西住姉妹のお兄ちゃん   作:ジャーマンポテトin納豆

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8話 練習試合です! その2

 

 

いよいよ練習試合当日。

昨日一昨日はざっと軽めの走行、射撃練習で済ませたおかげか身体の調子がとてもいい。

 

みほは朝五時に起きて、五時三〇分には家を出る。

 

「あれ、沙織さんからだ。どうしたんだろう」

 

学校までの道を歩いていると沙織から電話が架かってくる。

 

「もしもし」

 

《もしもしみほ!?今麻子ん家なんだけど、やっぱり起きなくてさぁ~!どうしよ~!》

 

それはもう困った声の沙織からのSOSだった。

まぁそうなるだろうな、とは思っていたし昨日の時点で沙織が心配していた通りだった。

 

 

 

「も~!麻子起きてよ~!今日試合なんだよ!?」

 

「ねむい……」

 

布団に籠って一言。

それが麻子の現状を表していた。

 

「単位落としちゃうよ!?いいの!?」

 

「……よくない」

 

「だったら早く起きて!」

 

「わたしが朝五時に起きるなんて不可能」

 

「不可能なんて言ってる場合じゃないでしょ!」

 

掛け布団を麻子から引き剥がそうと奮闘する沙織と、籠って動かない麻子。

沙織はこのままじゃ遅刻だ、と焦っていた。

 

すると。

 

「らっぱ?」

 

外から喇叭の音が聞こえる。

窓を開けると優花里が喇叭を吹いていた。

 

「ゆかりん、なにしてるの……?」

 

「冷泉殿の起床の手助けをしようと思いまして!こうして起床喇叭を吹かせて頂いた次第であります!」

 

それはいいが、どちらかと言うと物理的手段で起こすのを手伝って欲しいと思う沙織。

麻子のあの様子では、梃子でも動きそうにない。

 

どうしたものかと頭を抱えていると。

 

「おー、まだ冷泉は寝てんのか」

 

「先生!?」

 

「どうしてこちらに?」

 

「昨日、みほから麻子が起きなかったら起こしに行って連れて来てくれ、って言われててな。だから迎えに来た」

 

「先生~!」

 

「流石西住殿!」

 

「お邪魔しまーす。おい、冷泉起きろ」

 

「……」

 

「起きないならこのまま抱き抱えて学校まで練り歩いてやるが、どうする」

 

「……おんぶがいい」

 

そういうことじゃねぇよ、と常明はつぶやいたがこれは確かに重症だ。

仕方ない。

 

「はぁ、武部、冷泉の制服とか必要なもの持って来てくれ」

 

「あ、はい!」

 

そう言って沙織はバタバタと麻子の制服と荷物を纏める。

 

「先生殿、他に何かお手伝いすることはありますか?」

 

「それじゃ俺の自転車押してってくれるか」

 

「はい!承知しました!」

 

常明はまさかここまで人数がいるとは思っていなかったので、自転車で来たのだ。

こんなことなら車で来ればよかった、と内心思う常明である。

 

鞄一つに収まるぐらいの荷物を武部が持って、優花里が常明の乗って来た自転車を押す。

 

「先生、本当にありがとうございます」

 

「良いって。冷泉が低血圧で朝に弱いってのは知ってたし、ウチの主力の一人が寝坊で試合を休まれちゃ堪ったもんじゃないからな」

 

麻子を背負いながら、学校までの道を三人で歩く。

それでも全然起きない麻子は常明の背中で気持ち良さそうに寝息を立てているが、妹達を背負って歩いたことを思い出して懐かしく思う。

 

昔はよく遊び疲れた二人を抱っこして家まで歩いたもの。

今はもうそんなことは無いかもしれないが、なんとなく懐かしい気分に浸る常明。

 

「二人は朝飯ちゃんと食ったか?」

 

「あ、はい」

 

「本当に偉いな。そしたら冷泉の朝飯をどっかで調達せにゃならんな」

 

「あ、それなら私がおにぎり握って来たので大丈夫です」

 

「本当か?武部、お前本当に良く出来たやつだよ」

 

「え!?そうですか~」

 

褒めたらなんか凄い嬉しそうにしている。

 

 

 

学校までの道のりは、麻子の家からだと一〇分も掛からない。

だが普段は低血圧で身体を引き摺るようにして歩くため、たっぷり三〇分は掛かる。

 

「あ、お兄ちゃん」

 

「冷泉、と武部と秋山連れて来たぞ」

 

「本当にありがとう、お兄ちゃん」

 

「ま、冷泉が居ないと不味いんでね。そんぐらいはお安い御用だ」

 

冷泉を降ろして武部に着替えとかを頼む。

 

 

 

「全員揃ったなー。点呼取るぞー」

 

「四号チーム」

 

「「「「「はい」」」」」

 

「生徒会チーム」

 

「「「はい」」」

 

「三突チーム」

 

「「「「はい」」」」

 

「バレー部チーム」

 

「「「「はい!!」」」」

 

「船舶科チーム」

 

「「「「「はい」」」」」

 

「一年チーム」

 

「「「「「「はーい」」」」」」

 

「各車砲弾と燃料積載、各種チェックやって下船準備ね」

 

それぞれの車輛のところに向かい、砲弾と燃料の搭載を皆で行う。

今回の試合で砲弾数に制限は無いし満載で問題無い。とは言えども各車二十発も撃てば良い方かもしれない。そこまで長期戦になるとは思えないし、多分一時間とか、せいぜい3〜4時間ぐらいで決着がつくだろう。

 

学園艦はこの試合の為だけに寄港することになっているので、これ幸いと多くの学園艦住民が市街地へ繰り出すらしく、車がごった返している。

その中を戦車六輌が混じるというのはなんか変な光景だ。

 

「そう言えば、お兄ちゃんなんで聖グロの連絡先知ってたの?」

 

「知り合いが聖グロの隊長なんだよ」

 

「え?」

 

その言葉にみほは兄が超えてはならない一線を越えてしまったのか、と視線を送る。

 

「勘違いすんな馬鹿。放浪してた時に行き倒れかけてな。そん時に世話になったんだよ。それで連絡先知ってるってだけだ」

 

なんか、ある意味では余計に恥ずかしい話なのでは?

