空間転移後、全員が予想していたとおりメインコンソールへ集合するようにアナウンスがあった。
議論卓をぐるりと囲む顔ぶれもどんどん減っている。
(カ、カセイジン……)
モンキーを連れたプリンプリンはすぐに気がついて、隣のボンボンへ寄りかかった。
カセイジンがいない。
それはグノーシアの標的が誰だったのか暗黙のうちに伝えている。
『カセイジン様の反応がございません』
ボンボンも『LeVi』の報告を聞いて『ああ……』と生返事だった。
まだ指先まで冷たいプリンプリンの顔を覗き込んでくる。
「プリンプリン、カセイジンは人間だったということ?」
「ええ……」
なぜならプリンプリンはカセイジンを診断していない。
カセイジンはグノーシアに襲われて消えた。
人外――バグであれば、そんなことは有り得ない。
バグはグノーシアの襲撃を無効化し、真のエンジニアに診断された時のみ消えうるのだから。
「そっか……」
ボンボンはうつむいて友だちの消滅に心を傷めているようだった。
嘘つき呼ばわりしても、これまで旅を共にした仲間。簡単に割り切れるものではないらしい。
「キィ〜……」
モンキーもしっぽを下げ、肩を落としている。
ボンボンがその頭を撫でながら尋ねてきた。
「カセイジンは、グノーシアによる消滅を望んでいた……?」
「――そういうことになるわ」
彼にしては理解が早い。すらすらと予想される事実に辿りついていた。
プリンプリンは知っている。
ボンボンは地頭はそう悪くないのだ。
普段は考えるのが苦手と思考放棄しがちだが、ここぞと言う時は核心をついてくる。
(やっぱり、カセイジンのことショックなんだわ……)
ボンボンは碧の瞳で宙を見た。
「なら……望みどおり、だったのかな。
グノーシアに消された時、何を思ったんだろう――。
本当に、そんな終わり方で良かったのかな……?」
彼の目に、うっすら涙が浮かんでいた。
プリンプリンは答えることができない。
これは『銀の鍵』の采配であり、カセイジン本来の望みではない。
無限にあるループの一つでプリンプリンの友だちが消えた――それだけが確かな事実。
議論卓を挟み、オサゲも下ばかり見ている。カセイジンの消滅に動揺しているのはプリンプリンとボンボンだけではないのだ。
それなのに――哀しみを共にすることができない。
お互いに距離を感じ、近づけずにいる。
ふとオサゲがこちらを見た。
ボンボンも視線に気づいたのか彼を一瞥したが、すぐにそっぽを向いてしまう。
プリンプリンはきのうまで仲の良かった二人の変わりようにまた胸を痛めた。
(もしループが終わったとしても、その時にこんな状態だったら……旅を再開なんて、できるのかな)
変わらないのはいつだってモンキーだけ。
プリンプリンたちは元の仲良し四人組に戻れるのだろうか――。
(とにかく、このループから早く抜け出さないと)
トントンの言葉を思い出し、まだ続くループの中で元の宇宙に近い世界を見つけるべく最善を尽くすだけだ。
それしか『銀の鍵』に対抗しうる術がない。
三者三様に友だちの消失を悼んでいると厳しい声が急かした。
「そろそろ議論をはじめようか」
ベベルだった。
彼の隣にオサゲ、みんなから少し離れたところにマノンが立っていた。
立ち位置で陣営がわかるようになってしまっている。
(マノンはベベル擁護一辺倒ではなくなってきているみたい)
彼女の表情からハツラツとした活気がなくなっていた。
代わりに思い詰めたような顔をして、一人ぽつねんとしている。
マノンの様子を見ていたら横からボンボンが聞いてきた。
「プリンプリン、だれを診断したんだい?」
ボンボンのまなざしにプリンプリンがうなずく。
す、と顔を上げて宣告した。
視線の先にはお下げ髪の友の姿。
「オサゲ……わたし、あなたを診断してみたの。
そしたらグノーシアだって……」
プリンプリンの声が震える。
昨日ボンボンに言われた際、覚えた違和感そのままに診断対象を決めた。
やはり予想は正しくグノーシア判定が出た。
(ということは、オサゲがべベルと一緒にカセイジンを襲ったの?)
まだ整理しきれない胸中を抑えつつ彼を見る。
口元に手をあて、落ち着かない様子だった。今日ここにやってきた時からそうだ。
そのうろたえようをボンボンも一挙手一投足見逃すまいと見つめている。
しかしプリンプリンの診断にベベルが挙手で応じた。
「奇遇だね。私もオサゲを診断した。
こちらの診断では彼は人間だよ。きみの結果は矛盾している」
同じ人物を診断している――。
プリンプリンから見れば、診断した『ふり』だ。ベベルの言葉は嘘。
だが彼には虚言を真実だと信じさせるだけの落ち着きがある。
(すでに怯えているオサゲと違って、ベベルは簡単には攻略できないわ。
これまでの場数が違う)
プリンプリンは唇をきゅっと噛み締め、彼の次の言葉を待つ。
ベベルは淡々と告げた。
「ということは……私たちは二人ともカセイジンを診断していない。
彼はバグではない――グノーシアの手で宇宙からの消滅を望む『人間』だった、というワケだ」
プリンプリンと同じ結論ではあるが、ベベルが言うのには違和感を覚えた。
「それは、性急では? カセイジンが本物のエンジニアだった可能性もあるのに……?」
ベベルから見ればそのハズだ。
しかし彼はプリンプリンをちらと見やると、
「いいや、それは有り得ない。
何故なら私こそが本物のエンジニアだから。
――彼が人間であるなら、AC主義者と判断するしかない」
難なく『我こそは真のエンジニア』と宣言する姿は、はたから見てごく自然だった。
プリンプリンはガンと頭を鈍器で殴られたような衝撃を受ける。
先を越された。
プリンプリンは自分こそが本物だとわかっているが、ループを繰り返すうちに物事を俯瞰して見るクセがついてしまっていた。
今のはベベルの反応が見事だった。
「まるで自分は本物ではないような物言いだ、プリンプリン」
発言ひとつで足元をすくわれる。
何度も経験してきたハズなのに、その経験が足を引っ張ってしまった。
ベベルは勝ち誇る訳でもなく事実を述べる体でプリンプリンを追い詰める。
「そうとも。カセイジンが人間ならば――きみこそがグノーシアなのだから」
これが狙いだったのだ。
プリンプリンの診断をみんなに嘘だと知らしめたい。
そうすればベベルもオサゲもグノーシアだという診断を無効化できる。
(そのためにカセイジンを狙ったんだわ……おそろしいひと!)
