艦これ掌編話集・彼らが見た景色   作:山本常緑樹

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このお話は前作の続き――というより、
前作のラスト二行から生まれた、同じ夜の「内側」のお話です。

レース場の眩しい光のすぐ外側で、
ただ時間を潰しているように見えた子たちが、
実はどんなふうに夜を過ごしていたのか。

外からは見えなかったものが、
こちら側では少しだけ顔を出します。

※pixiv同時投稿(初出:2025年10月)
※世界設定:艦娘=海上保安官的公務員




案山子部隊 —光のすぐ外で—

 僕の隊に久しぶりに新人が来た。パッと見、真面目で優秀そうな子だった。けど、パッと見だけだったね。隊員控室の入口での着任挨拶、まず90度の最敬礼ってだけでもうどこか変。しかも、その時に背中のリュックの中身を……中身を全部……ぶちまけて……。ごめん。思い出すだけで笑いが止まらないよ。まあ、口を閉じ損ねてるから、口を開く前にわかっちゃったんだ。その子がどうしてここに流されてきたかをね。

 

 ああ、ここは「案山子部隊」。任務?ここは狭い湾の一番奥のボートレース場。低い仕切りで区切っただけのね。仕切りの外側で、潜水艦が入ってこないように見張る。ただそれだけ。こんな川みたいに狭い湾をどん詰まりまで入ってくる物好きはいない。でも、「お客様と選手の安心のために」ってお題目で誰か艦娘が立ってなきゃいけない。茶番だよね。

 ヘッドホンつけて「ソナーで探知してますよ」って体で立ってるだけでいいんだから、クビ一歩手前の島流し連中にくれてやる仕事としては悪くないね。隊のみんなだってそれはわかってる。退屈に耐えられなくなった子はいつの間にか辞めちゃう。

……え?僕が何をしたかって?ちょっとした火遊び、かな。上官とね。

 まずかったのは、彼女の旦那さんが本庁のお偉いさんだったこと。知ってたら?そんなの関係ないさ。

――だって、そういうものだよね?

 とにかく、クビにならなかっただけでも十万舟券以上どころじゃないツキだったよ。

 

 僕のことはこれくらいでいいじゃないか。とにかくね、この部隊で一番やっちゃいけないこと、それはね、「常に警戒を怠らず任務を遂行する」ってやつなんだ。だって、突っ立ってるだけでいいんだよ。仕切りのすぐ外、そこにいさえすれば何しても誰も何にも言わない。レース場の人だってそれをわかってる。そりゃ、勝手に一人で真面目にやってる分にはいいさ。でも、そういう子は壊れていっちゃう。気づいたらいなくなる。問題なのは、他人がのんべんだらりやってるのが我慢ならない子。言わなきゃいいのにわざわざ文句言っちゃうんだ。なんでわかんないんだろうって思うんだけど、わかってて黙っておける子ならここに流されないよね。

 

 今度の子もこのパターンだった。まあ寒いからって水面でバシャバシャ飛び跳ねて「ノイズ」を出したり、後ろのレース結果を盗み見てその都度ガッツポーズしたりしょげ返ったりしてる子たちを見て平常心でいろっていうのが、ある種の人間には難しいってのはよくわかってるさ。だけど僕はちょっと立ちながら居眠りしてただけなんだよ?……そりゃあまともに寝入りそうになって膝から崩れ落ちたのはよくなかったけど。それを、「前の部隊だけじゃなくて今の部隊でもよく『寝る』んですね」なんて言ってこられたら、頭にもくるだろう?まったく、それなりに有名な「事件」になったとはいえ、どこで知ったんだか……。

 だいたいこの部隊で二番目にやっちゃいけないことって知ってる?それは、「人の罪状に首を突っ込むこと」。まして茶化すなんてろ・ん・が・い。最初はおっちょこちょいだけど真面目だなんて思ったよ。だけど、君には失望したね。ほんとに癖が悪すぎる。まあ、僕は耐えたよ。今度何かやらかしたら確実にクビが飛ぶから。

 

 で、新人さん、一人だけ背筋を伸ばして直立不動の不知火班長を指さしてね、案の定こんなことを言うんだよ。

――ほら、見てください!班長さんはあんなに真面目に任務についていらっしゃいますよ!

ってね。あーあ。スイッチ入れちゃった。ほら!うしろの二人!笑うのまだ早いって!

 新人さんはさらにヒートアップして演説をぶち始めた。僕たちが揃って俯いているのはもちろん反省してるからじゃない。この後に起こることがもうわかってるから……。ああ、笑っちゃいけないって本当につらいね。

 

――新人さん!うしろ!うしろ!

 

 昔流行ったコントみたいに、ほんとにそう言いたくなるんだ。だって、不知火班長が自分のヘッドホンを外して、それを持った右手を掲げたまま新人さんのヘッドホンに左手が延びてきてるのに全然気づいてないんだから。しかも、班長のヘッドホンから何か割れた音が結構でかい音で響いてるっていうのに、なんでそこまで演説に集中しちゃってるんだろう?ああ、もう手遅れだね。みんなこの時にはもう顔を上げてる。ショーの時間は見逃せない。

 

 左手で新人さんのヘッドホンを外して自分の腕にかける。同時に右手は堅いヘッドバンドを器用に広げて頭にはめる。もうまるでマジシャンだね。あとはヘッドホンを外されないように後ろから両手でしっかりキープ。レース場の光を背に見るその光景はまるで宗教画みたいだ。

 

 だけど、新人さんはもうそれどころじゃない。

 

 つんざくようなヘビメタの爆音が脳を焼いている。外そうともがくんだけど、班長の手の力は案外強くて外れないんだ。あ、ほら、あんまりもがくから爆雷がボロボロ落ちてるよ。見かけだけのダミー装備だからいいんだけど、本物だったら大惨事だよね。

 あ、やっと手が離れた。ヘッドホンを取ると、班長がやっと口を開くんだ。

 

――私はこれをヘッドホンでずっと聞いていました。不知火に何か落度でも?

 

 落度だよ。落度しかないよ。でも、新人さんはひたすら呆然としてるだけ。そうだろう。突然の大爆音の洗礼を受けたうえに、唯一の味方だと思った存在が「あっちの世界」の人間だったんだから。

 

――人ってほんとに、見かけによらないんだよね。

 

 新人さん、もうすっかり毒気を抜かれて立ち尽くしてるけど、ありえないとか班長まで規律がとかぶつぶつ呟いちゃってるから、ここで長続きするかなあ。難しいだろうね。多分壊れちゃうだろうね。

 

 長続きする子はね、ここで笑うんだよ。あ、班長も「こっち側の人なんだ」ってね。

――まあ、戻れなくはなっちゃうけどね。「向こう側」には。




光と闇のあいだに立つ子が、夜をやり過ごしながらどんなことを思っていたか。

――何が正しくて、何が間違ってるのか

正直、よくわからなくなってきたかもしれませんね。

でも、このお話は、とある艦娘が見たひとつの断片にすぎません。
別の艦娘から見れば、きっとまた別の見え方があるでしょう。
それはまた別の機会に。
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