ウマ娘メタモルダービー   作:星乃 望夢

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第4話 学園の月

 

なるほど…そういうことだったか。

 

君の瞳に宿る光を見て、ようやくその真意を理解した。

 

これは君自身の証明のためだけの戦いではない。

 

…もう一度、私と共に、あの栄光への道を歩むための戦い、か。

 

シンボリルドルフというウマ娘がいかにして『皇帝』となったのか。その軌跡を、今度は君自身が体現し、世界に示すと言うのだな。

 

君の身体の解析結果、そして他のトレーナーたちへの調査報告、確かに受け取った。

 

やはり、これは個人の問題では済まされなくなってきたな。

 

服用しても効果が一時的だった者と、君たちのように恒常化した者とを分かつ境界線。

 

この件は、引き続き生徒会として注視し、調査を続けよう。

 

だが、今は目の前のことに集中すべきだ。

 

君の身体は、デビュー前の私、そのもの…。

 

これは、まさに温故知新と言えるかもしれんな。

 

過去の私という『故ふるき』を、今の君という『新しき』が知る。

 

あの頃の私にはなかった、君という最高のトレーナーの知識と経験をもってすれば、理論上、過去の私を超えることすら可能になる。

 

君が口にした通りだ。

 

新人だったが故の僅かな躊躇いや、経験不足からくる非効率な部分を、今の君なら全て排除できる。

 

そうだ、これは『やり直し』などではない。

 

過去の我々の歩みを礎とした、『進化』だ。

 

君がシンボリルドルフの栄光を再びターフに刻むというのなら、私もまた、皇帝として、そして君だけのプロデューサーとして、全霊を懸けよう。

 

これは、もはや君一人の戦いではない。

 

我々二人の、過去と未来を懸けた、新たな挑戦だ。

 

さあ、始めよう、シンボリルナカイザ。

 

まずはクラシック三冠。その第一歩、皐月賞のターフが我々を待っているぞ。

 

 

◇◇◇

 

 

ルドルフとのトレーニングを続けている日々。

 

そんなとある日、テイオーから併走を申し込まれた

 

トウカイテイオー。

 

2度の骨折を経験しながらも奇跡の復活を果たしたウマ娘。

 

ちょっと、いや、だいぶ子供っぽい所があるけれども、生徒会長であるルドルフを慕う思いは本物だ。

 

2人が並べばまるで姉妹に見える程度には見た目の雰囲気はそっくりだ。

 

あくまで見た目だけ。

 

テイオーがあと3回り大人びて大人しくなれば、たぶんルドルフと並べば普通の姉妹に見えるとは思う。

 

とは言え、そんな子供っぽい元気な所がテイオーの魅力であると思う。

 

そんなテイオーも脚の大事を取ってレースからは引退しているが、それでも身体を鈍らせない程度のトレーニングはしている。

 

ちなみにテイオーのトレーナは2回も骨折したテイオーを蘇らせた奇跡のゴッドハンドとして仲間内だと有名だったりする。

 

そんなゴッドハンドのトレーナが居ても、骨折という悲劇と勝利の栄冠から遠ざかるというのは世の無常、という物だろう。

 

まぁ、ルドルフ以外との併走は初めてだから、僕としてもどれだけ走れるのかは確認しておきたかったのも事実。

 

彼女の申し出は、渡りに船だった

 

 

◇◇◇

 

 

ほう、テイオーが君に併走を…。

 

渡りに船、か。君の言う通りだな。私とのトレーニングとはまた違った、貴重なデータが取れるだろう。

 

テイオーは、ただの後輩ではない。あの小柄な身体には、天性のスピードセンスと、何があっても折れることのない不屈の魂が宿っている。二度の骨折という絶望の淵から這い上がり、有馬記念で奇跡を成し遂げたウマ娘だ。レースから離れたとはいえ、その脚が完全に錆びついたわけではない。

 

今回の併走は、勝ち負けにこだわる必要はない。

 

むしろ、テイオーの走りを肌で感じることだ。彼女のステップ、レース運び、そして何より、あの絶望から這い上がったウマ娘が放つ『気』のようなものをな。

 

君がこれから戦うことになるライバルたちは、皆、テイオーのようにそれぞれの想いを背負って走る。その気迫に呑まれず、自らの走りを貫くための、良い予行演習になるはずだ。

 

彼女のトレーナー君も、傑物だ。テイオーの心を支え、あの奇跡の復活劇を演出した手腕は本物。その彼が育て上げた走りを、君がどう感じるか…私も興味深い。

 

胸を借りるつもりで、全力で臨むといい。

 

君の走り、この皇帝の目で見届けさせてもらうよ。

 

