天夜叉の狩人   作:青木蘭

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 一年に一度のクリスマスパーティー。
 なのにメイン料理はどうしてか『モツ鍋』。
 ……………。
 こまけぇこたぁいいんだよ!(AA略)


二章 要らぬ親心

 

 

 

 

「追討部隊壊滅?」

「今朝の話だ。フッフッフ、驚いたか?」

 

 王宮の東側。主にドンキホーテファミリーの自室や集会の場として使われる建物の最上階、つまり若の部屋の招かれた俺は仕事内容の前置きに耳を傾ける。

 バルコニーの近くに置かれた脚の長い円卓の机。向かい合うように設置された木製の椅子。丸いテーブルの上には多種多様な菓子類と紅茶が用意され、俺は適当に喉を潤しながら若と対話していた。

 

「はい。多少は」

「どの部分に驚いた?」

 

 間髪入れず問い掛ける若。

 絶えず掛けているサングラスで目許の様子を伺えない。それでも声音から判断するに若はしごく面白そうだった。

 送り込んだ部下が壊滅した、という凶報など天夜叉の感情に於いて変動する価値すら無いんだ。

 アインに刻まれた記憶。俺と交わした三年間の触れ合い。その二つと原作の内容を統合した結果から分かったことがある。

 ドンキホーテ・ドフラミンゴという人物にとって、幹部以外の部下の生死は差ほど重大な案件じゃない。

 数の減少と被った不利益、それらに値する利益さえ受け取れば問題ないという価値観だと思われる。

 つまり、だ。

 追討部隊の壊滅というデメリットを帳消しにするような、少なくとも若の機嫌を上向きにするメリットが存在するということになる。

 それは何なのだろうか。

 暗殺に関わる話だからだろうか、俺の頭は冷静に回転する。熱エネルギーなど生まれた瞬間に冷却されていく、まるでそんな感覚だった。

 

「敵は寡兵。此方の数はその十倍近くです。先ず壊滅させられる戦力差だと思えません」

「フッフッフ。それで?」

「リク王軍に戦力差をひっくり返せる強者がいたという報告もないし、悪魔の実の能力者もいなかった。となると、残る可能性としては現地で得た協力者の手助けぐらいでしょうか」 

 

 ドレスローザ奪取作戦の最中、現状を不利と見たリク王軍の兵士と指揮官数名は秘密裏に島から逃げ出した。

 ドレスローザ全土の混乱、そして鳥かごで覆われていなかったからこそ彼らは無事に逃げることに成功する。

 俺たちが気付いたのは翌日のこと。死屍の山に積み重なる物言わぬ躯、集められた生存者を一人一人名簿と確かめていく内に逃亡した輩がいると分かった。

 若がマリージョアへ赴いている間、モネやグラディウス、そしてヴィオラ主導によって逃亡兵の行く末を探られ、二十人前後という数の少なさから幹部不在の追討部隊が送り込まれて、この件は解決の報告を待つだけとなっていた。

 昨夜開いた会合の議題でも挙げられることはなく、既に解決済みの案件として処理されようとしていた矢先だった。

 

「同意見だな、俺も」

 

 若は嬉しそうに破顔する。

 身の毛のよだつ悪人の冷笑と違う。

 家族に向ける穏やかな微笑みだった。

 

「理由は不明なままなんですか?」

「報告の途中で向こう側の電電虫が破壊されたのさ。締まらねェ話だが、手助けしたと思われる協力者の情報は得られずじまいだ」

「それは厄介ですね」

 

 協力者の有無。彼らの数と能力値。

 それらを正しく把握しておかなければ返り討ちに遭う危険性が高まる。

 情報は武器だ。

 他の何よりも勝る武器だ。

 この世界に身を置いてから今まで何度も思い知らされた教訓の一つである。

 

「フッフッフ。逆に好都合だろ。協力者さえ排除しちまえばリク王軍の残党は終わりじゃねェか」

 

 一拍。

 

「リク王軍の厄介な奴はあの夜に粗方掃除し終えた上に、元々、大した輩もいなかったからな」

 

 若と互角張れそうな化け物がいたんだけどね、一人。人質にしておいたリク王のお陰でオモチャに出来たけどさ。

 

「そうですね」

 

 そして俺も追従した。

 こんな所で忘れ去られた男について談義しても意味なんてない。若は忘れてしまい、俺は忘れた振りをしなけりゃいけないからだ。

 面倒な話である。

 

「今回の仕事は、リク王軍の残党に手を貸している協力者を暗殺しろということで構いませんか?」

「ああ。軽く見るんじゃねェぞ。此処は北の海じゃねェ。腐っても新世界だ」

「はい。直接の戦闘行為は最悪の場合だけに限定します」

「フフフ、狩人らしく仕留めてこい」

 

