どこから漏れた…?」

「取り敢えず2人消して、1人は捕えるか?」

「いや、捕らえたほうがいいだろ。あのイカれ、若いサンプルが欲しいとか言ってたし」

 

私たちの処遇に悩んでいるのだろう、撃たずに会話を続ける2人。

今のうちに銃を弾き落とすか、と考えていると、紫菜さんが小さく声を漏らした。

 

「今のうちにどうにかしてくださいよ、榎代さぁん…!」

「わかってますって。ちょっと静かに…」

「いや、もう手を出さなくてもいいぞ」

 

はて。何か手立てがあるのだろうか。2人して春香くんの言葉を訝しんだ、その時。

 

2人の男が顔を青白く染め、尻餅をついた。

 

「ひ、ひっ…!?な、なんだお前た…、ま、まさかっ、ひ、ひぃ…っ!?」

「うぎゃぁあああっ!?やめ、やめて、やめてやめてやめやめぇええっ!?」

 

怯え、震え、顔中から汁を吹き出す2人。

彼らは何かへの恐怖から、空気を搾り尽くすように叫んだのち、泡を吹いて失神した。

 

「…な、なにやったんです?」

「相当恨みを買っていたみたいだからな。私の霊感をお裾分けしてやった」

「…霊が見える=霊もこっちも認識する的なアレですか?」

「ああ。ここの霊は揃ってグロテスクだからな。廃人とまではいかないが、しばらく寝れないくらいのトラウマにはなるだろ」

 

…後ろ暗い世界にいる大人が失神するほどにグロテスクな霊を見ても、顔を顰める程度で済んでるのか、彼。

呆れていると、妙な匂いが鼻腔をくすぐる。

私たちがそちらを見ると、泡を吹いて倒れた男たちの股から水たまりが十字路の真ん中に広がっているのが見えた。

 

「………コイツら踏んでいきましょ」

「「賛成」」

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