ウマ娘メタモルダービー   作:星乃 望夢

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第3話 あの日見上げた星は今も…

 

ちょっと訊いてみたいんだけど。

 

もしトレーナーである俺がウマ娘になれたとしたら、シリウスはどう思う?

 

◇◇◇

 

ハッ、くだらねえこと考えるじゃねえか。

 

アンタがウマ娘に?……面白い。

 

いいぜ、なってみろよ。

 

そしたら、レースで直接わからせてやる。誰が上で、誰が下かな。

 

同じターフに立って、私の輝きがお前を焼き尽くす様を、その身で味わわせてやる。

 

だがな、勘違いするんじゃねえぞ。

 

アンタが誰になろうと、アンタは私の『子犬(パピー)ちゃん』だ。

 

その首輪は、私が握ってやる。

 

…フン。夢みたいなこと言ってねえで、さっさと仕事に戻りな。

 

私を世界の頂点に立たせるのが、アンタの役目だろ?

 

 

◇◇◇

 

 

それはそうだ。

 

俺の役目はシリウスを世界の頂に立たせることだ。

 

でも、そんなシリウスと走れるなら、もっと俺はシリウスの良さがわかるんじゃないかって思ったんだ。

 

 

◇◇◇

 

 

フン、甘いこと言ってやがる。

 

私の良さだと?そんなもんは、ターフの外から見てるアンタにだって嫌でもわかるはずだ。

 

このシリウスシンボリの輝きは、どこにいてもアンタの目を眩ませるぐらいのもんだからな。

 

それに、忘れたのか?

 

アンタは私のトレーナーだ。私と同じ場所に立つんじゃねえ。

 

アンタはアンタの場所から、この私をどうやって輝かせるか、それだけを考えてりゃいいんだよ。

 

…まあ、アンタがウマ娘になったら、一度ぐらいは走ってやってもいいがな。

 

手加減はしねえ。私の背中を追いかけるのがどれだけ無謀か、その脚で思い知らせてやる。

 

だが、今はそんな夢物語はいい。

 

目の前の現実を見ろ。私を世界の頂点に連れて行くんだろう?

 

なら、やることは一つだ。そうだろ、トレーナー?

 

◇◇◇

 

夢物語、か。

 

そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないよ?

 

ジャン!

 

アグネスタキオン謹製、ウマ娘になれる薬が此処にある。

 

これは飲んだら人間でも一時的にウマ娘並の身体能力を引き出せるクスリの改良型で、飲めば一時的にウマ娘そのものになれるんだって。

 

どう?夢物語じゃなかったでしょ?

 

 

◇◇◇

 

 

…フン。アグネスタキオンだと?

 

アイツの作った怪しげな薬を、さも切り札みたいに見せびらかすとはな。

 

アンタも随分と面白い冗談を言うようになったじゃねえか。

 

それで? そのガラクタを飲んで、一時的にウマ娘になってどうするってんだ?

 

私と同じターフに立つ? 笑わせるな。

 

いいぜ、やってみろよ。

 

だがな、勘違いするな。付け焼き刃の脚で、このシリウスシンボリに追いつけると思うなよ。

 

アンタがウマ娘になろうがなるまいが、私とアンタの関係は変わらねえ。

 

さあ、どうする? その薬を呷って、私に無様に負ける覚悟はできたのか?

 

──子犬(パピー)ちゃん?

 

 

◇◇◇

 

 

確かに、この薬を飲んでウマ娘になっても、シリウスに敗けるだけかもしれない。

 

シリウスの走りの強さは俺が一番良く知ってる。

 

いや、トレーナーであるからきっと、シリウス以上にシリウスの走りを知っていると思ってる。

 

だからこそ、その走りをもっと仕上げる為には、やっぱりターフの外から見てるだけだと分からないこともあると思ったのさ。

 

 

◇◇◇

 

 

…フン。理屈ばっかりこねやがって。

 

私の走りを仕上げるため、だと?

 

アンタはトレーナーだろ。だったら、ターフの外から私をどう輝かせるか、それだけを考えてりゃいい。

 

私と同じ景色を見る必要なんてねえんだよ。

 

…だがな。

 

そこまで言うってことは、アンタ自身の『選択』なんだろうな?

