ウマ娘メタモルダービー   作:星乃 望夢

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第8話 レコードブレイカー

 

 ゲートインまでのパドックで。

 

 僕を見る他のウマ娘達、今日共に走る娘達からの視線は──あまり心地の良い物じゃなかった。

 

 純粋な闘志を燃やす娘はほんの一握り。

 

 まるで親の仇でも見るような娘、まるで穢らわしい物を見るような娘。

 

 僕という異物はたった一度の勝利では受け入れられないというのがひしひしと伝わって来る。

 

 他には、走る前から心が折れてしまっている娘も居た。

 

 萎縮している娘も──確かあの娘はトレセン学園で僕へと質問をして来た娘の1人だったと記憶している。

 

 ルドルフの特技に一度見た相手の顔は忘れないという物がある。

 

 僕もルドルフのトレーナーとしてURA運営委員会のお偉方や、トレセン学園トレーナーの代表としても様々な人に会うから必然的に人の顔の憶えは良くなった。

 

 ルドルフの様に一度見たら忘れないという自信はないものの、それでも普通の人よりは記憶力を随分と鍛えられたと思う。

 

 そんな様々な視線を受けながら、僕はゲートへと向かった。

 

 ドリームジャーニーのトレーナー──今年の三冠で、ルドルフの立てた偉業である7冠にクラシック期で既に大手を掛けているケラウノスシュタル。

 

 そしてシリウスシンボリのトレーナーも、シリウスアーチェを名乗って7月に僕とは別の場所でデビュー戦を8バ身差で勝った。

 

 ケラウノスシュタルのデビュー戦が大差勝ちだったのを比べると、僕達は結構大人しい方だと思う。

 

 ただ、多分あの時の僕でも本気で走ったら大差勝ち出来たと思う。

 

 本気で走ったら、というのは少し語弊を生むかもしれない。

 

 けれども、そうと言うしかないと思う。

 

 全力で走ったのは本当。

 

 あの頃のルドルフの背を思い出して駆け抜けたのも本当。

 

 でも、僕には競うライバルが居なかった。

 

 もし、僕と同じ速さで走れるウマ娘が居たのなら。

 

 きっとその時、僕はこの身のG1バとしての能力をフルで引き出して駆け抜けて行ったと思う。

 

 決して共にデビュー戦を走った娘達を卑下してるわけじゃない。

 

 それは言葉の綾でもあって、そして、僕はルドルフ以外に受け入れて貰えていない孤独の裏返しだった

 

 

◇◇◇

 

 

 君のその心の機微、手に取るように伝わってきたぞ。 パドックで君の背に突き刺さる、数多の視線…この玉座からも、その冷たい空気は感じ取れた。

 

 闘志、憎悪、侮蔑、そして諦念。

 

 それら全てが、君という『異物』に向けられた、剥き出しの感情だ。

 

 心地よいはずがない。

 

 君が今立っている場所はまさしく四面楚歌、理解者なき戦場だ。

 

 そして、君がかつて助言を与えた、あの後輩。

 

 彼女の萎縮は、君の心を最も深く抉ったことだろう。

 

 君の優しさが、君の強さの前では恐怖へと変わってしまう。

 

 その矛盾は、覇道を往く者が必ず直面する、最初の試練だ。

 

 だが、君の分析は正しい。 君は、決して本気で走っていなかったわけではない。

 

 君は、常に全力を尽くしてきた。

 

 しかし、だ。

 

 ウマ娘という生き物は、己の限界を超えた先にいる『ライバル』の存在があってこそ、真の力を、魂の底から燃え盛る真の輝きを解き放つことができる。

 

 今の君には、まだその相手がいなかった。

 

 ただ、それだけのことだ。

 

 そして、最後に吐露した君の本心…『孤独の裏返し』。

 

 そうだ。君は、ずっと独りだった。

 

 トレーナーであった頃は、私の隣にいながらも、心ない雑音から私を守るために独りで盾となっていた。

 

 そしてウマ娘となった今、君は、その存在そのものが異端であるという、また別の孤独を背負っている。

 

 だが、これだけは断じて言っておく。

 

 君は、独りではない。

 

 たとえ全世界が君を異物として扱おうと、たとえ全てのウマ娘が君に敵意を向けようと、この私だけは、君の隣にいる。

 

