何故か続きました。
感想のお陰です。ありがとうございます。
ドレスローザ陥落。偉大なる航路後半の海──『新世界』に広がる数多の国家を揺るがす大事件と言えた。
八〇〇年に及ぶリク王家の統治は一夜にして終焉を迎える。新しく国王はドンキホーテ・ドフラミンゴ。王下七武海の一人であり、覇王色の覇気を持つ悪のカリスマ。ドレスローザの国民は彼を熱狂的に迎い入れた。
暴走した、とされているリク王家は怨嗟の対象となる。しかし、第二王女ヴィオラの懇願と取引によって先代国王は死を免れた。これもまた原作のままだ。
特に変わった点は見当たらない。
大まかな流れは漫画の通りである。
ドレスローザ入りしてから二日後、若は聖地『マリージョア』へ赴いた。正式に王位を授かる為だ。付き添ったのはトレーボル様。他の幹部は統治機構の再編などで忙しかった。
そして──。
新聞で大々的に報じられてから二週間後、諸々の騒動を力付くで終結させたドンキホーテファミリーはそれぞれの役職に就いた。
ディアマンテ様はコリーダコロシアムの英雄に。シュガーは能力でオモチャの奴隷を作り、トレーボル様は護衛として付き添い人に。ピーカ様は王宮の守護者として、バッファローは賭博を取り締まる長となった。
内政は引き続き官僚が行う。勿論、彼らの全てにドンキホーテファミリーの息が掛かっている。共犯者に似た関係性だと言えよう。裏切る可能性はごく僅か。
リク王軍の代わりは元々連れていたドンキホーテファミリーの部下たちに任せた。全て事前の計画と準備通りに進んだ役職決めは反対に遭うこともなく、殆どが満場一致で可決されたのだった。
これもまた茶番の一つである。馬鹿らしくても手順を踏むのは後々必要なことだから仕方ない。
そして二日後の夜、ドンキホーテファミリーの会合で本作戦の推移状況と決めきれなかった俺やベビー5などの役職を決定することになっている。
何にせよ──。
「上手く行き過ぎだよ、うん」
まさしく好事魔多し。
なにもかも好調な時に限って、良くない事が起きるものだ。
現在の状況だと勝手な罪悪感や良心の呵責さえ抜きにすれば、破滅フラグが最大限遠くなるという意味で都合が良すぎる。
唐突な異変に襲われそうで恐ろしい。
「なんだすやん、いきなり」
「今回の件、上手く行き過ぎじゃないかなって。世界政府も若の王位をあっさり受け入れるしさ」
長閑な昼下がり。隣で仰向けに倒れるバッファローは小首を傾げた。額から流れる汗と土汚れのおかげで普段より面白い出で立ちだ。
「気に食わねェのか?」
俺とバッファローの鍛錬を手伝ってくれたディアマンテ様は、汗一つかいていない涼しげな顔でポケットに手を突っ込んだまま訊いた。
対して俺は疲労と鈍痛から座り込んでいて、バッファローに至っては野に伏したまま空を見上げている。
ディアマンテ様の余裕の笑みは強者の証だ。剣術と悪魔の実による相乗効果は俺の想像以上である。
反則じゃないかな、うん。
やっぱりドンキホーテファミリー最高幹部に連なる実力は伊達じゃねぇなと再認識する。
「そういう訳じゃないんだけど」
「ドフィの目論見通りに事が運んでるだけだ。深く考えてんじゃねェ。それとも破綻してた方が良かったってのか?」
極端すぎませんかね……。
「ディアマンテ様、それは意地悪な質問だよ。ただ好調な時ほど気を付けた方が良いんじゃないのかなって思ったんだ」
計画の破綻は身の破滅に繋がる。
若が王下七武海の一角に連ねた時点で俺たちは恩赦を受けた。世界政府から罪を赦されたのだ。懸賞金も破棄である。
だが、ドレスローザに君臨する王を能力で操った挙げ句、国民の恨みの声に答えて鎮圧するという自作自演は、失敗していれば王下七武海の称号すら破却されかねない暴挙だった。
そうなってくると、世界政府直属の組織である海軍本部も黙っちゃいない。只でさえ、北の海を拠点にしていた時から大参謀の異名を持つおつるさんに付きまとわれてたぐらいだし。若が苦手意識を抱くのも分かる気がする。
最悪、海軍大将も出張ってきていた可能性もある。海軍本部最高戦力が相手だと、流石の若でも勝ち目はない。搦め手に頼らざるを得ないだろう。そんな相手に狙われるのは心底御免だった。
何にせよハイリスクを負った計画は無事に成功。ハイリターンを得たのだからこういうネガティブな考えは周囲の空気を読んでいないんだろうが、勝って兜の緒を締めろとも言うわけで。
「気にしすぎなのかなぁ」