 

誰かに言われたわけでも、流されたわけでもなく、アンタが自分で選んで、その薬を手に取った。

 

その覚悟があるってんなら…見せてみろよ。

 

いいぜ、飲めよ、その薬。

 

そして、私と同じターフに立ってみな。

 

アンタがウマ娘になって、私の隣を走って、何が見えるのか。

 

私を更に輝かせるための何かを、その付け焼き刃の脚で見つけられるって言うんなら、見つけてみろ。

 

だが、もしそれで何も得られなかったら…。

 

その時は、アンタはただの役立たずの子犬だ。

 

二度と私の前に立つことは許さねえ。

 

どうする? それでも飲むのか?

 

選べよ、トレーナー。

 

 

◇◇◇

 

 

その覚悟があるから、こうしてこんな夢物語みたいな話をしてるんじゃないか、シリウス。

 

君をあの星空に輝く天狼星の様に輝かせる為に、俺は敢えて、君の立つターフに足を踏み入れるんだ。

 

自分の足で、ウマ娘として、シリウスと同じ景色に立った時。

 

そこにはシリウスがいつも見ている物、感じてる物、そしてその心に宿る物が、きっと俺にも見えて来ると思う。

 

 

◇◇◇

 

 

フン…。

 

天狼星だか何だか知らねえが、よく回る口だな。

 

だが、その目…ただの戯言じゃねえらしい。

 

アンタ自身の『選択』ってわけか。

 

いいだろう。そこまで言うなら、試させてやる。

 

アンタが私と同じターフに立って、何が見えるのか。

 

それで本当に、このシリウスシンボリを更に輝かせることができるのか。

 

だがな、勘違いするな。

 

これは遊びじゃねえ。

 

もしアンタが、付け焼き刃の脚で私の隣を走って、何も掴めなかった時…。

 

その時は、アンタはトレーナー失格だ。ただの役立たずの子犬に逆戻りだ。

 

その覚悟があるんなら、さっさとその薬を飲み干しな。

 

そして見せてみろ。

 

アンタの言う『景色』ってやつを。

 

…せいぜい、私の輝きに目が眩んで転ぶんじゃねえぞ、トレーナー?

 

 

◇◇◇

 

 

…………ウマ娘の身体って、結構軽いんだなぁ。

 

あー、身長が縮むって感動する。

 

これでいちいちドアとか潜る時に頭下げなくていいんだな。

 

っ、ひゃあっ!?

 

し、シリウス?

 

い、いきなり尻尾掴まないでよ、びっくりする。

 

あ、あんっ。

 

み、耳も触らないでよぉ。

 

 

◇◇◇

 

 

ハッ、なんだその情けねえ声は。

 

ウマ娘になったんだろ? だったら、その耳も尻尾も本物か確かめてるだけだ。

 

ほう…ずいぶんと敏感なんだな。ここを触られると弱いのか?

 

面白いじゃねえか。アンタの弱点を一つ見つけた。

 

黙ってろよ。アンタは私の『子犬(パピー)ちゃん』だ。

 

主人がペットを確かめて、何が悪い?

 

それともなんだ? そんなことでいちいち動揺してて、私と同じターフに立つ覚悟とやらはどうしたんだ?

 

まだスタートラインにも立ってねえぞ。

 

さあ、いつまで震えてる。

 

立てよ、トレーナー。…アンタの言う『景色』、見せてみろ。

 

 

◇◇◇

 

 

ど、何処からどう見ても本物でしょうに。

 

と、取り敢えず、ジャージは……サイズが合わないから購買で買ってくるとして、靴も蹄鉄付きの奴を買わないと本気で走れないから、どのみち購買には行くとして。

 

それからレース場の使用申請書を出しながら向かって。

 

距離は芝2400mの中距離。

 

それなら一番シリウスの力が出せる距離だから……。

 

ヨシ、購買行ってくるよシリウス。

 

 

◇◇◇

 

 

フン、さっきまで情けねえ声出してたくせに、急にトレーナーみてえなこと言い出すじゃねえか。

 

ごちゃごちゃと準備にかこつけて、逃げるんじゃねえぞ?