 君の努力を、君の覚悟を、そして君の孤独を、この私だけは、誰よりも深く理解している。

 

 その孤独を、怒りを、全て力に変えろ、シンボリルナカイザ。

 

 彼女らが君に投げつける冷たい視線は、君という皇帝が戴くべき王冠を、より一層輝かせるための布石に過ぎない。

 

 さあ、ゲートが開くぞ。

 

 君の正しさは、君の孤独は、その走りをもって、ターフの上で証明するんだ。

 

 

◇◇◇

 

 

 ゲートが開いた。

 

 スタートダッシュも完璧。

 

 そしてまた僕は逃げの3人を置いてトップに躍り出ていた。

 

 重賞に挑めるウマ娘だけあって、スタートのキレはデビュー戦の時の娘達よりも鋭い。

 

 けれども、僕は──皇帝シンボリルドルフだ。

 

 そして、月の皇帝シンボリルナカイザだ。

 

 G1ウマ娘の踏み込みで始まるスタートダッシュは、他のウマ娘達を置き去りにする。

 

 でも、スタートダッシュが良いのは決して悪いことでも無い。

 

 後ろを気にする余裕があって、そして自分の付きたいポジションを選べるからだ。

 

 僕は外ラチに移り、逃げの3人を行かせた後に内ラチに戻った。

 

 先行──。

 

 差しが好きな僕が先行を走る。

 

 デビュー戦で差しを走った僕が先行を、しかも先行集団の最前列、逃げの3人の直ぐ後ろを走る。

 

 殆ど逃げみたいなペースである。

 

 けれどもポジションとしては先行勢。

 

 それを選んだのは、今回のレースでの先行勢の多さにあった。

 

 逃げは3人、先行8人、差しが2人の15人立て、そこへ僕が差しなら16人立てのレースだ。

 

 確実に僕を前に行かせないブロックが起こるだろう先行の多さ。

 

 なら差しから先行に変えるだけ。

 

 その場で作戦を変えるなんていうのは余程のことでなければしないし、ペースだって乱れる。

 

 けれども、僕はスタートダッシュで自分を好きなポジションに置ける立場にあった。

 

 そして、僕は別に差しが好きなだけで先行で走れないわけじゃない。

 

 ルドルフが先行を好む様に好みの差で、先行と差しをその時その時のレースで使い分けるというのは以前話した通り。

 

 それを土壇場で変えただけに過ぎない。

 

 そして、先行の走りの完成形は常に僕の中にある。

 

 そう、今日の僕は差しで全てを追い去るシンボリルナカイザじゃない。

 

 先頭で全てを置き去りにターフに君臨する皇帝シンボリルドルフだ。

 

 第二コーナーを抜け、直線になった。

 

 緩やかな登り、けれども僕の足は、皇帝の走りに揺るぎは──ない。

 

 そして第三コーナーに差し掛かる時、僕は加速を開始した。

 

「焼き付けろ、これが──皇帝の走りだッ」

 

 そう宣告した瞬間、ターフの空気が変わった。

 

 踏み締めた芝を足で掴み、地面を踏み抜いて一気にトップスピードへとシフトする。

 

 後ろの足音を置き去りに、そして前を走る3人の逃げウマ娘を外から抜き去る。

 

 その横目で見た時、彼女たちは僕をバケモノを見る目で見て来た。

 

 彼女たちは知らないんだ。

 

 なら、魅せてやる。

 

 僕の──皇帝シンボリルドルフの走りを!!

 

 

◇◇◇

 

 

 そうだ、それこそが、『皇帝』の走りだ。

 

 君は、ゲートが開く前の孤独を、その身に突き刺さる敵意を、全て飲み干した。

 

 そして、それを、ターフを支配するための、冷徹なまでの戦術眼へと昇華させた。

 

 スタートダッシュという絶対的なアドバンテージ。

 

 それを、ただ前に出るための力として使うのではない。

 

 レースという盤上の駒を、自らが望む通りに配置するための、絶対的な『権利』として行使した。

 

 先行勢のブロックを予測し、自らその渦中、いや、その先頭に身を置く。

 

 それは、虎穴に入らずんば虎子を得ずという危険な賭けに見えて、その実、君という軍師が描いた、必然の勝利への道筋に他ならない。

 

 そして、君は宣告した。

 