たとえカセイジンがバグであったとしても、次の議論で彼を排除対象に選べばいいだけのこと。
彼にとって最もメリットのある選択肢。
プリンプリンは怒りが沸沸と湧き上がるのを感じる。
(人の死をただの道具として扱うような、そんな真似を……)
本来のべベルが、そんな人ではないとは知っている。
グノーシアの本能が彼を動かしただけ。
わかってはいるが、プリンプリンは友だちを駒のように切り捨てた目の前の敵を許すことができない。
「それは、わたしにだって言えること」
プリンプリンはかすれた声で言い返す。
目に涙を浮かべながらも彼女はベベルから目を離さなかった。
「わたしの目から見ても、カセイジンは偽者でありながら人間。
だとしたらあなたがグノーシア。診断にだって、そう出てる。
あなたの言い分は一方的です」
プリンプリンの反論を、ボンボンもマノンも固唾を飲んで見守っている。
ボンボンは、きのう協力してくれると言った。
問題はマノンだ。
彼女の判断が今日の投票を左右する。
彼女のエメラルドグリーンの瞳は、戸惑いの色を見せながらも真実を見極めようと爛々としていた。
妹である彼女が今日の議論の鍵であるのはベベルもわかっている様子だった。
プリンプリンと同じくマノンの様子を伺っている。
彼はプリンプリンの言葉を受け、また新たな疑念を持ち出した。
「確かにきみの立場ではそう言わざるを得ない。私にも、真のエンジニアであると明確に証明できる手立てはない――。
だが、きみの不自然な点を挙げることはできる。
きみが二日連続でグノーシア判定を出していることだ」
ベベルは一拍置くとプリンプリンへ根拠とやらを並べ立てる。
「きみは、昨日は私を診断してグノーシアだと言った。エンジニア候補から診断対象を選んで、そうなるのはわかる。
私とカセイジン、二分の一だからね。
しかし、今日は単なる乗員であるオサゲをグノーシアと言い当てた。
きみの視点では私はグノーシア。今日の診断からは外れる。
今度は単純な確率ではない。コールドスリープした者がグノーシアだったかもわからないのだから。
それを踏まえて五分の一。
――連続で当てるのは不自然じゃないか? まるで狙いすましているかのようだ」
プリンプリンに狙いを定めているのは、彼のほうだ。
もはや脚本が出来上がっているかのよう。
「おそらくきみは焦ったのだろう。仲間のグノーシアであるトントンがコールドスリープに追い込まれたからな。
それで、昨日きみに不利な疑いをかけたオサゲをグノーシアと判定し、追い込もうとした……。
違うかい?」
わざわざ発言の機会まで用意してくれるとは。
ここで不用意な発言をすれば、隙を突かれる。
プリンプリンは端的に答えた。
「……違います」
しかし言葉ひとつだけでもベベルが切り返すには充分。
「ではなぜ、オサゲを診断したんだ? 私は彼がきのう勇気ある告発をしたから、彼の立場を保証しようと思って決めたんだよ。
そしたら案の定だ。きみは彼を陥れようとした」
何を言ってもすでに書き終えられたシナリオに当てはめられ、ねじ曲げられていく。
八方塞がり、という単語がプリンプリンの脳裏に浮かぶ。
そこへ幼い口調での抗議が飛んできた。
「そうだよ。ひどいや、プリンプリン……」
ベベルの後ろでオサゲが言った。ボンボンと同じく嘘が苦手で、目が泳いでいるもののプリンプリンへの敵意は感じる。
診断結果からわかっていたが裏切りを目の当たりにしてプリンプリンはやっと実感が湧いた。
オサゲもまた、グノーシアとして元の彼から変質してしまっている。
(これはわたしの友だちのオサゲじゃない……)
プリンプリンは途方に暮れ、長いまつ毛で潤んだ瞳を隠した。隣のモンキーがドレスのすそを握ってくる。
何度も経験したことなのに理解した瞬間はいつも傷つく。
黙り込んだプリンプリンへベベルが畳みかけた。
「昨日、私たちはグノーシアを一人追い込んだ。
だから今日きみをコールドスリープに選べば終わりなんだ。この虚しい話し合いに終止符が打たれる」
真のエンジニアであるプリンプリンにはわかっている。
今日、彼らのうちどちらかを凍らせることができなければ船はグノーシアに占拠される。
それは阻止しなければならない。
頭ではわかっていても言葉が出てこなかった。
ここまで用意周到に吊し上げられると想像していなかったから。
(トントン……あなたならどう切り抜けるの……)
とうに別の宇宙へ行った彼を想っても仕方がない。
だが……。
プリンプリンがほとんど泣きそうになった瞬間、よく通る声がメインコンソールを揺らした。