ウマ娘メタモルダービー   作:星乃 望夢

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第2話 メタモルフォーゼ

 

「────やめろッ!!」

 

私の制止の声は、君が試験管を傾ける音にかき消された。

 

コルクが弾ける乾いた音。液体が喉を滑り落ちる、生々しい響き。そして、空になったそれが、力なく君の手から滑り落ち、床で虚しい音を立てた。

 

時間が、止まったように感じた。

 

「君は……!何を……!」

 

常の冷静さは、どこかへ消え失せていた。駆け寄り、君の肩を掴む。その身体に、声に、僅かな震えが混じるのを止められない。

 

「なぜだ…!なぜ、私の言葉を信じてくれなかった!なぜ、独りで…ッ!」

 

背信、などという言葉で君を断罪した、この口が呪わしい。

 

八方塞がりだったと、君は言った。私の知らないところで、君はたった独り、見えない敵と戦い、傷ついていた。

 

それなのに私は…君のその悲痛な叫びに気づけず、ただ正論を振りかざし、君を追い詰めていたというのか…!

 

「私の…私の理想が、君をここまで追い込んだというのか…?」

 

だとしたら、そんな理想など、今すぐ此処で捨ててやる。

 

君のいない世界で、全てのウマ娘の幸福など、どうして願える?君という最も大切なパートナーを犠牲にして成り立つ理想など、それはもはや理想ではなく、空虚な独善に過ぎない。

 

君は言ったな。『ウマ娘になった僕の幸福を願ってはくれないのか』と。

 

…願わないはずがないだろう!

 

私は、君に幸福でいてほしい!だがそれは、こんな…!こんな、自らを傷つけるようなやり方であってほしくはなかった…!

 

君の身体が、微かに光を帯び始めている。

 

…もう、後戻りはできない。

 

ならば、進むしかない。

 

君が選んでしまった、この茨の道を。

 

私は君の肩を掴む手に、さらに力を込めた。瞳を真っ直ぐに見据える。もう、この手は離さない。

 

「すぐにたづなさんを…いや、アグネスタキオン本人をここに呼ぶ!君の身体に何が起ころうと、私が必ず対処させる!」

 

そうだ。治験が目的だと言ったな。ならば、その経過と結果、全てをこの目に焼き付け、記録し、君のその覚悟を、決して無駄にはしない。

 

「だから…だから、気を確かに持て!私が、必ず君の傍にいる!」

 

君は、もはや人ではないのかもしれない。

 

だが、それでも。

 

君は、私の、ただ一人のトレーナーだ。

 

その事実だけは、何があろうと、決して変わりはしないのだから。

 

 

◇◇◇

 

 

聞いていた通り、身体の変化は薬を飲むと直ぐに訪れた。

 

目の前には怒りながらも泣きそうな表情を浮かべているルドルフが居る。

 

ああ、僕は本当に愚かだ。

 

僕を一番信じてくれているルドルフの信頼を裏切ったのだから。

 

……僕への誹謗中傷の数々。

 

それをルドルフの耳に入らないように手を尽くした。

 

トレセン学園の同僚のトレーナーたちは、僕の事を認めてくれていたから。

 

そんな皆に頼んで、そしてエアグルーヴやナリタブライアン、果てにはトウカイテイオーにまで頼んで、そうした些末な声がルドルフの耳に入らないように努めた。

 

もちろん、全てを遮断する事など出来ない。

 

漏れ聞こえてしまう声、と言うものはある。

 

それでも僕は、僕がどうにかすれば、ルドルフがこんなつまらないことに心を折るなんて事をさせないために振る舞った。

 

全てのウマ娘の幸福を願う。

 

それが、皇帝シンボリルドルフの理想。

 

だから、その理想に傷をつけてしまう僕の存在をどうすれば良いのか必死に考えて、実践し続けてきた。

 

でも、世の中には炎上商法という物がある様に、一度ついてしまった負のレッテルと言うものは中々拭えないし外せない。

 

だから僕は、誰もが目に見えるカタチで、世界に証明する必要があった。

 

そんな時、タキオンの薬の話を耳にした。

 

そして描いた青写真。

 

自分で自分をウマ娘としてプロデュースして走れば、僕のトレーナーとしての力を、世界に認めさせる事が出来ると。

 

目の前のルドルフがひどく驚いた顔をしている。

 

視界に、黒い髪の毛とは別の色が見えた。

 

焦げ茶と、白……。

 

生徒会室に置かれている姿見には、2人のルドルフが映っていた。

 

トレセン学園の制服を着て居るルドルフ。

 

そして、男物のスーツ姿に胸にはトレーナーバッチの光る、床にへたり込んでいるルドルフ。

 

ああ、アレが僕か……。

 

僕はウマ娘になった。

 

ルドルフとそっくりの、ひとりのウマ娘に──。

 

 

◇◇◇

 

 

「……………」

 