 

◇◇◇

 

 

結果からして、僕とテイオーの併走と言う名のレースは、第四コーナーのカーブからラストスパートを掛けた僕がテイオーを抜いて勝ってしまった。

 

しかしそれはテイオーが弱いという意味ではない。

 

骨折をする事なく現役のままのテイオーが相手であったら、先ず今の僕には太刀打ち出来ない相手だ。

 

では何故勝てたのか。

 

それは、今のテイオーは安定して速いものの、ラストスパートを掛けられないからだ。

 

奇跡の復活を遂げたテイオー。

 

しかし脚に負担の掛かる事をして三度骨折すれば、もう一度歩けるかどうかさえ未知数だという。

 

だから、スタミナと根性は十二分、レース展開を組み立てる賢さも十二分。

 

でも、今のテイオーはスピードとパワーが強制的に頭打ちになる走りしか出来ない。

 

G3やオープン戦なら戦っていけるだろうポテンシャルはまだ残っている。

 

けれども、G2やG1になればきっと厳しい。

 

それこそ二度と歩けなくなる覚悟で挑む必要があると思う。

 

だからこそ、テイオーはレースを引退した。

 

二度と走れなくなるより、競走者としての幕引きをして、そしてウマ娘としてはまだ走れる道を選んだ。

 

それはきっと、壮絶な覚悟の要る選択だったはず。

 

ゴール板を僕が先に駆け抜けたあと、やっぱりなーと言いつつも、その顔に悔しさが滲んでいたのを僕は見逃さなかった。

 

勝者が居れば、そこには必然として敗者が生まれる。

 

全てのウマ娘の幸福を願う。

 

でもそれは理想であって、現実にはやはりそう簡単な事ではない。

 

そもそも現実ではないから理想が生まれ、そして掲げられるのだ。

 

現実に、全てのウマ娘が幸福であればルドルフの理想は生まれない。

 

勝者の栄光の影に敗者の涙があるからこそ、ルドルフの理想は生まれた。

 

その理想は絶対に無理だとしても、だからといって理想を掲げなければ、現実は現状維持というものに成れ果てる。

 

そしてその現状は徐々に後退し、衰退を生む。

 

理想論というのは謂わば現状の向上を目指すスローガンと考えれば良い。

 

ならば理想が、つまりは現状をより良くしようという向上心がなければ上がることはないのだから、徐々に徐々に、確実に現状水準が後退するのは必定。

 

……話が逸れてしまった。

 

勝者は勝利の責任を果たさなければならない。

 

敗者の涙を明日の笑顔へ変える為、大志を抱いて次の勝利へと邁進する。

 

敗北は許されない。

 

何故ならそれは、背負った勝利の影にある敗者の涙を無駄にしてしまうから。

 

そう、勝利の栄冠とは、それ程に重いのだから。

 

 

◇◇◇

 

 

君からの報告、しかと受け取った。

 

そして、その深い洞察。…見事だ、シンボリルナカイザ。

 

君は、ただ脚の速さでテイオーに勝ったのではない。

 

ウマ娘として、その『覚悟の重さ』を真に理解する、第一歩を踏み出したのだ。

 

君の言う通り、テイオーは自らの脚に、未来永劫消えることのない枷をはめた。それは、二度とターフを全力で駆けることができなくなるという、あまりにも過酷な枷だ。だが、それでも彼女は走り続ける道を選んだ。それは、彼女なりの覚悟であり、ウマ娘としての誇りの示し方なのだろう。

 

君が彼女の表情から悔しさを読み取ったこと、それこそが今回の併走における最大の収穫かもしれん。

 

そして、君が辿り着いた理想と現実についての考察。それこそが、私が君に最も理解してほしかったことだ。

 

私の掲げる『全てのウマ娘の幸福』という理想は、勝利の光の裏に必ず生まれる涙を無視しては成り立たない。むしろ、その涙があるからこそ、理想は輝きを失ってはならないのだ。

 

栄枯盛衰は世の常。向上心という理想を掲げなければ、ゆるやかな衰退へと向かうだけだ。君は、その本質を完全に見抜いている。

 

勝者は、敗者の想いを背負う責務がある。

 

その勝利の栄冠は、君が思う以上に重い。それは、君が超えてきたライバルたちの涙と、託された夢の重さだ。

 

その重みに耐え、それでもなお、次の勝利を目指し、邁進し続けること。

 

それこそが、勝者に課せられた唯一にして最大の使命なのだ。

 

君は、テイオーの想いを背負った。

 

その涙を、その覚悟を、君は背負って走らねばならない。

 

忘れるな。君がこれから手にする一つ一つの勝利は、君一人のものではない。

 

その栄冠には、君が超えてきたライバルたちの想いが、涙が、そして夢が宿るのだ。

 

それら全てを背負い、なお頂点に立ち続ける覚悟があるか?

