「さて、順当に行こうか。
プリンプリン。きみは偽の診断で私に疑いを向け、他のエンジニア候補を排除したいんじゃないか?」
やはり矛先を向けられたか……。
プリンプリンはモンキーの毛並みに頬を寄せながら否定する。
「違います。わたしは、エンジニアとして二分の一の確率に賭けただけ。そうしたらあなたがグノーシアと出たんです」
「短期決戦を狙った、と」
「そうです。早くに敵を見極めるのは大事なことです」
少しでも自信のない態度を見せたら言い負ける。ループがはじまった当初はみんなから疑われて何度も凍らされてきた。
プリンプリンは長いまつ毛にふちどられた瞳でまっすぐにべベルを見据える。
彼は、悪い人じゃない。むしろグノーシア汚染されていない時は良い人だ。
でも今回は敵だ。
このループの皆を助けるためにも早く眠らせたい。
ベベルはプリンプリンの説明を聞き終えると、すこし目を丸くした。
「なかなか良い考えだね。参考にさせてもらおう」
すこしも動揺していない――。
以前にも何度かグノーシア汚染されたベベルと議論したことがあるが、落ち着き払った態度をなかなか崩せない。
今回のループは苦戦するかもしれない……。
プリンプリンがモンキーをさらに抱き寄せると、意外な方向からさらに追撃される。
「あくまでワタシならですよ」
もう1人の偽エンジニアであるカセイジンだった。
彼はベベルとプリンプリンの間に割って入り、二人をじっと見比べる。
めがねごしの切長の青い瞳がプリンプリンを見て細められた。
「そもそも真のエンジニアであれば、他二人は偽者とわかっているハズ。
グノーシアか、バグか。人間なのに人外に味方する酔狂なヒトか……。
何にせよ敵なのはわかりきっています。
なら、先に片割れのグノーシアを探したほうが情報収集として効率が良いのではないですか」
友だちに考えを真っ向から否定されたようで、プリンプリンはズンと気持ちが沈んだ。
何故だかべベルを支持するような物言い――もしかしたら、AC主義者?
しかしながらカセイジンを診断していない今、決めつけるのは早計だ。
プリンプリンは気丈に背を正し、傷ついた心を隠す。
その背に届くは鶴の一声。
「単なる順序の問題じゃないか、カセイジン」
いつのまにか雛壇へ腰かけていたトントンが助け舟を出してくれた。
長い脚を組み直し、静かな声で説明を重ねる。
「きみのやり方だとエンジニアに扮したグノーシアを野放しにしているも同然だよ。
潜伏している片割れが気になるのも確かに理解できるけどね……」
即座に反論できるトントンにプリンプリンは感嘆した。
(きっと、ものすごく頭の回転が早いんだわ……)
トントンに感謝していると、また援護射撃が飛ぶ。
「僕もその考えは好きじゃない。それに……」
マノンだった。彼女は兄をよくかばっているが、意外にもプリンプリンに助太刀してくれている。
マノンはプリンプリンの隣まで来ると、顔を覗き込んでくる。
爽やかな笑顔だった。
「兄さんには悪いけど、プリンプリンにも嘘を感じないんだ。
彼女、化け物に標的にされないか怖いだろうに本当に頑張ってる。応援したくなるよ」
プリンプリンは信じてもらえていることに泣きそうになった。
もちろん兄のベベルのことを一番に信頼しているのかもしれない。
それでも自分の姿勢をちゃんと見てもらえていることに、救われた思いになったのだ。
そこへ最後のダメ押しとばかりにボンボンが駆けつける。
ボンボンはプリンプリンの肩を両手で抱いて、ベベルたちへ言い放った。
「そうだよ。それに早く敵をやっつけなきゃ犠牲が増えるじゃないか。
ワットさんみたいに……」
思い出したのか語尾が涙ぐんでいる。
しかしボンボンは声を張り上げて、ピシャリと言いつけた。
「おれ、まどろっこしいの嫌いだよ。
プリンプリンの考え、合ってると思う!」
ここまで自分に弁護が集まるとは思っていなかった。
これならグノーシア汚染されたべべルに票を集めるのも容易かも……。
プリンプリンがそんな打算的な自身の考えを恥じていると、ボンボンが白い髪を揺らしながら、
「なっ? そうだよな、オサゲ」
明るい調子で、離れたところにいるオサゲへ話を振った。『当たり前だよね』とでも言うかのように。
だがオサゲはすこし引いた姿勢で目をそらす。不安げなしぐさだ。
つぶらな目が何かを探すようにキョロキョロとあたりを見回している。
プリンプリンはオサゲの様子を見守るが、彼はある人物に視線を縫いつけ、
「え、えーっとね……こんなこと言いたくないんだけど……」
縮こまっているから小柄な体がさらに小さく見える。
まるで何かを怖がっているかのよう。
お下げ髪をきゅっと握りしめながらオサゲは言った。
「トントンは、どうしていつもプリンプリンばかりかばうの?」
プリンプリンの横でボンボンが『はあ?』と間の抜けた声を漏らす。
プリンプリンも同じ気持ちだ。
なぜ、ここに来てトントンへ疑いの目を向けるのか……。
横目でトントンを見ると、雛壇に座ったまま黙ってオサゲの話を聞いていた。
不気味なほどトントンが沈黙しているので、オサゲもさらにしどろもどろになる。
「あの、だって、エンジニアって誰がホンモノかまだわかんないんだよね? だとしたら、プリンプリンがホンモノじゃないってこともあるんでしょ?
