妹紅が夜遅く輝夜に遊びに行く話

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 はしがき

 今作は我が処女作にして文言一途もんごんいっとの時代に文語体を綴る一種の実験小説とお見受け願ひ給う。然れども私の書物となれば文章は目に余つたり障つたり非常に読醜よみにくく思い候。正しきにあらず文法なひし文字でも文学的当字をし其れつぽく為てやらうと喰われた虫と足掻く而已ばかりである。

   令和庚辰かのえたつ寒露

  

作者不明  

 さ丹頰につらふ色取月の入って直ぐの六日に、蓬莱山輝夜と云ふお世辞にも立地がいいと言へぬ永遠亭なる医師を生業なりはひにすあつまりがお嬢にて、太陰の円き夜に唯一人額縁に座り、軒の下から仰ぐ容身を屈め、其れと繊竹なよたけの葉の間を覗き其の命芽生る緑をも幽霊に冷たく、白装飾に染色めあげるほど光明ひかる太陰を見て居る。たちまち右手から声がして、

 「おや、如何でこそ貴嬢は淋しき顔をしておはせむかな

 此れは藤原妹紅にあり、車持皇子の娘に因む。輝夜は続けて返し、

 「其の度の強し色眼鏡を外し給へ。私はただお月さんとお話しゝていただけヨ。ちつと横に座つてお茶をお飲みながら一つ二つ鼎談ていだんしやアしないかエ?」

 「私には其のやうな幻の趣味はないのだが、お茶を頂き願いたい

 「ハイ/\つと

 輝夜が襖を披くと

 「あつ輝夜。今日はいつもより珍しいものを頂きたい

 何ともなく莞然につこりと笑ひ、また襖の奥へ消へて行つた。

 幾分か呆然と太陰に見惚れて居ると、お嬢が両手に湯呑を持ち乍ら帰つてきた。右手に持つて居るのを渡し、座った。

 「今日は何時迄待つても/\攻撃と云ふ攻撃が来ませンでしたがネ、今宵は貴君と云ふ親友が来たから、アノー大変気丈夫になりましたわ

 「お世辞にもしろいや

 「アラお世辞じゃア有りませんよ、真実ほんとうですよ

 「真実なら尚厭だが、しかし私には貴嬢と親友の交際は到底出来ない

 お嬢が両手で抱えているのを飲み暫し間が空く

 「オヤ何故ですエ、何故親友の交際が出来ませんエ

 「何故と言わなくつても分て居るだろう。揶揄からかうな

 「まア其んな怒んなすって

 妹紅は些と言ひ過ぎたかと気を落とし茶に映る太陰を静かに覗いた。お嬢はちらと見続けていたが結局見合わさなかつた。幾度か茶を揺す程度の風が追ひ抜き、お嬢も空気を揺す。

 「アヽこんな名月には歌合でも為ましようヨ

 宛も雪が解けた後の村いつぱいのこどものやうに叫ぶ。

 「歌合か。すまなひが私には合わんな。其れも敵と詠み合はせるとは

 妹紅は輝夜が仕掛けてきてるなと安易に笑ひ一口喉に通す。

 「アラー今日はなんとも馬が合わないご容子ようすで。何時もの唯飛んでばかりの詰まらぬ御伽噺の戦ひしか好きぢやないのかしら。其れとも今日は戦場の生誕祭?

 妹紅はとんだ言はれ容で心秘そかに嗚咽て静寂なみだ表白あらわした。

 「其こまで言う必要もないだろう。久く来たものがあつたぞ。茶にも毒を舐められた気になつた

 己も上手くなひと分る洒落で返したが仇となりお嬢には此がいざ詠まんと汲取られたらしひ。捗が征き過ぎると節介になる容だ。お嬢は莞爾につこりと湯呑を置跳び上がり浮々と走つて行つた。妹紅は走るドタ/\が彼奴あいつに耳に入らぬかと襖の奥を見詰める。輝夜も彼奴の怒りには懲りて居る筈なので大丈夫だらうと、にわかに己を抑えつけた。お嬢が再び見えなくなつたと身体を反から直し、不図太陰を仰向いて、輝夜の対談とやらを試みた。

 やがてお嬢は手いつぱいの短冊と細筆を二菅握つて来、襖を閉た。序でに瓢箪へうたんと硯を二面と墨を二挺持つてきた容で、妹紅に磨れ/\と言わんばかりに押し付けている。妹紅は折るしか外無く、渋々茶を置き硯と墨を受けとつた。硯に水を五分寸注ぎ、暫時しばらく磨くと、到頭水は空色と差異のなひ色に染まり、硯との境界線が淡くなった。

 其方から上句をと先ず短冊を一枚渡された。左手に受け取り、筆を墨に注け、幾滴の滴るを見た後、前を見渡す。先ず数多の太陰へ/\と生る竹達と、太陰、続けて一隅に亦月に向かふ不知咲花しらぬさきばなが一輪、殆ど耳に入らぬ蟋蟀こほろぎの音、後は残つた季節の生物達を矢継ぎ早に思い浮かべる。どうも記憶の池は滉々としていて、少々丈浮かんで出づることはなかつた。

 半ば即興に上の句を綴らねばならぬと虚像に強いられ、慄然と胴震をして唇を喰いしめたまゝしばらく無言、やゝあつてすうつと浪漫弧ローマンアーチを浮彫らせて、えゝいまゝよと筆を振り上げ、産まれて直ぐの赤子の如き言葉を短冊に書く。一文字、上五、中七、下五と意外にもサラ/\つと川のように流れて行つた。どうにか意は運搬できたと安堵した、然れども侵食がかなり深いようで、度々な幅の増減、形も綺麗と言えず、どれも尺度の違う鳥瞰図の容になつた。