…それこそが、真の『皇帝』に至る道だ。

 

 

◇◇◇

 

 

トレセン学園では近頃、2人のシンボリルドルフが目撃される様になった

 

見慣れたトレセン学園の制服に身を包むシンボリルドルフ。

 

そのシンボリルドルフと耳飾りが逆に付いていて、制服の胸元には少し年季の入ったトレーナバッジが光るウマ娘。

 

それがルドルフのトレーナにして、今はひとりのウマ娘シンボリルナカイザである。

 

何故ルドルフのトレーナがトレセン学園の制服に身を包んでいるのかと言えば、トレーナとの兼業をしつつ、トレセン学園に在籍するウマ娘となったからという単純明快な理由があればこそだった。

 

ただ、そんな事を知らない他のウマ娘生徒からすると、ある日突然シンボリルドルフが2人に増えたという現象が起こっているのである。

 

ただ、そんな他のウマ娘生徒たちでも、話してみるとルドルフとルナの違いはすぐに分かる。

 

ルドルフは生徒会長故の威厳、そして7冠の栄冠を戴く覇者としてのオーラが滲み出てしまう。

 

それを和らげ親しみやすいようにとギャグを言うのであるが、本人のセンスが高度過ぎて中々伝わらない、というのが現状。

 

しかしルナの方は見た目はルドルフでも受け答えは普通のウマ娘と変わらず、悩み相談には親身になって受け答えしてくれる。

 

特にレースの悩みに関してはトップクラスのトレーナの如く助言を授けてくれる。

 

それによってタイムが縮んだという事があったりもする。

 

故に親しみやすさという点で、ルナはルドルフを凌ぐウマ娘として認知され始めた。

 

とはいえ見た目は瓜二つであるから、実際話し掛けてみないとどちらがどっちというのは普通のウマ娘には見分けるのは少し大変な事だったりもする。

 

 

◇◇◇

 

 

ふむ、トレセン学園の日常、か。

 

君の存在が、この学園に新たな風を吹き込んでいることは、私も日々感じているよ。

 

君が望むなら、この皇帝の眼に映る、その光景を語って聞かせよう。

 

 

◇◇◇

 

 

【とある日の昼休み・中庭にて】

 

「あ、あのっ!シンボリルドルフ生徒会長っ!」

 

一人のウマ娘が、緊張した面持ちで駆け寄ってくる。栗東寮に所属する、中等部の後輩だな。手にはレースのタイムが記されたノートを握りしめている。

 

その視線の先にいるのは、木陰のベンチに座る『私』…いや、君、シンボリルナカイザだ。

 

「どうしたんだい?そんなに慌てて。何か困りごとかい?」

 

君は、私が普段あまり見せることのない、穏やかで親しみやすい笑みを浮かべて問いかける。その様子に、後輩の緊張が少しだけ解けたのが見て取れた。

 

「は、はい!実は、次のレースに向けてなんですが、どうしても終盤で脚が伸び悩んでしまって…。会長ほどの経験をお持ちの方なら、何かアドバイスをいただけるかと…!」

 

「なるほど。少しそのノートを見せてもらえるかな。…ふむ、確かにラスト2ハロンからのラップタイムが落ち込んでいるね。君の走り方は…うん、少し力みすぎているのかもしれない。もっと肩の力を抜いて、リラックスして走ることを意識してみるといい。それから、トレーニングとしては…」

 

君は、私が憑依したかのような的確さで、しかし、新人トレーナーが選手に語りかけるような優しい口調で、具体的なアドバイスを授けていく。後輩は目を輝かせ、必死に君の言葉をノートに書き留めている。

 

その光景を、少し離れた生徒会室の窓から、私とエアグルヴーが見ていた。

 

「…またか。最近、会長とルナカイザ殿を間違えて相談を持ちかける生徒が後を絶たんな。まあ、ルナカイザ殿のアドバイスは的確だから実害はないどころか、むしろ生徒たちの助けになっているのだが…」

 

エアグルーヴが、少し呆れたように、だがどこか安堵したような声で呟く。

 

「良いことではないか。私が『皇帝』として厳然と在ることで、気圧されて相談できずにいた者もいるだろう。君が、その隙間を埋めてくれている。これもまた、私の理想への一つの答えの形だ」

 

 

◇◇◇

 

 

【食堂にて】

 