なのに……トントンってば、まるでプリンプリン以外はニセモノだって言っているみたいだよ」
振り絞るような声。
意見が違っていなければ今すぐに駆け寄ってあげたくなるくらい、オサゲは疲弊した様子だった。
プリンプリンたちの代わりにそばへ立ったのはベベル。
「いい視点だ。
確かに、トントンはプリンプリンに肩入れしすぎだ。議論で進行役を買って出るわりに公平ではない……」
彼の目もトントンへ向けられている。
自分に疑いを向けられるより、プリンプリンは恐ろしくなった。
これまで助けてくれたトントンがいなくなったら、誰が論理で対抗してくれる?
ベベルがすこし考え込む素振りをして腕を組んだ。
「彼女以外はニセモノと言うより、彼女の嘘がバレないようにみんなを誘導している可能性がある」
「!」
複数に疑いの目が向けられるのは、これまでのループを振り返っても信頼回復が難しい。
何かしら弁護したいが上手い反論がまだ浮かばない。
もたついていたら先を越された。
「グノーシアは二体。一人が騙りに出て、潜伏する片割れが相手を補佐するのは自然と言えます」
あくまで一般論としてカセイジンが淡々と告げてくる。
「ちがう!」
破れかぶれだがプリンプリンはトントン本人の代わりに否定した。
「トントンは、わたしが上手く説明できないのをフォローしてくれただけ。そんな……グルみたいな真似、しないわ……」
これでは相手側の反証になっていないとわかっている。
それでも誰かが反論しなければトントンの立場が危うい。
「キッキ、キ〜……」
腕の中のモンキーも何かを訴えているが、お猿さんの言葉はみんなにはわからない。
(誰か他にトントンをかばってくれる人はいないの……?)
祈るような気持ちで待つと、隣で声がした。
よく通る、聞き慣れた明るい声。
「プリンプリンが言うなら、おれもトントンを信じてみようかな……?」
ひょこ、と首をかしげるボンボン。
碧い瞳がプリンプリンをまっすぐに見つめている。
「プリンプリン、おれ、きみの味方だからね。きみの信じることをおれも信じたい。だから、そう、つらそうな顔をしないで」
プリンプリンは弱々しくうなずく。
ボンボンが純粋に信頼してくれたのは有難かった。
ただ、それ以上の弁護はない。
残っているのはマノンだが、彼女はトントンについてはどちらとも言えないらしく気まずそうに見ているだけだった。
最後にトントン本人が『うーん』と小さくうなってから軽く否定する。
「面白い視点だったよ。
ただ残念だね、私は『今回』はただの乗員なんだ。
信じる信じないはきみたちに任せるけれども」
穏やかな口調だった。
その瞬間『Levi』の声が降ってくる。
『投票の時間です』
二日目の議論が幕を閉じた。
***
今回の投票は、プリンプリンはベベル一択なのですぐ終わった。
みんな意外と早かったがカセイジンとトントンだけ悩んだのか到着が遅れた。
(トントン……誰に入れたのかしら……)
てっきりプリンプリンと同じくベベルにのみ疑念を向けているのだと思っていた。
気になって彼の横顔を見ていたら仮想モニタが点いた。
『有効投票数:7。開票します』
プリンプリン→ベベル カセイジン→プリンプリン トントン→ボンボン
ボンボン→オサゲ ベベル→トントン
オサゲ→トントン マノン→カセイジン
トントン…2票
プリンプリン…1票
ボンボン…1票
オサゲ…1票
カセイジン…1票
ベベル…1票
『コールドスリープはトントン様です』
――――――――――――
「あ……」
プリンプリンは青ざめた。
まさか、たったの二票でトントンがコールドスリープになるなんて。
トントンもモニタをしげしげと見つめている。
それから口元に手を添えて、一言。
「ああ。確かに、そうなるか……」
自分が凍らされるというのに何故そうなったかを悠長に考えている。ループしている者の余裕か。
視線に気づいたのかトントンはプリンプリンのほうを見てくれた。
「今回は焦りすぎちゃったみたいだ。これで退場だね。
また会おう、プリンプリン」
