ボンボンとしては単純に友だちとの仲を阻まれたから言い返したのだろうが周囲は気づいた。
確かに、この船で出会ったばかりのベベルとオサゲがやたらかばいあうのは違和感がある。
(グノーシア同士、協力しなければならない。どのループでも不自然に仲がいい組み合わせは疑いの対象になる……)
議論を繰り返したプリンプリンは元からわかっていたが、今のボンボンの言葉でマノンにも伝わったらしい。
兄のベベルとオサゲを硬い表情で交互に見つめる。
ボンボンが無意識に指摘した違和感についてオサゲも自覚したのか押し黙り、青い顔でお下げ髪を握りしめていた。
張り詰めた空気が場を満たす。
完全に状況がひっくり返ったのを見て、ベベルがボンボンの顔を上向かせた。
無理な体勢でボンボンが咳き込んでもお構いなしだ。
ベベルは険しい表情でボンボンを見つめている。
「――私は、ここまで話が通じない相手は初めてだ……!」
確かにボンボンの訴えは単なる印象論に過ぎず論理としては破たんしている。
だが、その単純な指摘が周囲を巻き込んだ。
ベベルが――オサゲ含むグノーシア側が構築してきたシナリオを土台から破壊した。
(ボンボンからは、嘘も何も感じないわ……素で、こんなことをしたの?)
プリンプリンは彼の発言で救われた側だが空恐ろしいものを感じる。
誰かを陥れようと考えているワケでもなく、純粋な感情だけで議論の場を崩壊させた存在。
いるだけで混乱を招く者。
プリンプリンの脳裏にトントンの昨日の言葉が浮かびあがる。
『このループは湿った、重苦しい空気に満ちている。おそらく「銀の鍵」の求めている何かがある――。
そして……きみはきっと、深く傷つく』
プリンプリンはこれまでの騙し合いの議論の場で充分傷ついてきた。
これ以上に傷つくものとは何なのか、ピンと来なかった。
だが――。
(ボンボン……あなた、本当にいつものボンボンなの……?)
プリンプリンが隠れて怯えているとマノンが挙手する。
「あの……とりあえず、落ち着こうよ。兄さんもボンボンも離れたほうがいい」
場を冷まさせようと一声かけたようだった。
妹に言われ、ベベルがボンボンから手を離す。
解放されたボンボンは地に足をつけ、呼吸を整えていた。
二人が落ち着くのを待ってから、マノンが再び口を開く。
「僕は正直……迷ってる。
兄さんのことはもちろん信じたいけど、ボンボンの哀しみにも嘘はないし……」
言って彼女はプリンプリンを見やる。
「兄さんは彼女がグノーシアだって言うけど、僕はそうは思えない。
プリンプリンはこれまで真摯にエンジニアとして報告を続けてきた……でも、だとしたら兄さんは……」
「マノン……」
ベベルは妹からの疑惑にわずかにショックを受けたようだった。
マノンはそれにあえて触れず、顔をあげる。
彼女は細い指である人物をついと指し示した。
「でも、一つだけ確かなことがある。
――その子が嘘をついている、ってことさ」
その先にいるのは……オサゲ。
彼は一際大きく体をはねさせ、マノンから目をそらす。
「昨日からずっと怯えている。威圧的だったトントンを怖がっているのかと思ったが……違う!