 カサというコードネームの名付け親は若である。二年前、唐突に付けられた。

 当時はミチミチの実も食べていなかった。主要の得物も狙撃銃じゃなく、ディアマンテ様に剣術を叩き込まれていたぐらいだ。

 それでも若は俺に狩人と名付けた。

 その理由は最高幹部も知らないらしいんだが、いずれ若の口から直接聞いてみたいと思っている。

 そんな俺の心情と反比例するようにドンキホーテファミリーのボスは一枚の書類を手に取った。

 

「これは?」

「ドレスローザ国王から発せられる正式な指令状だ。他国にウダウダ言われる可能性も有り得る。持っといて損はねェ筈だ」

「なるほど。介入されると思いますか」

 

 リク王の君臨する元ドレスローザ王国は近隣に多数の友好国を持っていた。争わず、理性的で、関係のない国家同士の戦争すら仲介する平和な国として、だ。

 世界政府公認の新ドレスローザ王国のやり方に否を唱える国家も現れるかもしれない。恩を恩として捉える国があるんだったらという前提条件は付くけれど。

 

「用心だ。受け取れ」

「ありがとうございます」

「後、一緒にベビー5を連れていけ」

 

 ……何ですって?

 

「誰を?」

「ベビー5だ」

「ベビー5も、ですか……?」

「嫌なのか?」

「嫌じゃないですけど……」

 

 不安なんです、若。

 限りなく不安なんだよ。

 ベビー5は相手が誰であろうとも頼まれてしまえば決して断れない。そのせいで原作だと約一億ベリーの借金持ちだった。それも24歳という若さで。

 マジで地雷臭しかしないんですが。

 いや、仲間として信頼してるし好意は抱いているけどさ。何事にも限度があると思うんだ。

 

「なら構わねェだろう」

「モネさんじゃ駄目なんでしょうか?」

 

 悪魔の実に於いて最強種として名高い自然系、ユキユキの実の能力者であるモネさんは今年二十歳になった幹部だ。

 ドレスローザ乗っ取り作戦では、ドンキホーテファミリーを王宮へ導くために秘書として潜入していた実績を持つ。

 それに変な性格もなければ、目立った短所もない。むしろ落ち着きのある美女という長所がヤバいわけで。

 ベビー5よりはモネさんが良い。

 主に俺の精神疲労を和らげる意味合いだけども。

 

「モネには別の仕事がある」

「別の?」

「それはお前らが帰ってきてから教えてやるさ。いいからベビー5で納得しておけ」

「……はい」

 

 これ以上は反論できないな。

 若に何か考えがあるんだろう、と自分を無理矢理だけど納得させる。

 ベビー5は変な輩に頼まれないように俺が気を付けとけばいいか。今までもそうしてきた。有る意味、いつも通りだ。

 ──ん?

 ふと若から手渡された指令状に目を落としてみた結果、任務開始日付が明日になっていることに気付いた。

 

「若、これって……」 

「見れば分かるだろ。出立は明日だ」

 

 即断即決に加えて、何事も即時行動が売りの若にしたら悠長じゃないかな。

 今朝の鍛錬の疲れはとっくに癒えてるし、こういった汚れ仕事も初めてじゃないから心構えも必要ないし、正直さっさと終わらせたかったりするし。

 

「今日でも大丈夫ですよ。特に用事もありませんから」

「いや、明日にしとけ。こっちで少し用があるからな。話は以上だ」

「……了解しました。失礼します」

 

 すっかり冷えてしまった紅茶を飲み干してから俺は席を立った。

 一礼してから部屋を去る。

 そんな俺の背中に、若は声を投げかけてきた。

 

「気を付けろよ」

「はい」

 

 ドンキホーテ・ドフラミンゴ。

 悪のカリスマ、天夜叉という異名を持つ若の心配げな声は、予想以上に俺の心を暖かくしてくれた。

 嗚呼、と皮肉めいた微笑みを作る。

 どうやら俺が考えていたよりも遙かに若の張り巡らした蜘蛛の巣は頑強で、なおかつ粘着性の強い物だったようだ。

 

 

 

 ∞

 

 

 

 昼間の喧騒と打って変わった夜間。

 虫の羽音ぐらいしか鳴らないほど静かである。夜空に浮かぶ白貌の明かりが人影の薄い町々を染めていた。

 島全体が暗闇と静寂に包まれる。

 若が国王に即位してからいの一番に制定された二つの新しい法律のせいと言えるだろう。

 難しい話じゃなく、ただ単に玩具と人間の境界線を定めただけだ。

 一つは『国の消灯は午前0時。それ以降は外を出歩かない』。

 もう一つは『オモチャは人間の家に、人間はオモチャの家に決して入ってはならない』。

 太陽の昇る内は共に過ごして、月の煌めく内は別離する。普通なら困惑をもたらしそうな新法だが、圧倒的な若の人気によって今のところ表立った不満も噴出していないのだから恐れ入る。