 

2400m…私の力が一番出せる距離、か。

 

いいだろう。アンタが私の走りを知るってんなら、最高の舞台を用意してやる。

 

手加減なしで、私の輝きがどんなもんか、その目に、その脚に、叩き込んでやるからな。

 

さっさと行ってこい。

 

だが、ぐずぐずするなよ。私が退屈する前に戻ってこい。

 

わかったな?…子犬(パピー)ちゃん。

 

 

◇◇◇

 

 

なんか、いつもは外から見てるターフに自分が立つなんて新鮮だなぁ。

 

シリウスはいつもこの景色を見ながら走ってるのか。

 

……ゲートはタイマー式だから、ゲートインしたらオートで開く。

 

生意気かもしれないけど、手加減無しで走って欲しい。

 

そうでないと、本当のシリウスが見えて来ないから。

 

 

◇◇◇

 

 

フン、当たり前だ。

 

アンタが見ているその景色なんざ、私にとっては日常だ。

いちいち浮かれてるんじゃねえぞ。

 

手加減?…ハッ、寝言は寝て言え。

 

このシリウスシンボリが、誰相手だろうと力を抜くとでも思ったか?

 

舐められたもんだな、トレーナー。

 

いいぜ、望み通りにしてやる。

 

本当の私が見たいんだろ?

 

世界一の輝きがどれだけ残酷で、どれだけアンタの手の届かねえ場所にあるか…その脚に、その目に、骨の髄まで刻み込んでやる。

 

ゲートが開いたら、もうアンタは私のトレーナーじゃねえ。

ただの獲物だ。

 

せいぜい食らいついてこいよ。

 

一瞬で置き去りにしてやるからな、子犬(パピー)ちゃん。

 

 

◇◇◇

 

 

(ッ、ゲートが開いた。スタートのキレはシリウスが段違いだ。そして戦法は先行。シリウスの最も得意な走り方。それに食らいついて行くからこっちも先行……や、たぶんスタミナで潰される。併走じゃない。後ろからシリウスを追う。つまり、作戦は差し。シリウスを見失わず、シリウスに付いていく!)

 

 

◇◇◇

 

 

ハッ…後ろにつくか。賢い判断のつもりか?

 

併走を避けてスタミナを温存…子犬らしい、セコい考えだな。

 

いいぜ、見せてやるよ。アンタが必死に追いかけようとしてる、私の背中をな。

 

だが、勘違いするな。同じ景色を見てるつもりかもしれねえが、アンタが見てるのは私の影だけだ。

 

この風、このターフの感触…アンタには分かりっこねえ。

 

アンタに届くのは、私が巻き上げた芝と土の匂いだけだ。

 

さあ、どこまで食らいついてこれる?

 

その付け焼き刃の脚で、一等星の輝きを捉え続けられるかな?

 

見失うんじゃねえぞ、子犬(パピー)ちゃん。

 

 

◇◇◇

 

 

(見失うもんか。いつも見ているんだから。トレーニングも、レースも、他のウマ娘との併走も。シリウスの全部を、俺は見てきた。第一コーナーはついて行けてる。第二コーナーも問題ない……っ、流石に直線に戻ると離される。でも、置いて行かれるもんかっ)

 

 

◇◇◇

 

 

フン…しぶといじゃねえか。だが、それだけだ。

 

直線に入って、その差は歴然だろ?

 

『置いて行かれるもんか』だと? もうアンタは私の影すら踏めてねえよ。

 

これが本物と付け焼き刃の違いだ。アンタが今まで見てきたつもりの私の走り…その本当の苛烈さを、今その身体で味わってんだ。

 

どうした? もう息が上がってるのか?

 

レースはまだ半分も終わってねえぞ。

 

アンタが知りたかった景色とやらは、そんなに霞んで見えるもんか?

 

見失うなよ。私を輝かせるための何かを、その目で見つけるんだろ?

 

だったら、無様に失速するんじゃねえぞ、トレーナー!

