路線図の片隅にだけ、点線で示された謎の区間。
——一日二回だけ、「本来の終点」のさらに先へ向かうバスがある。
好奇心に突き動かされて現地へ向かった私は、
いつもの終点の向こう側で、「少しだけ世界の外側」を見てしまうことになる。
この掌編は、艦これの世界を舞台装置として借りた創作です。
語り手である「私」の目に映った範囲だけで構成される艦娘の世界。
そこには何が見え、何が見えなかったのか。
※pixiv同時投稿(初出:2018年1月)
※世界設定:艦娘=海上保安官的公務員(一般的な艦これ設定とは異なります)
鎮守府行き市バス57系統
駅前から埋め立て地の「工業団地第五」というひねりも何もないバス停へと延びる市バス57系統。朝の2本だけフロントガラスの内側に「鎮守府」と書かれた赤いプレートをゴム製吸盤で取り付けた便があるのをご存じだろうか。
市バスの路線図には工業団地第五から先が点線で書かれていて、「正門前」「本部前」「鎮守府第一」「鎮守府第二」「埠頭終点」というこれまた没個性なバス停が並んでいる。なんでも本来の終点である工業団地第五で出入証の点検があってそれをパスしたものだけが先へ進めるのだとか。
とある朝早く、私は駅前のバス乗り場に立っていた。市バスのサイトで見た時刻表にはすべて工業団地第五までのバスとして記されていたため、鎮守府行のバスに乗るにはプレートが貼られたバスが来るまで実際に待ってみるほかない。
工業団地に出勤すると思しき人たちを詰め込んでバスは出発していくが、一本目と二本目のバスのフロントには何も貼られていなかった。コンビニで買ったおにぎりを食べながら辛抱強く待つこと40分、三本目のバスが来た。フロントガラスの内側に「鎮守府」というプレートが貼られている。これだ。
見たところ客層は前の二本とそう変わらない気がするが、どれくらいの人が鎮守府まで向かうのだろうか。車内放送では「工業団地第五行きです」としか案内していないが、車内前方の運賃モニターには「駅前⇒工業団地⇒鎮守府」という文字列が流れているので多分これでいいのだろう。
いよいよ駅前を出発したが、ぎゅうぎゅう詰めで外が見えない。怪しまれないようにと目的のバスが来るまでバス停から離れたところに座っていたから仕方ないのだが、つり革すら掴めないのはちょっとこたえる。工業団地第三というバス停で一気に乗客が減ってやっと座席にありつけた。あと少しだ。
「ご乗車ありがとうございました。次は終点、工業団地第五です。どなた様もお忘れ物のないようにご注意くだ……つぎ、とまります」この先があることを微塵も感じさせない放送が流れたが、前の席の男性が降車ボタンを押したところをみるにやはりこのバスはもっと先まで行くのだろう。
「ありがとうございましたー。工業団地第五ですー」運転士さんの肉声アナウンスとともにドアが開く。下車客に混じって私もとりあえず降り口へと向かうが、5人くらいが座ったままだった。いわゆる「艦娘」らしき若い女性はいないので、おそらく一般人の従業員なのだろうか。
普通のバスと何も変わらなかったなと思いながらステップを降りると、目の前に煙突が突き出たようなデザインの金属製のカバンのようなものを背負ったセーラー服の女性が立っていた。彼女は入れ替わりにバスに乗り込むと運転士と車内に残った乗客たちに仰々しいくらいの敬礼をしていた。
怪しまれないように道路の反対側から見ていると、乗客たちは通路を歩いてきた彼女に何か見せているようだった。眼鏡をときどき人差し指で上げながらそれを見てなにやらメモをしている。身分証のチェックなのだろうか。全員のチェックが済んだところで無線機らしきものを取り出して少し話したあと彼女は前に戻り、もう一度乗客と運転士に敬礼して最前列の席に腰を下ろしたところでバスはやっと出発していった。この先がどうなっているのか気になるが、あれではこっそり乗っていくのは不可能だろう。
戻りのバスが来るまでは30分ほどあるが、周囲を散策しようにも工場と石炭置場しかない。奥に見える岸壁にはクレーンのついた船みたいなのがあるが、そこまで向かうのも億劫なのでそのままバス停で待つことにする。
20分ほど待っただろうか、先ほどバスが走り去った方向から「回送」と書かれたバスがやってきた。乗ってきたのと同じバスなので、「鎮守府」から戻ってきたのだろう。フロントガラスの内側を見ると行きについていた赤い鎮守府プレートは取り払われていた。
と、フロントガラスの向こう、最前列に座っていた眼鏡の女性と目が合った。先ほど乗客の身分証をチェックしていた女性だ。鎮守府行のバスは2本あるという。ということは2本目の点検のために戻ってきたのだろうか。バスの前ドアが開くと彼女は立ち上がって運転士に敬礼し、背中のカバンのようなものをガチャガチャ言わせながら降りてきた。先ほどはちゃんと見ていなかったので気づかなかったのだが、背負っている物体は大砲を模しているようにも見える。もしかしてこれが艦娘か。
降りてきた彼女がこちらに一瞥をくれる。誰何でもされるかと身構えたが、彼女はそのまま道路の反対側に渡って「おりば」と書かれたバス停の前で直立不動の体勢をとる。やはり2本目のバスの点検に来たらしい。確かあと10分ほどで駅からバスがやってくるはずだ。
「はいおまたせしましたー。57系統駅前行です―」
バスの写真を引き気味に撮っていたら少し間延びした運転士さんのアナウンスがスピーカーから流れてきた。本当は反対側のバス停で待つ艦娘らしき女性をバスの写真を撮っていますという体で収めておきたかったのだがさすがに躊躇われた。
戻りのバスは終始私一人だったせいか、運転士さんが話しかけてきていくつかこのバスのことを教えてもらえた。いわく、深海棲艦の活動が活発だったころは駅から鎮守府通勤専用の系統が出ていたが今は通勤者も少なくなったのでこの形態になったとのこと。また、これはオフレコだからねと前置きされたのだけど、来年度からは工業団地第五まで鎮守府の送迎車が来ることになり市バスとしては廃止になることと、点検に来ていたのはやはり艦娘で休暇の時以外はいつもあの眼鏡の彼女が任務にあたっているということも教えてもらえた。
そんなこんなで1時間ちょっとのミニトリップは終わったのだけど、一つだけ疑問点が残ったので今度また工業団地第五まで足を運ばなければと思った。
―――あの艦娘は私が乗ってきたバス、つまり一本目の鎮守府行のバスの点検にはどういう手段でやって来たのだろう?
断じていうが、あの長い髪の眼鏡の艦娘をもう一度見たいからでは……ない。
この掌編は、艦これ世界をそのまま描くのではなく、
「語り手がその場で見た範囲だけ」を拾い上げています。
わからない部分はわからないまま、
断片的に浮かび上がる風景をつないでいく。
そういう書き方のため、
物語の核心や設定を詳しく語ることはありませんが、
この世界ではこれからも、
語り手の視界に入ったものを少しずつ残していきます。
次の話でもまた、別の角度から
「艦娘のいる世界」を覗いてみてください。