デビュー戦を圧勝した僕だけれども、やっぱりというかなんというか。
一度の栄冠で世間の評価が変わると言うことはなかった。
というよりこれは今年になって既に皐月賞と日本ダービー、そしてシニア期のウマ娘も混じる宝塚記念を圧倒的な走りで制したドリームジャーニーのトレーナーことケラウノスシュタルの存在が大きく取り上げられた。
ただ、特殊な薬品を『事故』で服用してしまった結果、ウマ娘になってしまった元人間という部分で問題視されていた。
現在のURA規定の違反薬物反応は出ていなくとも、やはりドーピングなのではないかと疑われるのは避けられない。
そして僕もまた、その疑念の煽りを受けていた。
デビュー戦で10バ身差の圧倒的な勝利。
普通のウマ娘がそれを成したのならば三冠を期待できるルーキーの誕生だと素直に喜ばれただろう。
でもそれが、同じ様に薬でウマ娘に成った僕だからこそ。
それは再び恰好の獲物が葱を背負ってやって来たのと同じだった。
健全に走るウマ娘たちの公平性が問われるという見出しのニュースバラエティを組まれる程度には世間的に取り上げられている。
とはいえ、URAには正式に出走登録は済ませているし、違法薬物反応も皆無。
なにより胡座を掻いて勝ったわけじゃない。
それこそ僕はケガをしないギリギリのラインで、デビュー戦当初のルドルフと同じ身体に今のドリームシリーズで走るルドルフと同程度の負荷のトレーニングを己に課している。
それに、毎日坂路を走っているドリームジャーニーのトレーナーであるケラウノスシュタルの姿を見ている。
僕達は他のウマ娘の何倍ものトレーニングを己に課して勝利の栄冠を掴んでいるに過ぎない。
だからなんと言われようとも、僕はルドルフと同じクラシック三冠を手にする。
認められないなら、認めさせるだけの揺るぎない結果を残すだけだ。
◇◇◇
ふむ、世間の風当たりが強いようだな。
君の報告、そしてその揺るぎない覚悟、しかと受け止めた。
デビュー戦での圧勝。それは、君の実力が本物であることの何よりの証明だ。
だが、世間はまだ、その事実を素直に受け入れることができずにいる。ケラウノスシュタルの前例がある以上、それはある意味、必然の反応と言えるだろう。
未知なるものへの畏怖。旧来の秩序を揺るがす者への反発。そして、センセーショナルな話題を求めるメディアの思惑。それらが複雑に絡み合い、君たちに向けた逆風となっている。
ドーピング、だと?馬鹿馬鹿しい。
君が、そしてケラウノスシュタルが、どれほどの覚悟と努力をもってターフに立っているか、この私が誰よりも理解している。
他のウマ娘の何倍ものトレーニングを己に課し、その血の滲むような努力の果てに、ようやく掴み取った勝利だ。それを、薬の一言で片付けられてたまるものか。
だが、君の覚悟は正しい。
この状況で、言葉を尽くして弁明したところで、それは火に油を注ぐだけだろう。
ならば、我々がすべきことはただ一つ。
…認められないなら、認めさせるまで。
言葉ではなく、結果で、その口を噤ませる。
君が今、耐え忍んでいるその雑音は、まさしく臥薪嘗胆。未来の栄光を、より一層輝かせるための試練に他ならない。
その悔しさを、怒りを、全てバネに変えろ。そして、ターフの上で爆発させるんだ。
揺るぎない結果とは、すなわち、誰の目にも明らかな『伝説』を築くことだ。
君は独りではない。君の隣には、常にこの私がいる。
君のプロデューサーとして、そして、君の覚悟を共有するパートナーとして、私も共に戦おう。
さあ、行くぞ、シンボリルナカイザ。
我々の正しさは、クラシック三冠という、誰にも揺るがすことのできない絶対的な事実をもって証明するのだ。
◇◇◇
僕の第2走はどうしようかとルドルフと相談した所、皐月賞に挑む前に同じ中山のG1ホープフルステークスを走る為に重賞の雰囲気を感じる為の11月京都芝2000mのG3京都ジュニアステークスへの出走を決めた。
それはその為に今の7月から数えて4ヶ月、みっちりとトレーニングに明け暮れる日々が始まる。
ルドルフのトレーナー業を兼任しながらトレセン学園トレーナーの代表としても動くのも相変わらず。