向けられた微笑みが優しくて、だからこそ未練があった。
(置いていかないで)
と言いたかったが、規則上それはダメだ。
マイホームやワットだって従った。
プリンプリンがトントンへ言葉をかけられずにいると、部屋の隅から弱々しい声が聞こえる。
「ボンボン……ぼくに入れてる……」
オサゲが『信じられない』と言った顔で背の高いボンボンを見上げる。
ボンボンのほうはというと、吊り上がった目で彼を見下ろしていた。
怒りを隠そうともしていない。
「おれの怒ってる理由がわからないか?」
「え……」
当惑した様子のオサゲを睨んでからボンボンは背を見せた。
オサゲはふくふくとした手を伸ばしたが、ペシンとはたかれる。
ボンボンは軽蔑すら混じえた声で拒んだ。
「ついてくるな」
それから振り返ることなく誰よりも先に投票室から出ていく。
目を潤ませたオサゲがその場に立ち尽くす。
かわいそうな気がして、プリンプリンは彼のそばへ行こうとした。
だがひと足早くカセイジンがオサゲへ歩み寄る。
「オサゲ、ボンボンも色々と思うことがあるんですよ。ふだんはノーテンキそうですけど……」
「カセイジン、ぼくボンボンに嫌われちゃった……?」
「ナンとも言えません。ただ……」
議論中は冷静だったのに、カセイジンは年相応の男の子らしい神経質な顔を見せた。
「ボンボンは、すこし、様子がおかしい、ような。今は一人にしてあげたほうが、よいような……?」
オサゲは哀しいばかりのようだったが、カセイジンは恐怖さえ覚えているようだった。
プリンプリンは二人の様子を見守ったのち、コールドスリープ室へ向かったトントンへ会いにいくことにした。
***
コールドスリープ室は漏れた冷気で肌寒い。モンキーと一緒に暗がりへ入っていくと、ちょうどトントンが軽装に着替え終えたところだった。
「トントン……うまく弁護できなくてごめんなさい……」
プリンプリンが謝るとトントンが片手を挙げていさめる。
「なぜ謝るんだい? 何度も繰り返されていることだろう。それに他の人ならいざ知れず、僕は次のループが始まるだけさ」
「でも! あなた、いつもわたしを助けてくれるじゃない」
トントンの眉がほんの少し下がった。
「プリンプリン、それは当然さ。僕もきみも終わらぬループに囚われている。お互いしかそれを知らない……。
だからきみを支えたい。今回もそのつもりだった、最初からね」
これまで鉄面皮のようだった彼の白い顔に、苦悶の色がにじむ。
揺れる鈍色の瞳にプリンプリンが映っていた。
「このループは湿った、重苦しい空気に満ちている。おそらく『銀の鍵』の求めている何かがある――。
そして……きみはきっと、深く傷つく」
その言葉にプリンプリンの背にぞわりと悪寒が走る。
「どういうことなの? あなたは何か知っているの?」
「……それは言えないよ。きみのループを終わらせるピースがここにあるから。その邪魔はしたくない。
それなのに、つい、あがいてしまった」
ただならぬトントンの様子に、プリンプリンは待ち構える『知』がどれほどのものなのか怖くて仕方がない。
体の震えが止まらなくて、そばにいたモンキーが背をかけのぼって肩に抱きついてくる。
両手で体を押さえつけてもどうしようもない。
そんなプリンプリンへトントンが言った。
「プリンプリン、きみの『銀の鍵』を見せてくれないか」
プリンプリンは白い手のひらを彼へ差し出す。
心の中で『銀の鍵』を呼んだ。
キィン、と音が室内に響き渡り、手のひらで『銀の鍵』が輝きを放ちはじめる。
光の中で『知』が底で溜まり、揺らめいた。
プリンプリンへ寄生する『銀の鍵』をトントンがじっと見つめる。
「やはりまだ満たされていない。ということは、このループの先が、別のループがあるということだ。
きみの帰る場所はここではないんだよ」
トントンが『銀の鍵』からプリンプリンへ目線を移した。
だがプリンプリンは怯えている。
(『銀の鍵』は……何を求めているの? 誰の真実をわたしに知らせようとしているの?)
