艦これ掌編話集・彼らが見た景色   作:山本常緑樹

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深海棲艦の出没する海を、今日もフェリーは人を乗せて往来する。
フェリーには艦娘が同乗して哨戒にあたってくれているけれど……。

――あの人たち、本当に怖くないんだろうか?
自分は毎日ヒヤヒヤしてるというのに。

島から本土の高校へ通う高校生と、
フェリーで哨戒任務に就く艦娘が交わした、
ほんの短い「同乗の時間」の話。

この掌編は、艦これの世界を舞台装置として借りた創作です。
語り手の目に映った範囲だけで構成される艦娘の世界。
自分は海が怖い。艦娘は――本当に平気なんだろうか?

※pixiv同時投稿(初出:2019年7月)
※世界設定:艦娘=海上保安官的公務員(一般的な艦これ設定とは異なります)


荒ぶる海を通うこと

「君はどうしてまだ船で通うのかい?僕が言うのもなんだけどこの海は今危ないのに」

 部活帰りのいつもの19時のフェリーに乗り込むと、乗降口に立っていた護衛の艦娘に不意に声をかけられた。よく見かける三つ編みの艦娘だが声をかけられたのは初めてのことだ。咄嗟のことに返答できずにいると、

「君と同じ制服の高校生を前はこのフェリーでもたくさん見かけたけど、今は週末にちょっとだけ見るだけだし毎日見るのは君のほかに二人くらいしかいないよね。君は下宿はしないのかい?」

 初めて口をきくにしてはちょっと不躾な質問だなと思いつつも、

「……うち下宿する金ないんで。行きたい大学あるし節約しないと」

 と、それだけをぶっきらぼうに返した。もうちょっと言いようがあるだろうとは自分でも思ったが、同世代の可愛い娘に声かけられて緊張するなという方が無理だ。答えられただけましかもしれない。

「そうなんだね。僕はここでお金貯めて任期を終えたら大学に行こうと思ってるんだ。じゃあ仲間だね」

 仲間という言葉になんとなく嬉しくなってちょっと緊張で強張っていた頬が緩む。働きながら大学に行く資金を貯めるなんて自分よりよっぽど立派だとかなんとか返事を返そうと言葉を探していたら、向こうから言葉を継いできた。

「でもこの海いつ深海棲艦が出るかもわからないんだよ。僕たちが乗ってるっていっても怖くないの?」

「こ、怖くないよ。艦娘の人が乗ってるくらいだから大船に乗ったつもりさ」

 嘘だ。すごく怖い。ほんとはみんなみたいに本土に下宿したいくらいだ。だからどんなに暑くて照り返しが強い日でも波が高い日でも船室には入る気にならなくてデッキの硬い椅子に座ってるし、救命胴着の置いてある箱のすぐ近くに陣取るようにしている。もしかしたらそれも気づかれているかもしれないけど、それでも虚勢を張りたいときはある。

「そうだね。でも君は立派だよ。船室にいたほうが快適な日でも君はいつもデッキにいるよね?こういう海域では上甲板に出ていた方が安全なんだ」

 見透かされたうえでフォローまでされてしまった。目の前の艦娘を正視できなくて思わず俯く。

「……ごめん。ほんとはだいぶ怖い。だから船室には入れない。情けないなあ。艦娘さんが危ない仕事を立派にこなしてるというのに自分はこんなんで」

「こういうこと言っちゃいけないんだけど、僕だって怖くないって言ったら嘘になるよ。だから、仲間だね」

 そう言うと微笑とともに右手を差し出してきた。一瞬どうしようかと思ったけどここで逃げたら男がすたる。思い切ってその手をそっと握り返した。俯いたままだけど。すると向こうはぎゅっと握り返してきた。思ったよりずっと力強い。

「僕は白露型駆逐艦、時雨。これからよろしくね」

 あ、そうか、艦娘の人は昔の戦艦・・の名前を名乗るんだったか。自分も名乗り返さなきゃと思ったその時、桟橋のベルがけたたましく鳴り響いたので思わず手を引いてしまった。

「乗客八名ー!乗用車いちだーい!」

 桟橋のスピーカーが割れんばかりの大声で乗客数を知らせてきた。

「じゃあ僕は見張りに就かなきゃ。またね!」

 去り際に手を小さく振りながら艫の見張り席に向かう艦娘を振り返しもせずに半ば呆然と見送りながら、今日も救命胴着置き場の横の席に向かった。

 これからよろしくとかまたねとか、ただの挨拶みたいなものだとわかっているけどなんとなく気分が浮ついてしかたがない。フェリーが島に着くまでの30分ばかりの間先ほど握手した右手の感触ばかりが気になって、艫にいる艦娘を見ることもできずに教科書にただ眼を落していた。

 

 教科書が逆さまになっているのに気付いたのは、フェリーが島に着いてからだった。




フェリーに同乗する艦娘は、
作中では「ただそこに立っている人たち」にしか見えません。
語り手である高校生の視界がその範囲までだからです。

この掌編では、艦娘の仕事を「英雄的な活躍」ではなく
「日常に溶け込んだ警戒の風景」として描いています。
彼女たちの本当の苦労や恐さは、
語り手には見えませんし、わかりません。
ですが、見えないままでも、どこか気にかかる。
そんな距離感こそ、この作品の中心にあります。

世界設定としては、
この掌編群における艦娘は「海上保安官に近い公務員」です。
戦って海を守りながら、
同時に“生活のそばにいる存在”でもあります。
語り手の見える範囲だけを借景にして、
日常の一場面を切り出してみました。

ここから先の掌編でも、
艦娘は時に遠く、時に近く、
語り手によってまったく違う姿に映ります。
それぞれの「視界の断片」を、
楽しんでいただければ幸いです。
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