とある世界のとある場所には『ツルギの国』と呼ばれる国家があるという。
『ツルギの国』には剣の理と書いてけんり(剣理)と呼ぶ作法がある、作法と呼ぶが国民すべてがこの作法に従うサマはまさに法律そのものであった。
剣理とは『剣の腕こそ全てを決める』という単純かつ理不尽なものであり、この国の住民全てに力の行使を良しとしたもの。
弱い者は奪われ強い者は奪い、国は国と言う名前の檻となった。
しかしその国は今、変わろうとしていた。
とある一人の、若者によって____
カタリ、コトリ、雑草がまばらに生えた道を馬車が行く。
馬車と言えど引くのは馬ではなく四つ足の鳥のような生物、ふわりとした手触りの羽毛を持ち、後脚が太く発達し前脚が小さい、全体的に丸みのあるシルエットをしている。
馬車はこの生き物に引かれ、ゆっくりと道を進む、そしてくたびれた小屋の前で馬車は止まった。
「お客さん、ついたえ」
御者が荷台へと首を僅かに傾け乗っている人物へと語りかけた。
人物は荷台の上に立ち上がる、荷台のフチに手を掛け軽く飛び降りる。
「十年振り……か」
人物はまだ若い青年の男だ、その両目に宿る熱い闘志は若さと自信を表しているようだ。
腰に引っ掛けた剣を握る力が強くなり、身に着けたボロのマンの留め具を締め直す、ブーツやベルトも締め直し、気合を充足させていく。
最後に髪を一つかき上げ後頭部で結い直し、彼の顔は準備万端だと笑っている。
「サンキューな、オッサン」
彼はそう言うとくたびれた小屋から先への道を堂々とした足取りで進んでいく、その自信のある後姿に御者をしていた老人は無謀さを感じ取り、親切心から言葉をかけた。
「きいつけろよお客さん! そっから先はツルギの国っちゅーおっかない場所だでぇ!」
彼は歩きながら、振り向かずに、右手を挙げ親指と人差し指、中指を伸ばしてジェスチャーを送る。
「大丈夫! ここが故郷さ!」
と彼が答えると、老人は「ぎぇぇ!?」と奇声を発して急いで馬車を回して来た道を爆走と言っていいほどに駆け抜けていった。
「ありゃりゃ……ま、そうなるよな」
彼の予想通りの反応になったことに少し悲しさを覚えたが、彼は足を止めず進むべき道を進む。
彼がしばらく道なりに歩いていると雑草のまばらに生えた道から、石や草が取り除かれたなだらかな整備された道になっていく、同時に彼のはるか遠方に堅牢な城塞都市が見えている。
「あれが『コロッセオ』……噂通りのデカさだ」
『コロッセオ』それこそが彼の目的地、彼はコロッセオを目指し再び歩き出そうとしたが、背後に気配を感じ取り振り返る。
「ようよう」
「へいへい」
「旅人さんよぉ……ちょっぴりオハナシ、しようや」
如何にもガラの悪い三人衆が彼を取り囲んでる、三人衆は全員男で体の小さい者、大きい者、そしてリーダーらしき髭で顔が半分埋まった者で構成されている。
彼らは腰に少し錆びた直剣をぶら下げ、下卑た笑いを浮かべつつ彼の周りに立っている、威圧的な態度で足元を見るような眼差しが彼らを盗賊や野盗の類であると語っているようなものだ。
そのうちのリーダー格の男が前に出る、自慢にしていそうな髭を撫でつつ尊大な態度で彼に話始める。
「おやおや行けねぇな、こんな国じゃ旅人さんのような人は狩られちまうぜ?」
「ここはツルギの国、剣理が支配する別世界でっせ〜?」
「オイラたちが親切な人間じゃなかったら今ごろ身ぐるみ引っ剥がされてるッス〜! マジやべーッス〜!」
「「「ギャハハハッハハハ!」」」
3人は笑うが彼は何一つ顔に感情が出ていなかった。
リーダー格の男は少しばかりの不安を覚えた、“いつもなら少しくらいはビビらせさせる”と、そもそも背後を取ろうとしていたが今回はそれも不発で終わっている、背後にいることを事前に察知されてしまっていたからだ。
「(いつものように契約金ふっかけてトンズラ……ってパターンは危なそうだな)」
妙にキレるリーダー格は落ち着いて次の手を考える、この男は長く人から物を騙し取ってきた、幾多の騙しの経験が人を見る目を鍛えていた。
プランを変えて、安全に、迷い込んだ人間から金を巻き上げる算段を立てる、そういつものように。
「もういいか?」
リーダー格の男の思考に彼の声が割って入る、この取り囲まれた状況でなんと呑気な返事をしているのだと、リーダー格の男は驚いた、そして内心笑いを抑えきれない。
「(そうかコイツツルギの国のルールを全く分かっちゃいねぇ、何をされても文句が言えねぇ世界だってのがさっぱり分かってねぇんだな!)」
勝った。リーダー格の男は確信した。普段の旅人や迷い込む人間はツルギの国の作法である剣理を知っている、だから一対一の勝負を仕掛けてくることもある、それを受けることはないが今まで迷い込んでくるような人間に負けている部分はないと思っている。
リーダー格の男はそもそも剣理がなんなのかすら理解していない馬鹿をカモにすることを思いついた、知らないほうが悪いと言ってしまえるのが剣理なのだ。
「そうだな、もう良いぞ」
「おお、そうかじゃあ」
リーダー格の男は彼の言葉を遮り言う。
「やっちまうぞ! 野郎ども!」
「「アイサー!」」
指示を受けて飛び込む子分の二人もこうなることがわかっていたのか、素早く腰から剣を抜き放ち彼へと飛び掛かる、押さえつけるより斬ってしまえば奪うのも簡単だと。
剣が迫る、錆びずに残った光沢部分がギラつき命を奪う事を楽しみにしているように見える、剣が血を吸う事を求めている、剣には剣士の意思が反映されるという、まさに彼らは人殺しを楽しむ者だと剣は教えている。
「おっ?!」
彼は意表を突かれ動けない、遺言すら残せないまま死んでいく、リーダー格の男もそう思っている、だが……
「「おっ!?」」
子分たちの振り下ろした剣が彼の皮膚に触れる、その僅か数ミリの時間、まばたきすらも遅く感じる速さで何かが子分二人を包み込んだ。
柔らかいベール、冬の日の布団、もしくは夏の日の熱気、どれも当てまる、そしてどれも見当違い。
二人の身体は僅かな間に輪切りにされて微塵に弾け飛ぶ、血しぶきすらそこにはない。
遺言も残せず死ぬのは子分たちだった。
「剣を持ってたけど……農民とかじゃないんだろ? あんまり弱すぎて……手を出していいのか迷った、だけど悪いやつだなお前」
リーダー格の男は空を飛んだ、首が切り飛ばされて視界だけは空を飛んでいた。
胴体と首が泣き別れ、彼の剣技に3人の哀れな子羊は剣理によって奪ってきた代償を支払った。
「剣理のことを語っていたが……本当はそうじゃねぇよ」
彼は剣を振り下ろし血を払う動作を行った、全く血が付いてはいないがルーティンの一つとして行った。
そして彼はコロッセオへ向けて再び歩き出す。
「こんなバカな作法なんざとっとと終わらせねぇとな」
そう言ってこの場をあとにするのだった。