『プリンプリン物語』で『グノーシア』パロ   作:つるみ鎌太朗

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【the Last Day-2】

 

 ベベルがコールドスリープにつくと、グノーシア反応を示すランプがついに緑色へ変わった。

 すべてのグノーシアが凍りついた証明だった。

 四日にも渡る議論がやっと終わったのだ……。

 

(マノンは人間だった……)

 

 ベベルの反応からそれが真実だとわかっている。

 プリンプリンは正しいことをしようとした彼女を天秤にかけた。――最後の最後で間違った。

 

(でも、もしかしたら。最初にコールドスリープしたマイホームさん……二日目のトントンにも、バグの可能性がないワケではないわ)

 

 考えながらもマイホームはともかくトントンは違うだろうとプリンプリンは思う。

 彼はプリンプリンと同じくループを繰り返す者。コールドスリープ前に、しかもこのループの異常性を口にしながら自身の役割を明かさないはずがない。

 となれば二日目の投票前に言っていた『ただの乗員』であった可能性が高い。

 

 プリンプリンは、もう祈るしかない。

 ボンボンが純粋な乗員であることを……人間であることを!

 

 パタパタと賑やかな足音が聴こえる。

 コールドスリープ室にボンボンが晴れやかな顔でやってきた。

 

「わァ、プリンプリン! ついにやったね!

おれたち、敵をやっつけたんだ。やっぱり協力してよかったじゃない。

次の港に着いたら、グノーシアじゃなかったみんなを起こしてあげようよ」

 

 モンキーが『キキッ』と鳴いて迎える。

 コールドスリープ用の装置へ足早に近づき、マイホームとトントンの生命反応を示す画面を手で撫でた。

 

「起きたらさびしいだろうけど……でもこれで旅を再開できるね! こんな騒ぎはもうコリゴリだよ。早く次の国へ行きたいな。

あ、この宇宙船も誰のものか知らないけどもらっちゃおうよ。そしたら好きなところにいつでも行けるよ。

楽しみだなあ」

 

 みんなが眠る壁面に頬を寄せ、これからに想いをはせるボンボンは笑っていた。

 彼の語る明日は、ループが始まる前までの日々を想わせる。

 希望に満ちた言葉がプリンプリンには眩しすぎた。

 

「ねえ、ボンボン。わたしはとてもそんな気分になれないわ。

それに……二人のことも起こせない。もしかしたらバグだったかもしれないもの」

「エー? じゃあ、二人だけできみの祖国を探すの?

大丈夫かなぁ……まあモンキーがいるからいっか。頼りにしてるぞ」

 

 モンキーが手を挙げる。

 議論も終わり、ボンボンへの警戒を解いているようだった。

 宇宙の崩壊もはじまらない。

 ボンボンが振り向く。満面の……目が極限まで細くなって、目尻が下がって、口から八重歯が覗く無防備な笑顔。

 

「きみと一緒ならどこへだって行くさ。

どんなことでも乗り越えられるんだ! きみがおれを信じてくれるなら」

 

 無邪気な言葉が胸を刺す。

 それでもプリンプリンは彼へ一歩近づき、ねだった。

 

「……ボンボン。お願いがあるの」

「何だい? 君のお願いならナンでも聞くよ」

「『人間だ』と言ってみて」

 

 奇しくもマノンと同じ方法だった。

 ボンボンがその場で固まる。

 プリンプリンを震える手を組み、言いすがる。

 

「わたし……こんなにも誰かを傷つけたのは初めてなの。もしかしたら、今までも気づいていなかっただけかもしれないわ。

でも今日からは違う。他の人の心を傷つけた上で生き残ったことを胸に刻まなければならない。

それに、理由が欲しいの」

 

 プリンプリンはもはや自分を信じられなかった。

 だから信じたボンボンのことを信じさせてほしかった。

 彼が人間ならまだ救いがある――しかし、宇宙を崩壊させる存在であればすべての犠牲が無に帰す。

 

 そうではない、と。

 言ってほしかった。

 

「お願い……わたしを『あなただけは守れた』と安心させて。

そうじゃなきゃ、一歩も踏み出せない……」

 

 ボンボンはふ、と体から力を抜いたようだった。

 凍りついた顔にしばし温もりが戻る。

 細められた碧の目はまっすぐにプリンプリンを映していた。

 

「ね、プリンプリン。うれしかったよ。

きみがおれを選んでくれて」

 

