…………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。
 私が薄々と目を開けた時、水上偵察機のような音が聞こえてきた。ふと、私は戦闘中に意識を失ってしまったのかと思い、慌てて目を覚ます。しかし、私はベッドに横になっていたようで、それが杞憂であることがわかった。汗が沁みた布団とシーツが気持ち悪い。
 しかし、ここはどこだろう――
(小説冒頭より抜粋)

※pixiv、暁にも投稿しています。

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オシマイシマイの止まない雨

 1

 

 …………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。

 私が薄々と目を開けた時、水上偵察機のような音が聞こえてきた。ふと、私は戦闘中に意識を失ってしまったのかと思い、慌てて目を覚ます。しかし、私はベッドに横になっていたようで、それが杞憂であることがわかった。汗が沁みた布団とシーツが気持ち悪い。

 しかし、ここはどこだろう――私が辺りを見渡すと、部屋にはベッドの他に、扉と、薬品とガーゼの箱が並んだ棚が見えた。逆に言えばそれ以外には何もない。白を基調としているらしい壁紙や調度品――といっても棚とベッドしかないが――は清潔さを感じさせたが、同時に寒々しさをも感じさせた。鼻が慣れていたせいか、今更になってアルコールの臭いが鼻をつく。私にはあまり馴染みがないが、強いて言うなら病院の一室という風情である。私の服が病衣と呼ばれるそれであるところを見る限り、私はどうやら患者として扱われているらしいことを知り、すわ怪我をしたのかと思い身体を見るが、差し当たって特に傷は見当たらない。そもそも、艦娘の怪我はドックと呼ばれる特殊な施設で治すので、ここで寝転がっていることの意味がわからなかったし、鎮守府にこんな一室があったこと自体、知らなかった。否――ここが鎮守府なのかはわからないのである。なぜなら、唯一、外部の様子が伺える窓は私の背よりも相当高いところにあり、外の様子は伺えないからだ。鴎がギヨーギヨーと鳴いているので、海の近くにいるらしいことは間違いないようだが……。

 

 私は、もしや敵に捕まったのではないか、と思い至る。私が最後に出撃したのは……どうだったか、忘れてしまった。戦いの記憶を忘れたことなどなかったのだけれど、しかし、私は――。

 私のその逡巡のうちに、扉が開いた。

 知らない顔が現れたら、暴力に訴えてでも今の状況を説明させなければならない。私だって戦艦の端くれである。相手がどうあれ、私を押さえつけるのは容易ではあるまい――。私はそう思い、物陰に隠れたものの、現れたのは見覚えのある姿だった。

「……ああ、そこにいたんだ」

 小さな体躯によく似合う制服。左右に跳ねた短めの髪。透けるように白い肌。それは私のよく知る者で、駆逐艦の艦娘、時雨であった。扉を開けたせいで部屋の気圧が変わったのか、少し換気扇が静かになる。そうか、ブウウゥンと唸っていたのは壁にある換気扇だったのか。すっかり警戒が解けた私が換気扇を見つめていると、時雨が様子を聞いてきた。

「……どうだい、調子の方は」

 この部屋には椅子すら無いので、私と時雨は並び合うようにベッドに腰を掛ける。私の汗が染みているので、あまりそうしたくはなかったが、時雨は気にしていない様子だった。

「別にどこも悪くないわ」

 私は思ったまま答える。私は時雨に、ここはどこなのか、と尋ねる。

「鎮守府の中の医務室さ。疲れている様子だったから、ちょっと休んでもらっているんだ」

 私は、それなら自室に帰らせてくれればいいのに、と愚痴をこぼす。時雨は笑っていた。いつも彼女は曖昧な笑い方をする。もっとも、提督の命令ならば、私はここで待機をするべきなのだろう。提督が、意地悪をするような人間ではないことくらい、わかっている。なんらかの事情があるのだろう。

 

「でも、私をこんなところに長い間詰めておくなんて、提督は何を考えているのかしら」

 時雨の顔が少し、強張った。そして、私の顔も同様だった。

 ――長い間、ここにいる?

