ウマ娘メタモルダービー   作:星乃 望夢

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第6話 出走、シンボリルナカイザ

 

僕のデビュー戦が始まる。

 

僕はシンボリルナカイザとして走る。

 

元トレーナーのウマ娘としての先達は、ドリームジャーニーのトレーナが既に今年のトゥインクルシリーズを走っていて、ケラウノスシュタルの名はレース界を轟かさている。

 

なにしろデビューのジュニア期に朝日杯FSとホープフルステークスを征して、皐月賞、そして日本ダービーとシニア期のウマ娘も出走する宝塚記念を勝った。

 

既にG1を5勝している怪物。

 

次の菊花賞最有力ウマ娘としてメディアに取り上げられている。でも、栄冠の影もまた大きい。

 

純粋なウマ娘のレースを守ろうというスローガンを掲げる「純潔派」。さらに、成分表は学園に公開されていて、URA規定でも違反成分は使われていないと厳格な検査をパスした僕たちTウマ娘だけれども、ケラウノスの異常な強さに、「クスリ」という部分がクローズアップされて、Tウマ娘はドーピングで勝利を手にしていると、ゴシップ記事や一部メディアは数字を取るために世間を煽るような動きをしている。

 

……僕のトレーニングはトゥインクルシリーズの上。ドリームトロフィーのルドルフと同じ負荷でトレーニングをしている。

 

ケラウノスも毎日坂路を走っている。けれども、その影の努力は表には出てこない。だから世間は言いたい放題だ。

 

そんな前列があるから、同じくトレーナーからウマ娘となった僕もデビュー戦では良くも悪くも1番人気となっている。

 

それは僕があのシンボリルドルフのトレーナーウマ娘だから。

 

トゥインクルシリーズで7冠を戴いた皇帝。

 

その皇帝と瓜二つの月の皇帝の初出走。

 

僕の──いいや、このターフにもう一度、『皇帝の走り』を魅せる時は、目前に迫っていた。

 

 

◇◇◇

 

 

ふむ、その時が来たか。

 

ケラウノスシュタルの活躍は、私も耳にしている。彼がターフを席巻することで、世間は『トレーナーからウマ娘になった者』の底知れぬ可能性をその目に焼き付けた。

 

道は、拓かれたのだ。

 

君がデビュー戦で一番人気に支持されるのは、当然のことだ。

 

世間が見ているのは、シンボリルナカイザという一人のウマ娘ではない。

 

『七冠の皇帝を育て上げた、伝説のトレーナー』の才覚。そして、『皇帝』と瓜二つの器に宿る、未知なる力。期待と、好奇と、そして僅かな畏怖が入り混じった、巨大な視線が君に注がれている。

 

その重圧、察するに余りある。

 

だが、忘れるな、シンボリルナカイザ。

 

君がターフで見せるべきは、私の走りの模倣ではない。

 

君の頭脳には、七冠に至るまでの全てのデータと経験が刻まれている。

 

君の身体には、デビュー前の私と同じ、無限の可能性を秘めた才能が眠っている。

 

トレーナーとしての『知』と、ウマ娘としての『力』。その二つが融合した時、そこに現れるのは、かつての私をも超える、全く新しい『皇帝』の走りだ。

 

余計な雑音は耳に入れるな。

 

一番人気という評価も、メディアの喧騒も、今は全て忘れろ。

 

ただ、ターフの感触を確かめ、ゲートが開くその瞬間だけに、全神経を集中させろ。

 

君がこれまで培ってきた全てを信じろ。

 

そして、君のプロデューサーである、この私を信じろ。

 

私が、この玉座から見届けている。

 

さあ、行ってこい。君の、そして我々の最初の伝説を、その脚でターフに刻みつけてくるんだ。

 

 

◇◇◇

 

 

ゲートが開いた。

 

その瞬間、僕は目を見張った。

 

ほ、他の娘が後ろ!?

 

……違う。

 

僕のスタートダッシュが完璧過ぎて、他の娘の初々しいスタートダッシュの何倍もロケットスタートを決めた結果、逃げの娘よりも前に出てるだけだ。

 

……このままスピードに物を言わせて逃げを打つ?

