約一ヶ月ぶりの更新。
しかも文字数にしたら五千字という短さ。
それでも、まだやる気はありまぁす!
応援お願いいたします(←ド厚かましい)
新世界の海は過酷である。
東西南北は当然だが、グランドライン前半の海と比べたとしても地獄と称して過言じゃないほどに、摩訶不思議な現象に見舞われること請け負いな海域だ。
航海士と操舵手。船を操るに必要不可欠な二つの役職に連なる者の練度で生死が決まると思ってくれていいだろう。
生憎と、俺はおろかベビー5もその手の技量を有していない。
俺に有るのは戦闘能力と暗殺技量。後は最重要武器である原作知識。ベビー5が保有するのは能力による武器の豊富さとメイド宜しく家事全般のスキルぐらいだ。後悔に役立たねぇことこの上ない。
その為、リク王軍の残党が逃げ込んだとされる島へ向かうにはそれなりの質を持つ船と人員を用意する必要があった。
空を飛べるバッファローの背中に乗る手段もあったが、あのギャンブル中毒者にも別の仕事があるらしく、今回は船舶で移動することになったのである。
若の手配に不備はなく、俺とベビー5は予定通りに船へ乗り込む。進路だけを部下に命じて、彼らの邪魔にならないように割り当てられた豪華な船室へ移動した結果、何故か同僚のテンションが乱高下しているわけでして──。
「落ち着こうよ、ベビー5。今からそんなんじゃ目的地に着く頃には疲れてると思うぞ」
「お、落ち着いてるわ。大丈夫よ」
「……見るからに挙動不審なんだけど」
備え付けられているソファーに座っても落ち着きなく腰を上げたり、チラチラと此方を伺うように視線を向けては俯いたり、挙げ句の果てには顔を真っ赤にした途端に思いっきり首を左右に振ったりと忙しない限りだ。
露骨に意識されてるよな、これ。
既に三人も恋人を経験した女とは思えない純真さである。いや、まだ十四歳なんだから仕方ないのかもしれない。
──借金一千万ベリーこしらえてる十四歳の婚約者を持つ俺はどこで道を間違えたんだろうなぁ。
思わず遠い目で、今朝の事を思い出した。
∞
「わ、若。ベビー5と俺が許嫁って嘘ですよね?」
船に乗り込む直前、俺は見送りに来てくれた若へ一目散に詰め寄った。
昨夜、ベビー5から衝撃的な告白を受けて十時間後、ようやくボスに真意を尋ねられるとあって若干興奮気味だったと言わざるを得ないテンションである。
口がうまく回らなかったのはご愛嬌だと許して欲しい。思いも寄らぬ地雷付き美少女を許嫁にされたら誰だってこうなると思う。反論は許す。
くどいかもしれないけど、約一千万ベリーの借金持ちなんだぞ。
バッファローに賭事で負けた額の十倍近い大金だ。到底俺の貯金なんかで払える金額じゃねぇ。巨大すぎる負債だ。
返済に何年掛かることやら……。
一年や二年じゃ済まなさそうです。
只でさえ未来に関して暗雲が立ち込めてるっていうのによ。
「耳聡いな。アイツから聞いたのか」
「ええ、聞きました!」
今になって振り返ってみて思う。
客観的な視点で比喩してみると、まるでご主人様に噛み付いている子犬みたいな感じだな、と。
あくまで子犬という表現は、俺と若の実力及び権力の差から来る物だ。
身内に甘い若は不敵な笑みを浮かべるだけで、振り払う仕草も垣間見せなかった。
「フッフッフ。ちゃんと俺は遠回しに伝えたつもりだぞ」
遠回し過ぎるでしょうに。
完全に仕事の内容だけだと思ったよ。
むしろどうやって気付けと言うつもりなのか。ベビー5を連れて行けという発言に関しても、いつもみたいに若の配慮としか思わなかったぐらいだ。
「今なら何となく分かります」
「気付かなかったお前が悪いな」
……至極ごもっともです。
「まさか、俺の役職はアイツの手綱を握ることじゃありませんよね?」
嫌すぎる役職だ。
若のお役に立てる。同僚の借金を増やさずに済む。美少女──外見だけ──と一緒にいられる。
三つのメリットが霞んでしまいそうな大きすぎるデメリットの数々。例にして挙げるなら名誉的なものだったり、気の休まる日がなくなることだったり、例えばバッファローに馬鹿にされてしまうことだったりと多種多様である。
「あ? 当たり前だろ。お前は優秀な俺の狩人だ。その認識はなにも変わっちゃねェよ」
「なら──」
「ただ、アイツの首根っこを抑える役目も追加させただけだ」
若の台詞に安堵したのも束の間、非情な現実がのし掛かった。
思わず顔をしかめてしまう。
だけって──重すぎますよ、若。
そんな軽いものじゃない気がする。
「だけって言われても」
「これ以上、ふざけた輩を付き纏わせるのは将来の禍根になる。お前が貰っておけば安心だ。フッフッフ、励めよ」
何を!?