あの冷静なトントンがここまで警戒している真実。
そんなものを知ってしまったら、元の自分には二度ともう戻れないような気さえして。
プリンプリンはトントンの腕を握り締め、訴えかける。
「トントン……わたし、なんだか怖いわ。とても怖いの」
しかし彼はかぶりを振り、力なくうなだれた。
かすれた声が上から聞こえる。
「わかるよ。でも私はもう、このループから去らなければ。
きみの健闘を祈る――でも忘れないで。
きみが傷ついた時は別のループでも僕がいる。
恐れないでほしい……このループで得る真実を」
プリンプリンが顔を上向けると優しい笑みがそこにあった。
これ以上トントンを困らせてはいけない。
未練がましくゆっくりと手を離した。
トントンが背を向け、コールドスリープ用の装置に乗り込む。
蓋が閉じて、白い冷気があたりにひろがる向こうでトントンが、
『またね』
と声もなく言い残し、眠りについた。
一瞬だけ灯りが消えたのち、当然のようにグノーシア反応を指し示す紅いランプが灯った。
グノーシアがまだ船内に生きて残っている証だった。
***
プリンプリンは展望ラウンジの立体映像を生まれ育ったアルトコの海岸に設定し、岩場に腰かけていた。
実際は地べたなのだが、吹きつける潮風やカモメの鳴き声など懐かしさが心を軽くする。
うつむきぎみの彼女の頭には、祖国への唯一の手がかりである銀色のティアラが輝いていた。
プリンプリンは生まれた国を知らない。
赤ん坊のころ、公海で箱のような舟に浮かんでいたところをアルトコの漁師に拾われたのだ。
舟にモンキーと共にティアラがあったことで、どこぞの国の姫と市長が判断して各国に呼びかけたがどこからも応答がなかった。
そのまま十五歳までアルトコ市で育ち、ひょんなことから友だちのボンボン、オサゲ、カセイジンと一緒に祖国を探す旅をはじめた。
足元で毛づくろいしているモンキーも年老いたがいつもそばにいて彼女の世話をしてくれたり、乗り物の操縦をこなすなど超能力で助けてくれたりしている。
(モンキーは、いつもわたしと一緒にいてくれる。グノーシア汚染された時も、宇宙からの消滅を望んでいる時も……)
モンキーはどんな時でも静かにプリンプリンのそばにいてくれる唯一の存在だった。
まるですべてを知っていて、それでも彼女を赦してくれているかのようだ。
(すべてを知ることって、良いことなのかしら……)
ふと、そんな考えが頭をよぎった。
『銀の鍵』にとっては正解でも、プリンプリンにとってはそうではないかもしれない。
(知らなくていいことって、あるんじゃないかな。
それに――知られたくないことも、あるはず……)
自分だけみんなの心を覗き見しているみたいで肩身が狭い。
(『銀の鍵』はどうしてわたしに寄生したの……? 記憶障害の間、何があったの?)