 それは誰でもない、自分自身から何気なく出た言葉だったが――それは何故そう言ったのか、わからなかった。私はここに長く居るのだろうか……他の長門や陸奥などの大型戦艦でさえ、ドックでの修復に精々一日ほどしかかからないというのに……。

「あら……私、変なことを言ったわね」

 時雨は特に何も答えず、やはり曖昧に笑うばかりである。彼女はいつもの笑顔を絶やさずに話題を変えた。

「髪が長くなったね。僕が切ってあげようか」

 私の髪を触ってみると、確かに少しだけ長くなっている。私は、もう少し長くなったら切るわ、と返すと、時雨は、そうかい、と寂しげな表情を浮かべた。それでも彼女が未練がちに私の髪を触っていたので、私は訊いた。

「そんなに不格好かしら」

 私は髪に指を通す。いつもより、ひっかかる。こんなところにいるストレスのせいかもしれない。寝起きなので、髪の癖を直すように手櫛で整えて時雨に向き合う。時雨は、何故か言葉に詰まったようで、しばらく逡巡した後、答えた。

「いや……それも似合っているよ」

 切ることを薦めたり、似合っていると言っていたり、おかしな時雨ね、と私が笑うと時雨も笑っていた。彼女は少し犬のような雰囲気を持っていて、笑うとなんとも言えず愛らしい。犬は犬でも、姉妹艦の夕立から連想する元気な子犬と違って、こちらは主人に合わせて寄り添う忠犬と言った格好である。夕立にも、久しく会っていない。彼女は元気か尋ねると、相変わらずの大活躍だという。

「一週間前なんか、敵の重巡を魚雷で沈めていたんだよ」

 時雨は戦友の様子を聞かれ、生き生きとして話していた。途端、彼女はしまった、という顔をする。私にはその時の記憶がないのである。

「ねぇ……時雨、私、変なことを聞くようなんだけれど」

 私はここにどのくらいいるのかしら、と聞く。時雨は、提督が前線に戻るのを認めた日さ、と応じるが、それは私の聞きたかった答えではなかった。私が聞きたかったのは。

 いつまでの話ではなくて。

 いつからの話――なのだ。

 もっとも、賢しい時雨のこと、それは狙ってはぐらかしたのだろう。私は質問を変えて、別のところからアプローチをかけてみる。夕立が活躍した時に私は何をしていたのかしら、と。

「さあ、僕も夕立と一緒に戦闘に出ていたから、詳しいことはわからないよ」

 彼女は何かを警戒するように、不要なことを喋らないよう、簡潔に告げる。こういうところも忠犬のようだと思った。もしかしたら、彼女は提督から何か命令を受けて私の元に来たのかもしれない。しかし、それにしては伸びた髪の話くらいしかしていないのだった。いまいち、彼女がどういうつもりで見舞いに来たのかが量れない。

 忠犬ゆえに、彼女が一度警戒をすれば、隠していることを聞き出すのは難しいだろう。私がどんな手を尽くそうと、彼女の油断を解くことはできず、却って警戒を強めることになるかもしれない。今日はここで手仕舞いだと見切りをつける。ただ、収穫がまったくなかったかといえば、そういうわけでもなかった。彼女は先の発言を失言だと思った時点で――それを私に気取られた時点で――私の記憶はどこかの地点で失われていることは明白であった。だから私は傷を治すドックではなく、この部屋にいるのだ。きっと、この予想は当たらずも遠からず、と言ったところだろう。

「ここって、鏡はないのかしらね。本当、殺風景なこと……」

 時雨が制服の中のポケットから、小さな手鏡を出す。こういった女性らしい小物を持っているところを見ると、彼女は幼くは見えるが年頃の女性なのだな、と思う。手鏡を受け取って顔を覗くと、そこには前髪も後ろ髪も少しだけ長くなった私が映っている。この長くなった髪の分、私はここにいたのだろうか。

