プリンプリンの投票先は初日から同じだった。
ベベル……ベベル、ベベル。これで三度目だ。それなのに凍らない。
彼がこのループの最も恐ろしい敵だと思っていた。今までは。
(違う。わたしが本当に消さなければならないのは……)
今は人間側の敗北を避けるためだと名目も立つ。
だが投票を終えたら最もつらい難題と向き合わなければならない。
プリンプリンのふらつく足をモンキーが支えてくれた。
全員が中央に集まり、視線をモニターへ向ける。
誰も口を開こうとしなかった。
『有効投票数:5。開票します』
【投票結果】
プリンプリン→ベベル ベベル→ボンボン
ボンボン→オサゲ マノン→オサゲ
オサゲ→マノン
オサゲ…2票
ボンボン…1票
ベベル…1票
マノン…1票
『コールドスリープはオサゲ様です』
――――――――――――
「わかっていたことだ」
ベベルはさして驚いてはいなかった。誰もが……コールドスリープを宣告されたオサゲすら今までよりもずっと穏やかな様子だった。
ベベルは顔を横に向け、とある人物を見やる。
「だが……きみたちは、残すんだな。コレを……」
ベベルはもうボンボンを人間扱いしていなかった。
視線を受けとめたボンボンはというと、先ほどまで号泣していたのにすっかり泣き止んでいる。
これで勝ち誇ったり、煽り返したりしてくれればまだ良かった。
ボンボンは目を腫らしてはいるものの無表情だった。
議論内ではあんなに感情的だったのに、涙とともにすべて流してしまったのだろうか。
彼の碧の瞳も、がらんどうの穴のように光がない。
プリンプリンが声をかけられずにいるとボンボンが一歩だけベベルへ歩み寄る。
なんの感情も見えない空虚な目で彼を見上げた。
「ぐ……」
変わり果てたボンボンへベベルもたじろぐ。
ボンボンはベベルをじっと見てから、興味をなくしたように足先を出口へ向けた。
同時に投票ルームがゆっくりとメインコンソールへ降りていく。
ボンボンが早足で出口へ向かっていると、オサゲが彼の名を呼んだ。
「ボンボン」
それにほんの少しだけ足を留めて……。
すぐにまた歩き出した。
ボンボンがオサゲを見ることは一度もなかった。
彼は誰のことも振り返らず、真っ先にメインコンソールから出ていった。
♢
コールドスリープ室でプリンプリンはオサゲが眠るのをモンキーと見守っていた。
寝間着に着替えたオサゲは赤い目をごしごしとこする。
「プリンプリン、ごめんね。騙して……」
オサゲはもはや自分がグノーシアだと隠すつもりもない。
室内に漂う冷気が二人の間に容赦なく吹きつける。
「いいのよ。
……グノーシアに汚染されたら誰も逆らえない。今はゆっくり休むといいわ」
プリンプリンは何度かオサゲをこうして眠りにつかせたことがあるが、友だちの中でもまだ幼い雰囲気が残る彼をこのような目に遭わせるのは抵抗があった。
気になる点があり、最後に尋ねてみる。
「ねえ、オサゲ。どうしてマノンに投票したの?」
ベベルは暗にボンボンへの投票を指示していた。
もしかしたら決選投票の可能性も有り得た。
だとしても、プリンプリンがオサゲへ投票すれば結果は変わらなかっただろうが……。
しかしオサゲはそれすら放棄し、誰にも疑われていないマノンへ票を投じた。
オサゲは重そうな頬をかきながら明かす。
「ぼく、別にマノンが嫌いだったワケじゃないよ。でも……。
イヤだったんだ、友だちに投票するの。
ベベルもかばってくれたし、そしたらマノンに投票するしかなかった」
優しい彼らしい答えだった。
ワットやカセイジンを襲ったのだと信じがたいほど、オサゲはまだ元の気質も残していた。
だからこそ彼のつぶらな瞳から涙は消えない。嗚咽混じりにオサゲが本心を伝えてくれる。
「……ボンボンが、あんなに泣いてるの見たら……投票なんかできないよ。
こんな形になっても、ぼくら友だちだもん」
彼はボンボンをまだ友人だと信じている。
この宇宙の残酷さを想うとプリンプリンも泣きたくなった。
なぜ仲の良かった二人がこんなことに。ベベルとマノンだってそうだ。
これまで経験してきたどのループよりも、物凄い早さですべての絆が壊されてゆく。
「――声が」
オサゲが消え入りそうな声で語りはじめた。
お下げを解いた頭を抱え、何かに怯えるように歯をカチカチ鳴らしている。
「声が、聴こえるんだ。
グノースに従え。グノースを広げよ。同胞を増やせ。この世界すべての生命をグノースへ捧げよ……。
嫌だと言っても、声が声が声が!