 気が付けば背は又反れていて酷く、先の虚像に叱られ小さく見える。畏る/\隣のお嬢に渡そうと顔の方に目を傾かせたが、今日には似合わない下弦の三日月の口と落着いた下瞼が妹紅を見ていた。左手を伸ばし、お嬢は受け取り一言、

 「成程

 と、其のまま筆が走つた。確りと考へたかと疑つてしまうほど速く書き上げた分、浸れる余韻は痛みの来る時位の短かさだつた。妹紅の体と視線は依然として固まったまゝだつた。出来損じた上句と出来上がつた下句の連なる一番を気高くお嬢が読む。

 「きみがたれまたすれ違ふ今日も昨日関を越えれね今年もまた去年」

 おゝ、失恋に持つて行つたか。続けてお嬢は斯う言う。

 「きびが垂れている秋、名前も知らぬ思い寄せている人と風と共にすれ違う今日もあった。然れどもいくら経つても声を掛ける勇気が出ない今年もまた去年へと過ぎて行く。という歌になりますネ。じゃ次

 早いな。次は月について触れようと妹紅は省みる。

 二番目はお嬢が上句だったようで、又もやサラ/\つと書く。其れは見事なまでに達筆であつた。到底見習えぬ字面は最早崇拝を表白す程度である。

 「玉かづら絶えず/\の命えやは…」

 妹紅は読んでみて、おお、と、如何にリズムと云ふものが大事かと確と分つた。枕詞、反復、白々しい程度の序詞の前置きが入つているものゝ五七五からは逸脱しており、どうも読み難い。七五調でも五七調でもない此れはモダンと云ふべきか、輝夜なりの挑戦か、何れも感じれぬ。其んな事を檸檬を喰つたような苦い顔で考えた。檸檬を入れ替えられた餓鬼の気持が克く分る。さて、下句をどうしやうかと漸と決め始る妹紅は、ふたたび仰向く。例の物を確と目に焼付たあと、今まで克く見てこなかつた景色を振向く。襖、床、廊下、窓。気付けば太陰は動ひていた。空色の全く変化も感じれず、明るくなつたのかより暗くなつたのか分らぬ。太陰の周りを克く見れば今まで見えなひ位置に居た星達が見えていて幾分か明るく感じる。此処は空気が澄んでいるのか、輝夜はあの星座を知つているのか、星の名前を知つているのか、太陰とはどう云ふ場所か、月より見る景色は如何な物か、思わねども目を真丸く見開き、意識せずきら/\した表情で見惚れて了つた。妹紅は総て知りたくて堪らぬ。気付けば筆を動かしていた。

 「なく未だ流るる雨の海」

 これ以上ない程度の破調であつたが、輝夜の方に合せたと思へば幾分かマシであるナ。

 空色の明度が上がる時、そう妹紅が意識し始めたら俄かに朝日を見せぬと不意と瞼が下がつてきた。長年の付き合いかお嬢は眠くなつたのを見抜けた容で、

 「オー此れが人の眠くなると云ふ状態ですカ

 如何でか少々嬉気味に立ち上がつた。飛び上がり硯諸々を片付けようとしたので、お嬢は止めて、

 「マーマー、お眠いんでしやう?些と待つてゝ

 妹紅は言われるがまゝまた前を振り返り少し目を閉じた。

 「一回は寝てきましたか?

 「あゝ、此れは一回寝た後に来た

 「お夕飯はをしましたか?

 「飯は食べてきたよ

 お嬢は濯ぎながら、妹紅は背で答えている。お嬢の手の洗いを終わり、襖を開け布団を取り出す。妹紅も家では同じ場所に蒲団を仕舞つてあるので音を聞くだけでもより一層寝が深くなつてきた。

 「まさか輝夜の隣で寝ろとでも?

 「嫌だつたかしら。其れとも今から帰りますか?

 「敷いてくれたのならば仕方あるまい。眠らさせてもらう

 妹紅は先程よりまたもや悪態を突かれそうになつたので白々しく肯定した。妹紅が振り向くと隣同士肩をくつゝけた蒲団が二枚横たわつていた。寝るために立ち上がり蒲団の方へと歩いた。

 「敷ひてくれてありがとう

 小声で感謝を投げ、どちらでも良かつたが左の蒲団を選んだ。足を入れ、上から覗いて居る久方の太陰。母親の容の温かく、同時に色は冷たかつた。取り巻きには顔見知りの星々と藍から白藍へ滑らかな諧調のお空と白く反射る雲。今宵の物語はつとめてで結ばれようとしていた。

 「もう直ぐ夜は終わる。私たちの人生はいつ結が来るんだろうな

 「終わらないお話もいひと思いますヨ。永遠に主人公は死なゝいんですもの

 「では輝夜は永遠に死にたくないのか

 「アラー、当たり前ヨ。この美貌は永遠のものにしたいワ

 「まア理由は人それ/″\であるが…

 それから天井と空を交互に見ているとお嬢はもう眠つた。太陰の隣に一際大きな光を放つ星を見つけた。それは/\非常に綺麗で、眠る前に目に入れるものには相応しかつた。妹紅は輝く空に暗く照らされながら深く目を閉じた。


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