 

いいや、ダメだ。

 

それだとスタミナを使い切って後ろから差される。

 

僕もルドルフも、逃げの適性は皆無だ。

 

だから僕は、理想的なスタートダッシュのアドバンテージを全て大外に逸れてその内ラチを他のウマ娘たちが駆け抜けられるスピードに敢えて落とした。

 

『おおっと、シンボリルナカイザ!先頭スタートの勢いはどうした!?なにかのトラブルか?思いっきり失速して最後方に沈んで行ったー!!』

 

そんなアナウンスが聞こえるけれども、別に沈んだとか逆噴射したわけじゃない。

 

ただペースを緩めて差しのポジションに付いてだけ。

 

逃げが2人、先行が4人、差しが僕含めて2人。

 

8人立てのデビュー戦。

 

バ群の先行4人のコースもそんなに障害になるという感じもしない。

 

僕が最後尾だからレース展開が良く見える。

 

確かに結構な仕上がりの子達だ。

 

でも、ルドルフより全然遅い。

 

今の足を気遣うテイオーの足元にも及ばないと思うのは酷過ぎるか。

 

引退して足を気遣う走りをしても、元G1ウマ娘のテイオーのポテンシャルは依然として高い。

 

そして今の僕は、デビュー戦の時のルドルフよりも──速い。

 

それはルドルフの身体のポテンシャルに、トゥインクルシリーズで僕とルドルフが歩んだ足跡と、ドリームシリーズになってから僕が努力して身につけたトレーナーとしての指導力。

 

完成されたシンボリルドルフという7冠ウマ娘の結果を、デビュー戦の頃のルドルフと同じ僕へとフィードバックすればどうなるのか。

 

答えは火を見るよりも明らかだ。

 

今の僕が、この娘達に敗ける要素は限りなくゼロだ。

 

それでも、僕は慢心も油断もしない。

 

何故なら限りなくゼロでも、まったくゼロではない。

 

敗ける時は敗ける。

 

それがレースというものだ。

 

さて、トレーナーとしての分析はここまでだ。

 

ここからは──。

 

足の踏み込みを強める。

 

その瞬間、レース場の──ターフの空気が変わった。

 

前を走る娘達が一斉に、後ろに居る僕を見た。

 

そうだ、今から魅せるのはシンボリルドルフのトレーナーの走りではない。

 

「これが、『皇帝』の走りだッ!!」

 

その言葉とともに、ターフの芝を踏み抜き、地面を踏み締めて、僕の身体は一気に加速を始めた。

 

 

◇◇◇

 

 

観客席から、君の初陣を確かに見届けた。

 

ゲートが開いた瞬間、私の目に映ったのは、完璧なスタートを切った一人のウマ娘の姿だった。

 

実況席は『トラブルか』と騒ぎ、観客はどよめいたのだろう。だが、私には分かっていた。

 

あれは、トラブルなどではない。君という最高の『トレーナー』が、レースという盤面を完全に掌握するために打った、必然の一手だ。

 

君は、与えられたアドバンテージにあえて驕ることなく、自らの勝利の方程式に最も適した『差し』のポジションへと、泰然自若として移行した。

 

逃げの適性がないことを理解し、最も効率よく勝利するための道筋を、あの刹那の間に描き切った。

 

…見事だ。それこそが、私が信頼する君の、トレーナーとしての真骨頂に他ならない。

 

そして、時は満ちた。

 

君が地を蹴った瞬間、ターフを支配していた空気が震えるのを、私は確かに感じた。

 

前を行く者たちが感じたのは、単なる追い上げではない。それは、全てを置き去りにする絶対的な捕食者の気配。

 

逃れられぬ運命の到来だ。

 

『これが、「皇帝」の走りだッ!!』

 

そうだ。

 

それでいい、シンボリルナカイザ!