良い歳した大人が中学生か高校生に、行き倒れかけた挙句にお世話になるって一体全体兄はどんな旅をしていたのか。

そう言えば兄の家にかなり使い込まれていて、でも凄く丁寧に整備されているバイクがあった。あのバイクで旅をしていたんだろうか。

 

「本当に……?」

 

「お前は俺を何だと思ってる?」

 

「お兄ちゃんも一応男だし、そう言う事あるかなって」

 

「それならとっくの昔に母さんの耳に入ってシバかれてる」

 

「……確かに」

 

ここ一か月、兄と色々話したり接したりする中で、みほは常明がどうやらかなーり、薄いと言うか、細い繋がりを母と未だに持っているらしい、という事は分かっていた。

大洗女子学園戦車道の性能的主力の一角を務める3号戦車も実家から持って来たようだし。

なので兄がまさか未成年に手を出して、なんて事になれはあの母だ、間違いなくシバき回されているだろうし、多分実家に物理的な意味で縛り付けられていた筈。

だから懸念した事案は、少なくとも今現在は発生していないだろうと、みほは納得した。

 

そんな会話をしながら試合会場へ。

 

 

 

 

 

この練習試合をやるにあたって、常明の不安は特に無かった。

というか一か月でやれることは全部やったし、戦車道受講メンバーは全員常明の想定の遥か上を行く出来を見せていた。

 

……いや、懸念というか、色々とこいつ大丈夫か、と思っているのが桃なんだけれども。

 

なんというか、こう、一切遠慮をせずに言うなら風貌だけはいっちょ前に参謀っぽいが実際はそんな事は一切無い。

それどころか沸点は物凄く低い上に感情的になり易く、更にはメンタルも弱いし、テンパるとそれまでの話なども全部すっぽ抜けるというなんかもう、色々と心配になる子だ。

学力の方も、成績を見せてもらったが、杏と柚子はそれぞれ学年一位、二位をキープするぐらいなのに桃はかなり酷い。寧ろあれでどうやって三年生まで進級したのか不思議なぐらい。

無遅刻無欠席で、授業態度も非常にまじめ、と言う評価ではあるが、学力はそれに反比例している。戦車道の座学でもワーストを争うぐらいには悪い。

 

まぁ学校の方はそんな感じだが、では戦車道ではどうなのかというと、現在生徒会チームの砲手を勤めているわけであるが。

常明をして、どうにもならない、と評価を下すほどの、いっそのこと天性の才能、一種の呪いだと言う方が説明が付くぐらい射撃の腕が悪い。命中率は脅威の0%であるというのだからその凄さが分かる。(隣の的や全く離れた的には当たることがある)

しかもそのくせにトリガーハッピーの気質がある。一応と思って0距離や接射で的に砲撃させても外すというとんでもない才能を見せ付けてくれた。

幾ら常明が指導してもどうにもならず、この練習試合も砲手として挑んでいるのだが正直かなり不安だ。

 

ただまぁ、装填手、通信手の潜在能力はそこそこであるとは常明自身思っている。

試しにやらせた装填は体格が良いことと、船舶科の不良連中相手にある程度なんとかなる腕っぷしもあるからか、装填速度は中々。

通信手としてもそれなり。多分、座学として覚えるのではなく、やって身体で覚える、と言う方式で覚えたようである。まぁそんななのでアマチュア無線資格の勉強は全くと言っていいぐらい捗っていないのは言うまでもない。

他の面々は三級合格、四級合格ぐらいは出来るだろうが、桃に関してはうん、正直結構怪しい。

一応柚子がサポートしているのだが、柚子がアマチュア無線を取る方が現実的と言うレベルである。

 

そんな不安はありつつも、全体としては勝てる可能性は低いが無いわけでも無いし、それなりに良い試合が出来るだろう、と言うのが今回の対聖グロ戦だ。

まぁ後は皆の頑張りに期待、と言ったところだろう。

 

 

 

 

 

審判団への挨拶を済ませ、後は試合が始まるのを待つのみ。

監督は試合中に指示などを一切出せないので見守ることしか出来ない。

 

(流石お嬢様学校。随伴も豪華だな)

 

自分が折り畳み椅子に腰掛けるテントと比べ、隣の聖グロのテントには先生と思わしき大人が一人に、赤い髪の毛を始めとした中々ド派手な髪色の子達が紅茶を飲みながら見学している。豪華な敷物や椅子まで持ち込んで、更にはティーセットまで揃えてと、戦車道の見学なんだよな?と思う様相だ。

対して大洗女子側は常明がパイプ椅子に深く腰掛けて腕と足を組んで眺めているだけ。

 

明確にお金と人材の余裕、という点での差を見せ付けられている。

常明としても人材はともかく予算がもっとあれば色々と買えるものもあったんだけどなぁ、と思うところ。

具体的にはヘッツァー改造キットという38tを改造する為のキットがある。改造すると固定砲塔にはなるが75mm砲を搭載することが出来るので攻撃力も上がるし、装甲も車体上部下部は傾斜した60mmのものになるのでまぁ、75mm砲ぐらいは防げるようになると言う、戦車道において最低限の防御力は得られる。