プリンプリンたちは祖国探しの途中で滞在していたルゥアンでグノーシア騒動に巻き込まれた。
命からがらこの船に乗り込んだが、プリンプリンだけ重傷だったという。治療カプセルのおかげで今はほぼ完治しているが……。
だがプリンプリンには、その騒動の記憶がない。
身体的にも精神的にもショックを受けたせいではないか、と『LeVi』は言う。
目覚めた時にはもう『銀の鍵』に寄生されてしまっていた。
訳もわからないままループを繰り返して延々と乗員たちと疑いあう日々……。
(もう疲れた……)
モンキーが淡い桃のドレスの裾を引っ張る。このモンキーはいつもそばにいるが、一緒にループを繰り返しているのかはわからない。
プリンプリンはモンキーをそっと抱き上げて膝に乗せる。
キィ、と鳴きながら見つめてきた。
すると向こうから誰かが早足でやってくる。
ふわふわの白い髪が揺れ、成長期特有の細く長い手を振っていた。
「プリンプリン! よかった、ここにいたんだ」
探したよ、とボンボンが息を弾ませながらプリンプリンの隣へ腰かける。
プリンプリンは問いかけた。
「どうしたの?」
「きみが、傷ついているんじゃないかと思って……」
ボンボンが肩を落とす。
「だって、あの、ベベルはプリンプリンを疑ってかかってひどいよ。カセイジンもナンかきみに冷たいしさ。友だちならもっと、こう……」
身振り手振りで表そうとしてくれているが、苦戦しているようだ。
プリンプリンはボンボンに言った。
「二人は自分こそ本物のエンジニアだと言っているから、わたしが偽者だって責めるのは自然な流れだわ」
「え? きみが、本物のエンジニアなんだろ?」
「……そうだけど。でもみんなに信じてもらえる証拠はなくて」
「おれは信じるよ!」
まっすぐな信頼がプリンプリンは嬉しかった。
ボンボンは演技が下手だから嘘を言っていたらすぐにわかる。
他のループでグノーシア汚染されていた際、役職を騙りにでた瞬間に怪しまれるほどだ。
本気で悩んでいるのか、ボンボンは髪をくしゃくしゃとかきなでた。
「うーん……二人が何を考えてエンジニアを騙っているのかわからないけど。自分が本物だと思ってもらうために、きみを偽者ってことにしたいのか?」
「そうねえ……」
当たり前のことを『今知りました』といった様子のボンボンに、プリンプリンは苦笑いで応じる。
「まあ二人がきみにキツく当たる理由はわかったよ。
でもさ……オサゲはワケわかんないよ。どうして友だちのきみじゃなくて、他人のベベルをかばうようなことするんだ。
おかしいよ」
プリンプリンは『確かにそうだな』と思った。
オサゲは元々自分の友だちだから、他のループで何の証拠もなくてもかばってくれることは多々あった。
しかし、このループでは早い段階からベベルに懐いている――。
(まさか……)
これまでの記憶をたぐりよせ、ひとつの仮説が浮かびあがった。
ボンボンはまだ思い至っていないのか、ぶつくさ文句を垂れている。
「そうさ。だからカッとなって投票しちゃった……。思い返すと、かわいそうなことしたかな。
でも、あいつのほうがひどい。なぜトントンへ投票したんだ? おかげでトントンは凍っちまった。
アイツ、いけ好かないけど頭がいいもの。こういう場では頼りになったのに」
そこまで言って彼はもう一つ良くないことを思い出したらしい。
「そう、トントンといえば……
どうしておれに投票したんだろう?
おれ、かばってあげたのに。何か気に食わなかったのかな……」
居心地悪そうに背を丸めるボンボン。
プリンプリンは彼が落ち込むのを見ながらも、その事実にハッと息を飲んだ。
(そうだわ。トントンの投票先は、ボンボンだった……。
聡明な彼のことだもの。気分だけで決めるなんて、有り得ない。
絶対に何か意味がある)
でも、プリンプリンには今回のループのボンボンが特段おかしいとは感じられない。
感情まかせだがプリンプリンには優しいし、友だちの異変に戸惑いもしている。
トントンの真意を考えていると、ボンボンからいきなり手を掴まれた。
「ね、ねえ! プリンプリン……やっぱりおれと組もう! 協力しよう!」
握りしめられた手が痛い。
三度目の協力要請にプリンプリンはすこし怖くなる。
(このループのボンボンは……ちょっと、しつこいな。どうしてこんなに協力したがるの?)
しかし彼もまた、どこか怯えている様子だった。
プリンプリンよりはしっかりしているものの、まだ少年らしく華奢な肩が震える。
彼は下を向いたまま枯れた声で言った。
「おれ、怖いんだ……」
やっとの思いで吐露できた、といった風の言葉は真実味を帯びている。
ボンボンの、青とも緑とも形容しがたい色の瞳が揺れていた。
「オサゲもいつもと違うし、カセイジンは嘘をついている。
トントンはかばったおれに投票してくるし……マイホームさんや、ワットさんもいない」
すっかり気落ちした様子の彼に、プリンプリンは疑うのが申し訳なくなってきた。
(そうだわ。ボンボンは、どのループでも素直なだけ……今回はみんなが疑わしかったり、いなくなったりして参っているんだわ)
そう解釈するとプリンプリンは彼の手を握り返した。
男の子らしい筋ばった手。
ボンボンがパッと顔をあげる。
「プリンプリンだけなんだ。いつもどおりなのは、きみだけだ」
見つめられながら懇願される。
碧の瞳からぽろりと涙がこぼれた。
「きみしかいない。きみしか信じられないんだよ」
トントンの最後の投票を思い返しながらも、プリンプリンには憔悴しきったボンボンを放っておくことができない。
「わかったわ。そんなに言うなら、協力しましょう……」
受け入れられた瞬間、彼の体から緊張が解けるのがわかった。
「よかった……プリンプリン……。
おれ、信じてたよ! プリンプリンなら受け入れてくれるって!」
繋いだ手にさらに力が込められ、プリンプリンはわずかに顔をしかめる。
きっと彼は心から安心しただけだろう。そう思おうとしてもボンボンの手は冷たい汗がにじんでいて、まだ震えている。
それでも声だけは熱を帯びていた。
ボンボンが前のめりで歓喜の言葉を並び立てる。
「おれを選んでくれるって! 信じてくれるって!