彼は今日も震えている。誰とも目を合わそうとしない。明らかに様子がおかしいんだ」
怯えるオサゲとは対照的にマノンは確信したように言う。
しかし、ここでベベルがまた間に入った。
「待ってくれ、マノン。彼が怯えているのはボンボンから厳しく追及されたからだ。
彼は最初からオサゲへ敵意を向けていた……それが伝わった、とは考えないのか?」
もはや開き直ったのかあからさまにオサゲへの擁護をはじめた。だが彼の言い分は無視できるものではない。
マノンも理解しているからこそ大きくうなずく。
「ウン。だから、みんな僕にすこしだけ協力してほしい」
彼女は元よりそれだけで判断するつもりはなかったようだ。
残った全員に目配せし、力強く言う。
「『自分は人間だ』と一人ずつ宣言してほしいんだ」
プリンプリンには見慣れた展開だった。
非論理的だが意外にも各ループで使用するメンバーは多い。
カセイジン、マノン。それにトントン。
全員、直感が高く嘘を見抜く力が高い。原始的ではあるが一定の効果は確かにあると証明されている。
しかし、そのような記憶がない者には戯言に思えても仕方ないかもしれない。
ベベルが眉をひそめる。
「何を言っているんだ。そんな子どものようなことを……」
しかしマノンは引かない。手を握りしめ、彼に打ち明かす。
「兄さん。僕には、カセイジンが嘘つきだとわかっていたよ」
「……うん?」
「人間だったのには驚いたが初日から変だと思っていたんだ。そこの彼よりは演技が上手かったけどね――」
エメラルドグリーンの瞳にとらえられると心を見透かされてしまいそうだ。
マノンは兄であるベベルですら射抜くような目で見つめる。
「嘘をついているかどうかはナンとなくでもわかる。僕は自分の目と耳で判断したいんだ……お願いだよ、兄さん」
彼女の気迫にベベルも折れたらしい。
頭を垂れ、ただしキッパリと答えた。
「そこまで言うのなら。
マノン、私は人間だ。この議論を終わらせたいと願う人間だよ」
上げた顔には妹へ切々と語りかける兄の表情があった。
黒曜石を思わせる瞳がマノンへ向けられる。
視線を受けてマノンも黙ってはいるが普段と変わらぬ彼に心が揺れている様子だった。
(やはり彼は崩れないわ……)
ここ一番で動じないベベルにプリンプリンは感服する。
だが予想どおりではあった。ならば自身がするべきことは、ただ一つ。
モンキーがトン、と背を押してくれる。
「マノン。わたしは人間です」
対抗して宣言した。
マノンがこちらを向く。
プリンプリンは自身が確かに人間だとわかっているから、恐れる理由はない。
「わたしが本物のエンジニア。彼は偽者です」
堂々と真実を口にするだけだ。
マノンを見つめ返し、プリンプリンはこれまで自分が得た事実を述べてゆく。
「あなたの兄はグノーシア汚染されている。残念だけれど事実です。……放っておいたら船は占拠されてしまいます」
船に五人しか残っていなくても、助けられる人がいるなら救うべきだ。
自身がグノーシアや他の思想に侵されていない時は、どのループでもプリンプリンは願っている。
「わたしはエンジニアとして、それを阻止したい。
どうか信じて、マノン……」
彼女の言葉には、これまで幾度となく間違えてきたために無くした生命の重みが宿っていた。
このループのマノンがそれらを全て受けきれるとは思わないものの真剣に耳を傾けてくれているようだった。
「キィ〜〜〜キャャキャキャキャ」
モンキーがよくできました、とばかりにプリンプリンへ拍手する。
ベベル、プリンプリンと宣言が終わり、残りはオサゲとボンボンだ。
オサゲはうつむいて手を合わせていたが、勢いづけて言おうとする。
「ぼ、ぼく……!」
口ごもりながら、みんなを見渡した。
周りの視線が辛いのか身をすくませる。
「ぼく、人間だよ……!」
それが彼の精いっぱいのようだった。
これまで宣言を終えた二人と比べて自信のなさが露呈してしまっている。
マノンも『やっぱりな』といった表情で深くため息をついていた。
仲間であるベベルも擁護せず、こればかりはただ見守るのみ。
(オサゲ……こんな方法で追いつめてごめんね……)
プリンプリンが提案した訳ではないのだが、これがグノーシアやバグといった人外を炙りだすのに有効な手だと知っている。
でも友だちが無理に嘘をつくのを見るのは辛いし、かわいそうだ。
ボンボンも震えるオサゲを見て何か思うところがあるのか黙りこくって宣言まで時間をかけている。
どこか顔色が悪い……。
(どうして何も言わないの?)