他にも4号用の長砲身やシュルツェン、三号用のシュルツェンがある。

 

大洗女子の戦車道用の予算は到底新戦車を購入できるだけの予算は無いので、当面の間はそう言った改造用の部品やパーツを購入して戦力を補強しつつ、貯めてからの戦車購入、という流れになるだろうか。

まぁ、あとは他にも学園艦のどこかに眠っているかもしれない戦車を見つけることだが今までと同じで売れ残りのポンコツ戦車ばかりになるだろう。

今だって寄せ集め、売れ残り戦車、って感じがめちゃくちゃ凄いし。

ある意味レア戦車ばかり運用しているのが今の大洗女子学園戦車道だ、他校と違ってあえてレア戦車、イロモノ戦車で揃えるのも視覚的な意味ではアリかもしれないな、なんて考える常明であった。

 

 

 

「ごめんくださいまし!」

 

「はい???」

 

「宜しければこちらで一緒にお紅茶でもお飲みになりませんこと!?」

 

なんだろう、このキャラの濃い子は。

聖グロの制服を着ていて、タンクジャケットも羽織っているから戦車道をやっているという事は分かるが。

 

「え、っと、どういうことでしょう?」

 

「そちら、お一人なのでしょ?だったら皆で一緒にお紅茶を飲んで見ている方が絶対楽しいに決まってますわ!」

 

どうしたもんかな、と常明は考える。

なんというか、嫌味とかでは無く純粋な好意100%で誘ってくれているというのが簡単に分かるぐらいの笑顔である。

それと身振り手振りが激し過ぎて紅茶零してるけど、それ良いの?

 

「……そちらの皆さんにご迷惑では?」

 

「ちゃんと皆さんに同意は得ていますわ!」

 

ちら、と聖グロのテントを見ると何やらこっちを覗いている顔が沢山。

向こうの先生であろう女性もニコリ、と笑って小さくどうぞこちらへ、と促しているようである。

 

うーん、ここまでされてNO、とは言えないな、と小さく笑って。

 

「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらいます」

 

「はい!あ、私はローズヒップと申しますの!聖グロリアーナ女学院戦車道で、クルセイダー隊の隊長をやらせて頂いておりますわ!」

 

「ほう、それは凄い」

 

聖グロにはチャーチル隊、マチルダ隊、クルセイダー隊と大まかに三つに分かれた隊がある。

その内の一つであるクルセイダー隊を任されているというのは、並大抵の事では無い。そう言えばこの子、何処か見覚えあると思ったら確か中学戦車道でそれなりに活躍していた子じゃなかっただろうか?

 

「それと、先生なのでしょ?」

 

「そうですね」

 

「だったら敬語は不要ですわ!」

 

「あぁ、うん、そうする」

 

なんにしても、こんなキャラの濃い子だったんだな。

あぁ、でも噂じゃクルセイダー隊に配属される子って曲者と言うか、変わってる子が多いって言うのは聞いたことがあるな、と一人納得する常明であった。

 

 

 

 

「気を使わせてしまったようで申し訳ありません」

 

「いえいえ。お礼はローズヒップに。あの子が大洗の先生一人と言うのはいけませんわ!と貴方をお誘いしたのです。寧ろご迷惑ではありませんでしたか?見ている限り、ローズヒップに随分と押され気味だったようですので」

 

「いえ、とても有難いです」

 

どうやらこの教師の女性は戦車道の監督と言う訳でもないが、部活で言うところの顧問みたいな立ち位置にいる人らしい。随分と上品な人だな、という印象である。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう」

 

生徒の一人が淹れてくれた紅茶を一口。

あんまり紅茶というものを飲んだことのない常明ではあったが、それでも間違いなく美味しいな、と思えるぐらい美味しい紅茶だった。

 

「凄く美味しい……」

 

「でしょう!」

 

なんというドヤ顔。

まぁ顔が整っているのと、それだけドヤられても良いぐらい美味しい紅茶だったのは確かであるが。

 

「スコーンもどうぞお食べ下さいまし!」

 

「ありがとう」

 

うん、スコーンも美味しい。

イギリス飯は基本的に不味いもんであるという認識である常明だが、紅茶とスコーンは上手いんだな、と認識を改めた。

……まぁ紅茶はまだしも、スコーンをどうやったら不味く作れるのかという問題はある。

 

それを楽しみながら、試合開始を待つ。

 

それぞれのチームが開始地点に到着すると、漸く試合が開始される。

こっちのチームの勝機は最初の一撃で何輌撃破出来るか。市街地で機動的に分散と集結を繰り返してどれだけゲリラ戦を展開することが可能か、この二つの点にある。

それ以外の点ではどうやっても勝ち目は無いので、正面での戦いは可能な限り避けつつ、ということになる。

 

「そちらに勝機はあると思われますか?」

 

そう問うてきたのは聖グロの先生だった。

その問いは此方を嘲るものでは無く、長年戦車道に打ち込んできた四強の一角としての矜持というか、そんなものが感じられた。

 

「普通に考えれば戦車道を始めて一か月の大洗に、中学生の時から戦車道をやっているそちらに勝てる道理はありませんね」

 

「では、自分の生徒達が負けると?」

 

「いいや、戦車道に限らず勝負の世界は何があるか分からないと言うのが醍醐味です。勇猛な獅子に率いられた羊の群れは、という言葉があるでしょう?」

 

