表向きはおしどり夫婦が実は歪な関係のやつ。

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表向きはおしどり夫婦が実は歪な関係のやつ。

耳をすませば窓越しにくぐもった蝉の鳴き声が聞こえてくる。

夏だ。それも結婚してから二度目の夏だった。

冷房によって、快適な温度に保たれた部屋でいると今が夏だということを忘れそうになる。

ふと、左腕に掛かる重みに視線を向けると、リラックスした様子で涼香が寄りかかって、ぼんやりとテレビを見ていた。

人前では見せないだろう、気の抜けた様子になんだか、嬉しさと誇らしさのようなものがこみ上げてくる。

そのことを表に出さないようにしつつ、彼女と同じようにテレビへと視線を向けろと、お昼のニュース番組で向日葵畑の特集がされていた。

 

「また、行きたいね。」

 

ポツリと懐かしむように涼香が言う。

付き合い始めた頃に、行ったのを彼女も覚えていたようだ。

あの時は、ドライブの帰り道でたまたま見つけた向日葵畑に寄ったんだっけ……。

夏風に揺れる白いスカートと夕焼けに焦がされる彼女の姿が鮮明に思い出される。

 

「これから行ってみる?」

「――えっ。」

 

またそんな姿が見てみたいなと思い、なんとなく提案してみると、予想していなかったのか、彼女は目を丸くして驚いていた。

 

「あっいや、俺も涼香と一緒に見たいなと思って……。」

「……いいね!準備してくる!」

 

少しの沈黙の後、目を輝かせるように言った彼女が、寝室へと飛び込んでいった。

思ったよりも乗り気な彼女に、意表を突かれたが楽し気な態度が伝播して自分も楽しくなってきた。

 

「俺も着替えよっと。」

 

そう呟いて体をソファから起こし、彼女に続いて寝室に入って行くのだった。

 

自分の着替えは適当なシャツとズボンをはいてすぐに終わった。

ベットの上に服を並べて、うんうんと腕を組んで唸る涼香をぼんやりと眺める。

 

「そうだ!」

 

すると、何か思いついたように口を開いた彼女が、こちらに寄ってくる。

何事かと思い姿勢を正すと腕を握られた。

 

「ちょっと、ユウくんはリビングで待っててくれない?」

 

そう言いながら、俺をリビングへと腕を引っ張って誘導する。

何か企む悪戯っぽい笑みを浮かべているのが気になった。

 

「なに?何かあるのか?」

「いいから、いいから……ちょっと待っててね。」

 

困惑する俺をよそに、そう言い残して寝室へ戻ってしまった。

仕方がないので、スマホを弄りながら時間を潰す。

しばらくすると、ガチャリと扉が開かれた。

 

「どうかな?」

 

寝室から出てきた彼女は、気恥ずかしそうに少し頬を赤らめて、後ろ手にそっぽを向いている。

一目見て俺は言葉を失った。

彼女が着ている白いワンピースはまるで――

 

「昔、みたいでしょ?」

 

俺の思考を読んように彼女が言葉をつづける。

 

「――綺麗だ。」

 

惚けたように呟く俺を悪戯が成功した子供のように彼女がはにかむ。

 

「フフーン!もっと褒めていいんだよ?」

 

調子に乗ったように、胸を張って鼻ただかに姿が微笑ましく思えた。

 

「最高だ……結婚してほしい。」

「ふふっ、もうしてるでしょ。」

 

真剣に俺が言うと笑って、左手の薬指を差し出してくる。

光を反射する指輪が眩しく見えた。

 

「じゃあ、もう一回結婚してほしい。」

 

彼女が差し出した手を両手で包みそう言った。

 

「もう……ばかなこと言ってないで、向日葵畑行くよ。」

「うおっ――。」

 

一瞬、言葉に詰まった後、掴んだ俺の手を力強く引く。

咄嗟のことで声が出てしまう。

前を歩く彼女をよく見ると、耳がほんのりと赤らんでおり、なんだか心が満たされるの気分だった。

 

外はうだるような暑さで、体がスライムのように溶けだすのではないかという気さえしてくる。

 

「やっぱり、外は暑いね~。」

「涼しい部屋にいたから、なおさら暑く感じるな。」

 

夏の暑さに困ったように彼女が言う。

 

「ユウくんも汗だくだ。はいっ!」

「わっ……風が温い。」

 

額に汗を滲ませる俺に、ハンディファンを向けてくれるが気温の高さから温い風が送られる。

明るく振る舞う彼女に、こんな暑い中、外へ連れ出したことを申し訳なく感じてきた。

 