沈黙が続けば続くほど不安がプリンプリンの胸のうちを占める。
もしかして、ボンボンは――。
誰もが注目する中で彼はようやく沈黙を破った。
「……よくないんじゃないかな。こんな、人を試すようなやり方。
おれは嫌い」
プリンプリンができれば聞きたくなかった言葉。耳にした瞬間、頭が疑念に満たされる。
(どうして? なぜなの、ボンボン……)
そんなプリンプリンの気持ちを露知らず、ボンボンがオサゲへと語りかけた。
「なあ、オサゲ。お前さんも辛かったんだな……おれ、言いすぎたよ」
「ぼ、ボンボン……!」
これまで辛く当たってきたボンボンにまた友人らしく振舞われたことでオサゲは警戒を解いたようだった。
自分は許されたのだ、と感激したのか駆け寄ろうとする。
だが、その前にベベルが立ちはだかった。
彼はオサゲやボンボンよりもずっと背が高く、そびえたつ壁のようだ。
「な、何するの? ボンボンとこに行かせてよ!」
「やめたほうがいい」
すがりつくオサゲにベベルは冷たい声で言い放った。
ゆらりと顔をボンボンへ向け、尋ねる。
「この場でその発言をした、ということは――覚悟があってのことだね?」
ほの暗い目にボンボンも自分への敵意を感じたのか身を縮める。
不気味なほど落ち着き払ってベベルが問いかけた。
「きみ、なぜ『人間だ』と宣言しなかったんだい?」
プリンプリンも引っかかった。
ボンボンはオサゲを心配する素振りで宣誓をごまかした……。
人間ならばおかしい。ただ宣言するだけで乗り切れるのだから。
(ボンボン……どうして言ってくれないの?)
プリンプリンは、彼を信じたい。
トントンも、カセイジンもいなくなった。オサゲはグノーシアだった。
それなのにボンボンまで人ならざる者と来たら、このループでプリンプリンはひとりぼっちだ。
疑いたく、ない。
でも。
「……さっきも言っただろ。おれ、そういうやり方は嫌いだよ」
ボンボンは頑なに言おうとしない。ベベルの格好の的になるとわかっているだろうに。
案の定ベベルの追及も終わらない。
「嫌いか、どうか聞いているんじゃない。ではこうしよう。
――きみは、人間か?」
宣誓でなくイエスかノーだけでいい。ぐっと答えやすくなった。
しかしボンボンは言いづらそうに、
「……答えたくない……」
と返す。
碧の瞳はベベルをとらえたままだが先ほどまでのぎらつきは弱まっている。
ベベルは首を振った。
「よおくわかった。きみが何者であるかがな」
彼はボンボンから目を離して背を正す。
「……きみはただの乗員じゃないな? これまでは感情任せの子どもだと見てきたが、違う。
純粋無垢の仮面をかぶった策士だ」
プリンプリンは『それも違う』と思うが言い返せない。
自分を助けてくれたボンボンを擁護したいが反論できるだけの材料がない。
しかしべベルはボンボンを責め立てる証拠がいくらでも出てくるようだ。
「話しながら気づいたが、きみ、初日からプリンプリンにばかり協力を求めていたな。仲がいいんだろうぐらいに思っていたが、おかしいね。
初日はともかく、二日目に彼女へ協力を申し出るのはおかしい」
「ど、どうして?」
ボンボンはわかっていないらしくベベルへ聞く。
「カセイジンがきみへ『人間』という診断を出していたからさ。
……普通、自分を人間だと保証してくれた相手に砂をかけるような行為はしない。
きみは『おまえの診断は信頼するに値しない』と言っていたも同然だった」
だからカセイジンも『何を考えているのか』とあの時に尋ねた。自分の立場が危うくなるからだ。
ボンボンはまだ理解できていないのかむくれる。
「だって……カセイジンは嘘つきだった。嘘つきは大嫌いだ」
彼の素直さが裏目に出てプリンプリンは焦った。