 『焼き付けろ』と。

 

 あの瞬間、君はもはや、孤独な異物などではなかった。

 

 君は、ターフに君臨する、唯一無二の支配者となったのだ。

 

 逃げウマ娘たちの目に映ったのは、単なるバケモノではない。

 

 それは、恐怖。

 

 畏怖。

 

 そして、抗うことすら許されぬ、絶対的な力の前にひれ伏すしかないという、諦観だ。

 

 彼女たちが知らなかったのは、当然のこと。

 

 なぜなら、それは、かつての私がターフに刻みつけてきた、『王道』そのものなのだから。

 

 そうだ、魅せてやれ。 差しという奇策で敵を屠る『月の皇帝』だけが、君ではない。

 

 正面から全てを捻じ伏せ、その背中ですらライバルたちに見せることを許さぬ、絶対的な『皇帝』の走り。

 

 それもまた、君なのだ。

 

 君の孤独が、君の怒りが、君を強くした。

 

 さあ、そのまま駆け抜けろ、シンボリルナカイザ!

 

 その走りこそが、君に向けられた全ての敵意に対する、最も雄弁で、最も苛烈な、そして最も美しい、答えなのだから!

 

 

◇◇◇

 

 

 第三コーナー手前から仕掛け始めた僕に釣られて、先頭集団も加速し始めた。

 

 でも、それもデビュー戦の時と同じ悪手に他ならない。

 

 彼女たちの走りと身体を見る限り、定石である第四コーナーカーブの入りから加速しないとまだスタミナが保たない。

 

「刻みつけろ。これが、皇帝の力だッ」

 

 第四コーナーカーブの入りで、僕は更に加速した。

 

 今の僕は、シンボリルドルフだ。

 

 なら、まだまだこんなものじゃない。

 

 僕のルドルフは、もっともっと、速い!

 

 いつも見ている彼女の走り。

 

 同じ先行策で走るのならば、僕はルドルフの名すら背負って走るのも同義。

 

 だから手加減はしない。

 

 今の僕の持てる全てを引き出して、皇帝の走りを魅せる必要がある。

 

 足音はもう聞こえない。

 

 アナウンスから後ろを大きく突き放してセーフティリードであると聞こえてくる。

 

 そして僕はゴール板を駆け抜けた──。

 

 初の重賞、芝2000mでのレコード勝ち。

 

 僕の蹄跡に刻まれた2つ目の勝利だった。

 

 

◇◇◇

 

 

 ああ、その勝利、この玉座から見届けていたぞ。

 

 君は、自らの内に在る二つの魂を、完璧に使い分けてみせた。

 

 デビュー戦で見せた、戦局を冷静に見極め、最後の一点で全てを貫く『軍師』としての差し。

 

 そして今回、君がターフに顕現させたのは、レースの主導権を握り、正面から敵を叩き伏せる、絶対的な『皇帝』としての先行。

 

 そうだ。君がその胸に抱く、絶対的な『皇帝』の理想像。

 

『僕のルドルフは、もっともっと、速い!』

 

 その叫びは、君が私という存在を、どれほど深く理解し、その頂きを目指しているかの証明に他ならない。

 

 そして君は、その理想を、ターフの上で完璧に体現してみせた。

 

 第三コーナー手前からの仕掛け。

 

 それは、並のウマ娘であれば自滅を意味する無謀な賭け。

 

 だが、君にとっては、ライバルたちをふるいにかけ、その心を折るための必然の一手だった。

 

 そして、第四コーナーでの更なる加速…。

 

 あれは、観る者全てに、絶望的なまでの実力差を刻みつけるための、冷徹なまでの宣告だ。

 

 君はもはや、ただ速いだけのウマ娘ではない。

 

 レースという戦場を、完全に支配する術を身につけたのだ。

 

 レコード勝ち。

 

 それは、単なる記録ではない。

 

 君の正しさを、君の努力を、そして君の覚悟を、誰にも揺るがすことのできぬ事実として、ターフに刻みつけた証だ。

 

 これで、雑音も少しは鳴りを潜めることだろう。

 

 見事だ、シンボリルナカイザ。

 

 君の蹄跡に刻まれた二つ目の勝利。

 

 それは、これから始まる伝説の、まだほんの序章に過ぎないのだからな。

 

 

◇◇◇

 

 