「そちらには、その獅子足り得る生徒がいると」

 

「えぇ。それもとびっきりがね」

 

常明とて皆を信じていない訳では無いが、かと言って現実を見た場合大洗が聖グロに勝てる可能性は数%ぐらいだろう。

しかも今までの練習で格上相手にジャイアントキリングをやってのけるような方法は一切教えていないし、やっていたのは戦車道における基礎中の基礎となる練習ばかり。

一部を除いて殆どの生徒は戦術理解、などの領域の話は出来ないレベルである。今回の立てた作戦も、正確に理解し実行できるだけの思考力を発揮出来る生徒がどれだけいるか。

それぐらい、彼我の戦力差、乗員の練度が圧倒的に開いているのがこの練習試合というものなのだ。

 

だが、それを覆しかねない、と思っているのがみほである。

 

 

 

「ねぇ、お兄ちゃん」

 

「ん?」

 

「この練習試合、正直に言ってどれぐらい勝てる可能性があると思う?」

 

その質問は、当然のものだった。

練習試合開始前、少しだけ話をする時間があったので、話していると唐突にそんなことを聞いてくるみほに常明は正直に答えた。

 

「同数で戦っても今のお前達だと、勝てる可能性はまぁ、作戦も上手く嵌って、尚且つ最初の一撃で一輌か二輌撃破出来たとしても良くて20%ってところだな」

 

「……やっぱり、厳しいよね」

 

「当然だろ。こっちはお前以外、全員戦車道初めて一か月なんだぞ。これで聖グロに勝てたらそんな楽な話は無い」

 

「これが、お姉ちゃんだったらーーー」

 

「おい」

 

そう言い掛けたみほに、常明は言葉を割っていれる。

 

「みほ。お前はお前だろ。ここは黒森峰でも実家でも無い。みほの好きなように自由にやればいいじゃんか」

 

そう言われてみほの表情は幾らか明るくなる。

それでも吹っ切れきれないと言うのは長年の西住流の教え故だろう。

そもそも、と思いながら常明は考える。

 

みほの才能というのは、従来の西住流の教えに合わない。

みほは兎に角奇策や土壇場での思い付き、行動力、決断力というのが圧倒的に優れている。火力と装甲に物を言わせた戦術を得意とする西住流の教えは、確かに参考にはなるだろうが根本の部分では合わない。

だからみほが真の能力を発揮するには根底にある西住流の教えを取っ払わないといけない、と常明は思っている。

常明も西住流の教えなんて守ったこと無いし、好き勝手やった結果が今の常明の現状である。

 

「大丈夫」

 

「うん」

 

「頑張れ。そして大いに楽しんで来い」

 

小さい頃に、そうしていたように。

励ますようにみほの頭を撫でた。

 

 

 

いよいよ試合開始が始まる。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

双眼鏡を覗くみほ。

隣には優花里が一緒に寝そべっている。

 

「流石聖グロですね。あんなに綺麗な隊列を組んで」

 

「うん。速度を合わせて、隊列を維持するって思っているよりも大変だからね」

 

今の自分達と比べると雲泥の差があるというのが良く分かる。

隊列走行も練習したけど、この一か月間の練習で主眼に置かれていたのは個人技量の徹底した向上と、そして各車乗員での連携。

 

戦車単体で見れば乗員同士で十分に連携出来るけど、各戦車同士の隊列走行や連携戦術は殆ど練習出来ていない。

もともと大洗女子学園の戦車保有数は現在のところ六輌だけで、3対3の模擬戦しか出来ない。もう2輌いれば4対4の模擬戦が出来たんだけど、そう贅沢も言って要いられなかった。

一応学園内には戦車を探して欲しいというお触書を各所に、それはもう鬱陶しいぐらい出してはいるのだけど(書類上はまだ二~三輌が存在するらしい)中々見つからない。決勝戦までに、一輌か、二輌を見つけて戦力化出来れば良い、という具合。

戦車が見つかっても乗員が居ないと意味が無いので、どこから乗員を引っ張って来るかという問題も解決しないと。

 

まぁその辺は兄が色々、生徒会の先輩達と策を凝らしているのだろうと信じて今はこの試合に集中する。

 

みほとしても、兄には楽しめばいいよ、と言われたがどうせなら勝ちたい、皆を勝たせてあげたいという思いがある。

 

「それで、西住殿」

 

「うん?」

 

「こちらの徹甲弾では正面装甲は抜けません。どうするでありますか?」

 

「そこは、戦術と腕次第、かな」

 

そう、兄を真似てにやり、と笑うと優花里は嬉しそうにする。

 

「西住殿、今の笑い方、先生を真似たでありますか?」

 

「分かっちゃう?」

 

「はい!西住殿は気が付いていないかもしれませんが、お二人は結構似てますよ」

 

そう指摘されて、恥ずかしく思いつつ、嬉しくも思うみほ。

裏では兄の家に暇さえあれば通って、文句を言いながら世話焼きをしていることを知られたら皆になんて言われるのだろうか。

 

脳内でそう勝手に想像しつつ、兄との関係性はひとまず置いておいて。

今回は殲滅戦。

可能な限り、最も攻撃力が高い三突の前に聖グロを引き摺り出して、各個撃破。四号と三号はその側面を突ければ理想。問題はそれをどのような形で実現するか。この試合におけるみほの最大の悩みはそこである。

 

「麻子さん、起きて。エンジン音を抑えつつ展開してください」

 

「んぅ……」

 

まだ眠そうな声と共に、それでも慣れた手つきでエンジンを掛け、動かす麻子。この辺りは流石だ。

一旦、戦車を狙いやすい位置に移動する。

 