(ボンボン、気づいて。その発言は足元すくわれるわよ……)
ベベルが相手だと些細なミスが命取りになる。
ボンボンの発言を受け、彼はすぐに聞き返してきた。
「へえ、カセイジンの嘘をきみは見破ったのか。
――どんな嘘だったんだい?」
「それは……ァ……」
ボンボンは正直に答えようとして言葉に詰まった。
言ってしまえば終わりだと気づいたのだろう。
すっかり口を閉ざしたボンボンをベベルは品定めするかのように見ていた。もはや相手への信頼や気遣いなどとうに投げ捨てている。
「言えないのか? なら私が代わりに言ってあげよう。
きみはカセイジンの『ボンボンは人間』という診断を聞いて、彼が偽者だと見破ったんだ。
それが可能なのは……きみが『人間ではないから』。
そうだね?」
ボンボンからいらえはない。
ベベルは構わずに続ける。
「そしてもう一つ疑問が生じる。
きみはカセイジンの診断を無視し、あたかも彼の診断など関係ないそぶりを貫きとおした。
グノーシアであれば有り得ないことだ。カセイジンが最高のアシストをしてくれたのに乗らない理由がない。
よって、きみはグノーシアでもない……」
破たんなき論理が完成した。
彼はハッキリとした声で、たどり着いた真実を叩きつけてくる。
「代わりに本物かもしれないプリンプリンへすり寄り、協力を申し出る……友好的な態度を見せて自身を疑わないように仕向ける。
それもそのはず、きみはナンとしてでも他のエンジニアから診断されるのを防ぎたかっただろうからね。
ここから導き出される結論はただ一つ。
……きみが、私たち全員の敵だということだ!」
強固な論理にボンボンが息を呑んだ。
プリンプリンも頭の中に浮かんだ一つの可能性に向き合わねばならない――。
(ボンボンがバグ……)
グノーシアではない人ならざる者。
最後まで残せば宇宙を崩壊させる存在。
宇宙のエラー……これまでのループにもいて、プリンプリンは何度か宇宙が消えゆく瞬間に立ち会った。
今度のループではボンボンがバグだというのか?
(わたしはボンボンを消失させなければならないの?)
胸が張り裂けそうだ。
今日の議論では凍らせるべきではないとわかっている。グノーシア二人を見逃せば瞬時に人間側の敗北が確定する。
だとしても。
今日を乗り切ったら?
ボンボンを診断しなければバグ排除の機会を逃すことになる。
プリンプリンの手で彼を消さなければならない?
(そんな、こと……)
何度かやってきたことだ。
バグだと確信した相手を診断して宇宙崩壊の芽を摘む。訪れた宇宙を残すための手段。
だが今回のループのボンボンはプリンプリンへかなり友好的だ。
周囲を信じられない、と涙しながら震える手を伸ばしてきた。
その手をプリンプリンは取った――昨日の出来事だ。
それを、振り払えと?
プリンプリンが頭を抱えている間にもベベルの追及は続いている。
「きみは初日から生き残ることに特化していた。だからマイホーム氏へ票を集め……」
「違う! それは本当に口がすべっただけ……」
「『それは』? 他は別なのか? 何か意図があるのか⁉︎」
「違う……」
わななく唇でボンボンが反論する。
だが今までの強気はどこへやら、まるですがるような物言いだった。
碧の瞳が揺れている。
「おれがプリンプリンに協力を申し出たのは、プリンプリンだけがいつもと変わらなかったから……。
オサゲも、カセイジンも、様子がおかしかった。まるで別人になってしまったようで、とてもじゃないが信用できない。
マイホームさんやワットさんみたいな大人は真っ先に消された。
ま、マイホームさんはおれのせいかもしれないけど、でも、本当にそんなつもりはなかった。次の港に着いた時に起こせばいいや、って……こんなことになるなんて、思ってもみなかった!
