とある女子高生のダイエット日記 ~シンデレラは目指さないけれど~   作:クリリ☆

13 / 14
痩せる楽しさ

 

夏休みが終わりを告げようとしていた頃、幸子の体重はついに『75kg』(75.75kg)の大台に到達していた。

夜のバスルーム。立ち込める湯気の中で身体を洗っていた幸子は、ふと、自分の手足に違和感を覚えた。

 

(……あれ? なんだか手足が長くなってる?)

 

高一から高二に上がる際の身体測定では、身長はわずか『0.5cm』しか伸びていなかった。成長期はとっくに終わったはずだ。数週間で骨が急成長するなんてありえない。

その時、ふうちゃんのあの言葉が脳裏をよぎった。

 

『顔の輪郭がシャープになったことで、相対的に瞳が大きく見えているだけです』

 

そうか。骨が伸びたわけじゃない。

手足を覆っていた分厚い脂肪の「層」が削ぎ落とされたことで、隠れていた本来のラインが地表に現れたのだ。手足が細くなった分、相対的に『長く』見えるようになったのだと気が付く。

 

鏡に映る自分はまだ「太っている」部類ではあるけれど、少しずつ、確実に『人間』の形(フォルム)に近づいている。その実感が、熱い湯船よりも深く幸子の心を温めた。

 

 

そして夏休み最終日。

京加賀との「特別講義」が行われることになった。学校が始まれば、今までのような自由な散歩は難しくなる。いよいよ、室内でもできる具体的な運動指導を受ける段階に来たのだ。

 

今回、瑠奈は「宿題が絶望的に終わっていない」という理由で欠席。

さらに、京加賀の「床に寝そべる動作が含まれるため、公共の場は適さない」という判断により、場所は幸子の自室に決まった。

 

「……お前の家なら、多少はパワーバランスがマシになるだろうからな」

 

それが京加賀の口上だった。

 

『男子の部屋に女子を招く』という状況に対し、「それではあまりにパワーバランスの均衡がとれない」と、彼はあくまで「ホームとアウェイの均衡」という理屈で武装していた。どこまでも大真面目で、けれどどこか幸子を守ろうとする彼らしい配慮。

 

そんな彼について、幸子にはどうしても気になることがあった。

 

先日、瑠奈にこっそり尋ねた際の内容だ。

 

『先輩、あのキッドって人に「マッド」って呼ばれてたけど……昔は危ない人だったの?』

 

『うーん、私の知る限りは今と変わらないかな。あ、でも「マッド」って先輩の名前由来だったかも。先輩、自分の名前にコンプレックスがあって、あまり人前じゃ名乗りたがらないんだよね』

 

『そうなの? なんていう名前?』

 

『それは本人が言わないのに、私からは言えないよー。さっちゃんが知ってたら、私から聞いたって一発でバレちゃうじゃん』

 

コンプレックスのある名前。マッド。

いわゆる「キラキラネーム」の類なのだろうか。それとも、『マッド(狂気)』という言葉に何か恐ろしい意味が込められているのか。

 

(今日、タイミングを見て聞いてみようかな。でも、あのキッドって人と一緒に悪いことをしてたらどうしよう……)

 

期待と緊張が入り混じる中、幸子は自室の床を念入りに掃除し、京加賀の訪れに備えるのだった。

 

 

午後二時。

夏休み特有の気だるい熱気が街を包み込む中、幸子は最寄り駅のロータリーで、何度も手元の時計を確認していた。

 

(……誰かを待つ時間が、こんなに楽しいなんて)

 

高鳴る鼓動は、眩しい日差しのせいだけではない。自宅からここまで歩いてきた二十分。75キロ代になった体は以前より確実に軽く、駅までの道のりはまるで恋愛小説のプロローグをなぞるような、甘い緊張感に満ちていた。

 

改札から吐き出された人混みの中に、周囲の喧騒を切り裂くような、凛とした影を見つけた。

 

「京加賀先輩!」

 

声をかけると、京加賀はこちらを一瞥し、一切の無駄がない最短距離で近づいてきた。彼は幸子の目の前でピタリと止まると、軽く手を上げ、短く一礼した。

 

「……待たせたな、太田」

 

「あ、いえ! 私の方こそ、わざわざ来ていただいて……」

 

京加賀の挨拶に、幸子は背筋が伸びる思いだった。彼は挨拶を終えるや否や、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせ、幸子の全身をスキャンするように見つめた。