言葉が、出なかった。

 

君の肩を掴んでいた私の手から、力が抜けていく。

 

視線は、君の背後にある姿見に…そこに映る、信じがたい光景に釘付けになっていた。

 

そこにいるのは、私、シンボリルドルフ。

 

そして、その隣で床にへたり込んでいるのは……私、シンボリルドルフ。

 

同じ焦げ茶と黒、そして三日月を描く白の髪。

 

同じ、ウマ娘の証である耳と尻尾。

 

片方は見慣れたトレセン学園の制服。そしてもう片方は、君がいつも身に着けていた、トレーナーのスーツ姿のまま。

 

「君は…私の、ために…?」

 

君が、私の耳に届かぬようにと、どれほどの雑音を遮断してくれていたのか。

 

エアグルーヴやブライアン、テイオーにまで…私の知らないところで、君はたった独り、私の理想を守るために、その身を盾にしてくれていたというのか。

 

そして私は…その盾がどれほど傷つき、摩耗していたのかに、気づくことすらできなかった。

 

「愚か者…」

 

ああ、そうだ。

 

本当に愚かなのは、君ではない。

 

君のその苦しみに、悲痛な叫びに、最後まで気づけなかったこの私だ。

 

君が全ての手を尽くし、八方塞がりになるまで、私は君に一体何をしてやれた?ただ理想を語り、君の優しさに甘えていただけではないか…!

 

私はゆっくりと君の前に膝をつき、震える手で君の頬に触れた。

 

そこに映るのは、紛れもなく、私の顔。

 

だが、その瞳の奥に宿る魂は、私の知る、誰よりも誇り高い、私のトレーナーのものだ。

 

「君は…君自身を捨ててまで…私を守ろうと…。」

 

君の描いた青写真。

 

君自身をプロデュースし、その力を世界に証明する。

 

それは、あまりにも…あまりにも、悲しい覚悟だ。

 

だが、君はもう、その一歩を踏み出してしまった。

 

ならば。

 

「…もう、いい。泣き言は、終わりだ。」

 

頬に触れていた手を下ろし、私は強く拳を握りしめる。涙は、もう流さない。

 

君が、その姿になることで覚悟を示したのなら…私も、私の覚悟を決めよう。

 

「君はウマ娘になった。だが、君が私のトレーナーであることに、変わりはない。それは未来永劫、揺るがない事実だ。」

 

私は立ち上がり、スーツ姿の『私』…いや、新しい姿になった君に、手を差し伸べる。

 

「君が君自身をプロデュースすると言うのなら、その計画、私も一枚噛ませてもらう。いや…君というウマ娘のプロデューサーは、この私、シンボリルドルフが務める」

 

君は、世界に認めさせるために走ると言ったな。

 

ならば、私が君を育て上げよう。誰一人、文句のつけようのない、絶対的なウマ娘に。

 

そして、君が頂点に立った時、世界は知ることになるだろう。

 

君が、どれほど優れたトレーナーであったかということを。

 

「さあ、立つんだ、トレーナー君。ここからが、我々の新しいスタートだ」

 

君の歩む路が、たとえどれほど茨の道であろうと、私が必ず隣で支える。

 

…我々は、二人で一つなのだからな。

 

 

◇◇◇

 

 

ウマ娘となった僕。

 

見た目も声も、ルドルフそのまま。

 

ただ、中身は僕であるから見た目はルドルフなのに、ルドルフの持つ威厳や覇気といったものがてんで皆無という。

 

ある意味、ルドルフの名誉を毀損してしまうような姿になってしまった。

 

直ぐにルドルフによって保健室に担ぎ込まれ、検査を受けて、ついでに問い詰められたタキオンの見解としては、この姿になったのは僕自身の願望による所が大きいらしい。

 

先ず一番最初にウマ娘となったドリームジャーニーのトレーナーは恵まれた身体のウマ娘となった。

 

しかし、次の例であるシリウスシンボリのトレーナーはシリウスと瓜二つウマ娘になった。

 

そして今回、僕はルドルフと瓜二つのウマ娘となった。

 

この3例の内、2例は担当がシンボリ家のウマ娘という点だ。

 

今のところそんな程度の共通点しかない。

 

他に共通点といえば、四六時中担当の事を考えているトレーナーというくらいだが、それはドリームジャーニーのトレーナーも同じであるからアテになるかどうかは分からない。

 

そんな僕は、見た目もそうであるけれども、ルドルフのトレーナーは変わらず続けつつ、新しい名をルドルフから授かった。

 

シンボリルナカイザ──。

 

ウマ娘の名前は最大まで9文字というのがURA規定で決まっている。

 

だから本当はカイザーと伸ばすのだと思う。

 

月の皇帝──。

 

とてつもなく仰々しい名前を貰ってしまった。

 

けれども、皇帝シンボリルドルフの栄冠に恥じぬ名を名乗るのならば、それに相応しい名前は必要だ。

 