「目標、チャーチル。砲撃準備」

 

「装填完了!」

 

「チャーチルの幅は、3.25m……」

 

優花里の報告と、華の操作によって砲塔が少し旋回する。

昨日まで兄に砲撃のイロハを死ぬほど叩き込まれた華は、すぐに砲撃の為の数値を頭の中で割り出す。

 

砲手は基本的に数学、いやもっと前段階の算数に強い人が多い。

距離が開けば開くほど命中させる条件が厳しくなるから、その分どれだけの左右角、上下角を取るのか正確に求める必要がある。

砲手の中には感覚だけでどんどん命中させていく人も居るが、このタイプは珍しい。その点、華は麻子ほどでは無いにしても学年トップクラスの頭脳を持っている。なので心配は要らない。

 

あとは実戦で移動目標に当てられるかどうか。

練習では移動しながらの撃ち合い練習もやったし、今と同じ条件での砲撃練習も熟した。だけど実戦での緊張感は練習ではどうやっても再現できないものがある。

それに華が呑まれないか、というのが最大の要件なのだが……。

 

(この様子なら大丈夫そう)

 

照準器を覗き込む華の様子は、とても初めての実戦とは思えないぐらい落ち着き払っていて、その動作も一か月前とは比べ物にならないぐらい洗練されていた。

 

「照準完了」

 

「撃て」

 

その様子を見て、安心して任せられると思ったみほはすぐに射撃命令を下した。

ズドン、と全身に響く射撃音と振動と共に砲弾が撃ち出される。

 

綺麗な放物線を描きながら、その砲弾はチャーチルの砲塔天板を掠って撥ねた。

 

「あぁ、外してしまいました……。ごめんなさい」

 

「うぅん、陽動するのが目的だから全然大丈夫」

 

今の砲撃に聖グロ側が反応する。

その反応速度は素晴らしく、すぐに照準を付けて撃ってくる。

 

「わ、わわわっ」

 

「麻子さん、逃げ切れないけど追い付けないぐらいの感じで左右に避けながら走ってください」

 

「ん」

 

「優花里さん、華さん、装填完了次第砲撃。狙いはチャーチルでお願いします」

 

「「はい!」」

 

沙織の驚く声を他所にみほは指示を矢継ぎ早に飛ばす。

砲塔が旋回し、後ろを向くと、すぐに照準を合わせた華が撃つ。そして優花里が手慣れた、洗練された動作ですぐに装填をする。

一か月の地獄の練習の成果がここで発揮されているのが、それぞれ実感として分かった。

 

「硬い……っ」

 

「華さん、そのまま撃ち続けて。沙織さん、本隊に現在位置と到達までの時間を連絡してください」

 

チャーチルに命中弾を与えるも、無常にも甲高い金属音と共に砲弾は弾かれてしまう。やはりこちらの主砲では有効打を与えられない。

それでも命中弾を与えられたと言う事に意味がある。華と優花里のコンビネーションは素晴らしく、命中弾を与えられなくても相手に対して十分な脅威として捉えられたらしい、チャーチルとマチルダⅡ、合計六輌の砲撃がより一層激しくなり、四号の周りに次々と弾着して土煙をあげる。中々追い付けず、中々当たらずで業を煮やしたのか、聖グロの速度が上がる。

 

「麻子さん、速度を向こうに合わせて上げてください」

 

「ほい」

 

麻子の操縦技術はとても始めて一か月とは思えない。

右に左に砲弾を避け、みほの指示も的確に熟してくれる。黒森峰にもこんな優秀な操縦手はいなかった、とみほは常々思う。

 

「麻子さん、敵との距離400mです。もう少し離しましょう」

 

「ほい」

 

このままの距離だと命中する可能性が高い。

もう50mか、100mぐらいは離した方がいいと判断したみほは麻子に速度を上げて距離を離すように命じる。

 

「麻子さん、距離はこのままを維持。華さん、優花里さん、撃ち続けてください」

 

「おぅ」

 

「「はい!」」

 

予定地点まで1km。

そろそろ連絡を入れて、準備させた方が良い。

 

「沙織さん、向こうにあと1kmで到達することを連絡してください。麻子さん、今速度はどれぐらいですか?」

 

「34km/h」

 

「ありがとうございます。沙織さん、あと一分四〇秒で四号が到達、その五〇秒後に聖グロが到達することを連絡してください」

 

「分かった!」

 

命中弾は与えているが、チャーチルの正面装甲に全部弾かれてしまっている。

対して飛んでくる砲弾は全部、一発でも当たれば即座に白旗が上がってしまうだけの威力がある。

 

(麻子さんが居てくれて良かった)

 

みほは心底、麻子の操縦技量に感謝した。

でなければとっくの昔に四号は白旗を揚げて試合から退場していただろうから。

 

「沙織さん、本隊に連絡。四号が間も無くそちらに到着します。射撃は私の合図を待って、履帯を狙って撃つように言って下さい」

 

「はい!こちら四号チーム!もうすぐ到着します!射撃は隊長の合図を待っててください。狙いは履帯でお願いします!」

 

通信は飛ばした。

あとは最初の一撃がどれだけ有効打になるかどうか。

みほがこの時、心配の種となるのはメンタルの弱い桃が、初めての試合で掛かる緊張感に耐えられるかどうかだった。

下手したら、緊張感に負けて早とちりをしかねない。

 

兄も言っていた。

桃は砲手としての腕や才能は皆無どころかマイナス。だけど引き金を引けるならまだマシ。しかし何より問題なのはそのメンタルの弱さだ、と言っていたぐらい。

風貌からは想像が出来ないぐらい桃はメンタルが弱かった。みほを勧誘した時のアレはなんだったのか、と言いたい。

 