 

「……フム、合格だ。重心が以前より後ろに乗り、骨盤が立っている。私服の上からでも、体幹の安定感が増したのが見て取れるぞ。この一ヶ月、散歩をサボらなかった証拠だな」

 

「すごい、そんなことまでお見通しなんですね」

 

「いや、別に大したことはない。ただ『姿勢が良くなった』と言うだけの話だ」

 

「実は散歩がてら、ふうちゃんに教えてもらった近所のプチ観光地を巡ってたんです。お地蔵様とか、古い道標とか……」

 

「この前の人工AIか?」

 

二人は並んで、幸子の自宅へと続く緩やかな坂道を歩き出した。幸子が少し照れながら話すと、京加賀は深く感心していた。

 

「知的好奇心をトリガーにして運動量を確保したか。……見事だ。AIのそんな使い方、考えたこともなかった。いっそ部員にもその手法を共有させてみるか。むしろ、部員総出でこの地域の『健康散歩マップ』を作成し、住民に配布するのもいい。地域全体の健康増進に寄与するのは、部活動としての社会的意義も大きいからな」

 

「あはは、先輩らしいですね。でも、マップ作り、楽しそうです」

 

「高齢者世代などはAIなど使いこなせない者も多いだろう。情報を紙媒体に落とし込む事は有意義なハズだ。あるいは若者向けにアピールする場合、現地に解説動画を流すためのQRコードを設置しておけば、観光資源のインフラにもなる。まずは既存のガイドブックがどこまでカバーしているかリサーチしてみよう」

 

 

駅からの道中、夏休み終わりの眩しい午後の光が二人の影をアスファルトに長く落とす。住宅街へと続く道を歩きながら、京加賀が幸子の横顔を眺めた。

 

「それにしても、順調なようだな」

 

「はい、自分でも驚くくらい。過去の失敗は何だったんだろうって感じです」

 

幸子が弾んだ声で答えると、京加賀はわずかに目を細め、どこか遠くを見るような表情を浮かべた。

 

「ダイエットに成功する奴と失敗する奴を多く見てきたが、上手くいく奴はみんな、その過程を楽しんでいる。細井もそうだった。……そういう奴を見ると、正直、羨ましく感じるよ」

 

「えっ、先輩がですか? 私は、先輩みたいに最初からスマートで完成されている方が、ずっと羨ましいですけど」

 

思わず本音を漏らした幸子に、京加賀は自嘲気味に鼻で笑った。

 

「だが、俺は実質的に『カンスト』状態だ。はっきり言って張り合いがない」

 

「カンスト……って、何ですか?」

 

「カウントストップ、略してカンスト、ゲーム用語だ。ステータスが上限値に到達してしまい、どれほど経験値を獲得しても、それ以上成長しない状態を指す」

 

「確かに、理想的な体型の先輩はカンスト状態と言えそうですね」

 

「俺はゲームでもレベル上げをしている時間が一番好きなんだ。キャラクターが成長し、昨日まで倒せなかった敵を討伐できるようになる瞬間に興奮を覚える。……今のお前にとってダイエットとは、まさにその『レベル上げ』に近い快感があるんじゃないのか?」

 

その言葉に、幸子の脳裏にはここ四ヶ月の光景がフラッシュバックした。

体重計に乗るたび、『78kg』『77kg』と、一目盛りごとに未知の領域へ踏み込んでいく高揚感。一キロ減るごとに、世界の見え方が変わっていくあの感覚。

 

「確かに、そうかもしれません。自分の努力が、一切の忖度なしで数字になって返ってきますから。……あ、瑠奈ちゃんも言ってましたよね、『体重計に乗るのが楽しい、体重計が褒めてくれる』って」

 

年に一度の身体測定ですら、処刑台に登るような恐怖を感じていたあの頃。今の自分は、毎朝体重計に乗るのが待ち遠しくてたまらない。その変化は、もはや別人への転生に近い。

 

「でも先輩。世の中にはリバウンドしちゃう人だってたくさんいるんですよ。理想体型を『維持』するのだって、とっても大変なことだと思います」

 

幸子の言葉に、京加賀は虚を突かれたように目を見開いた。

 

「……そうか。その発想はなかったな。なかなか面白いことを言うな、お前」

 

「えっ、変なこと言いました? きっと、私の考えの方が普通ですよ。自然体でその体型を維持できてしまう先輩の方が、特別なんです」

 