トントンもかばってやったのにおれに投票していたし……もう……どうすればいいのか! わからなかったんだよ!」
彼の言葉は真に迫っているからこそ人の心を動かせる。
プリンプリンも、彼が本心で動いているからこそ迷う……。
だが感情論は議論の場では切り捨てられるべきだ。
冷徹なグノーシアの性質からベベルだけがそれを理解できているように見えた。
「トントン? トントンか……『LeVi』、昨日の投票結果を見せてくれ」
『承知しました』
真ん中のホログラフに昨日の結果が表示される。
確かにトントンはボンボンへ票を投じていた。
船内でも冷静沈着で論理を重んじるトントンが、あの場で怪しまれていなかったボンボンを排除しようとした事実。
その重さを理解できぬほどベベルは愚鈍ではない。
「彼は、わかっていたんだな。私が今日たどりつけた事実にひと足早く気づいていた。……ッチ!」
珍しくベベルが舌打ちする。
本気で苛立っているのか前髪をくしゃりとかきあげた。
「私が愚かだった。昨日はトントンを凍らせるのではなく、手を組むべきだった。一票を動かすだけで結果は違っていた。
たった一票だ! あと、たった一票で……!」
彼は悔やむようにボンボンを見下ろす。
その目にはすでに敵意しかなかった。
「全員の敵であるきみを冷凍送りにできていた……!」
『グノーシアではないか』と責められるよりも残酷だった。
全員の敵。この宇宙に存在するすべての物質を消し去る。
そこにいてはいけない者。
突きつけられたボンボンは目を見開いて、ただただそこに立ち尽くしていた。
だらんと垂らした手が震えている。
十五歳の少年が背負うにはあまりに大きかった。
透きとおる碧の瞳から大粒の涙が流れる。
声もなく、ただ瞳からぼろぼろと。その体の水分がすべてなくなってしまうのではないかと錯覚するほど。
涙のぶんだけ彼の哀しみの深さが伝わってくる――。
そんなボンボンを見て、追い詰めた側であるベベルも一歩下がった。
「よせ。そんな、普通の子どものような顔をするな……!」
事実はボンボンが敵であると明確に指し示しているのに。
目の前の少年が何の変哲もない、どこにでもいるような子どもだったからこそベベルは戸惑っている。
それは他から見ても同じだ。
「もうやめなよ……これ以上は、見てらんないよ」
ベベルとボンボンの間にマノンが立つ。
彼女も今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「マノン……」
「兄さん。ボンボンが宣誓しなかったのは確かに気がかりだけれど、明らかに嘘をついている子と比べたら怪しくはないよ……。
どうしてオサゲのことを見逃すんだい? さっきボンボンが言ったとおり、何かワケがあるようにしか僕には見えない」
マノンの言い分もまた事実だ。
状況証拠を比べればオサゲのほうが明らかに不信である。見て見ぬふりをするベベルもやはりおかしい。
どんなにボンボンがバグである論拠を並べても二人が潔白である証明にはならないのだ。
「ねえ、兄さん。僕は兄さんを信じたかった」
マノンがベベルへ向けるまなざしが変わった。
彼女はいつも兄を尊敬し、信頼していた。
それが、今はない。
「守りたいと思っていた。……だけど、被害は止められないばっかりだ。あまつさえイチバン怪しい乗員をかばいつづけるなんて。
――僕にはもう兄さんを信じられない」
プリンプリンが望んだ展開。
彼女が兄を見限り、こちらの味方になってくれればグノーシアを一人でも凍らせる希望が見えてくる。
それなのに胸が軋む。
(兄妹で憎み合うなんて……本当は、あってはならないわ。二人は手を取り合って生き延びてきたのだもの。
こんな形で仲違いするだなんて)
それが、この船の閉じられた空間では幾度となく繰り返される。
友人だろうが恩人だろうが夫婦だろうが、グノーシア汚染されたというだけで何度も何度も何度も。
マノンが身を震わせて叫ぶ。
「こんな状況で、何を信じればいいって言うんだ!」
彼女は泣きじゃくるボンボンの肩を抱き、議論卓から座席へとうながした。
「行こう……」