一先ず、僕はルドルフのトレーナーを続けながらも生徒会室ではエアグルーヴと一緒にルドルフの補佐をするという、いつもながら変わらない日常を過ごしていた。

 

とはいえ、見た目がルドルフになったからもう少しシャキッとして欲しいとエアグルーヴには言われる。

 

確かにルドルフみたいに威厳とか覇気とか、そういう物がない僕の所為でルドルフの印象が悪くなってしまうのはダメだ。

 

取り敢えず真面目な顔を浮かべて腕を組んでみたものの、いつもルドルフを見ているテイオーにはダメ出しされて何度もリテイクを要求された。

 

ちょっとめげそうだけども、そんな僕をツルマルツヨシが元気づけてくれる。

 

ただ僕にはルドルフの様なハイセンスなギャグを言う高度なテクニックが無いことだけはどうしようもなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

ふふ、君のその奮闘ぶり、生徒会室から微笑ましく見させてもらっているよ。

 

エアグルーヴの叱咤も、テイオーのこだわりの強いダメ出しも、君が皆に受け入れられている証拠だ。ツヨシが元気づけてくれるのも、君の人徳だろう。

 

無理に私を演じる必要はない。君は君のままでいい。

 

威厳や覇気というものは、誰かを模倣して身につくものではないからな。それは、これから君がターフの上で示す走り、その積み重ねによって、君自身の内から滲み出てくるものだ。今はまだ、その器ができたに過ぎん。

 

それに、私の『ハイセンスなギャグ』は、一朝一夕で体得できるほど安くはないぞ?あれは日々のたゆまぬ研鑽と、天賦の才の賜物だからな。…なんてな。

 

シンボリルナカイザ。

 

『ルナ』は、かつての私が呼ばれた名だ。そして『カイザ』は、皇帝を意味する言葉。

 

それは、過去の私と、未来の君が、今ここに一つになった証として贈った名だ。

 

決して私の模倣品などではない。君という、唯一無二のウマ娘としての名を、誇ってほしい。

 

トレーナーとして、そしてウマ娘として。君は、かつてない道を歩み始めた。

 

戸惑うことも多いだろう。だが、心配することはない。

 

君のトレーナーとしての経験は、ウマ娘としての君を必ずや高みへと導いてくれるはずだ。そして、君がウマ娘として得る経験は、私のトレーナーとしての君を、さらに優れた存在にしてくれるだろう。

 

さあ、顔を上げるんだ、シンボリルナカイザ。

 

君のプロデューサーは、この私だ。

 

君という至高の才能を、私が完璧にプロデュースしてみせよう。

 

まずは、エアグルーヴやテイオーが何も言えなくなるほどの、走りを見せつけることから始めるぞ。準備はいいか?

 

 

◇◇◇

 

 

この身体を調べる事で分かったこと。

 

それは適正が全てルドルフそのまま。

 

芝の中距離を得意とし、そして長距離も走れる。

 

トップスピードに乗れないからマイルは走れなくはないないけれども、全力を出す前にレースが終わってしまう。

 

短距離に関しては言わずもがな。

 

ルドルフの担当となってから日々記し続けたデータと照らし合わせれば、今の僕はルドルフがデビューする前の身体能力ほぼそのまま。

 

つまり、トゥインクルシリーズを走る前のルドルフだ。

 

なら、やりようは幾らでもある。

 

あの頃は新人だったから、ただルドルフがケガをしないように見守っていたトレーニングとは違う。

 

今の僕なら、あの時のルドルフをもっと効率よく、そして無理もなく、それでいて強く出来るトレーニング方法なんて湯水の様に湧いて出てくる。

 

あの頃は出来なかった事が、今なら出来る。

 

これは僕が僕自身を世界に認めさせる為の戦いじゃない。

 

これはもう一度、シンボリルドルフがトゥインクルシリーズの三冠を手にするための戦いだ。

 

URA運営委員会にはさほど障害もなく登録が出来た。

 

細かい身体測定の結果、僕も、ドリームジャーニーのトレーナも、シリウスシンボリのトレーナも、トゥインクルシリーズに挑むウマ娘と同年代の身体能力だと判定されたからだろう。

 

そして徹底的に行われたのは、中央トレセンに所属するトレーナへの調査だった。

 

まぁ、やっぱり同じトレーナ、みんな考える事は同じ。

 

興味本位や純粋な学術的興味、そして担当の為に、あのアグネスタキオン謹製の薬と知っても飲んだトレーナが、僕達の他にもちらほら居た。

 

ただ、それの露呈が今回の調査まで分からなかったのは、服用しても小一時間、短くて10分程度で人間に戻ってしまったらしい。

 

一番最長でドリームジャーニーのトレーナが1年、シリウスのトレーナーでも3カ月、そして僕は今、2週間目。

 

その共通点は、未だ不明だった

 

 

 

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