「こちら四号、通過します!」

 

皆が待ち構えている地点を四号が通過し、すぐにポジションを取る。その30秒後にチャーチルを先頭にマチルダⅡが射程に入る。

 

「履帯を狙ってください。三突は確実に撃破可能なマチルダⅡに照準を」

 

「チャーチルじゃなくて良いのか?」

 

「大丈夫。100m以内じゃないと三突の主砲でも意味はありません。マチルダⅡなら当たれば多少はダメージを期待出来ます。撃破出来れば最上、出来なくても動きを止めるだけも構いません」

 

「了解した。狙いはチャーチルの後ろにいるマチルダⅡ!」

 

「他のチームは可能な限り履帯を狙って、可能なら車体上面を撃ってください。じゃないと撃破は望めません」

 

みほの号令に隠蔽された状態で、それぞれ照準をとる。距離200m。よっぽどの事がない限り命中させられる距離。

 

「撃てッ!」

 

6発の砲弾が号令と共に聖グロの戦車に向かって飛んでいく。

放たれた砲弾は、マチルダⅡを捉えたが無常にも砲弾が弾かれたり、装甲に擦れる特徴的な音を立てて飛んでいく。

……桃が撃った砲弾だけは最初から明後日の方向に飛んで行ったけれども。

 

「次弾装填!華さん、狙い易い目標の車体上面を狙ってください」

 

「分かりました」

 

「撃てーッ!!どんどん撃てーッ!!」

 

「桃ちゃん落ち着いて……」

 

半狂乱になりながら、装填される端からバカスカ狙いも無茶苦茶に桃が叫びながら撃ちまくっている。

普段の様子からは全く想像出来ない、貴女は誰ですか、状態だ。そんな事を気にしていられる余裕があるのはみほと、何故かやたらと肝が据わっている杏、柚子ぐらいなものだが。

 

(やっぱり硬い……)

 

四号の徹甲弾でも、例え100mの距離で撃ったとしても正面装甲を破ることはできない。正面から撃破可能なのは三突、それも100m以内に誘い込む必要がある。

みほはく、と歯を少し食い縛る。

 

命中弾は与えられるが、全て弾かれてしまう。

それに陣取っている位置と、聖グロ戦車隊の位置関係も悪かった。

大洗女子側は高所を取って、岩の起伏に上手く隠れられていて、聖グロの砲弾が命中することは無かった。

しかし聖グロ側は、こちらはこちらで数度の角度が付いたとても緩い斜面をゆっくりと登っており、上から撃ち下ろす側からすると履帯を車体で隠せるような形になっており、唯一大洗女子がダメージを与えられる履帯が中々狙える形では無かった。

 

時間にして、10分ほどだろうか。

有効打は与えられず、ジリジリと迫りつつある。

俯角の制限もあって狙えなくなっている。

 

「沙織さん、全車に通信。撤退します」

 

「え!?あ、うん、分かった!」

 

「何ぃ〜!?撤退だと!?許さん!目の前に敵がいるんだぞ!!」

 

「坂を登り切られて左右から挟まれてからでは遅いんです!今なら安全に撤退して、二撃、三撃目を仕掛けることも可能です!」

 

「うぐっ!」

 

「三突チームからこのままバックで後退。次に三号。次に一年生チーム、撤退してください。私達四号チーム、生徒会チーム、バレー部チームは三輌が後退し切ってから撤退します!」

 

「「「「「了解!」」」」」

 

みほの指示に従い、三突から順番に後退を始めた。

まだ平気だが、下手に側面や後ろを見せると、その隙を突いて聖グロが一気に攻勢に出て来る可能性がある。

だから、ゆっくりでも砲撃しながら下がる必要がある。

 

3輌が後退すると、すぐに四号、八九式、生徒会チームが続いて下がっていく。

 

「西住殿、次はどうするでありますか?」

 

「三突チーム、お願いがあります」

 

《なんだ?》

 

「今からーーーー」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

「撤退した……?」

 

「あっさり退きましたね」

 

「撤退の手際も見事ね。私達を射界に収められなくなって、大洗を左右から挟む危険があると分かってすぐに撤退の判断を下したーーー」

 

「戦車道を経験した事の無い者が下せる判断ではありませんね」

 

「えぇ、どうやら敵の隊長はかなりやり手のようね」

「次はどうしますか?」

 

「当然、追うわよ。全車前進」

 

聖グロは2列の隊列を組み、峡谷を抜ける。その歩みは間違いなく女王に相応しいものだ。

 

「敵は市街地で待ち伏せを仕掛けてくるのでしょうか?」

 

「間違いないわ。向こうはこちらの側面に回り込んでくる。でないと撃破出来ないから。戦いの趨勢は市街地で決まるわ」

 

聖グロ隊長、ダージリンは大洗の行動を的確に予測している。

彼我の戦力差や戦車の性能差を考えれば誰でも考え付く事ではあっても、それを実行出来るかどうかは別問題。

 

「彼女達の作戦、そんなに上手くいくでしょうか?」

 

「分からないわ。だけど、素人ばかりの容易い相手、と言う認識は捨てた方が良いわね」

 

ダージリンは当初の素人ばかりで簡単に勝てる相手、という認識を捨て去った。

本当に簡単に勝てる相手なら、待ち伏せの、あの時に勝負はとっくに着いていた筈だし、そうでなくとも半分ぐらいは撃破出来た筈。

そうなっていない時点で、聖グロが想定していたよりも遥かに大洗女子は高い練度を有していると判断するべきだとダージリンは指揮下に伝えた。

 