「いや、若の言いたいことは勿論分かりますよ。ベビー5を身内の誰かとくっつけた方が良いのも賛成です」
いつもいつも変な男に騙されてしまうぐらいなら、ファミリーの男と強制的に許嫁にしてしまえば問題解決となる。
若の思惑は正論だ。
ベビー5の気持ちを考慮していない部分に目を瞑れば、俺もそれしか方法が無いと思うよ。
「なら良いじゃねェか」
ただ文句があるとするなら──。
「なんで俺なんですか!?」
この一点に尽きるわけです、ええ。
俺と若を抜いても、ドンキホーテファミリーには九人も男がいる。
最高幹部に四人、幹部に五人だ。
老齢のラオ爺と恋人を作らないと明言しているセニョール・ピンク、後は海軍に潜入中のヴェルゴさんを差し引くと六人しか残らないが、それでもグラディウスやバッファローが相手でも問題ないんじゃなかろうか。何しろバッファローは俺やロー以上にベビー5と付き合った年数は上なんだから。
若は腕組みする。口角を頬まで吊り上げながら面白そうに理由を口にした。
楽しそうだなぁ、と俺は他人事のように──思いっきり自分のこと──白い目で若を見上げた。
「お前ら同い年だろ」
「ええ、まぁ」
お互いに十四歳です。
「能力の相性も良いだろ」
「アイツの狙撃銃は最高ですね、はい」
超人系、ブキブキの実。
ベビー5の食べた悪魔の実だ。
様々な武器に身体を変えられる能力を得た同僚は当然ながら狙撃銃にも変形できる。
一度使わせてもらったが、人工物の狙撃銃よりも遙かに扱いやすく能力値も高かった。何よりも静穏性が抜群。相性の良さは若の折り紙付きと言えた。
「だからだよ」
「根本的な部分が抜けてませんか!」
「好嫌の類か? それこそ問題じゃねェだろうが。嫌いか、アイツのことが」
「ファミリーとしては好きです」
「ベビー5はお前のこと好きだぞ」
いや、そんなバァカな。
どんな不細工が相手でも頼まれるだけでキュンとしちまう性格の女だぞ。
ベビー5の恋愛感情ほど信用できない物はない。
辛辣な評価だと思うが、それでも事実なんだから仕方ない。そしてファミリーの一部がそんな彼女を『便利』と称していることもまた明確な事実だった。
「若だってベビー5の性格は知ってるでしょう。頼まれれば断れないのがアイツなんですよ?」
「性格なら変えちまえばいいだろ」
「……変えていいんですか、本当に?」
若はベビー5を妹のように想っているとバッファローは言っていた。だから悪辣な恋人を町ごと吹き飛ばすのだと。
俺も同意する内容だが、まさかファミリーにとって便利な女の根本を変えていいと口にするなんて想定外である。
目を見開いた俺に、若はぶっきらぼうに答えた。
「俺は関与しねェよ。好きなようにやってみろ。変えられるようなら変えてしまえ」
若はファミリーに対して優しい。
もしかすると、俺たちを許嫁にしたのは別の目的があるんだろうか。ベビー5に纏わりつく男たちを排除する以外の理由があるんじゃなかろうか。
だとしたら何だ?