本当にうれしい。
これからは二人で協力して、頑張ろう。一緒に最後まで残ろう!」
眩しいアルトコの陽がさして、彼の背に覆いかぶさる。
うつむいた表情が影になってすこし見えづらいが、プリンプリンには笑っているように見えていた。
ボンボンが手を離すことなく、言いすがる。
「ねえ、プリンプリン。
明日も会えるよね?」
【Day2 Finish】
【コールドスリープ:トントン】
【残り6人】
【Who is the Gnosia?】
【and……】
【Who is the liar?】
☆プリンプリンの航海日誌☆
診断によりグノーシアを1体特定。
役職のおさらい。
診断結果が正しいにも関わらずプリンプリン自身も疑いをかけられた。
おかげで彼女をかばったトントンがコールドスリープになってしまった。
トントンが冷凍前に『このループでプリンプリンが深く傷つく』と残した。
【Day2 エンジニア診断結果】
プリンプリン……ベベル/グノーシア
カセイジン……ボンボン/人間
ベベル……マノン/人間
⚠エンジニアを騙る2人のうち、グノーシアを特定。もう片方はバグかAC主義者である。
※グノーシアは仲間どうし同じ役職でカミングアウトしない。
・ベベル
……グノーシアだと診断された。プリンプリンが本物のエンジニアなので間違いない。
自然な演技でみんなからの追及を逃れた。
本来は心優しく、妹思いの青年だがグノーシア汚染により精神が変質してしまっている。
・カセイジン
……ベベルがグノーシアだと確定したため、こちらはグノーシアではない。AC主義者かバグの2択だが、間接的にベベルを支持するような発言からAC主義者ではないかとプリンプリンは読んでいる。
残った乗員の中にグノーシアの片割れ、バグが残っている可能性がある。
また人間側の味方である守護天使が残存していれば希望が持てる。
⚠初日で凍ったマイホームがバグかグノーシアであった可能性もある。
・ボンボン
……カセイジンに『人間』と診断を受けたにも関わらず、なぜかプリンプリンを盲信している。
オサゲがトントンのコールドスリープのきっかけとなったため、友人の彼を拒絶。票まで投じている。
3度目の協力要請でプリンプリンと組むこととなった。
・オサゲ
……議論終盤で急に疑いを向け、トントンのコールドスリープのきっかけとなった。
役職のおさらいの際、やけにベベルに懐いていた。他のループでもだれかをかばう傾向はあるものの、ここまで露骨にプリンプリンとの友情をないがしろにはしない。
・マノン
……ベベルから『人間』と診断され、自分は人間であると兄へ告げて喜ぶ。
昔から兄に守られてきたので、自分も兄を守りたいとのこと。
しかしプリンプリンにも嘘を感じないと擁護し、トントン追及にも気まずそうにしているだけで中立的な態度。
【コールドスリープ】
・トントン
……プリンプリンの診断報告を重視し、べベルを疑っていたが反対に『おまえは公平ではない。プリンプリンばかりかばって、そちらこそグノーシアではないのか』と疑いをかけられ、わずか2票で凍結となった。
【消滅】
・ワット博士
……空間転移前『夫の無念を晴らす』と見得を切ってしまったためにグノーシアが報復を恐れて排除したか。
トントンがバグやグノーシアだった可能性も否定できないが、彼自身は『今回はただの乗員』と言っている。行動もプリンプリン擁護が多かったため、人外にしては発言内容に筋が通っていた。
ヒントとしては、最も破たんした行動を取った人物が何者であるか考えると他の役職も見えてくるだろう。