 はにかみながら彼もこれまでの日々を振り返る。

 照れたように言う姿は普段と変わりない。

 

「おれも不安だったんだ。だれが正しいのかだけじゃなくて、ここにいることそのものが不安だった……。

ずっと違和感がつきまとっていても、だれも説明してくれない。

そんな中できみだけがおれを肯定してくれているみたいだった」

 

 先ほどまで彼は明日を夢見ていた。

 それを過去へ引き戻したのはプリンプリンだ。

 ボンボンに辛いことを思い出させている。気づいても遅い。

 

「きみがおれを『ここにいてもいい』って言ってくれた。

きみがおれの手を取ってくれた。

きみだけがおれの存在理由だった」

 

 ボンボンの瞳から急速に色が失われる。

 あの瞳――プリンプリンを引き込むような漆黒。

 いつのまにか感情も何も抜け落ちた姿だけがあった。

  

「それなのに――、

 

おれが人間じゃなかったら、きみはいらないんだ。

 

人間だと思っていたから優しかったんだね。おれに向けられたものじゃない」

 

 音もなく何かが壊れた気がした。

 これまで世界を繋ぎとめていた何か。

 

「ホントだ、プリンプリン……」

 

 ボンボンが壁に寄りかかり、涙を流しながら話しかけてくる。

 もう立っている気力もないようだ。

 わななく唇が青ざめている。

 

「おれ、誰からも必要とされてない。

いなくてよかったんだ。いちゃいけない存在だったんだ。

人間でないとダメだったんだ。そうじゃないから、みんなの敵なんだ。

本当はここにいるべきじゃなかった」

 

 うなだれるとボンボンの瞳からこぼれた涙が、床に落ちる。

 黒々とした染みとなってじわりじわりとひろがる。

 

「そうじゃない、って信じたかった。さっきまで必死で違うって自分に言い聞かせてた。

でも、もうダメだ。止まらない。わかるんだ……」

 

 ボンボンの口から、この傷だらけの宇宙の結末が告げられた。

 

「この宇宙は、もう終わる――」

 

 瞬間、世界が暗転する。

 プリンプリンの周囲から景色が消え、コールドスリープ室の冷気すらない。

 何度か味わった感覚。

 

 やはりボンボンはバグだった。

 しかし、引き金を引いたのはプリンプリン。

 

 マノンを裏切り、ベベルを傷つけ、最後にはボンボンの心も打ち砕いた。

 

 すべてを間違った。

 何も救えなかった。

 プリンプリンは周囲を見回して叫ぶ。

 

「モンキー! どこにいるの?」

 

 その問いに応じたのは暗闇のどこかにいるボンボンだった。

 

「さあ。消えちゃったんじゃない?

いいじゃないか、もう。どうせ全部消えるんだから」

 

 姿は見えないのに伸ばされた手がプリンプリンの手を握る。

 筋張ってはいるが、まだ細い指の少年の手。

 何度も握り返してきた手。

 

「い、いや!」

 

 振りほどいてプリンプリンは逃げ出した。

 もはや目の前には闇しかない。どこへも行くところはないのに。

 

「どこへ行くの? プリンプリン。

もう世界は終わるのに……最後ぐらい一緒にいようよ。ねえったら」

 

 走っても走っても声が離れない。

 プリンプリンは必死に手を伸ばし、どこか身を寄せる場所はないか探し求めた。

 ふと、何かが指先に触れる。

 目には見えない扉の取手だった。

 

 慌てて扉を開けると、その中へ駆け込む。

 鍵があるような気がした。

 カチャリと音が鳴った……気がする。

 

 とたんに身を包んでいた重苦しい威圧が消えた。

 代わりにノックの音が虚無に響き渡る。

 

「プリンプリン、ここを開けなよ。

どうして最後になっておれを拒むのさ。

人間じゃないから? もうそんなのどうでもいいじゃないか。

だから、ねえ、扉を開けて。お願いだから」

 

 コンコン。コンコン。

 まるで昨日の再演だった。

 

(どうしてループがはじまらないの?)

 

 モンキーも消え、何もかもが消え失せた宇宙でプリンプリンはひとり思う。

 いつもなら結果が判明した瞬間にループがはじまり、次の宇宙へ飛ばされる。

 しかし今回はまだ留まっている……ここに『銀の鍵』が求める『知』が残っているからだ。

 

(わたしに何を知らせようとしているの⁉︎)

 

 こんなにも荒れ果てた宇宙に何があるというのか。

 プリンプリンは震えながらその時を待った。

 

 ボンボンのノックの音は止まない。

 

「ねえ、プリンプリン。

おれは一人で消えたくないよ。

でも、きみと一緒なら怖くない。宇宙ごと消えたとしても幸せだったと思えるよ。

だから、ここを開けて。二人で最後まで一緒にいよう。

ねえ……ここを開けて。開けて。開けて!