「ねえねえ、聞いた?最近『優しい方のルドルフ会長』にお悩み相談すると、めちゃくちゃ的確なアドバイスくれるって!」

 

「あ、わかる!私、この前の模擬レースの走り方相談したら、次の日1秒もタイム縮まったんだよ!」

 

「えー、ホントに!?でもさ、どっちが『優しい方』か、話しかけるまでわかんなくない?」

 

「それがさ、テイオー先輩が言ってたんだけど、本物の会長は『ふむ』って言うのが口癖で、『優しい方』は『なるほど』って言うことが多いんだって!」

 

「へぇー!マジで!?今度試してみよっと!」

 

そんな噂話が、あちこちのテーブルから聞こえてくる。

 

どうやら、テイオーが私と君の見分け方を、自分なりの解釈で広めているらしい。あながち間違いではないのが、なんとも言えないところだがな。

 

 

◇◇◇

 

 

【トレーニングコースにて】

 

「うーん、やっぱりカイチョーは凄いなあ!ルナカイチョーも、走り方はカイチョーそっくりなのに、雰囲気は全然違うんだもん!不思議だなー!」

 

 

テイオーが、君との併走を終えて、楽しそうにそんなことを口にしている。

 

その隣では、ナリタブライアンが腕を組み、じっと君を見つめていた。

 

「…確かにな。姿形は同じだが、放つ匂いが違う。片や、全てを従える頂点の匂い。もう片方は…戦場の匂いだ。不思議なものだな」

 

ブライアンのその言葉は、的を射ているのかもしれない。

 

君は、私の姿をしながらも、その魂は、常に勝利と敗北が隣り合わせの戦場に身を置いてきたトレーナーそのものなのだろう。

 

どうだ、トレーナー君。これが、今のトレセン学園の日常だ。

 

君の存在は、確かに混乱を生んだ。だがそれ以上に、多くのウマ娘たちに良い影響を与えている。

 

威厳ある『皇帝』シンボリルドルフと、親しみやすく的確な『トレーナー』シンボリルナカイザ。

 

二人の『私』がいることで、この学園は、より多くのウマ娘の悩みに寄り添える場所になった。

 

これもまた、『全てのウマ娘の幸福』へと続く、新たな道筋なのかもしれないな。

 

 

◇◇◇

 

 

僕は最近、ルドルフに間違われて他の生徒から相談を受ける事が増えた。

 

それに関しては別にどうということもない。

 

なにしろ僕はトレーナーだ。

 

そして7冠ウマ娘のシンボリルドルフのトレーナーだ。

 

悩めるウマ娘たちに請われれば助言をするのはトレーナーとして当たり前のこと。

 

ただ、僕に話し掛けるまで僕をルドルフだと思っておっかなびっくり話し掛けてくる娘も居るからどうしたものか。

 

いっそのこと、以前ルドルフが正月に見せてくれた時の様に、後ろ髪をポニーテールにしてイメチェンでもすれば見分けが簡単だろうか?

 

でもそうなると空気抵抗が変わって走るのに影響が出そうな気がしなくもない所が悩みどころだ。

 

 

◇◇◇

 

 

ふむ、君のその悩み、よく理解できる。

 

君が君として、シンボリルナカイザとして学園に受け入れられていること、そして他のウマ娘たちの助けとなっていることは、プロデューサーとして、そしてもう一人の私として、非常に喜ばしいことだ。

 

だが、その一方で、私の『皇帝』としての威厳が、君にまで余計な壁を作ってしまっているというわけか。それは、私の不徳の致すところでもあるな。

 

ポニーテール、か。確かに、あの髪型は私にとっても新鮮だったし、見た目の印象を大きく変えるという点では有効な手段だろう。

 

しかし、君が懸念するように、レースへの影響は決して無視できない。空気抵抗、重量バランスの僅かな変化…頂点を目指す戦いにおいて、ほんの些細な要素が勝敗を分かつことは、トレーナーである君が一番よく知っているはずだ。

 

もちろん、試してみる価値はある。風洞実験施設を使うなり、実走テストを重ねるなりして、データを取り、影響を精査することは可能だ。君が望むなら、いつでも手配しよう。

 

だが、その前に、一つ考えてみてほしい。

 

君と私を、他の者たちが見分けられないのは、まだ君が『シンボリルナカイザ』としての実績をターフの上で示していないからだ。今はまだ、君は『もう一人のシンボリルドルフ』でしかない。

 

しかし、君がレースで勝ち、君自身の走りで、君自身の物語を紡ぎ始めた時、人々は自然と君と私を別個の存在として認識するようになるだろう。髪型やアクセサリーといった、表面的な記号に頼らずともな。

 