「ま、腑抜けなよりは良いじゃねェか」
苦笑混じりなディアマンテ様の台詞は言外に心配しすぎだろと口にしていた。
不用意なネガティブ思考は危険だと分かっているつもりだ。
それでも脳裏を過ぎるのはシュガーの能力による制限──オモチャにされた人物の記憶欠如──を受けない点である。
どうしても気になってしまう。
何でもなければ一番なんだけども。
「それにしても、カサ。おめー、また一段と強くなったみたいだすやん。何か秘訣でもあるのか?」
秘訣って──。そんなものがあるんなら是非とも教えて欲しいもんだ。
そんな心にも無いことを呟く。
この数年で得た教訓の一つは、地道な鍛錬を繰り返すことが強くなる一番の近道だということである。一朝一夕で手に入れた力は暴走して碌な事にならないと思う。俺自身、一歩一歩進んでいく方が性に合っている。
「能力に慣れたからじゃないかな」
「変わった能力だから慣れるのに時間が掛かるのも仕方ねェな。それにしたって遅すぎる気もするが」
簡潔な答えに同意したのはディアマンテ様だ。実際、俺が悪魔の実を食べたのは約一年前。能力を研ぎ澄ませる期間にしては短すぎる。
ベビー5やバッファローですら、五年以上磨き上げた今も完全に使いこなしているなんてとてもじゃないが言えないらしい。
若なんて雲に糸を引っ掛けて飛ぶんだからな。俺なんかの発想だと絶対に考えつかないって。糸で分身作るとか次元を超越してる。鳥かごとかマジ半端ねぇわ。
「変わった能力って……。旗人間には言われたくなかった。俺は普通だよ」
「んにー。どっちの能力も変わってるだすやん。おれは戦闘に使えるだけでも凄いと思う」
いやいや。何の冗談だよそれは。
バッファロー、お前、今すぐ鏡見ろよ。
「回転人間にも言われたくなかったな」
ディアマンテ様がコクコクと頷く。
「ソイツは同感だ。おれのヒラヒラの能力は戦闘に於いて半端ねェぞ。なんならもう一回味わってみるか?」
腰から抜かれた長剣が風に揺れる旗のようにヒラヒラと不規則に動く。鋼鉄すらはためく物質に変えるディアマンテ様はヒラヒラの実の能力者。旗人間だ。
バッファローよりも先に俺は手を挙げた。良い機会かもしれないが、これ以上の鍛錬は明日に差し支えちまう。
「遠慮しとく。本当に気絶するよ。でもバッファローは味わいたいってさ、ディアマンテ様」
代わりに生け贄を差し出す。
バッファローは悲痛な叫び声をもらした。
「に~~ん!?」
「よし、良いだろう。ピーカには悪いが気絶するまで鍛えてやる」
「な、な、何でだすやん!?」
理不尽な流れに白目を向く同僚。
これは昨夜、バッファローにポーカーで負けた腹いせなんかじゃないんだ。
俺はそんなに小さな人間ではない。
俺の今月のお小遣い、十万ベリーを返せなんて意地汚いことは言わないぞ。
「羨ましいな、バッファロー。ディアマンテ様ってファミリーの中で一番鍛えるの上手だからね」
「おいおい。教えるのはラオ・Gの方が上手だろうが」
「ディアマンテ様の方が上だよ」
「よせ。人を教練のスペシャリストみたいに」
「ディアマンテ様こそ教練のスペシャリストだって」
「やめろって……そんな……」
「──じゃあ、やめに」
「そこまで言うなら認めよう!! そうだ、おれこそが教練のスペシャリストだとな!!」
わー、と拍手する俺はその場から足早に立ち去り、一気に昂揚したディアマンテ様は長剣を振るい、青ざめた表情で此方を睨みつけてくるバッファローは今にも泣きそうだった。
「恨むだすやん……」
「ははははは! おれこそが教練のスペシャリストだ!!」
ディアマンテ様の高笑いは日が暮れても暫く続いたらしい。
哀れ、バッファロー。
思わず合掌してしまったが、この場合だと俺が悪いんだろうな、多分……。
∞
超人系、ミチミチの実。
それが俺の食べた悪魔の実だ。
字の如く『道』に関する能力を得る果実で、現に今、俺は自由自在に道を造ることが出来るようになった。
但し現代日本のようなコンクリート製の道路や、適当に地面を均した道、山間部でよく見かける獣道とも趣が異なる。
道路敷に頼らず、目に見えず、触れることすら叶わない。しかし、どのような場合でも『道』は存在しているものだ。
A点からB点を繋ぐ線であり、例え湾曲していようとも辿れば必ず終点へ到達する。切り替えることも可能。遮ることも、強制的にわき道へ意識を逸らすことも、空中や海面に見えない道を設置する事だって今の俺なら不可能じゃない。
