艦娘が戦いを終えれば、船も行き来できる。
……その裏で、ひとりだけ泣いていたとしたら?
これは、教室の机に残された一枚の作文――
おや?もう一枚あるようですね?
※pixiv同時投稿(初出:2025年10月)
※世界設定:艦娘=海上保安官的公務員(一般設定とは異なります)
私たちの望むものは
私の望むこと 三年六組 奥山 真海
私は、ここから南に船で数時間のところにある島で生まれました。妹が生まれたころから深海棲艦が増えだして、小学校に上がる少し前に深海棲艦がとうとう海を埋め尽くしそうになったので、島全体で本土に避難することになりました。島の人たちはバラバラに仮設住宅や団地に住むことになって、両親も大変苦労をしたそうです。私は小学校も中学校も友達がたくさんできて楽しい時を過ごしましたが、生まれ育った島に帰りたいという気持ちはずっと持っていました。
そして、深海棲艦を艦娘のみんなが減らしてくださったおかげで、とうとう家族全員で島に戻れることになりました。艦娘の方たちには感謝の言葉もありません。実は、妹が生まれる前に母が乗った船が深海棲艦に襲われそうになって艦娘の方に助けていただいたので、妹はその艦娘の名前をいただいて、「かすみ」という名前を付けられています。少しうらやましいです。
高校も再開するというので、私は島の高校に進学します。小学校入学のときから過ごした町や友達のみんなと離れるのは残念ですが、島の家に戻れるのは本当にうれしいです。島での友達ともまた会えるし、家の畑も島の海もこんなに早く自分の目で見られるようになるとは思っていませんでした。先に島に帰った父が少しずつ家を直しているそうですが、まだまだ全部は直っていないので帰ったら私もたくさん手伝おうと思っています。
最後になりますが、島に帰ってもここで学んだことを忘れずに勉強や運動をもっとがんばろうと思っています。そして、将来は私も艦娘になって深海棲艦をもっと減らして安全な海を取り戻したいと思っています。
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私の願い 一年四組 奥山 かすみ
私は、ここからずいぶん遠い島で生まれたそうです。私が生まれるときに本土の病院に行こうとした母が艦娘に助けられたので、その名前を取って「かすみ」と名付けられたそうですが、私はこの名前があまり好きではありません。三歳のときに深海棲艦が増えすぎて危ないというので、この町に引っ越してきて、友達もみんなこっちでできました。私はこの町が好きです。
ところが、艦娘が深海棲艦に勝ち続けたので、四月から島に引っ越すことになりました。父母も姉も「島に帰れる。」と喜んでいますが、私はあまりうれしくありません。小さいころにこっちに来たので、島にいたときのことは覚えていません。そして、島に住む人もまだ多くないので同級生もずっと少なくなるからです。
姉はよく「ここよりずっと大きな家に戻れるし、家の畑で獲れるいろんなものが食べられる。本当にいいところだ。島に帰ったらお父さんが家を直すのを一緒に手伝おうね」とうれしそうに私に話します。だけど、私は狭いかもしれないけど、今の団地の家で友達と学校に通うほうがずっといいです。
どうせなら、今からでもまた深海棲艦が増えて島に引っ越せなくなったほうが
勢いにまかせてここまで書いたが、とうとう手が止まる。
「ああ!こんなの出せるわけないじゃない!」
家族に聞こえないように精いっぱい抑えた声でそういうと、原稿用紙に消しゴムを叩きつけるようにかけていく。
――紙が裂ける音がして原稿用紙が真っ二つになるまでそう時間はかからなかった。
海を守る艦娘の仕事は、本来喜ばれるもののはず。
守られた側は、感謝や誇りとして残そうとする。
けれど、その爪痕がどこかで別の痛みを呼ぶこともある。
少女の作文は、そのほんの断片でした。
艦娘たちが海に立ち続けるかぎり、
島にも街にも、物語は続きます。
この作文を書いた子が、
いつか笑ったのか、
今日も泣いたのか、
いずれ忘れてしまったのか、
それとも──まだ許していないのか。
作者にも、まだ分かりません。
ただ、次に描かれるのは
「海の側から見た景色」です。
知らぬまま影を落とすことがあるのなら、
知らぬまま影を踏み抜いてしまうこともあるのです。