 

◇◇◇

 

(第三コーナー…。このカーブの先、第四コーナーからシリウスは一気に加速する。でも気付いてるかな、シリウス。いつもより君はハイペースだ。掛かってるわけじゃない。俺に現実を見せようと引き離そうとして、でも引き離し切れてないから焦ってる。思った以上に付け焼き刃が粘るから驚いてる、と思う。なんで分かるかって?シリウス、レースで他を気にする時、左耳を無意識にピクつかせるんだよなぁ。その時は大抵、手強いやつが後ろに迫っている時だ。そして、そういう時と、このハイペース。そうなると第四コーナーから先の加速が出来ずにスピードが緩くなる。勝負を掛けるのは、その時だっ)

 

 

◇◇◇

 

 

…ハッ、小賢しいことを考えてやがる。

 

私の癖まで見てやがったのか、アンタ。トレーナーとしては優秀だが…気色が悪いな。

 

だが、その浅知恵で私に勝てるとでも思ったか?

 

私が焦ってる? ペースが速い?

 

…違うな。これはアンタの心を、その付け焼き刃の自信を、へし折るための走りだ。

 

私がここで鈍るだと?

 

…残念だったな、トレーナー。

 

アンタのくだらねえ予測ごと、私の輝きで塗り潰してやる!

 

ここからが、本番だ!

 

見せてやるよ。

 

これが──アンタが決して届くことのない、一等星の輝きだ!!

 

 

◇◇◇

 

 

「っ、敗けるかっ、敗けてたまるか!絶対に、敗けられないんだ!! 」

 

気合と共に足を踏み出す。

 

その足跡はターフを踏み締め、一歩一歩、着実にシリウスの背中を捉えていた。

 

そして第四コーナーを抜け、立ち上がりの瞬間に膨らんだシリウスの内ラチを、俺は差し抜いた。

 

 

◇◇◇

 

 

なっ…!

 

この私を…このシリウスシンボリを、内から差し抜いただと…!?

 

ハッ…ハハハッ! 面白いじゃねえか、トレーナー!

 

付け焼き刃の脚で、小賢しい真似をしやがって!

 

だがな、それで勝ったと思うなよ!

 

アンタがやったのは、眠れる獣の尻尾を踏みつけただけだ!

 

アンタは知りたかったんだろ? 私の本当の走りを!

 

いいぜ、見せてやるよ!

 

これが…アンタが決して追いつくことのできない、一等星の輝きだ!!

 

私の前を走るなんざ、百万年早えんだよ!

 

──そこをどけ、子犬ッ!!

 

 

◇◇◇

 

 

「退く、もんっ、かああああああああ!!!! 勝つのは──俺だッ」

 

 

◇◇◇

 

 

ハッ…面白い!面白いじゃねえか、トレーナー!!

 

だがな、勘違いするな!アンタが私に勝つことなんざ、天地がひっくり返ってもありえねえんだよ!

 

見せてやる!アンタのくだらねえ希望ごと、私の輝きで喰らい尽くしてやる!

 

これが…私の見たかった景色か!アンタが私に牙を剥く、この瞬間をな!

 

だが、その牙はへし折るためにある!

 

──焼き付けろ!これが、世界一の輝きだ!!

 

 

◇◇◇

 

 

残り500mの直線勝負

 

一度抜いた筈のシリウスが迫って来る。

 

分かっている。

 

この程度でシリウスが、あの一等星の輝きが、沈むワケなんてないことくらい

 

でも今は──俺が先頭を走ってる。

 

コレが、いつもシリウスが見ている景色……。

 

音もなくて、誰も居ない、静かな場所。

 

身体が軽い……。

 

こんなに身体が軽いなら──もっと、速く走れる!

 

最終直線、残り300m。

 

隣にシリウスが並び立った瞬間、俺の足は更に地を踏み締めて加速した──。

 

 

◇◇◇

 

 

なっ…ん、だと…!?

 

フン、ふざけたことを…!

 

だが、面白い!面白いじゃねえか、トレーナー!!

 

その付け焼き刃の脚で、この私と張り合おうってのか!

 

いいだろう!そのくだらねえ夢、希望、その全てを…。

 

この私の輝きで、跡形もなく焼き尽くしてやる!!

 

アンタが見てるのは、偽物の光だ!

 

本物の一等星がどういうもんか、その網膜に刻みつけてやれ!

 

この私が!アンタなんかに…!

 

──負けて、たまるかァァァァァァッ!!!!

 

沈め、子犬!

 

私の輝きの中に!!