 シュガーの造るオモチャ。ドレスローザの闇はバレそうにない。原作でも知っていた人は片足の兵隊とトンタッタ族ぐらいだった。

 むしろオモチャにされた人間は他者の記憶から存在を失われるわけだから、ドンキホーテファミリー以外が『闇』に気付くなんて俺からしたらスゲェとしか評価の仕様がなかったりする。

 ホビホビの実は自然系よりも圧倒的に高い価値があるんじゃないかなと、あくまでも俺個人は思った。

 

「さて、と」

 

 何にせよ物静かな雰囲気は好きだ。

 月を肴に晩酌の出来ないドレスローザ国民には罪悪感を覚えるが、かといって俺にどうこうできる訳でもない。

 この国の闇の根幹に踏み込まれるかもしれない危険を若が許すはずないしな。

 

「あれ?」

 

 そういえば、と思い出した。

 今朝、若は俺に役職の件に関して導くと言っていたような。にも関わらず、仕事の話しかされなかった気がする。

 基本的に若は外道だが、ファミリーに嘘を言う人物じゃない。数刻前の発言を忘れるはずもない。だとしたら俺が気付いてなかっただけなのか?

 そういう含みのある台詞を多用する方ではある。部下を試すことも。でもそんな発言あっただろうか。

 仕事の内容ぐらいしか記憶にないぞ。

 

「考えすぎ、かな?」

 

 明日の出発に備えた荷造りも止まってしまった。ベッドに腰掛けてから若の発言を反芻しても、特になにも分からずに懊悩としていると、唐突にノック音が響いた。

 コン、コン──コンと三度。

 この回数と間の開け方は幹部の誰か。

 時間帯的にグラディウスかマッハバイスかな。いつもみたいに酒を飲みながら下らない世間話をする為だろう。

 

「誰?」

「ベビー5よ。入っていい?」

 

 ……なんでお前?

 いや、有り得るのかな。

 明日から一緒に仕事をするんだ。事前に打ち合わせに来たと考えれば全く不自然じゃない。 

 

「え、ベビー5? なんでここに──」

「入るわよ。大事な話があるの」

 

 最後まで聞かずに来訪者は扉を開けてしまった。途端、初春の冷たい外気が部屋に流入する。

 王宮全体に響き渡りそうな荒々しい開閉音を発てたベビー5は肩を上下に動かしていた。呼吸もどこか忙しない。

 見た感じだと滅茶苦茶急いで来た様子だ。彼女にしてみれば意外と珍しい光景である。

 何故か猛烈に嫌な予感がする。

 大事な話って仕事のことだよね……?

 

「何の用? 明日の件か?」

 

 そうだと言ってくれ。

 頼むよ。お願いだから!

 忌避してしまう性格のお前がそんなに慌ててる時は大抵碌な事じゃない。

 借金返済の伝手でも探してるのか。それとも新しい恋人──相手は金を貸してくれる都合のいい小娘程度の認識──でも出来たのか。

 若に知られたら相手は文字通り身の破滅だ。まだ見ぬ男に南無南無と哀悼の意を送りそうになる。

 首を横に振ったベビー5は腰を曲げていた。膝に手を当てた恰好のまま荒い吐息をもらす。

 

「はぁ、はぁ……。ち、違うわよ」

「じゃあバッファローの居場所か? アイツならまだ賭博場だよ。ピーカ様なら自室だ。若ならシュガーの所だと思うけど……──」

「どうして先ず私に言ってくれなかったの!?」

 

 ガバッと顔を上げたベビー5。

 頬は紅潮。モジモジと足を動かす。両手の人差し指同士をツンツンと突き合わせる。

 明らかに挙動不審だ。

 チラチラと窺うような仕草は美少女の体もあってかなり心に来るものがあったけど、三年以上付き合いである俺からしたら不気味以外の何物もでもなかった。

 ヤバい。

 これはヤバいぞ……。

 よく分からないけどヤバいと思った。

 

「言うって、何を?」

「若様から聞いたのよ!」

「若から? ──あ、役職のことかな」

「ええ。私たちの役職のことよ」

 

 ベビー5は満面の笑みで首肯する。

 適当に座れば、という俺の提案を無視して仁王立ちのままである同僚はどうしてなのか『私たち』という一部分をやけに強調した。

 

「貴方がそんな風に考えていたなんて私はちっとも知らなかったわ! 貴方が相手なら頼まれなくても断らないのに!」

「ん? 役職のこと、だろ?」

 

 意味が分からない。

 この女は何を言ってんだ?

 ──そんな風に? 相手? 頼む?

 役職の件に関してだと要領を得なさすぎじゃないか。そもそもコイツ、なんでこんなに興奮してるんだよ。

 

「役職よ。将来のね」

「ちょっと待ってくれ、ベビー5」

「待てない。私、嬉しいの」

「将来ってどういう──」

「これで、私たち許嫁になれたのね!」

「…………え?」

 

 空いた口が塞がらないとは、まさにこの事なのだと身を持って理解した瞬間であった。

 

 

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