頭から離れない……誰かを消すまで!」
プリンプリンもその感覚は知っている。
これまでトントンと集めた情報によると、グノースとは電脳化された人間の集合体。
精神だけになった人間がさらに意識を広げようと贄を求めている。
宇宙を食い尽くすまで欲求は止まらない。
グノーシアとはその天啓を受けた者。
巨大なグノースの手足であり、端末に過ぎない。
プリンプリンは怯えるオサゲをぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫。眠れば、声も収まるからね……絶対に、元のオサゲに戻してあげるからね。
今はおやすみ。怖い声が聞こえない夢を見て……わたしたちが楽しく旅していた日々のことを思い出して……」
プリンプリンがなだめるとオサゲはコクリとうなずき、腕の中でしゃくりあげた。
彼が眠る直前までプリンプリンはずっとそうしていた。
まるで母親のように。
その後、オサゲは穏やかな顔でコールドスリープについた。
友だちの温もりは冷気にかき消され、プリンプリンの体からすぐに薄れていった。
「キキキャ」
モンキーがさびしげに鳴く。
グノーシア反応を示すランプは、まだ紅く灯っていた。
***
プリンプリンはLABで水耕栽培されているジャスミンを見にきていた。
花は好きだ。きれいで、いい匂いがする。
ジャスミンの白い花びらは可憐でプリンプリンの傷ついた心をいくらか癒してくれた。
「キッキッキ……」
モンキーも落ちた花びらを集め、即席のベッドをつくって休んでいる。
水耕栽培室の扉が自動で開かれた。
そこには黒い毛皮のベストに身を包む女性がひとり。
その面は普段より青白く、エメラルドグリーンの瞳ばかりが目立つ。
「マノン、どうしたの?」
プリンプリンが声をかけるとマノンは壁へもたれかかった。
「きみと話したかった」
弱々しい姿にプリンプリンは心配になる。
「……わたしでよければ」
本当は何を言われるか不安だった。
でも、きっとマノンも限界なのだ。
彼女はゆっくりとした足取りでジャスミンのそばへやってきた。
「……プリンプリン。僕は、これからきみを信じることにしたんだ」
マノンも花の香りにすこし気が紛れたのか、乾いた唇にわずかな笑みが浮かんでいる。
プリンプリンもほんの少し口角をあげた。
「……ありがとう」
二人にはそれぞれ本当に信じたかった人がいる。
それが叶わないから互いへ告げるしかないのだ。
白い花びらに顔をうずめ、今のマノンはどこか頼りなげな少女のように映った。
「兄さんは、変わってしまった。オサゲの嘘をかばうことで彼を反対に怯えさせ、ボンボンのことは仇とばかりに激しく責め立てた……。
優しすぎるのが玉にキズと言われていたような人だったのに。
――あれはもう、僕の兄ではない」
ジャスミンの向こう側の彼女がどのような表情かはわからない。ただ声から哀しみが伝わってくる。
それは兄が嘘をついているからだけでなく……。
「でもね、プリンプリン……かばっておいてナンだけどボンボンもおかしいね。
なぜ、『人間だ』と言うだけのことができないんだ?」
ベベルと対立していたボンボンですら信じられないからだ。
かばった相手が清廉潔白であれば正しいことをしたと胸を張れる。だがボンボンは彼女の求めた宣誓を拒否した。
「……誰も彼も、信じられない。嘘をついたり隠し事ばかり」
プリンプリンがうなずいているとマノンの声が急に震えた。
「だから、だからね、プリンプリン。僕はきみだけを信じることにするよ。きみを守るよ……」
プリンプリンには、マノンは正しいことを成そうと自身を奮い立たせているように見えた。
まるで過ちを悔いているかのように。
彼女は白い花々から身を起こすと、顔を見せないようにくるりと背を向ける。
「きみだけを信じてる」
きっと彼女は泣いていたのだ。
その背をプリンプリンはただ見送ることしかできなかった。