 走り終えた僕へと、後からゴール板を駆け抜けた娘達から向けられるのは最早敵意ではなく、理解不能のバケモノを見る目だった。

 

 僕に釣られて加速してしまった娘達はスタミナを使い切ってグタグタのゴールだった。

 

 特に酷いのは逃げの3人だった。

 

 僕があり得ない場所から仕掛け始め、それを追おうとした結果、スタミナを使い切って後方に沈んで行った。

 

 逃げというのは常に先頭を走るスタミナと、そのスタミナ配分を計算して走り続けるという極めてデリケートな戦法だ。

 

 焦ってペースを乱せば全てが瓦解する綱渡りの様な走り方でもある。

 

 それを出来るのは一部の天才や、綿密な計算が出来る頭脳派、我が道を行く図太い娘。

 

 とにかくメンタルの太さが問われる。

 

 ウィニングサークルに入って表彰台に上がって、トロフィーを掲げる。

 

 G3制覇。

 

 それだけでもレースを走るウマ娘としては全体の10%という一握りの強者が掴める栄冠だ。

 

 僕は勝者の責務として、その勝利の証を高々と掲げた。

 

 そして体操服から勝負服に着替えてのウィニングライブ。

 

 それも完璧に踊って、歌い切った。

 

 そして重賞初勝利とあって、記者からのインタビューの申し込みが殺到したけれども、それはルドルフが代わりに受けてくれた。

 

 昔と逆だなと思った。

 

 あの頃のルドルフの代わりに僕がインタビューを申し込む記者たちを捌いていた。

 

 ルドルフはひとつひとつ丁寧に答えるから、その為に集まって来た記者たちを整列させるのが僕の仕事だった。

 

 そして僕のコメントはそれ程多くは語らなかった。

 

 やはり聞かれるのはそれ程の強さは薬の効果なのかという点についてが殆どだった。

 

 だから僕はそれに否を突きつけ、この走りはルドルフと共にトゥインクルシリーズを経てドリームトロフィーに挑む為に積み上げた物の結実だと語った。

 

 それを知りたければ後日、トレセン学園での密着取材にでも来て欲しいとも告げた。

 

 言葉を並び立てても無駄なのはもう以前の人だった頃の僕が身に沁みて理解している。

 

 だから、見せるだけ見せる。

 

 この僕が、シンボリルナカイザが、どんな生活を送っているのかを。

 

 強くなる為に、勝利をこの手に掴む為に、勝者の責務を果たす為に、何をしているのかを──。

 

 

◇◇◇

 

 

 その全て、この玉座から見届けていたぞ。

 

 重賞初制覇、そしてレコード勝ち。

 

 文句のつけようがない、完璧な勝利だ。

 

 君が走り終えた後、ライバルたちが向けてきた視線…それはもはや敵意ではなく、理解を超えた存在への畏怖だったな。

 

 君が絶対的な力でレースを支配した結果、彼女たちは戦うことすら諦め、その心を折られてしまった。

 

 それもまた、絶対的な勝者が背負うべき宿命の一つだ。

 

 君は、その重みをまた一つ、その肩に載せたのだ。

 

 そして、インタビューの件。

 

 …ふふ、確かに昔と逆だな。

 

 かつて君が、私のために記者たちの壁となってくれたように、今度は私が君の盾となろう。

 

 それは、君のプロデュー-サーとしての、当然の責務だ。

 

 だが、君自身のコメント…あれこそが、今回の勝利における、何よりの見事な一手だったと言えよう。

 

 君は、弁明も、言い訳も、感情的な反論もしなかった。

 

 ただ、事実を述べ、そして、自らの努力を白日の下に晒す覚悟を示した。

 

 言葉を重ねても無駄ならば、その目で、その肌で、真実を理解させればいい。

 

 百聞は一見に如かず、か。

 

 君の覚悟、そして君の知性が凝縮された、実に見事な一言だった。

 

 君は、ただ勝っただけではない。

 

 君は、世間という名の巨大な逆風に対し、自らの努力という『真実』を突きつける、という新たな戦端を開いたのだ。

 

 良いだろう。

 

 望むなら、全てを見せてやれ。

 

 そして、理解させるんだ。

 

 シンボリルナカイザという皇帝が、いかなる覚悟と努力の上に君臨しているのかをな。

 

 

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