船が行き交う近海離島の、小さな港。
本土へ出かける人、
本土からの積み荷を待つ人、
そして沖の気配を見張る、連絡官の艦娘。
今日も深海棲艦が沖合に出たようで、船は運航見合わせ。
待つ人も、帰る人も、手持ち無沙汰になっている――
だけど、連絡官の艦娘だけは。
――さあ!忙しくなるぞー。
この掌編は、艦これの世界を舞台装置として借りた創作です。
語り手の見た範囲だけで構成される、
まるで「港の片隅で切り取られた舞台演劇」のような世界。
※pixiv同時投稿(初出:2018年10月)
※世界設定:艦娘=海上保安官的公務員(一般設定とは異なります)
天気晴朗ナレド欠航ナリ
(♪四点チャイム)こちらは……市……島出張所です。須浜島沖合3カイリ地点に……海棲艦が……現しました。そのため、……による安全が……認されるまで、市営渡船は……見合わせます。運航再開については……の放送にご注意……(♪四点チャイム)
島の防災無線が風の音にところどころかき消されながら朝の港に響き渡る。運航見合わせを告げる知らせに渡船の待合所に居合わせた人々が一斉にため息をつくなか、一人立ち上がった小柄な年輩の男が切符売り場の隣にある小部屋の扉を開いて中に入る。
「ねーちゃんよ。さっき警報が出たってことは渡船はこっちに来んで向こうに引き返すんかねえ?」
男はうんざりした様子で開口一番訊ねる。
「うーん、多分こっちには来ないんじゃねえかなー?警報出たの向こう出たすぐあとみたいだしな」
長い髪を両肩のところでまとめた少女が眉間に皺を寄せて返す。そろそろ朝晩の冷え込みがきつくなってきたというのに肩を出したセーラー服が涼しげを通りこして見るものに余計寒そうな印象を与える。
そしてその肩口には「鎮守府西部地区派出所 沖島港連絡所連絡官」と彼女の身分を示す二段組で書かれた赤い腕章が無理矢理安全ピンで留められている。
「まいったなー、ここんとこ多くないかねー。売り物が届かんとおいちゃん商売あがったりよー」
「わりぃなあ。あたいたちも頑張ってんだけどなあ。最近深海棲艦妙に増えてんだよな。……って、今日発売の雑誌来ねえのかぁ!こりゃ参ったねえ!」
少女は笑顔を作って見せたついでにおどけて頭を叩いて見せるものの、カウンターの向こうの男は浮かぬ顔のままだ。
「雑誌早く読みたかったらお仲間さんに頑張るように伝えてくれんやろか」
「そうだよなあ……。あたいたちが頑張らねえとどうにもならねえんだよなあ」
男の表情に引きずられるように少女の顔も曇る。
「あっでも、沖合に対深海棲艦用の防御網張るって話があって、それができたら少しは落ちつくからわりいけどそれまで待っ……おっといけねえ。今のは忘れてくれねえかな」
慌てて口を押さえる少女。
「でもそれができるまでしばらくかかるんよなー。それまでの辛抱かねー。……そりゃそうとねーちゃんも大概うっかりさんやな」
強張った表情をようやっと崩した男が少し口元を緩める。
「だから忘れてくれって! ……って、『も』ってなんだい?」
「いやほら、よう似た格好のねーちゃんがおるやろ? あのほら、大概おっちょこちょいな……。何てったかねあの子」
「ええー。あたいそんなにおっちょこちょいかい? あそこまでじゃねえだろ。あっ、ちょっと待っててくれねえか無線だ。運航再開かもしれねえ」
「そうならいいんやけどね」
カウンター脇の無線機から、「沖島港連絡所、こちらは大浦港連絡所、大浦港連絡所。どうぞ」とよく通るが若干ひずんだ女声が発せられる。
「大浦港連絡所。こちらは、沖島港連絡所。感度良好」
呼出しに応じる少女に、カウンターから身を乗り出して無線機からの声に耳を傾ける男。
「須浜島沖合の深海棲艦は軽巡級を旗艦とした6隻編成。艦級は現在調査中。須浜島駐在の部隊だけでは対処不能のため、本土と沖島からの応援を須浜島へ派遣します」
「なんか思ったより大変そうやね今日は。出直すかね……」
これはしばらく動きそうにないと判断した男が諦めて帰ろうとしたまさにそのとき、
「なお、須浜への応援部隊は一般の乗客を下船させた定期船により輸送します。また、積荷については須浜島へのものも含め途中の沖島で全て降ろすことにしますが、荷役時間は5分のみとしますので、関係方への手配願います」
「合点だー!……もとい、了解しました!よかったな!荷物来るってさ!」
マイクのスイッチを入れたまま去りかけた男を呼び止める少女。
「……えー、沖島港連絡所、交信は正規の用語で願います。また、私語は通信状態で行わないこと」
そこに咳払いとともに無線機から窘める声が発せられる。
「…わりぃ。もとい、申し訳ありません!ただちに手配に入る…ります!」
「沖島港到着時刻は定刻より40分ほど遅れた0920を予定しています。沖島駐在部隊がそちらへ到着し次第こちらへ連絡願います。以上」
連絡が終わると無線機は再び沈黙する。
「……ふぅ、こいつは大変だぜ。でもよかったな、荷物は届くってさ」
親指を立てながら男に笑みを向ける。
「これでねーちゃんも雑誌が買えるな。」男も同様に微笑みを返しながら少女に倣って親指を立てて応じる。「一冊取っといてやるからあとでこっちに届けてやろうか?」
「いやあ、今日は多分忙しくてそれどころじゃねえから終わったら店に買いに行こっかな」
「そっか、ねーちゃんも大変やなあ。頑張ってや。そんなら9時過ぎにまた来るわ」
「なーに、これが仕事ってやつさ! 船はすぐ出るから時間に遅れないように来るんだぜ!」
男はそう言うと、手を振る少女に見送られながら扉を開けて出ていく。
「さあ、あたいの出番だぜ! ……本気、見せたげるぅ! さあさあ今日はやること多いぜ。」
再び誰もいなくなった詰所で両手で軽く頬を叩いて気合を入れると、おもむろに卓上の電話を手に取って関係各所に連絡を入れ始めた。
「お役所と、学校と、……あとは隣の切符売り場に連絡だ! まずはお役所の出張所からっとくらあ」
お読みいただきありがとうございました。
この掌編は「港の日常のなかで、艦娘だけが少しだけ違う速度で動いている」
──そんな一場面を切り取ってみたものです。
華やかな戦いではなく、ただの「連絡」の仕事。
だけど、こういう小さな場面にこそ、人の生活と艦娘の存在がいちばん近く感じられる……
そんな気がして書いた話です。
次の話も、同じ世界のどこかから切り取ってお届けします。