「あっ!申し訳ないって顔してる。」

 

表情に出ていたのかジトっとした半目で指摘され、反射的に自分の顔を抑えた。

 

「それは……俺が行こうって言ったから。」

「むっ、私も行きたいって言ったよ?」

 

作り笑いを浮かべる俺に、彼女が頬を膨らませて、叱るような口調で言う。

 

 

「でも――」

「いいの!せっかく来たんだし、楽しまなと損だよ!」

 

俺の言葉を遮って、太陽のよりも眩しい笑みの涼香が、繋いでいた手を引っ張る。

彼女の明るさにはいつも助けられた。

 

少し歩くと目的の向日葵畑が見えてくる。

近づけば、凛と立つ力強い向日葵に驚かされた。

 

「大きいな……。」

 

2mほどある背丈に、人の顔よりも大きい向日葵に

圧倒される。

 

「だね……私なんかパクっと食べられちゃいそう。」

 

涼香も関心した様子でそう呟いた。

 

「とり、写真撮ろうか。」

 

そう言って、広大な向日葵畑を背景に涼香を撮る。

入道雲が佇む澄んだ空と小さな太陽のような向日葵、風にスカートを靡かせる涼香の構図は、思わずシャッターを押し忘れさせた。

 

「撮れた?」

 

不思議そうな表情をして、無邪気に彼女に聞かれた。

見惚れていたことを誤魔化すように撮影の合図を送る。

カシャと軽い電子音と共に写真が撮られる。この写真は、家宝にしようと心に決めた。

 

「どう?」

「最高だ……これ以上の美しいものは知らない。」

「ふふっ、言い過ぎ。」

 

万感の思いを込めた言葉に、彼女は嬉しそうに笑った。

 

「よし!次は一緒に写ろ?」

 

そう言って彼女は俺の腕を絡む。

伝わる暖かな感触と甘い蜜のような香りが鼻先を擽る。

彼女の身長に合わせるように少し屈むと、画面に自分と彼女が写っていて、なんだか自然と笑顔になった。

そこをパシャリと数枚撮られる。

撮れた写真は、さっきとは違った良さがあった。

 

「おっ!かき氷屋さんがあるぞ。」

「いいね!行こう、行こう!」

 

チラリと目の端に写った屋台が見えて、涼香にも伝えると目を輝かせる。

近づけばソフトクリームやらシェイクなども売ってあったが、2人ともかき氷の気分だった。

 

「何味にする?」

「う~ん、ユウくんは?」

「イチゴ味かな。」

「じゃあ、私はブルーハワイにしよ。」

 

券売機前で何味にするかを聞いて、かき氷の券を二枚買う。

 

「こんにちは、注文いいですか?」

「いらっしゃい!いつでもどうぞ!」

 

良く通る声は、気の良いおやっさんという感じだった。

 

「イチゴ味とブルーハワイ味を一つずつお願いします。」

「はいよ!ちょっとお待ちを!」

 

券を確認したおじさんが、溌剌とした笑顔で準備し始める。

 

「あんたら、新婚かい?」

 

券を出したときにチラリと指輪が見えたのか尋ねてくる。

 

「……ええ、一昨年に。」

「初々しくて、いいねえ!眩しいよ!」

 

いきなり聞かれるとは思わず、返事が遅れる。

ガリガリと氷を削るかき氷機の音など、ものともしない声量に元気だなと思った。

 

「それに!別嬪さんじゃないか!」

「へへ!別嬪さんだって、ユウくん。」

 

横でかき氷が出来るところを眺めていた、涼香が嬉しそうに肘で突いてくる。

 

「はは、ありがとうございます。

でも、良いのは外面だけじゃないんですよ。」

「言うね!このこの!」

 

俺がはっきりとそう告げると、涼香がさっきよりも強めに突きだした。

 

「おお!見せてくれるな!まあ、ウチの家内が一番だけどな、ワハハ!」

 

そんな俺たちのやり取りに、おじさんは満足したのか機嫌がよくなった。

 

「お?ところでお嬢さんは長袖は暑くないかい?」

 

おじさんが涼香の服装を見て何気なくそう聞く。

その瞬間、ガリッと音をたてて機械が止まり、蝉が無く音だけが辺りに響いた。

 

「はい!長袖のほうが日焼け対策にもなるし、風も通るから涼しいんですよ!」

「へえ!そういうもんかい。」

 

そこまで興味はなかったのか、涼香の説明を聞いてすぐに納得して、再びかき氷機を動かし始める。

少しした後、かき氷が二つ出来上がり、日陰で二人並んで食べ始めた。

 

「う~ん!夏はかき氷だねえ!」

 