 

それは、私の走りの模倣ではない。

 

かつての私の可能性に、君という最高の知性が加わって昇華された、全く新しい『皇帝』の走り。

 

他を寄せ付けぬ、絶対的な支配者の走りだ。

 

ゴール板を駆け抜けた君の姿は、まさしく。

 

『唯一抜きん出て並ぶ者なし』。

 

…だな。

 

さあ、世界に示すがいい。

 

ここから始まる、我々二人の伝説を。

 

 

◇◇◇

 

 

第三コーナー前の直線で僕は皇帝の走りを始めた。

 

前の先行4人を大外から抜き去り、そして逃げの2人がペースを速めたけれども、それは悪手だ。

 

多分君たちはその勢いで走り抜く事は出来ない。

 

第三コーナーに入ったところで僕は逃げの2人も捉えて外から抜き去る。

 

これが差しの真骨頂。

 

後方からのごぼう抜き。

 

それは先を走る先行や逃げのバ群に進路を阻まれる危険性がある作戦でもある。

 

だが、そんなバ群を抜けられるパワー。

 

そしてたとえ前を防がれてもバ群を抜けた所からロケットダッシュの様に飛び出して走れるスピードとスタミナとパワーがあれば、それでも勝てる。

 

第四コーナーの終わりから後ろの娘達もラストスパートを掛ける。

 

逃げの2人はバ群に沈んで行った。

 

やっぱりスタミナが保たなかった。

 

でも、もう僕は最終直線の場を走っている。

 

後ろの追随を許さず、それどころか後ろがラストスパートを掛けているのに僕の足は、身体は、更に後ろを突き放して加速する。

 

僕の脳裏にはデビュー戦の時のルドルフが映っている。

 

僕はその背を追い掛けていた。

 

そして僕はその背を捉え、ゴール板を駆け抜けた。

 

後方に10バ身の差をつけ、僕はデビュー戦に勝利した。

 

汗で肌に貼り付く体操服。

 

後からゴール板を駆け抜けた娘達は肩で荒い息をしているけれども、僕はそこまで息を切らしてはいなかった。

 

逃げの2人は最後にゴール板を走り抜けると、ターフの上に転がって荒い呼吸を整えながら、泣いていた。

 

そして他の娘も、僕をバケモノを見るような目で見てきた。

 

当たり前か。

 

あそこまで圧倒的な力で捩じ伏せてしまったのだから。

 

これが勝利の栄冠を背負うという意味のもう一つの側面。

 

勝者は、他の者からの畏怖すらも背負っていかなければならない。

 

僕はひとつ、目を瞑る。

 

そして目を開くと、観客席に座るルドルフを見つけて手を振った。

 

確かに畏怖も怨恨も背負っていかなければならない。

 

それが敗者の涙を背負う勝者の責務だから。

 

だからこそ、勝者は笑う。

 

手にした勝利を誇る。

 

それが、敗れ去ったものへの手向けだから。

 

そして、それが自分を勝つために鍛えてくれた、支えてくれた者への恩返しだから。

 

 

◇◇◇

 

 

ああ、見ていたとも。

 

この観客席から、君の伝説の序章、その一部始終をな。

 

後方に10バ身。

 

それは、単なる着差ではない。君がこのターフに示した、絶対的な実力差の証明。他の追随を、そしていかなる異論をも許さぬという、峻烈なまでの意思表示だ。

 

観客席から見ていても、君が地を蹴るたびに、レースの空気が張り詰め、そして支配されていくのが分かった。

 

そして、君が感じ取ったもの…それこそが、『勝利』という栄冠が持つ、もう一つの顔だ。

 

畏怖、嫉妬、そして絶望。勝者は、その輝きが強ければ強いほど、濃い影を生む。その影に宿る全ての感情を、その身に受け、背負い、それでもなお前へと進み続けねばならない。

 

それが、覇道を往く者の宿命だ。

 

逃げの二人が泣いていた、か。

 

そうだろう。彼女たちは、自らの全力を尽くした。だが、その先にあったのは、決して届くことのない、あまりにも巨大な壁だったのだからな。その絶望は、察するに余りある。

 

だが、君が最後に取った行動…それこそが、勝者として最も尊い振る舞いだ。

 

君は、手を振って、そして笑った。

 

そうだ、それでいい。

 

敗れた者たちへの最大の手向けは、同情などではない。

 