……駄目だ。皆目見当もつかない。
この場で訊いても──若のことだから答えてくれないだろうな。
此処は納得するしかないか。
直後、ドンキホーテ・ファミリーのシンボルマークを掲げた船の甲板から許嫁の声が聞こえた。
「カサー! 船の準備出来たってー!」
「行ってこい。続きは帰ってきてからでも遅くねェだろ」
「……はい。分かりました」
∞
そして俺とベビー5を乗せた船はドレスローザから出航して、三時間経過した現在へ繋がっているわけだ。
反芻を終えた俺は大きく嘆息した。
考えれば考えるほど憂鬱だから。
ベビー5だけじゃなくて、俺は嫁を貰うつもりも、恋人を作るつもりも初めから更々なかった。
十年後に迫る破滅フラグをどうにかして回避するために必死だからだ。二十四歳で二回目の死を迎えるなんて勘弁してくれ。
「どうしたの?」
ベビー5は可愛らしく小首を傾げた。
同じ船室にいるんだ。隠そうともしないため息に気付かないわけないか。
只でさえ幼少期から一緒に戦闘訓練を受けてきたんだ。同年代よりも強く、仲の深さも友達の域を超えている。
俺は後ろ髪を掻きながら適当にはぐらかした。
「いや、何でもない」
「ん?」
「それよりも、紅茶のおかわりをくれないかな。喉が渇いちまった」
「ええ、ちょっと待っててね!」
嬉しそうに紅茶を用意するベビー5の後ろ姿を眺めながら、俺はふと最悪の考えに行き着いてしまった。
原作知識による展開の調整。頼まれれば断れない性格のベビー5。ドンキホーテファミリーに心を許していないはずのヴィオラ。そして俺の能力の発展性。
これらを利用すれば破滅フラグを回避できるんじゃないかと思ったのだ。
バカな考えだと自分を責めた。
上手く行けば俺は助かるだろう。
代償として悪人を超えた先に敷かれた外道に足を踏み入れる。多くの人間を裏切って、騙して、ベビー5に対して死を頼んでしまうことになる。
許されるのか、そんなことが。
繰り返される自問自答。
数秒後、今度はベビー5に気付かれないように小さく吐息を漏らした。
──アホか。
仮にも数年、同じ釜の飯を食ってきた仲だ。一緒に鍛錬して、危ないところを潜り抜けてきた間柄だ。
切り捨てる事も、裏切る事も、本当に女として好意を抱かれているなら無理に押しのけることもできない。
だから悩んでいるんだっつーの。
あの下劣、卑劣、悪辣な若にすら親近感を覚えている現状で、本当に死亡フラグを乗り切れるのかね、俺は。
下手したら原作開始前に死んじまうこともあり得るけど、このままだとガチでルフィとローにフルボッコされる未来しか見えません。
「はい。おかわりよ」
脚の長い小さなテーブルに置かれた紅茶のカップから漂うのは、その道の人間すら認める芳醇な香りだった。
流石はベビー5だ。
北の海にいた頃からメイドの鍛錬を続けてきただけある。本当に、奇妙な性格さえなければ優良物件そのものなんだよなァ。
見た目可愛い。甲斐甲斐しい。
男の夢を突き詰めた女だと思う。
「ありがとう」
「ふふ。貴方の頼みだもの」
素直に感謝の意を伝えると、ベビー5はふんわりと柔らかく微笑んだ。
煙草を吸っていない。重火器も手にしていない同僚の姿は極普通の十四歳にしか見えなかった。
俺はカップを口元に運び、紅茶の味に下鼓を打つ。思わず口から賛辞の声を出してしまった。
「──美味しいよ」
「よかった」
心の底から浮かび上がる暖かな笑みに釣られるように、俺はベビー5にどうして許嫁の件を了承したのかと尋ねそうになり、間一髪の所で思いとどまり口を噤んだ。
聞けるか、面と向かって。
恥ずかしい上に勘違い野郎みたいだ。
というかこんなことを真面目に考えてる時点でナルシストみたいだっつーの。
変な自己嫌悪に包まれる中、俺は勢いよく紅茶を飲み干して、何かを誤魔化すようにベビー5へカップを突きつけた。
「おかわり!」
「ふふ。はい」