涼香が感極まったように声をあける。

口の中に広がる冷たさとシロップの甘さが、一瞬だけ夏の暑さを忘れさせてくれた。

 

「みて!」

 

そう言われて彼女を見ると舌を突き出して見せてくる。

よく見るとほんのりの青色が移っていた。

 

「お!青くなってる。俺はどう?」

「う~ん、ちょっと赤色かも?」

 

同じように舌を出すと首を傾げた。

 

「イチゴ味ちょうだい!」

 

涼香が目を瞑って口を開けたところに、自分のかき氷を一口掬い上げて差し出した。

 

「うん……こっちも美味しいね。

もう一口ちょうだい!」

 

そう言ってまた口を開けた涼香に、食べさせるのは雛鳥に餌をあげる気分になる。

 

「うんうん……どう?」

 

さっきと同じように舌を出したので、何がしたいのかと思ってよく見てみる。

 

「いや……青いままだよ。」

「そっか〜、混ざって紫になると思ったんだけどなあ。」

 

なるほど、赤と青を口の中で混ぜて紫にしよとしたのか。

残念そうに声が少し落ちた。

 

「ユウくんも私の食べてみて!」

「紫になるかな。」

 

そうして、お互いのかき氷を食べさせ合う。

木漏れ日の下、何気ない2人の日常が陽炎と共に溶け合っていくのだった。

 

かき氷を食べ終わり、少し涼んでから帰りの準備をする。

駐車場へと歩く帰り道で、建物の影から飛び出した幼い子供とぶつかってしまった。

 

「おっと……大丈夫かい?」

 

ぶつかった衝撃で尻もちをつく女の子に、しゃがんで怪我がないかと聞く。

 

「あっ……えっと、大丈夫。」

 

いきなりの衝撃で、放心状態になった少女は上の空のように答える。

 

「立てるかな?」

 

なるべく怖がらせないように、優しくそう言うと少女は小さく頷いた。

 

「……あっ。」

 

少女が何かに気がついたように、俺のズボンを見た。

つられて、自分も視線を落とすとズボンにソフトクリームがべっとりとくっついている。

 

「あっごめ、ごめんなさい!」

 

若干、涙声で咄嗟に謝る少女をよく出来た子だなと思った。

 

「あ~ごめんね。

ソフトクリーム勝手に食べちゃって……これで新しいの買ってね。」

 

そっと少女の手にお金を握らせると、困ったように見上げてくる。

 

「何味が好きなの?」

 

この後、どうすれば良いのか分からずチラチラと涼香に視線で助けを求めると、彼女は少女に尋ね始めた。

 

「えっと……チョコ。」

「良いねえ!チョコ味。私も好きだよ。」

「お姉さんも……?」

「そうだよ!一緒だね!」

「えへ……。」

 

少女は照れたように笑った。

元来の人柄からなのか、自分と話すよりも涼香と話している方が、少女も心を開いている気がする。

 

「それでね、私達はさっきいっぱい食べてね。

美味しかったから、あなたにも食べてもらいたいの。」

「いいの?……でも、お洋服……。」

「大丈夫、大丈夫!水で流せばすぐ綺麗になるよ!ね?」

「ああ、チョチョイのちょいさ。」

 

少女と話していた涼香が、同意を求めるようにこちらへと話かけられたので、明るく返事する。

 

「ああ!すいません!」

 

すると、不安そうな顔をした女性がこちらへと駆け寄ってくる。

俺達と少女を見て焦っている様子から、おそらく母親だろう。

 

「こら!急に走っちゃ駄目でしょ。」

「……ごめんなさい。」

 

母親に怒られて、シュンと少女が気を落とす。

 

「ごめんなさい。ウチの子が何か……あっズボン!」

 

申し訳なさそうに謝る母親が俺のズボンについたソフトクリームに気づく。

 

「大丈夫です。自分も不注意でしたので。その……あまり怒らないで、あげてください。」

「ですが……。」

 

そう言う俺に対して、納得のいかない表情をする。

 

「良いんです。洗えば落ちますから、それでは次の予約があるので。」

 

それ以上の押し問答を避けるため、無理矢理話を切り上げた。

 

「なあに、さっきの……漫画みたいなだったじゃん?」

 

ニヤニヤと揶揄うように、涼香が腕を絡ませる。

 

「ちょっと言ってみたかったんだよ。

トイレ行くから、先車で待ってて。」

「は~い。」

 

少し気恥ずかしくなって、ぶっきらぼうに返事をする。

意外とすんなり、車に行った涼香が少し気になった。

 