 もっとも、それがどのくらいの期間かはわからない。精々が一ヶ月程度だろうか。このくらいで髪が伸びたという時雨は神経質だと思う。彼女は髪が短いから、感覚が違うのかもしれない。

 私は、ありがとう、とその手鏡を彼女に返す。彼女はその手鏡を押し返すと、この部屋には鏡がないから持っていていいよ、提督には内緒にしてね、と言ってにこりと笑む。こういう、柴犬のような表情は夕立そっくりだ。

 私は、彼女は提督の忠犬だと思っていたが、秘密で物を渡してくれるくらいには、私の味方でもあることがわかった。ならば、いつでもいい。いつかまた時雨が来た日にでもこっそり、私はいつからここにいるのかを、そして何故ここにいるのかを、聞けばいいのである。私にしては、運がいい。いや、これは不幸中の幸い、というものか――。

 

 時雨は、そろそろ行かなきゃ、と立ち上がった。テレビもラジオもないここでは彼女と話すことが唯一の娯楽なので名残惜しいが、いつまでも引き止めておくわけにもいくまい。

「明日も来るよ」

 と時雨が言う。私はそれを受けて彼女に返事をする。

「ええ、私は暇にしてるからいつでも来てちょうだい。あと、提督には『私はもう元気ですから、早く前線で戦わせてください』と伝えてくれないかしら」

 時雨は困ったような顔をしてから、また笑顔になって了承し、明日はきっと提督も連れてくるよ、と言い、扉を開けた。

 

「それじゃあね――」

 誰もいなくなった部屋からは、換気扇がブウゥーーーンンと鳴る音と私だけが残された。

 

 2

 

 僕が医務室に入ると、山城がいつものところに隠れていたので、僕は声をかけた。僕はそのいつものやり取りを通じて、彼女の様態は良くなっていないのだな、という失望を感じる。僕が医務室に入った時、彼女は僕を敵と思って隠れるか、寝ているかのどちらかなので、ベッドの上さえ見ていれば彼女がどこにいるのかは消去法でわかった。

「どうだい、調子の方は」

 僕がいつもどおりベッドに座って、いつも言っている言葉を言うと、山城はいつもどおりの様子で言った。

「別にどこも悪くないわ」

 これも、予想の範疇、というか、何度もしているやり取りである。どうせなら自室で休ませろ、という愚痴まで含めて、もう、本当に、何度目だっただろうか。嫌になるくらい、同じだった。

 ただ、今日は山城の様子に変化があった。彼女の口から『こんなところに長い間詰めておくなんて』という言葉が出たのだった。その言葉に、僕が吃驚しないわけがなかった。止まっている彼女の時が動き出したように思えた。徒労に思えた僕の見舞いが、功を奏したように思えたのだ。

 しかし――僕は最終的には山城の記憶を取り戻すつもりではあるのだけれど、それには慎重さが必要なこともわかっているので、今日のところはこれでいいと思った。山城から興味を引き出すためにわざと一週間前の話をしたところ、元々頭のいい彼女のことなので、何かを察したようで『私はここにどのくらいいるのかしら』という質問をしていた。僕の、この時の嬉しさを表すとすれば、芽の出ない種に水をあげ続けていてようやく芽を出したというところである。

 彼女は、記憶を取り戻してきている。

 同時に、僕が恐れていたのは、このまま山城が今日を忘れて元の木阿弥になってしまうことであった。そのために、持っていた手鏡をあげたのである。『時雨から手鏡をもらった』という、抑揚のない日常に刺激を与える意味は当然あったが、欲を言えば彼女が自身の髪の長さを見て、医務室に隔離されていた期間を察してもらえるのではないか――という期待もあった。また、提督に秘密で物を渡すことによって、彼女が『時雨を手玉に取った』と思ってくれれば、しめたものだ。そうやって僕を出し抜いた気になってくれた方が、彼女の気が紛れる。僕はそれでよかった。山城とは、一緒に戦った仲間なのである。たとえ、馬鹿にされたとしても、彼女が僕を謀ったつもりでいても、僕は山城が元に戻るのであれば、それでいい。

