艦これ掌編話集・彼らが見た景色   作:山本常緑樹

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湾の奥の一角だけが、夜なのに昼のように明るい。
照明に煌々と照らされた水面では舟が走り、その様子を賑やかに見守る人たちがいる。
でも、そのすぐ外側には、夜の闇に溶けるような海が続いている。

その「光」と「闇」の境目に立たされている艦娘たちがいる。
彼女たちの仕事は、ただ立って、見張るだけ。
光に背を向けて、ただひたすら時間をやり過ごす。それだけ。

光の中とも闇の中ともつかない水面で、
何を見て、何を思いながら突っ立っているのか。
そんな、ちょっと騒がしくて、ちょっとむなしい夜の海のお話です。

※pixiv同時投稿(初出:2025年10月)
※世界設定:艦娘=海上保安官的公務員(一般的な艦これ設定とは異なります)



【Ⅵ. 工業地帯のとある湾の奥:光と闇のあわいで】
光と闇のあわいで ——とある艦娘部隊譚


 トンネルをいくつか抜けると、視界がさっと開ける。

 一番手前は斜面にへばり付くように建つ家々。次に平地に敷き詰めたような市街地。そして湾と市街地を隔てる大工場。川のように狭い湾の向こうには対岸の低山。

――否

 その手前の白く眩い光の塊を忘れてはいけない。

 

 私は知っている。レース開催時には水澄ましのような六隻の小舟が水面を飛び回り、その順位を巡って大勢が一喜一憂していることを。

 

 私は知らない。レース場の端の低い仕切りのすぐ外側にも、水澄ましのように浮いている者たちがあることを。

 

 

 レース場の端にある出走ピット、その背後の通路先端。ファンファーレが鳴り、選手たちがエンジン音とともに光の中心に飛び出していくのを見送る。選手を送り出せばとりあえず出走ピットの仕事は一区切り。ふと息をつき、レース場の水面と外の海面とを区切る仕切りの外側を見やる。

 

――いたいた。水の上に立ち、微かにうごめく者たちが。遠く観客席からでは闇に溶け込んでしまうようなその姿も、ここからなら淡くではあるが、見える。見たくもないが、目に入る。このレース場の対潜哨戒を担当するという艦娘たちだ。

 揃って装着しているヘッドホンは、ソナーで拾った潜水艦の音を聞くためだという。まったく、すぐそこでボートがエンジン音高らかに走り回る水面で、いったい何を聞き取れるんだか。そもそも警戒厳重な海峡と湾内を通ってこんなどん詰まりまで入ってくる潜水艦などいようものか。

 おまけに、光の中を走るモーターボートの色に合わせたワインレッドの艤装を背負って立つ、やつらのだらけ切った後ろ姿ときたら。

 

 あるやつは寒いのか手をこすりながらジャンプを繰り返し、バシャバシャいわせている。ヘッドホンからは自分の立てる水音が盛大に聞こえているでしょうよ。

 別のやつは小舟を漕ぐように頭を上下させ続けた挙げ句、膝から崩れ落ちて慌てて立ち上がる。せめて仕事しろ。

 また別のやつはあろうことかレース結果を盗み見てやがる。時には拳を突き上げ、時には項垂れる。なんだ、こいつら舟券買ってもいいのか。

 どいつもこいつも人間らしいって感じで、まあ見ていて楽しい。だけど、どいつもこいつも、論外。

 人は彼らを「案山子部隊」と呼ぶが、まったく案山子に対して失礼な話だ。案山子だって雀避けの仕事はちゃんとする。

 

 ああ、一人だけいたな。いつ見ても直立不動でちゃんと前を見てるやつ。時々俯いてパッと顔を上げたりするけど、きっとこれも水面の動きを見てるんだろう。たしか、ボートに書かれてる選手名みたいに艤装に貼られてるプレートには、「不知火」と書かれてたかな。ちゃんと仕事してるやつもいるんだ。

 

――大変残念なことに、彼女のヘッドホンの接続先はソナーではなく音楽プレーヤー。その耳にはヘビメタが常に大音量で流れていることなど知るわけもなく――

 

 まあ、自分も頑張りますか。そう独りごちると通路を戻ることにした。

 

 

――誰もが知っている。光の中で金を奪い合う選手と観客の姿を。

 

 誰も知らない。光のすぐ外、闇とのあわいで、ただ暇をもて余す艦娘の心中を。

 

 




光の中はとても賑やかなのに、すぐ隣の闇はただ静か。
その「あいだ」に立つ子たちは何を考えているのか。

このお話を書いた時、最後の二行を添えた瞬間に、
これは「裏側」からも語られるべきだと思いました。
あの二行の「光のすぐ外」にいる彼女たちの夜は、もっと別の顔をしています。

次のお話では、同じ場所を、今度は「内側」にいる艦娘たちから描いたものになります。
この作品の裏返しのようで、全く違う夜の海が見えてきます。
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