世紀末都市「ふるさと」   作:鳩胸な鴨

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31話 世紀末都市「湖鳴村」 その8

「っ、なんで…っ」

 

殺到した機械の攻撃を避け、彼へと問う。

敵意、殺意を向けられたのは、初めてのことではない。だが、友人に殺されかけたのは、初めてのことだった。

戸惑う私に、修司は淡々と告げる。

 

「実は、実在の人間を再現したのはまだ数機だけでな。お前にはその一つになってもらおうかと」

「つまり…、私を、殺して…っ、機械に、差し替える、と…?」

「正解」

 

私は物心ついた頃から、名前も知らない他人に殺意をぶつけられることが多かった。

だからこそわかる。私を睥睨する彼の目。本気で、私を殺そうとしている目だった。

殺到する機械をなんとか捌きながら、私は息も絶え絶えに声をかける。

 

「自惚れでは…っ、ありますが…。私、あなたと結構、仲良し…だと、思ってた、んです…7がね…!」

「………そうだな。でも、人間だ」

 

人間だという事実がどうしても受け付けないと言わんばかりに吐き捨てる彼。

私は彼の二年を知らない。そこでどれほどの辛酸をなめたか、どれほどの憎しみ抱いたか、想像すらもできない。

少しずつ、肉と余裕が削られていく。痛む傷が心のものか、体のものか、まるでわからなかった。

 

「人間丸ごと嫌い…にまで、至る…、なんて、や、やり過ぎ、じゃ…、ありませんか?」

「…たった一人のバカの自己保身のせいで、俺の家族はどん底にまで落ちたんだ。親父と信頼を築いていたはずの従業員が、会社が潰れそうだからと軒並み親父の元を去った。

人間不信になるには十分な理由だと思うぜ」

 

彼を知らない。だからといって、彼を止めない理由にはならない。

当時の私はそう己を鼓舞し、唇と拳を硬く結んだ。

 

「そっちがその気なら、一度ぶん殴って、それから思いとどまってもらいます」

「………やってみろよ」

 

血と汗が滲む中、私は喉が裂けんばかりの雄叫びをあげ、機械に拳を突き刺した。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「……百華さんって人間だったんだな」

 

私が乾いた喉と唇を潤すべく、水滴が浮かんだ水を飲んだあたりで春香くんが呟く。

そんなに人間離れしているだろうか。大宮の中だとまだ普通の方だと思うのだが。

 

「毎度聞きますけど、私のことなんだと思ってたんですか」

「いや、血を流したとこなんて見たことないし」

 

言われてみると、これまで春香くんの前で血を流したことなんてなかったかも知れない。

私は袖を軽く捲り、薄れ、消えかかった傷跡を見せる。

 

「血を見せたことがないだけです。

ほら、二の腕のここ。ロボットたちに撃たれた痕です」

 

銃弾のほとんどは肌を少し掠め、血が滲む程度だったが、ここだけは大きく肉が抉れてしまった。

忘れもしない。機械の大軍を足場に駆け出し、彼を殴ろうとした、あの時。

その動きを分析していたのだろう、大きく飛び上がった私目掛け、銃弾が殺到したのだ。

私が計算よりも勢いよく彼に飛びかかったおかげで、そのほとんどは外れたが、たった一発だけ、私の腕を抉った。

それがこの消えかかった傷跡だ。親には「爆発の時についた傷だ」と誤魔化したが。

春香くんは私の二の腕に薄く残る傷跡を前に目を細め、呟く。

 

「……辛かったろ」

「………はい」

 

春香くんがこぼしたのは、傷の痛みのことではないのだろう。私はそれに小さく頷く。

暴走した人間を殴るのは、初めてのことじゃなかった。だけど、そうなってしまった友だちを殴ったのは、初めてだった。

そのせいだろうか。彼の頬の感触が、鮮明に甦る時がある。

心地よくはない。スカッともしない。重苦しい泥に腕を突っ込んだような、あの感覚。

 

「でも、一番辛かったのは、彼を殴ったことじゃないんです」

 

今まで胸にしまっていたそれを、私は初めて口に出した。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「…っはぁ、はぁっ…、はぁっ…」

 

興奮から冷めた私を出迎えたのは、倒れ伏した彼だった。

彼が操作していたのだろう。ロボットたちは皆一斉に止まってしまい、その場に立ち尽くしている。

体力的にも精神的にも限界だった私は、崩れるように倒れた彼に覆い被さり、掠れた声で叫んだ。

 

「お願いですから、もうやめてください…!

ここで、止まりましょう…!それ以上進めば、取り返しのつかないことになる…!」

 

まだ戻れる。まだやり直せる。

ありきたりな言葉を、魂を搾り出すように言い聞かせる。

それを聞いた彼は、痛みに歪んだ顔で首を横に振った。

 

「なんで…っ!」

「もう、殺しちまったからな」

「…………………は?」

 

その一言で、頭の中が真っ白になった。

殺した?誰を?誰が?