 

 ◆

 

 山城が愛している姉――扶桑が沈んだ。

 事の起こりを端的に表すならば、そういうことになる。その時、山城は鎮守府にいて、秘書艦を務めていた。司令室にある無線に大きな雑音が混じったと思えば、扶桑の沈んでいった様子が聞こえたのだという。その声は、最期まで山城を案じていたそうだ。

 山城は半狂乱になって一人で海に出ようとしたが、提督が、長門が、陸奥が、そうさせなかった。じきに一人減った艦隊が戻ってきてから、毎日、姉様はどこにいるの、どこにいるの――と譫言を呟きながら徘徊をするようになった。それは、止めようにも誰にも止められないほど痛々しい姿だった。山城を元気づけようとした者もいたが、彼女はすべてを拒絶した。あなたにはわからない、あなたも失くしてみなさいよ、大事な姉妹を、愛しい人を――と。当然、彼女は周りから孤立していった。同情の対象から艦隊の厄介者になっていったのは言うまでもない。

 通常、迷惑をかける艦娘なんて解体処分ないし雷撃処分になるのが普通であるが、提督はそれができなかった。提督も人の情があったのだろう。あるいは、自分の指揮で扶桑が沈んだことへの、罪滅ぼしのつもりだったのかもしれない。

 ある日、提督は言った。

「私が壊したものは、私が治してみせる」

 と。

 しかし、彼女の心はすでに割れて、散逸して、どうしようもなくなっていて、唯一、彼女を癒やすことのできる姉は海の底にいるのである。それでも提督は、一生懸命、様々な方法を試したと思う。根気よく彼女に話しかけたり、執務が忙しい中、彼女がする益体もない昔話を嫌な顔もせずに聞いてやったりした。時にはヒステリーを起こし、時には反応なく泣き続ける彼女の相手を務めては、疲弊の二文字を貼り付けて司令室に座り込む姿を何度も見かけた。

 しかし、提督の努力空しく、彼女は一向に良くならなかった。

 そこで提督は精神科医を山城の部屋に呼び、彼女を診てもらうことになった。とはいえ、世界的にも少ない艦娘の精神を診ることができる医者などいるわけがない。それは飽くまで人間を診る医者であった。

 精神科医は、様々なことを聞いた。

 精神科医は、様々な薬を投与した。

 精神科医は、職業に殉じて――禁忌に触れた。

 精神科医は、彼女に、扶桑が沈んだことを受け入れるよう説得したのだ。それから彼女は――流石の戦艦と言えば皮肉になるが、その精神科医を破壊した。彼女は部屋の中で主砲を撃ったのである。あの時の轟音は、相当離れた僕の部屋にまで届いていた。間近で受けた人間なんかはひとたまりもない。彼女の部屋ですら、壁一面を窓にできるくらいには穴が開いたのだ。精神科医はどこが足でどこが顔だったのかすら、判別がつかなくなってしまっていた。

 そうして、彼女は住むところがなくなり、鎮守府の離れにある、人間が治療をするための施設である医務室に移されることになったのだった。万が一、また鎮守府内で主砲を撃つようなことがあれば大事故になるという名目こそあったが、それは体のいい隔離であり、提督にとっては白旗を振ったことと同義であった。山城を厄介者扱いしていた者も内心、喜んでいたと思う。現に、既に山城の部屋は既に直っているのに彼女はまだ戻れてはいない。彼女は実に三年間、あの部屋に隔離されているのであった。

 しかし、僕は、彼女は愛がただ深すぎただけで、隔離までされるほどのことをしていないと思った。いっそのこと、解体の方が温情のある措置だと思う。しかし――上官のことを悪く言ってはよくないが――下手に情に厚い提督の下に着任したのが、山城の運の悪さだったのかもしれない。

 数ヶ月で、彼女はいるのかいないのかすらわからない存在になってしまい、終いには、事実を知らない者や入って間もない者の間では「夜中に部屋の外に出ると正体不明の艦娘の啜り泣く声が聞こえる」という不謹慎な噂すら流れるようになった。