 

――開けろよッ!」

 

 昨日とは比較にならない衝撃が見えない扉を揺らした。

 ビクリとプリンプリンの体がはねる。

 

 その場にしゃがみ込み、耳を塞いだ。

 

 だが意味はなかった。

 どこまでも昨日と同じで、ボンボンの泣き声が拒絶をすり抜けて聴こえる。

 

「プリンプリン……おれの見えないところへ行かないで。

どこかへ行かないで。

ルゥアンの時みたいになったら嫌だよ」

 

 プリンプリンはベベルの話を思い出した。

 ルゥアンからこの宇宙船へ逃げ込んだ時、ずっと治療カプセルで集中治療を受けていた自分からボンボンは離れようとしなかった。

 

『あんなプリンプリンは、もう見たくない』

 

 銃撃されたプリンプリンの血濡れた姿を彼はその目で見たのだ。

 もしも自分が反対の立場だったら――考えるだけで血の気が引いた。

 

 ボンボンの声が直接、胸を貫いてくる。

 

「きみがどこかへ消えたら、と思ったら怖いんだ。

二度と会えなくなるなんて耐えられない。

きみを、失いたくない。

どこへもやりたくない。

信じてほしい。

そばにいさせてほしい。

どうか手を離さないで」

 

 宇宙の崩壊よりも彼は別のことを何より恐れている。

 他の誰よりも追い求めた存在にすがっている。

 それは、プリンプリンがこの宇宙に来た時から繰り返されていた。気づく機会はいくらでもあった。

 

 目の前の闇全体が打ち震える。

 

「きみなしでは生きてゆけない」

 

 プリンプリンは自分がここに飛ばされた理由がやっとわかった。

 

 気づけばプリンプリンはその場にすっくと立っていた。

 視線を落とせば、どこまでも真っ暗な空間の中で白い髪が揺れている。

 ボンボンが座り込んで泣いていた。

 

「……! プリンプリン!」

 

 扉はすでに消えている。

 ボンボンが碧の瞳を輝かせて立ち上がった。

 抱き寄せられると二人の距離がなくなる。

 

「プリンプリン、よかった。もうどこへも行かないね」

 

 ボンボンが耳もとで懇願してきた。

 それにプリンプリンは平坦な声で答える。

 

「はい」

 

 嘘だ。

 プリンプリンは、この宇宙が壊れたら別の宇宙へ行ってしまう。

 ボンボンのそばにはいられない。

 すべてが終わった今、この宇宙が跡形もなく消え去るのはボンボンにとっての救いだった。

 プリンプリンのいない宇宙に取り残されずに済む。

 

 知らないまま……無垢なままの彼と共に崩壊の時を迎えること。

 プリンプリンが彼に贈ることのできる最後の優しさだった。

 

「プリンプリン、とても静かだねえ」

 

 ボンボンが周りをキョロキョロと見回す。

 白い髪が目の前でふわふわと揺れた。もう何も見えないのに場違いなほど闇に浮き上がっている。

 

 ボンボンだけが、この壊れた宇宙の中で真っ白だな。

 プリンプリンは目で追っていた。

 

 静寂の中で彼の声だけがまっすぐに届く。

 

「なんだか……世界でふたりきりになったみたいだ」

 

 再びプリンプリンに向き直り、その瞳から涙が散る。

 まるで星のように。

 彼の温もりが近づく。

 

「プリンプリン、――」

 

 最後の瞬間、頬に何か柔らかいものが触れた気がした。

 

――――――――――――

 

終了条件を満たしました。

結果を表示します。

 

この宇宙は、崩壊しました。

 

 

プリンプリン(エンジニア)…敗北

ボンボン(バグ)…勝利

 

【コールドスリープ】     【消滅】

1日目:マイホーム(乗員)   1日目:ワット(乗員)

2日目:トントン(乗員)    2日目:カセイジン(AC主義者)

3日目:オサゲ(グノーシア)  3日目:マノン(守護天使)

4日目:ベベル(グノーシア)

 

 

……乗員データ更新:ボンボン

……実績解除――『この世界にきみとふたり』

 

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