歩き出しながら、幸子は思う。

サラダをドレッシングではなくオリーブオイルと塩胡椒で楽しみ、エビ天の衣を剥がして素材の甘みを「乙だ」と喜ぶ。京加賀にとってそれらは、苦しい「我慢」の産物ではなく、美味しさを追求した果ての「洗練」なのだ。

 

単なる知識の量ではない、生き方そのものが「ストイック」という言葉を体現している。そんな彼が、今から自分の部屋で、自分の体を変えるための魔法を教えてくれる。

緊張は、いつしか心地よい期待感へと変わっていった。

 

 

「それにしても、最近手足は少し細くなってきたかなって思うんですが、お腹の方は相変わらずプヨプヨで、むしろこっちの方が早く痩せて欲しいんですが……。京加賀先輩、何かお腹が痩せる方法ってないですかね?」

 

「いいや、むしろ腹周りの脂肪が落ちるのは一番最後だと思え」

 

それは幸子には衝撃的な事実だった。むしろ手足以上に一番痩せたい部分が腹周りだった。にも拘らず、そこが一番最後だと言われては、一瞬目が眩みそうになった。

 

「一番最後、ですか…」

 

「食べ物で比較するとイメージしやすいだろう。牛カルビ、豚バラ、マグロなら大トロ、サーモンならハラス…。最も脂が乗っている部位は、ズバリ腹周りの肉だ。人間も動物である以上、腹周りの脂肪が最も最後まで残るのは仕方ないんだ」

 

「そんな殺生な…」

 

「いいか、手足が千切れようとも死ぬ事はないが、内臓の損傷は生命の危機に関わる。自然界の生存競争を生き抜く上で、腹周りの脂肪は伊達じゃない、臓器を守るための鎧なんだよ。むしろ腹周りの脂肪をいらないというのは人間くらいのものなんじゃないか?」

 

幸子はふと、大飢饉で亡くった方々を供養するために建てられたお地蔵様を思い出す。

 

「世界では食べたくても食べられない人がたくさんいる。もしかしたら、お腹周りの脂肪をいらないなんて言えるのは、それだけ幸せな環境で暮らしているって事なのかも知れませんね……」

 

そんな会話を交わしているうちに、あっという間に自宅へ到着した。

玄関を潜ると、京加賀はリビングにいた幸子の母親に対し、完璧な角度の礼と共に挨拶を交わした。

 

「突然の訪問、失礼いたします。京加賀と申します。本日は娘さんのトレーニング指導にお邪魔いたしました。何卒、よろしくお願いいたします」

 

「あら、ご丁寧に……。幸子から聞いてるわよ、どうぞ二階へ上がってね」

 

母親の許可を得て、二人は二階の幸子の自室へと階段を上がる。

京加賀は自分の「ホーム」で見せる威圧感をあえて削ぎ落とすように、静かに、しかし規律正しく部屋の敷居を跨いだ。

 

「失礼するぞ」

 

部屋に足を踏み入れた瞬間、その鋭い視線が壁に貼られた鮮やかなポスターや、棚に並んだアクリルスタンドに注がれた。

 

「……見たことないキャラだな。何かのアニメか?」

 

幸子は少し恥ずかしそうに、けれど大切そうにグッズを見つめた。

 

「あ、これは……VTuberグループ『ごじろくじ』の『ヴァイツ』っていう人たちなんです。……いじめられたりして一番辛かった時期、彼らの動画配信に、何度も慰められてたんです。私の……心の支え、みたいな」

 

京加賀はその華やかなグッズたちを否定することなく、ただ静かに、敬意を払うような眼差しで見つめていた。その表情は、彼女が大切にしている「聖域」の価値を正しく理解しようとしているようだった。

 

「なるほど。彼らの存在は、お前にとっての『光』なのだな」

 

「はい!」

 

照れ臭いけれど、理解してもらえたのが嬉しかった。

 

「それでは始めよう。今からお前に仕込むのは『TABATA式トレーニング』だ。こいつで筋肉の代謝向上、すなわちアフターバーン効果を狙う!」

 

 

続く☆

 

 

あなたのダイエット事情はいかがでしょうか?

  • 実際に行っている
  • これからやろうと思っている
  • やった事はないが興味はある
  • やるつもりはない
  • 過去にやって無事に成功した
  • 過去にやってうまくいかなかった
  • その他
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。