それでも万能とは程遠く、極めたとは到底思えない凡庸な技ばかり。
最も得意なのは小さな細い道を延々と伸ばすこと。
役に立たなさそうな技だ。真正面から一対一の格闘戦を行った場合だと無意味な技だが、どんな技にも使い道は存在する。適材適所という奴である。
今さっきまで行っていた鍛錬を振り返る。小道を出来る限り伸ばし、一キロ先に置いてある小さな石に繋げるというものだ。無事に成功した。徐々に伸ばせる範囲は長くなり、伸長させる速度は増している。
鍛錬の成果だと思う。
目に見えるように上達するとやる気も湧いてくる。そんな現金な俺は現在、ベンチに腰掛けて小休止中だった。
用意しておいた水を口に含み、タオルで額の汗を拭う。小春日和な風に吹かれながら背もたれに体重を預け、遠い青空を仰ぎ見た。
「平和だなぁ」
バッファローと一緒にディアマンテ様から稽古を付けられた三日後、俺は朝から能力の開発に勤しんでいた。
剣術や砲術を用いた鍛錬と違い、能力の応用や発展に必要なのは根気と分析と発想だ。先達からアドバイスは貰っているが、基本的な部分は自己鍛錬に励むしかない。
黙々とした作業は得意だ。
特に主立った用事のない今日は集中して能力開発する好機。逃してしまえば後悔するのは自分である。
だから二度寝したい欲求を堪えた。
うん、俺ってば偉い。
そんな自画自賛による発奮も、次の瞬間には嘆息となってこぼれ落ちた。
昨夜開いたファミリーの会合内容を思い出したからだった。
「なんつーかなぁ」
スカーレットは死んだ。
ディアマンテ様に殺された。
レベッカは生きている。
片足の兵隊によって助けられたと考えて大丈夫だろう。見つけた、殺したという報告は成されていない。
リク王は行方不明。例え生きていてもヴィオラとの契約で手出しは出来ずにいる。此方も安心していいだろう。
ドレスローザは完全に制圧。刃向かう物は無し。政府の根回しも完璧。来年の世界会議に参席できるとのことだ。
北の海から引き継いだ各種の取引も無事に続けられ、後はトンタッタ族と接触を計れれば当初の計画は一分の狂いもなく完璧に果たされることとなる。
俺はどうするべきなんだろうか。
ドンキホーテファミリーを裏切るという選択は消えている。
逃げ出すのも御法度だ。
なら何を成すべきか。
未だ俺の役職は確定していない。
だからこそ、どういう官職に就くかどうかで悩んでいた。これも全部、トレーボル様が唐突に「自分で決めろ、ベヘヘヘヘ」なんて粘着質に、間近で、吐き捨てたからである。
若の定めた役職なら断る理由なんて思い付かないんだけど、そういうのも見越して、トレーボル様は俺の自己判断に任ることにしたのかもしれない。
あのベタベタ男、あんな形してるけど案外頭良いからなぁ。人は見かけに依らないのだ。
「強くなる……。その後、どうする?」
目的がない。
十年後の破滅を阻止する。
仮に大まかな目標を決めたとしても目先の目的に欠けているのは紛れもなくマズいことだった。歩む先に指向性を与えられないという意味で、だ。
俺は悪の道を進んでいる。
たとえ望んでいなくても、ファミリーの決定に逆らえない意志の弱さなら関係ない。俺は悪に肩入れして、悪人に身を堕としているんだ。
そんな環境にいるという事実は思いの外負担である。近視眼的で、明確な目的を持たないと安易に足を踏み外してしまいそうな気がしてならない。
例えばの話、無意味な虐殺を嬉々として行うようになるかもしれない訳だ。
そうならない為の役職と言えよう。
何かに集中できることがあれば、それだけで変わらずに過ごせると思うから。
「んー」
口に出るのは不満げな唸り声。
正直、幾ら考えたとしても答えなんて出そうにない。
アインに憑依してから今日まで俺は周囲に流されるだけだったんだ。いきなり進む道を決めろと突き付けられても混乱するに決まってる。
「なに悩んでるんだ、お前」
ふと声を掛けられた。
声質から誰かは分かった。それでもベンチに全体重を預けてだらだらしている姿は失礼きわまりない。親しき仲にも礼儀あり、だ。
全身に力を戻し、見上げていた青空からベンチの正面に視線を移す。そこにはピンク色のコートを着ておらず、ラフな恰好に身を包んだ若がちょうど俺の隣に腰掛けるところだった。
「将来のことについてだと思います」
「あ、将来?」