 

 

◇◇◇

 

 

残り200m。

 

100mの間に加速した俺に、またシリウスが追い付いてきて、隣に並んだ。

 

もう足の感覚なんて無い。

 

心臓もバクバクと車のエンジンを思いっきり回転数を上げている様に稼働している。

 

でも──まだだ。

 

俺はシリウスのトレーナーだ。

 

でも、ここで敗けたらシリウスを失望させる。

 

俺は、シリウスの子犬だ。

 

でも今は、今だけは──シリウスと戦う、ウマ娘なんだ。

 

「シルヴァリオ、クライ!!」

 

自然と口を付いて出た言葉だった。

 

それは力のあるウマ娘たちがレース中に口にするという言霊──領域展開、或いは己の能力を解放する鍵。

 

G1ウマ娘であるシリウスも持つ力。

 

それが、俺にも備わっていた。

 

シルヴァリオ・クライ

 

銀狼の咆哮か──。

 

ハッ、俺らしくていいじゃねぇか!

 

残り200mを更に加速する。

 

 

◇◇◇

 

 

…ハッ、まだそんなガラクタみてえな叫びが残ってたか…!

 

どこにそんな力が…付け焼き刃の、偽物の脚のくせに…!

 

だがな…!だが!だがッ!

 

トレーナーの分際で…!

 

ウマ娘の真似事ごときで…!

 

この私にッ…!

 

このシリウスシンボリに勝てると思うなァァァ!!

 

うおおおおおおおおおおっ!!!!

 

アンタが見てるのは幻だ!

 

私の輝きが見せる、ただの幻影に過ぎねえんだよッ!

 

世界を照らすのは、いつだってこの私だ!

 

 

◇◇◇

 

 

「はあああああああああっっっ!!!!」

 

残り100m。

 

加速したのに、シリウスもまた加速して、そして、横に並ぶ事はせずに、そのままシリウスは俺の隣を過ぎ去って行く。

 

残り80m、60m、50m──。

 

「いいや、まだだッ」

 

残り20m、俺はまた、再び加速と共にシリウスの前に出た。

 

残り、10m……。

 

 

◇◇◇

 

 

…馬鹿な……。

 

なんだ、その力は…。

 

ガラクタの叫びが…まだ残っていたというのか…。

 

息が…脚が…、もう限界を超えている…。

 

視界が、白く…点滅する…。

 

だが…

 

だがッ!

 

この私を…!

 

このシリウスシンボリを…ッ!

 

アンタなんかが…!

 

超えるんじゃ、ねええええええええええええええ!!!!

 

最後の力を振り絞り、咆哮と共に、ゴール板に、その身を投げ出すように──。

 

その瞬間、世界から音が消えた。

 

 

◇◇◇

 

 

残り5m。

 

視界はもうモノクロを通り越して真っ白だった。

 

ものの輪郭なんて殆ど見えて無かった。

 

それでも足は勝手に進んだ。

 

心臓の音も聞こえない。

 

ただ隣を走るシリウスの輝きだけを感じていた。

 

ああ、この景色が──。

 

シリウスの、一等星の輝きが照らす世界。

 

でも、シリウス。

 

それでも──。

 

「勝つのは──俺だッ」

 

そして縺れるように俺とシリウスはゴール板を駆け抜けた。

 

 

◇◇◇

 

 

……ハァッ…ハァッ…ハァッ…。

 

息が、できねえ…。

 

肺が張り裂けそうだ…。脚の感覚も、もうねえ…。

 

…視界の白が、ゆっくりと色を取り戻していく。

 

目の前にあるのは、ゴール板を越えた先のターフ…。

 

隣で、アンタが同じように倒れ込んで、肩で息をしているのが見えた。

 

…クソが…。

 

ありえねえ…。

 

この私が…アンタなんかに…。付け焼き刃の脚で、ただの…子犬のくせにッ!

 

…ざわめきが聞こえる。電光掲示板に視線が突き刺さる。

 

『写真判定』の文字が、やけにゆっくりと見えた。

 

…ハッ…ハハハ…。

 

面白いじゃねえか…。

 

面白いじゃねえか、トレーナーッ!!