マノンはベベルに背を向ける。
この瞬間、二人は決定的に袂を分かった。
ベベルは妹から離縁をつきつけられて唖然としている。強固な仮面が剥がれつつあった。
一方、彼から離れたマノンはボンボンの背をさすりつづけている。
プリンプリンもモンキーと一緒に二人のそばへ腰かけたが、うまく言葉がかけられない。
(ボンボンはわたしを助けてくれたのに……)
素直に信じられるほど、何度もループを重ねたプリンプリンは純粋ではない。
彼女は自分を呪った。
ボンボンが涙声で何か言っているのが聞こえる。
「……って……れた」
マノンが「ん?」と聞き返した。
プリンプリンも耳を澄ませる。
「『みんなの敵』だって言われた……」
ボンボンの悲痛な訴えだった。
プリンプリンは知っている……ボンボンは、嘘がつけない。
これまで彼が言い続けたことはすべて本心。だからこそ、プリンプリンも信じたかった。
彼が誰かの敵になることを決めた訳じゃない。
この宇宙がボンボンへ役割を押しつけた。
「いないほうがいい、って……いちゃいけないんだって」
それはボンボンという人間の本質ではない。
しかしプリンプリンにどんな言葉をかけられるだろうか。
今夜、彼を診断するか否か迷っている彼女に。
口を閉ざすプリンプリンに代わってマノンがボンボンへ告げる。
「そんなことはない……いてはいけない人間なんて、いない。
あっていいはずがない!
もしそんな存在があるのだとしたら……この宇宙が間違っている」
彼女は半ば自分に言い聞かせているようだった。
エメラルドグリーンの瞳が充血して、息も荒い。身を震わせるほどの怒りがマノンからほとばしっている。
「そうだよ。そんな人間がいて堪るもんか……」
プリンプリンは別のループで聞いたことがある。
マノンはアクタ共和国で息を殺すようにして生きてきたのだと。見つかれば前王の遺児として消される。
兄のベベルと身を潜め、見つからないように。
まるでそこにいないかのように。
そんな彼女だからこそボンボンの哀しみを受け止めようとしている。
事実、この場でボンボンを真っ向からなぐさめられるのはマノンだけだ。
オサゲは向こう側の座席に腰を下ろして、ずっと泣いている。
ボンボンのもとへ駆け寄ることもできず、プリンプリンへ歩み寄ることもできずに一人きりで。
ベベルはというと議論卓で佇んでいる。
こちらの様子を伺うこともあるが冷たい目つきだった。
もはや議論の再開などできる状況ではない。
全員、心がひしゃげ、立ち直れないほどの傷を負った。
プリンプリンも例外ではない。
(ボンボン……わたし、あなたを消さなければならないの?)
そっとボンボンへ身を寄せた。彼の体温は普段と変わりなく温かい。
その時、ボンボンがプリンプリンの接近に気づいたのか腕を伸ばしてきた。
引き寄せられ肩へ頭を押しつけられる。
ふわふわの髪が首筋を撫でた。
まだボンボンはプリンプリンを信じている――。
肩を濡らす涙が重くのしかかった。
「そろそろ時間だな」
ベベルが告げてくる。投票の時間が刻一刻と迫っていた。
彼は誰のことも見ないで真正面を眺めている。
「きみたちが混乱するのはわかるが、どうか冷静な判断を下してほしい。誰に投票するべきか――この宇宙を救うために」
ボンボンへの投票をうながしているのがわかった。
マノンはもはや指示を聞かない……だとしたらオサゲへ向けられた言葉か?
プリンプリンはボンボンを抱き返した。
「いいえ。あなたは自分の勝利のために言っているだけよ。
今日グノーシアを凍らせなければ船は占拠される。わたしにはわかります」
彼はボンボンをスケープゴートにするつもりだ。
そんなことはさせない。
プリンプリンは自身を奮い立たせる。
「わたしは、本物のエンジニア。
真実がわかっています……あなたの思いどおりにはさせません」
彼女の決意にベベルはちら、と視線を向け、
「……好きにするといい。後に困るのはきみだと思うがね」
どこまでも的確に答えるだけだった。
プリンプリンも痛感している。
そこを『LeVi』が強制的に議論の幕を下ろした……。
『投票の時間です』