「敵の隊長車はどれでしょうか」

 

「……確かな事は言えないけれど、四号な気がするわ」

 

「何故?」

 

「ペコ、アッサム、貴女達も見たでしょう?あの四号の動きは他の5輌に比べて明らかに優れていた。操縦手、砲手の技量は間違いなく頭抜けていたし、それに対応出来るだけの装填速度。装填手も中々やるわ。6輌の動きを見れば通信手の情報伝達能力も間違いなく高い。そして何よりーーーー」

 

「車長の的確な指示が無ければあそこまで、四号が動ける訳がない。アッサム、聖グロリアーナ戦車道が誇る貴女達、砲手が1対6であれだけ追い掛けながら撃ったのに、擦り弾すら与えられなかったのよ?操縦手は勿論、こちらを見て回避を指示する車長は間違いなく只者ではないわ」

 

そう語るダージリンの表情は、好敵手足り得る相手を見つけた時の、不敵な、さりとて優雅な笑みを浮かべている。

付き合いの長いアッサムはダージリンがこの試合を間違いなく楽しんでいる事が分かった。

 

とは言っても、ダージリンの心中には大洗に負ける訳は無い、このまま1輌も失わずにパーフェクトゲームを演じる事も出来るだろうと、余裕を持っていた。

 

市街地に差し掛かる手前で、事は起きた。

 

《こちら2号車、右側面より攻撃を受け走行不能!》

 

《こちら5号車!左側面より攻撃を受けています!》

 

「敵は?」

 

《……駄目です、一撃加えたら逃げて行きました!》

 

「ふぅん……?」

 

「敵の狙いはなんでしょうか?1輌撃破、もう1輌も走行できない状態にしたなら一気に攻めてきても良いのでは……?」

 

「いいえ、敵は引き時を良く分かってるわ。先頭の2輌が動けなくても道を塞いでいる訳ではない。だからチャーチルを前に4輌で攻め立てられれば向こうは厳しい。だから二度目の待ち伏せの結果に関わらず一気に引いて、市街地奥深くに誘い込もうという事よ」

 

「本当に素人なんですか?」

 

「その筈なんだけれどね。5号車、状況は?」

 

《問題ありません。砲旋回装置の調子が良くありませんが問題無く戦えます》

 

「それならすぐに追撃するわよ。変に時間を与えたくないわ」

 

《ダージリン様、撃破されてしまい申し訳ございません……》

 

「構わないわ。私の認識が甘かった結果よ」

 

そう言ってダージリンは体勢を立て直すと市街地に向けて前進を命じた。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

大洗女子側は、端的に言えば沸いていた。

なんせあの聖グロから先に白旗を上げさせたのだ。しかも何もかもが劣る自分達が、だ、

喜ばない訳が無い。

 

どうやったのかというと、みほは先に撤退した三突チームに市街地手間で6輌が隠れて待ち伏せが出来そうな場所を探して貰っていたのだ。

条件は300〜500mほどの距離で、3輌が纏まって隠れられ左右から一斉に狙える場所。

みほがあえて三突チームを真っ先に撤退させたのは、これをやってもらうためだったのだ。

練習中にコミュニケーションを取っていたから、三突チームが戦術などに詳しいと知っていたから出来た判断だ。

 

そんな場所は普通、すぐに見つかるものでは無いが、そこは流石歴女達、豊富な知識を元にすぐさま探し出し、尚且つ擬装用の枝葉まで周囲から集めて用意して見せたのである。

そのお陰で聖グロが峡谷から出てくる前に位置取りと、更に擬装まで施せた。

 

「さっすがみぽりん!」

 

「ありがとう沙織さん。三突チームさんもありがとうございました!」

 

「いやなに、楽しかった」

 

「自分達の知恵や知識が役に立つというのは、これほどまで嬉しいものとは知らなんだ」

 

役に立てた事、今まで自分達が蓄え続けた知識が役に立って三突チームは撃破出来た事よりも嬉しそうだ。

ともあれ、これで多少なりとも時間稼ぎは出来たはず、とみほは考える。

 

市街地内に展開するにしても、時間が無いと待ち伏せしたりする最適な位置を探す事も出来ない。

だから時間稼ぎと、可能なら足止めをする必要があった。

 

「西住殿、次の作戦は?」

 

興奮した様子で優花里が聞く。

 

「事前の予定通り、ゲリラ戦を行います。相手を見つけたら全体に位置共有をして、それを元に待ち伏せをします。そう何度も通用する手ではありませんが現状、私達が行える戦術はこれぐらいしかありません」

 

「背後を取ったり、見つけても気が付かれていない場合はどうしますか?」

 

「可能なら見つからないように後を付けて、無理そうなら撤退してください。攻撃を加えるかどうかは各自の判断に任せます。それと、開けた場所には絶対に出ないでください」

 

「「「「「了解」」」」」

 

「では、こそこそ作戦、開始!」

 

大洗側は各個撃破される危険性を承知の上で、あえて全車がバラバラに動く。これは戦術で言う分進合撃というものになる。

みほが何故この戦術を選び、実行する決断を下したのか?