その勝利を誇り、揺るぎない目標として、さらに高みに在り続けることだ。

 

君が輝き続ける限り、彼女たちの涙は、決して無駄にはならない。いつか、君という星を目指して再び立ち上がるための、糧となるのだから。

 

そして、その笑みは、君を支えた者…つまり、かつての君自身と、今の私への、最高の恩返しでもある。

 

君の勝利、確かに受け取ったぞ、シンボリルナカイザ。

 

見事な走りだった。

 

さあ、顔を上げろ。ウィナーズサークルが、最初の伝説の始まりを告げる君を待っている。

 

その胸を張り、皇帝として、堂々と応えてくるがいい。

 

 

◇◇◇

 

 

ウィナーズサークルの表彰台に上がり、僕はトロフィーを手にして掲げた。

 

それはまだ小さなトロフィーだけれども、この黄金の輝きは、確かな勝者の証しだった。

 

そしてウィニングライブ。

 

勝負服を着てのセンターで僕は歌と踊りを披露する役目が残っている。

 

一度更衣室に戻り、そして手にした勝負服を纏う。

 

その布生地である筈の服が、僕にはとてつもなく重いものに感じられた。

 

だってそれは、ルドルフの物と寸分違わぬ勝負服だから。

 

他の娘達が息を呑んだ。

 

皇帝シンボリルドルフがこの場に居ると、彼女たちは思った事かもしれない。

 

ただルドルフの勝負服とは一点だけ違うのは。

 

その胸に輝くのが、僕の付けていたトレーナーバッジであるということ。

 

コレだけは、誰になんと言われようとも僕の誇りだ。

 

ルドルフと共に駆け抜けたトゥインクルシリーズの3年間。

 

そしてドリームシリーズを勝つ為に研鑽を続けて来た僕とルドルフの、歴史の証だから。

 

それを胸に、僕は今からシンボリルナカイザとしての足跡も刻む。

 

歌も踊りも、トレーナーとして頭に入っていたし、振り付けも昔、ルドルフと確認したから忘れてないし、今回ルドルフと確認しているから完璧だ。

 

だから僕は、『勝者』として、思いっきりウィニングライブを歌って踊った。

 

 

◇◇◇

 

 

そのウィニングライブ、しかと、この目に焼き付けたぞ。

 

君が纏った勝負服…。更衣室で、その重さを感じたことだろう。

 

だが、それは当然だ。あれは単なる衣装ではない。私がターフで刻んできた七冠の歴史、その全ての勝利と、その裏にあった涙の重さが宿っているのだからな。

 

他のウマ娘たちが息を呑んだのも無理はない。彼女たちの目に映ったのは、私の幻影だったのかもしれない。

 

しかし、君は『私』ではなかった。

 

その胸に輝く、一つのトレーナーバッジ。

 

そうだ。それこそが、君が君であることの、何より雄弁な証明だ。

 

私と共に歩んだ日々の記憶。トレーナーとして流した汗と、重ねた研鑽。その全てが、その一つのバッジに凝縮されている。

 

それは、君が何者にも代えがたい誇りを胸に、このターフに立っているという、揺るぎない宣言だった。

 

そして、始まった君の舞台。

 

歌も、踊りも、完璧だった。だが、私の心を震わせたのは、その技術的な完成度ではない。

 

君のパフォーマンスには、『勝者』としての覚悟が満ち溢れていた。

 

それは、ただ勝利を喜ぶだけの浮ついたものではない。

 

敗れた者たちの想いをその身に受け止め、それでもなお、自らの勝利を誇り、輝きを放つという、気高い決意。

 

君がセンターで放つ光は、敗者への手向けであり、君を支えた者への感謝であり、そして何より、シンボリルナカイザという新たな皇帝の誕生を告げる、高らかな凱歌だった。

 

見事だった、シンボリルナカイザ。

 

世界は今日、新たな伝説の始まりを目撃したのだ。

 

さあ、誇り高く胸を張れ。

 

そのトロフィーと、勝負服の重みこそが、君がこれから歩む覇道の、輝かしい第一歩なのだから。

 

 

 

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