決まっている。彼が殺すに値する人間、人を殺す動機、その全てを私は知っていた。

 

「まさか…」

「そういうこった」

 

そう。彼はとうの昔に、凋落の原因となった親子を殺し、機械に差し替えていたのだ。

 

その事実に愕然とする私の体を、誰かが優しく受け止める。

目の前の彼と同じ顔。目の前の彼とは違う、優しい笑み。私の記憶の中の彼に近い、再現されたロボット。

何をする気だ、と問おうとするより先。

 

「悪の組織ってのは、派手に爆散してナンボなんだぜ?」

 

ロボットと同じように笑った本物の彼が、手に持ったスマホをタップした。

 

瞬間。ごぉん、ごぉん、と何度も轟音が響き、ラボが大きく揺れる。

彼が何をしたのかはわからない。だが、とてつもなく嫌な予感がする。

私がロボットの手を振り払おうとするも、既にそんな体力はなく、ぺち、ぺち、と力なくその体を軽く叩くだけで終わる。

 

「ま、待って、待ってください…っ!おねがい、まって…っ!!」

「………」

 

ロボットは何も言わない。

何も言うな、と命令されていたのだろうか。それとも、何も言うべきではないと判断したのだろうか。

私を抱き上げ、踵を返し、ラボの出口へと走り始める再現ロボット。

笑い、手を振る本物の修司が小さくなっていく。

もう引き返すことはできない。せめて、その名を呼ぼうとした、その時だった。

 

その笑顔が、爆炎に飲まれたのは。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「……それからすぐに私は気を失い、気づけば吹き飛んで更地になった村の前で寝転んでいました。

これが、湖鳴村で起きた事件の全てです」

 

全て吐き終えた私の襲ったのは、胸の違和感。

息苦しくはない。だけど、胸に大きな塊がつっかえたような気がしてならない。

そんな私を見て、春香くんは恐る恐る問いかけた。

 

「…殺された議員と子供は?」

「わかりません。動かなくなったことでロボットだとわかったみたいですけど、本物は今も行方不明のままだそうです。

村人みたく、湖に沈んでるんじゃないんですかね」

 

機械との乱戦の最中、彼は「村を再現した際に出た村人の死体は、残らず湖に放り込んだ」と自白していた。

多分、その死体に紛れるようにして、彼の家族を崩壊させた親子もまだ水底にいるだろう。

 

「…耶麻斑 修司の両親は、どうなったんだ?」

「今も生きてますよ。会社は再建したみたいですが…、家庭がどうなっているかはわかりません」

 

少しずつ藪を突くかのような質問が続く。

暫し沈黙が漂う。春香くんはその中で言葉を探した後、真っ直ぐに私の瞳を見た。

 

「百華さん」

「………なんでしょう」

「その…、君は悪くないと思う」

 

悪くない。その言葉を素直に受け取ることはできない。

私のせいだと、ずっと思ってきた。それを簡単に覆すことなんてできない。

目を伏せようとするも、それを許さないと言わんばかりにこちらを見つめる春香くんの瞳が、それを許さなかった。

 

「『仕方がないことだった』とか、『あまり気にするな』などと言いたいわけじゃない。

確かに、百華さんは彼を引き留められる環境にいたのかもしれない。

気づけなかった、知ることをしなかった、と君が悩む気持ちは私には推し量れない」

 

下手な共感の言葉ではない。純粋な同情というわけでもない。

春香くんはそれに「だが」と付け足し、言い聞かせるように告げた。

 

「彼が君のせいで死んだ、というのは違う。

もしそうだったら、彼は計画を止めた君に、笑みなんて向けない。君を生かそうだなんて、考えない」

「…………っ」

 

最期に笑った彼の顔が浮かぶ。

その笑みの意味を考えたことは、一度もなかった。

 

「君が自分を悪く思うのは自由だ。

だけど、それは彼が最期に笑ったこと、最期に君を助けたことを否定してしまうんじゃないだろうか」

 

なんで、彼は全てを台無しにしようとした私に笑ったんだろうか。

なんで、彼は殺す人間だったはずの私を生かそうとしたんだろうか。

ぐるぐると疑問が巡る中、ぽた、とテーブルに水滴が落ちる。

 

「ぁえっ…?」

 

なんでだろうか。目が熱い。ぼろ、ぼろ、と目から熱が逃げる。

今までとは違う意味で、呼吸ができない。

慌てて目から流れるそれを拭う私の目元を、春香くんは優しく拭いた。

 

「もし、それでも君が自分のせいだと言うなら、私が何度でもそれを否定する。それが、君に命を救われた私の恩返しだ」

 

胸につかえた違和感が、溶けるように消えた。

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