何事もなく自宅へ帰り、入ったリビングは蒸し暑くなっていた。

 

「暑いな、エアコン付けよう。」

 

ピッと電子と共に背中に小さな衝撃が走る。

涼香が背中にくっついていた。

 

「どうした?汗臭いだろうシャワーを先に――。」

「約束。」

 

涼香が呟いたその言葉にドキリと心臓が跳ねる。

 

「約束って……あれはまだ子供だっただろ?」

「うん、わかってる。」

 

声が震える俺とは対照的に、明瞭なハッキリとした物言いで涼香が答えた。

 

「じ、じゃあ……。」

「わかってるよ。

ユウくんが、子供だから異性として見てないってことも、さっきのが一般的な優しさだってことも……。」

「それなら――っ!」

 

後を振り向いて彼女を見ると、いつもの明るさの欠片も無い能面のような表情に言葉が詰まる。

 

「でも、私が許せないの。」

 

人形のように口だけを動かして言われた言葉に、足元の地面が崩れるような感覚に陥る。

 

「だからね、ほら。」

 

右手にカッターナイフを手渡され、涼香は左手の袖を捲った。

すると、腕の内側に無数の切ったような白い跡が痛々しく残っている。

 

「もう、ほとんど消えちゃってるね。

ユウくんが頑張ってくれたおかげだ。」

 

愛おしそうに傷を撫でる彼女がわからなくなる。

俺が女性に優しくすると涼香の腕に傷をつける約束だった。

付き合った時はこんなことしなかった。

確かに嫉妬深いところはあったが、しばらく2人で過ごせば収まる程度だった。

結婚してから、枷が外れてしまったのか、いつの間にかそんな約束をしてしまっていた。

 

「ほら、ちゃんと私の腕を持って?」

 

傷をつけられるというのに、どこか嬉しそうな様子で俺の手を取り涼香の左腕を握らせる。

 

「ーーっ!」

 

これからする行為を想像して、きつく奥歯を食いしばった。

暑さとは違う嫌な汗が背中をつたう。

 

「……出来ないなら、自分でしよっか?」

「それは!……駄目だ……俺が……俺がするから……!」

 

涼香の言葉を途切れ途切れに自分がすると伝える。

最初はとても出来なくて断ると、涼香が自分自身で深く多くの傷を目の前でつけてしまった。

そのことが、恐ろしくて俺がすれば傷は浅く少ないものになるから、俺がするようになった。

カチカチカチとカッターの刃先を出すと同時に鼓動が早まる。

 

「――ハァ――ハァ」

 

刃を押し当てる柔らかな感触に、自然と息が上がり息が荒くなる。

なるべく浅く、なるべく小さくと集中して刃先にを調整するが、上手く手が動かない。

睫毛の先から汗が落ちる。

ふと、涼香を見てみると期待するような眼差しで、じっと俺を見ていた。

わからない彼女が何を考えているのか、何故こんなことをさせるのか。

意を決して、高鳴る心臓に任せて腕を振り抜いた。

 

「――いつっ!」

 

ビクリと一瞬、体を丸まらせ、涼香の口から痛がるような小さな声が聞こえた。

それと同時に頭の中を罪悪感が支配し、目の前が真っ暗になる。

呼吸はまだ荒いままだ。

すると、白い絹のような肌から、流れ出る鮮血が俺の手に溢れて、その生温さからハッと我を思い出した。

急いで、ティッシュを取り、傷口に押し当てる。

 

「――ごめん……ごめん、ごめんなさい。」

 

ひたすらにティッシュを染め上げる血の赤に、どうにも出来ない情けなさがこみ上げ、ひたすらに謝罪を口にする。

 

「どうして、謝るの?私がお願いしたんだよ?」

 

頬をそっと撫でられて、顔を上げると子供を慈しむ母親のような眼差しで涼香が俺を見る。

それが、何故だかとても恐ろしく感じて、同じように謝罪の言葉を続けた。

 

「んっ……大丈夫、すぐに傷も癒えるよ。」

 

謝罪を繰り返す俺を黙らせるようにそっと口付けをする。

恍惚とした表情で、優しく言う涼香はまるで天女のようだった。

するとそっと、耳元に口を寄せる。

 

「それに、貴方ならつけた傷の感触を忘れないでくれるでしょう?」

 

そう理解した瞬間、膝から崩れ落ちそうになるのを彼女に受け止められる。

わからない、何もわからない。

どうしてこうなったのか、どうして最愛の妻を傷つけているのか。

ただ、何かに絡め取られたような絶望感だけが、心に渦巻くのだった。




カッターや人の腕を見るたびに思い出していることでしょう。

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