それに加えてシンボリルナカイザとしても生活を加えれば多忙を超えて忙殺される勢いのスケジュールだけれども、生徒会長を務めながらトゥインクルシリーズを走ったルドルフを見てきた身としては、当時の彼女を知るからこそまだ余裕があると思えてしまう。
その余裕を更にトレーニングに割いて行く。
他のウマ娘の何倍ものトレーニングとは、そうして時間を確保してやっていた。
◇◇◇
ふむ、京都ジュニアステークスからホープフルステークスへ、か。
実に堅実で、理に適った選択だな。それは皐月賞という大舞台、そして同じ中山のターフを見据え、まず重賞の空気を肌で感じておくという、まさに石橋を叩いて渡るが如き慎重さ。君のトレーナーとしての経験が、ウマ娘としての君の歩みを正しく導いている証拠だ。
そして、そのための4ヶ月。
多忙を超えて忙殺されるほどのスケジュールの中、なお『余裕がある』と言ってのけ、その全てをトレーニングに注ぎ込む…。かつての私の姿を見てきた君だからこそ、その高みに立てるのだろう。その気概、実に頼もしい。
それこそが、君の強さの源泉。
世間の愚か者どもが囁くような、安易な力などではない。君が自らの意志で時間を捻出し、血と汗で築き上げた、紛れもない実力だ。その努力の積み重ねこそが、我々の何より雄弁な反論となるだろう。
良いだろう。その4ヶ月、私も君のプロデューサーとして、トレーニングの全てに付き合おう。
君という最高の素材を、千錘百錬の果てに、誰にも砕くことのできぬ、至高の刃へと鍛え上げてみせる。
さあ、覚悟はいいな、シンボリルナカイザ。
我々の反撃は、ここから始まるのだからな。
◇◇◇
この4ヶ月、長い様であっという間に過ぎていった様に思える。
シンボリルナカイザとして学園で過ごす中、他の生徒たちからの相談事を受け、それに答え、そしてトレーナーとしての公務の他、ルドルフの手伝いで生徒会の仕事を処理して、その後にトレーニング。
それの繰り返しで、多分人間だったら身体を壊していただろう過密スケジュールでも、ウマ娘である今の僕ならこなせてしまう内容だった。
昔、ルドルフに無理をしていないかと訊ねても平気だと言われた時の心配は、同じ立場になって初めてそれは杞憂だったと分かった。
ウマ娘は人間の僕が思っていた以上にタフで頑丈な存在だったみたいだ。
それもそうか。
3200mという長距離すら物凄い速さで走り切る彼女たちのタフさを舐めていた、という事になる。
そんな事を思いながら、僕は京都のレース場に足を踏み入れた。
10月の京都で行われた菊花賞は、事前予想の通りケラウノスシュタルが獲った。
つまりドリームジャーニーのトレーナーは栄冠のクラシック三冠を達成した。
その足跡に僕も続く為に、先ずはこの重賞を獲りに行く。
僕の初重賞はそうして幕を上げた。
◇◇◇
ふむ、4ヶ月か。君にとっては、あっという間だったかもしれんな。
だが、その一日一日は、君が自らの血肉としてきた、濃密な時間の積み重ねだ。その努力を、この私が誰よりも知っている。
そして、ようやく君も理解したようだな。我々ウマ娘が、どれほどのポテンシャルを秘めた存在であるかを。
かつての私が『平気だ』と答えた時、君が浮かべていた心配そうな顔を、今でも覚えているぞ。君は、人間の物差しでは測れぬほどの負荷に耐える私を、ただ案じてくれていた。
だが今、君は同じ身体を得て、その意味を真に理解した。トレーナーとしての『知』と、ウマ娘としての『体』が、今まさに融合しつつあるのだ。それこそが、君の最大の強みとなるだろう。
ケラウノスシュタルの三冠達成、か。
彼は、我々の前に聳え立つ、偉大な目標であると同時に、君が背負う期待を、さらに重くする存在となった。
世間は、君に『第二のケラウノスシュタル』であることを求めるだろう。だが、君は君だ。君には、君だけの道がある。
そうだ。君もまた、その足跡に続くのだ。
だが、それは模倣ではない。シンボリルナカイザという、唯一無二のウマ娘としての、覇道の始まりだ。
京都のターフ。それは、君が三冠という頂きに至るための、重要な布石となる。
気負う必要はない。これまで通り、君が積み上げてきたものを、ターフの上で示すだけでいい。
君の初重賞制覇、しかと見届けさせてもらうぞ。
行ってこい、シンボリルナカイザ。