 

理由は単純、大洗女子が実行可能な戦術がこれぐらいだから。

他にも各個に動く事で索敵網を広げつつ早期発見、側面攻撃をやりやすくしたいから、という理由もあるが最大の理由は市街地で戦うと選択したから、がある。

開けた場所だと互いの戦力差や練度差が如実に現れるが、市街地なら誤魔化しながら戦える。

ただしあくまでも誤魔化せるというだけで、埋められるだけのものでは無い。ここもやはり、練度があれば戦車の性能差を埋められただろうが、致し方無い。

あとはどれだけ先に相手を見つけられるか、そして如何に早く集合と分散が出来るか。この二つに掛かっている。

 

「沙織さん、私達と各車の位置、位置関係を常に把握して随時教えてください」

 

「おっけー!」

 

「麻子さん、偵察に出ます。エンジン音を出来るだけ絞って走ってください。華さん優花里さん、出会い頭に一撃入れたら撤退します。追撃してきた場合に備えて再装填と再照準に備えてください」

 

「「はい」」

 

「全車、敵を発見次第全体に通報してください。位置を把握しつつ、近くにいる車輌は急行。一撃を加えたらすぐに逃げてください」

 

『『『『『はい!』』』』』

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

「姿が見えませんね」

 

「向こうはゲリラ戦を仕掛けてくるつもりよ。向こうにはそれぐらいしか勝機が無いもの」

 

一輌撃破されたとは言え、聖グロの有利は変わらない。

ただ、一輌撃破されたのは痛手だ。偵察に出せる数が一輌減ってしまったのはあまり良くない。

チャーチルの護衛を一輌に減らせば偵察車輌の数は確保出来るが、向こうの動きを見る限り、それは得策では無さそうだ。

乗員や各車の練度はともかく、やはり隊長は頭が切れるし隊長車はかなり動きが良い。

何人か分からないが、全員が聖グロや各強豪校に混ざってもなんら違和感は無い。

 

最初の囮をやっていた時も、あれだけ後ろから撃たれながらこちらに何発か命中弾を与えてきている。

装甲に弾かれてダメージは無いが、砲手の腕もかなりのもの。そしてそれに対応出来る装填速度を実現していた装填手もまた、かなりの腕と判断するべき。

 

「相手の隊長車は、三突でしょうか?」

 

「……いえ、おそらくあの四号ね」

 

「何故?」

 

「明らかに他と比べて動きが違うもの。隊長車ではないにしても、撃破すれは大洗の動きはかなり鈍ると思うわ」

 

ダージリンの中で、四号に対する警戒度は間違いなく高く設定されていた。

 

「全車、周辺警戒を怠らないように。どこに潜んでいるか分からないわ。特に隊長車の可能性が高い四号と、車高の低い三突に十分注意なさい」

「ルクリリ、先行して偵察をお願いできる?」

 

『承知しました』

 

ルクリリが指揮するマチルダを先行させる。

 

 

『こちらルクリリ。八九式と会敵しました』

 

「深追いしないようにね」

 

『はい』

 

暫くして八九式に一撃を受けたルクリリがそれを追う。

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

「西住隊長、こちらバレー部!」

 

『こちら西住。どうしました?』

 

「単独で動いていた、多分先行していた偵察車だと思います!を発見しました!あと見つかって追われてます!

 

バレー部チームは挑発し過ぎたマチルダが撃ちまくりながら追いかけて来るのを開始ながら逃げ回っていた。

発見した時に一撃、逃げながら何発か、待ち伏せして何発か与えたらそれはもう怒っているらしい、というのが分かるぐらいの勢いで追い掛けてきている。

右へ左へ避けて、ダメージは与えられないが撃って当てて。

 

「この軽戦車が!」

 

ルクリリがキレるのも無理はない。

因みに戦車道を嗜む者は、頭に血が昇りやすい、というか喧嘩っ早い者が多数である。

 

「物凄い怒ってますよ!」

 

「根性があれば弾なんて当たらない!」

 

マチルダの砲弾を、狭い道を右に左に避けながらパカン!と弾を当てていく。

 

「チッ、見失ったか……?」

 

脇道に逸れ、姿が見えなくなる八九式。

苛立ちを抑え込みながら周囲に目を向けて、自分達をおちょくってきた下手人を探す。

 

「どこに行った?そう易々と隠れられる場所は無い筈だが……」

 

この時、ルクリリの頭からは今自分達が戦っているフィールドが、相手のホームグラウンドであるという事が完全に抜けていた。

そして、今自分達がいる道も通ればするが、戦車の回転は出来ない程度に狭い道である事も。

 

「ん?あっ!?後ろ、後ろだ!」

 

「ルクリリ様、前から四号も!」

 

「何ぃ!?」

 

慌てて車内に身を隠すルクリリ。

後ろから八九式が現れ、一番装甲の薄い背部を撃つ。

四号はこの至近距離ならマチルダの正面装甲を貫ける。

激しい炎と黒煙を吐きながらルクリリのマチルダは白旗を上げた。

 

バレー部チームは地の利が圧倒的であるのを利用し、マチルダが通れない裏道を駆使して隠れたのだ。

そして上手く背後に回り込み、それを四号と協力して前後からの挟み撃ちに持ち込んだのである。

 

「やったぁ!」

 

「キャプテンさっすがぁ!!」

 

「磯部さん、すぐに移動しましょう」

 

「はい!」

 

すぐに二輌はその場を離れる。

 

「これ以降も、この調子でお願いします」

 

「はい!」

 

「任せてください!」

 

士気が上がるのをみほは感じて笑みを浮かべる。

これは良い傾向だ。

 

「みぽりん、次はどうするの?」

 

「今回みたいに一輌だけが、という状況にはもうならないと思います。多分、全車で動いてくるかな。それをどう崩すか……」

 

「取り敢えず、今まで通りで良いかな?」

 

「はい。ただし無理はしないように」

 

みほは次の作戦を考える為、思考を開始した。

 

 

 

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