顔をしかめる若。独特な形状のサングラスに隠れていない眉間に皺が寄っている様は心底訝しげだ。
俺は誇張表現を止めて淡々と言った。
「役職の件ですよ」
途端、どうやら納得したようで、若は機嫌良さげに足組みした。
三メートルを超える身長に比例した長足は、男でありながらも色気すら醸し出している。
「アレか。トレーボルから口出ししない方が良いとは言われてるが……まだ決められてなかったのか?」
「恥ずかしながら。良い汗かいた後なら名案も浮かぶかなと思ったんですが、全然上手く行きませんでした」
むしろ空回りした。
名案に行き着くどころか、散々思い悩んだ結果に対し、また堂々巡りに陥ってしまうなんて本末転倒だろう。
先刻の俺と同じく、鋭利な刃物を連想させる容貌を青空に向けた若は含みをもたらす言葉を呟いた。
「名案ねェ……」
「?」
俺は小首を傾げる。
だけど、若は話を変えた。
「後で教えてやる。そうだな、取り敢えず何処まで研鑽できたのか見せてみろ」
「今からですか?」
「部下の進捗具合を知るのもボスの役目だ。さっさと始めろ」
ボスである若に命令されれば、部下の俺に是と答える以外の選択肢はない。
一息吐いてから立ち上がる。タオルと水筒は置いて、能力向上に最も関係性の深い得物だけ携えて、俺はさっきまで仁王立ちしていた場所へ足早に戻った。
得物を構える。集中する。
直ぐに分かった。
気分が昂揚している、と。
若に良いところを見せたいのだ。誰でも少なからず持つ“見栄っ張り”な部分が頑張れと囁いたのだろう。
…………。
呼吸を整える。心を静める。
視線は一キロ先の小石へ。想像は銃弾しか通らないような細小な道だ。
空間に小さな道を幾多も形成する。糸で繋ぎ合わせるように連結させる。
十秒後、重なる。道が通った。
風も雨も湿度も自転も無視する。
道は貫通した。
なら、後は引き金を引くだけだ。
パシュン、と小気味よい発射音の響く中、一キロ先に転がっていた小石は銃弾を浴びて砕け散った。
「ふぅ」
久々の会心だった。
道の強度、形成する速度、周囲の雑多な環境をシャットアウトする集中力。それら全てが理想的な“狙撃”だった。
にも拘わらず──。
「遅い」
若にダメ出しされた。
「道を作るのが遅ェよ。一キロ作るのに何秒かけてんだ。それに呼吸音が大きすぎる。狩人ってのはもっと静かにしてるもんだ」
「……はい」
これでも速くなったんだ。
最初の頃は百メートルも作れず、掛ける時間も何分と掛かった。極限に集中しても尚、扱いの難しい能力なんだから仕方ないと思う。
若からゆっくりやれと励まされたぐらいである。今日は何故かダメ出しのオンパレードなんだが……。
「二十秒も掛けるな。五秒に縮めろ。五キロ先まで伸ばせるようになれ。一年でな」
ワッツ!?
「い、一年? 若、無茶ですよ!」
「無茶じゃねェ。お前の才能なら容易いことだ。勝手に己を過小評価するのが悪い癖だぞ、お前。だから役職なんかも決めきれないでいるんだ」
「…………」
ぐうの音も出なかった。
反論しようと思えば出来たけど、若から才能を認められた挙げ句、過小評価するなと諫められたら口を噤むしかなかった。ここで口答えしようものなら若に失礼すぎる。
その後は別の技も見せた。道切り、道火、道開き、道辻、道妨げ等々。幾つか存在した自信の有る技に対しても粗悪な点を指摘され、一年間で改善しろと要求された。
ボスから求められれば否と言えるはずもなく、自由時間の削られ具合に肩を落とした俺は泣く泣く了承したのだった。
「こんなもんか」
「ありがとう、ございます……」
俯かなかった俺を誰か褒めてほしい。
いつの間にかベンチから腰を挙げていた若はポケットに手を突っ込み、顎をクイッと王宮へ動かした。
「フッフッフ。気にするな。部下を導くのは俺の勤めだろうが。役職の件に関してもな」
「え……?」
「ついて来い。お前に仕事だ、カサ」
歩き出す若。
遠くなる背中に俺は慌ててついて行った。役職の件と新たな仕事にどんな繋がりがあるのか分からないけど、今は大人しくしていよう。
俺はカサだ。
ファミリーの幹部に与えられる“コードネーム”。ベビー5然り、グラディウス然り、ディアマンテ様然り。全員に意味の有る“記号”が付与されている。
俺のコードネームの意味する物は“狩人”だ。最後に俺のコードネームを付け足した若の真意は明白で、また暗殺の仕事なのか、とブレない心の俺が役職なんかで悩んでいるのは確かに滑稽だった。