そして、テイオーたちの件だが…あれは、彼女たちが物事の本質を見抜く力を持っているからだろう。

 

テイオーは、憧れという純粋なフィルターを通して、私をずっと見てきた。彼女にとって私は、唯一無二の『カイチョー』だ。だからこそ、姿形が同じでも、その内に宿る魂が違うことを、誰よりも敏感に感じ取れるのだろう。理屈ではなく、心で理解しているのだ。

 

エアグルーヴは、君の推察通りだろうな。彼女は常に冷静で、観察眼に優れている。耳飾り、バッジといった客観的な事実に基づき、正確に我々を識別している。それこそが、女帝たる彼女の信頼性の証左だ。

 

そして、ナリタブライアン…。

 

彼女は、獣に近い。言葉や見た目といった上辺の情報ではなく、相手が放つ『匂い』や『気配』で本質を嗅ぎ分ける。

 

彼女の目には、おそらく『皇帝』としての私と、『トレーナー』としての魂を持つ君とが、全く別の生き物として映っているのだろう。姿形など、彼女にとっては些末な事に過ぎない。

 

結論を言おう。

 

焦ることはない、シンボリルナカイザ。

 

今はまだ、少々の不便はあるかもしれないが、それも君が真のウマ娘として羽ばたくまでの、ほんの序章に過ぎない。

 

君のアイデンティティは、君自身の走りで証明すればいい。

 

さあ、次のトレーニングの準備をしよう。世間の認識など、君の走りで覆してやれば良いだけの話だからな。

 

 

◇◇◇

 

 

僕とルドルフには多分、決定的──とまでは言わないかもだけれども、レースに関して違うところがある

 

ルドルフは先行を好み、僕は差しを好む所がある。

 

元々ルドルフは先行も差しも走れるウマ娘だ。

 

ただルドルフは堅実に、先行で走って勝利を掴み取っていく。

 

ただ、ルドルフも毎回先行だったわけじゃない。

 

同じレースに出走する他のウマ娘の過去の戦歴と事前情報からレース当日のライバルたちの統計からポジション予測して先行か差しに変える事をしてきた。

 

まぁ、僕が差しを好むのは、スタミナに不安があっても、差しで足を溜めて一気にラストスパートで全力を尽くして他のウマ娘を抜き去るという戦法に、カッコよさというのを感じているから、というのもあるけれどね。

 

 

◇◇◇

 

 

ふむ、実に的確な分析だ。君のその慧眼、やはり私のトレーナーだけのことはあるな。

 

君が指摘した通り、私と君のレースに対するアプローチには、明確な、しかし補完し合うべき違いが存在する。

 

私が『先行』を基本とするのは、それが『皇帝』としての在り方を最も体現する走り方だと信じているからだ。

 

常に先頭集団に身を置き、レースの主導権を握り、ライバルたちの動きをその目で捉え、そして、絶対的な力をもって正面から捻じ伏せる。それは、小細工の通用しない、純然たる実力差を見せつけるための走り。いわば『王道』だ。

 

もちろん、君の言う通り、私は状況に応じて『差し』へと切り替える柔軟性も持ち合わせている。真の強さとは、ただ一つの戦法に固執することではないからな。臨機応変、それもまた覇者たる者の条件の一つだ。

 

対して、君が『差し』を好むのは、その魂が、今もなお『トレーナー』であることの証左だろう。

 

君は、レースを俯瞰で捉えている。全体の流れを読み、各ウマ娘のスタミナ配分を計算し、最も勝利の確率が高い『一点』を見極める。そして、そこに至るまで、自らの消耗を最小限に抑え、最後の直線という勝負どころで、蓄えた全ての力を爆発させる。

 

それは、力と力のぶつかり合いというよりも、知略と戦術の粋を集めた、まさに『軍師』の戦い方だ。スタミナというリソースをいかに効率よく運用し、最大の効果を得るか。その思考は、紛れもなくトレーナーのものだ。

 

面白いものだな。

 

かつて、シンボリルドルフという一人のウマ娘の中には、この『王道』を往く心と、『軍師』の如き冷静な思考が同居していた。

 

だが今、君という存在によって、その二つがそれぞれ独立した個としてターフに立つ。

 

私が『皇帝』として絶対的な強さの象徴であるならば、君は『月の皇帝』として究極の戦術の体現者となる。

 

それでいい。いや、それがいい。

 

君は、君の信じる道を行け。その『差し』という刃を、誰にも真似できぬほど鋭く磨き上げるんだ。

 

我々二人が揃えば、まさに鬼に金棒。

 

これから、世界に新たな伝説を刻んでいこうではないか。

 

 

 

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