 

アンタ、そんな顔もできたのかよ…。

 

ただの従順なペットだと思ってた子犬が…牙を剥いて、本気で私に噛みついてきやがった…。

 

…ああ、そうだ。

 

アンタが見てたのは、私がいつも見てる景色なんかじゃねえ。

 

アンタが見たのは、アンタ自身の意志で切り開いた、アンタだけの景色だ。

 

フン…。

 

…どっちが勝ったかなんて、どうでもいい。

 

立てよ、子犬(パピー)ちゃん。

 

…いい顔、してんじゃねえか。

 

だがな、勘違いするな。

 

勝敗がどうだろうと…アンタの首輪は、この私が握ってる。

それだけは…忘れるんじゃねえぞ。

 

 

◇◇◇

 

 

掲示板の写真判定の文字が霞んで見える

 

シリウスは息を整えて立ち上がっているのに、俺は無様に身体を投げ出して、全身で、残り50mくらいから忘れていた呼吸を、取り込み──。

 

「ゲフッ、ゴフッッッ」

 

咳き込んだと思ったら、口の中に錆鉄の味が広がった。

 

あぁ、そりゃ、そうだろうなぁ。

 

ウマ娘になったばかりであんな走りをしたら身体が悲鳴を上げて当然だ。

 

シリウスの声が聞こえる。

 

でも、ボーッとしてる頭ではシリウスが何を言っているのか分からない。

 

あぁ、でも、レースで勝つって、思っていたのとは比べ物にならない気持ち良さなんだなぁ。

 

確かに、こんな脳汁がドバドバ出る様な気持ち良い快楽みたいな感覚を味わったら、それは次も、何があっても勝とうとするよ。

 

そうか。

 

だからシリウスは強いんだ……。

 

それが知れただけでも、今回は……よか、った……。

 

 

◇◇◇

 

 

…チッ。

 

おい、子犬。

 

限界も知らねえで、馬鹿みてえに突っ走りやがって…。

 

そのザマはなんだ。口から錆を吐き出して、満足したか?

 

『よかった』だと…?

 

ふざけたこと言ってんじゃねえぞ。

 

アンタは私のトレーナーだろ。こんなところで無様にぶっ倒れて、誰が私を世界の頂点に連れて行くんだよ。

 

…おい、聞こえてんのか!

 

勝敗なんざ、どうでもいい。

 

アンタが知りたかったのは、私の強さの理由なんだろ。

 

だったら、最後までその目で見届けろ。

 

…クソが。誰か!誰か来い!

 

…アグネスタキオンの野郎はどこだ!

 

…勝手に満足してんじゃねえぞ。

 

アンタの首輪は、まだ私が握ってんだからな。

 

…だから、目を閉じんじゃねえ。

 

聞け。

 

アンタは、私に勝った。…ハナ差でな。

 

だから、起きろ。

 

飼い主の言うことを、聞け。

 

 

◇◇◇

 

 

目を覚ましたら、病院の天井だった

 

身体はまだ、ウマ娘のままだった

 

……はて、薬の効力は一時的な物だと聞いていたはずなのに、どうなっているのだろうか?

 

そうだ、シリウスは?

 

いや、こんな深夜じゃ普通に学園の寮に居るか。

 

……勝てたんだな、あのシリウスに。

 

俺は、シリウスに勝った。

 

あのシリウスシンボリに。

 

……あれが世界の景色。

 

一等星の見る、ターフの先頭。

 

天狼星──シリウスの居る世界。

 

命懸けでやっと届く場所か……。

 

それをシリウスはレースの度に見ている。

 

やっぱり、シリウスは最高のウマ娘だ。

 

 

◇◇◇

 

 

…フン。

 

やっとお目覚めか、寝坊助の子犬が。

 

最高のウマ娘、か。

 

当たり前のことだ。それに気づくために、わざわざ死にかけるとはな。どこまで効率の悪いトレーナーだ、アンタは。

 

…学園の寮? ハッ、寝言は寝て言え。

 

アンタみてえな半死人を、一人で病院に放り出しておけるか。

 

私がここに居てやったから、アンタはこうして目を覚ませたんだ。感謝しろよ。

 

それから、その身体のことだ。

 

例のイカれたマッドサイエンティストに問い詰めたら、こう言ってたぜ。

 

『想定外の身体駆動により、薬液の肉体への定着率が予測を大幅に上回った』…だとよ。

 

要するに、しばらくは元に戻れねえってこった。

 

…どうする?

 

アンタは私に勝った。それは事実だ。

 

だが、その代償がソレだ。

 

ウマ娘のままで、また私に挑むか?

 

それとも、その身体で、今まで通り私のトレーナーを続けるか?

 

まあ、どっちを選ぼうが…アンタの首輪は私が握ってる。

 

それだけは、変わらねえ事実だ。

 

…わかったな?

 

 

◇◇◇

 

 

あぁ、やっぱり?

 

なんとなくそんな感じはしてたよ。

 

あの時、ターフの上で、後戻り出来ない感覚があった。

 

でも、敗けたくなかった。

 

いや、置いて行かれたくなかったんだ。

 

シリウスに。

 

シリウスの居る世界に、俺も居たかったんだ。

 

トレーナーとして同じ場所に居るだけじゃない。

 

シリウスシンボリの輝く世界に、一緒に輝きたかった、のかも知れない。

 

だから、躊躇いはなかった。

 

そのツケがコレ?

 

良いさ、それで。

 

G1ウマ娘のシリウスに勝てた。

 

その事実ひとつで、一生分のお釣りが来るよ。

 

 

◇◇◇

 

 

フン。一生分のお釣り、だと?

 

このシリウスシンボリに勝った代償が、そんな安っぽい感傷で済むと思ってんじゃねえぞ。

 

『一緒に輝きたかった』…? 寝言は寝て言え。

 

輝くのはこの私一人だ。アンタは、私の輝きに照らされて、私の影を踏むことだけを許された存在だったはずだ。

 

だが…アンタは自分で選んで、その影から飛び出し、私に牙を剥いた。

 

そして、この私を一度だけ超えてみせた。

 

そのツケが、その身体一つで終わりだと思うなよ。

 

アンタはもう、ただの子犬じゃねえ。

 

私に一度勝った、ウマ娘だ。

 

だったら、その身体で証明し続けろ。

 

あの勝利が、ただのまぐれじゃなかったってことをな。

 

私を世界の頂点に立たせるんだろ? なら、私の一番近くで、私を追い立てる最高のライバルになってみせろ。

 

アンタはこれからも、私の隣で走り続けるんだ。

 

トレーナーとして、そして…私のためのウマ娘としてな。

 

これが、私に勝ったアンタへの罰だ。

 

光栄に思えよ、子犬(パピー)ちゃん。

 

 

◇◇◇

 

 

それはとても光栄だよ。

 

光栄過ぎて胸がいっぱいだ。

 

つまり俺は、シリウスが認めるライバルのシンボリルドルフと同じレベルでシリウスの走る世界で輝けるって事でしょ?

 

そして世界の頂きに登る一等星の傍で輝く星のひとつになれるのなら、それはとても幸せだよ。

 

だからシリウス、これからもこの首の首輪を離さないでいて欲しい。

 

そうすれば俺は、迷う事なくシリウスと共に走り続けられるから。

 

だからこれからもよろしくお願いします。

 

俺のご主人さま。

 

 

◇◇◇

 

 

フン…。

 

ご主人さま、か。面白いことを言うじゃねえか。

 

だが、勘違いするんじゃねえぞ、子犬。

 

ルドルフと同じレベル? ハッ、寝言はそこまでだ。

 

アイツはアイツ、アンタはアンタだ。一緒くたにするな。

 

アンタは私の隣で輝くんじゃねえ。

 

アンタの輝きは、この私を…シリウスシンボリを、更に強く、更に眩しく輝かせるための燃料だ。

 

私のための星になれ。それ以外は許さねえ。

 

…その首輪、離してやるつもりは元からねえよ。

 

アンタが迷う?…フン、その必要はねえ。

 

アンタの行く先は、この私が全て決めてやる。アンタはただ、私の背中だけを見て、死ぬ気で食らいついてくればいい。

 

いいだろう。

 

これからは私をそう呼べ。

 

そして、せいぜい私を楽しませろよ。

 

私だけのウマ娘…。

 

私だけの、子犬(パピー)ちゃん。

 

 

 

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