 僕はそれが許せなくなって、彼女との定期的な面会を申し出た。提督にとってはそれは僥倖だっただろう。僕が彼女を元に戻すことができれば万々歳だし、そうでなくても、彼女の面倒を自分の代わりに看てくれる者が現れたのだから。

 こうして、僕は折りを見ては彼女に会いに行くことになったのである。

 

 僕は医務室から出ると、急いで司令室まで走って、ノックをする。入ってもいいという男性の声が聞こえたので、礼をして中に入り、敬礼をする。それから、提督に山城の様子を話すと、ありがとうと頭を下げた。

 提督は、都合のいいことを言うようだが、私も会いに行ってもいいだろうか、と聞いてきたので、僕は、ちょうど山城には提督を連れて行くと伝えたところだよ、と返した。

 僕は司令官室を出てから、アイスクリームをひとつ買った。そこで初めて、自分が浮き足立っているのだと気付いたのであった。

 

 ◆

 

 翌日のことである。

 僕が提督の袖を引っ張って、離れの医務室まで足早に向かう。僕が扉を開けると彼女は隠れるでもなく、寝ているでもなく、扉の前に立っていた。何も言わずとも、それが彼女の回復の度合いを表していた。

 山城……彼女はどれだけ、姉を失って辛かったのか。どれだけの自分を失って、姉のことを愛し続けたのか。彼女の一途さを思うだけで、何度も胸に痛みが走ったものである。しかし、彼女はようやく、一歩前に踏み出したのだ。茨の道だったその一歩を、血を流しながら踏み出したのである。彼女の止まっていた時が、ようやく進んでいた。僕は感極まって、暖かいものが頬を伝うのを抑えきれなかった。

 僕は深呼吸をして、いつもどおり声をかけた。

「どうだい、調子の方は」

「すっかりいいわ。提督、ご迷惑をおかけしました。そろそろ私をここから出してくださらないかしら? 身体が鈍ってしまって――」

 提督が、おお、と声を上げる。『そろそろ』と、『身体が鈍る』と、自覚するまでに彼女は回復していたのである。提督は山城の傍に近寄った。すまない、すまない、私は何もできなかった、すまない――と言い、強く握りながら、熱い涙を流していた。山城は少し困ったような顔をして提督の涙を受け入れていた。

 ここまで、長かった。僕の三年間も、ようやく報われた。もう誰にも恥じることなく、君は仲間に戻れるんだよ。これからは僕と、一緒に戦おう。仲間たちと一緒に戦おう。君を禁忌のように扱った仲間にも、その元気な顔を見せてあげてほしい。きっと、受け入れてくれるはずだ。そう、僕が言いかけた時のことだった。

 

「提督、この戦艦『扶桑』、復帰したからには、一生懸命、働きますね」

 瞬間、空気が凍った。扉が音を立てて閉まる。そして、静寂すらも凍り付く。

 ――彼女が隔離されていた三年間、髪の手入れはされておらず、山城の髪は腰の辺りまで伸びていた。僕はそれを似合うと言ったけれど、彼女の目には、彼女の手鏡には――ロングヘアーの山城ならぬ、『扶桑』が映っていたのだろう。

 

 この三年間で、

 ゆるやかに、

 彼女は、

 彼女では、

 なくなっていた。

 

 彼女はどれだけ、姉を失って辛かったのか。どれだけの自分を失って、姉のことを愛し続けたのか――僕は何もわかっていなかった。文字通り自らを差し出して、自分を姉として仮初めの自我を作り出した彼女を、僕はどうすればいいのかわからない。もう、やめてくれ。もう、疲れただろう?もう、いいだろう……?

 僕と提督と『扶桑』が黙り、その中で唯一、換気扇だけが調子を取り戻して唸った。

 ……ブウウウ…………ンン…………ンンン…………。

 

 (了)

 









 読んでくださり、ありがとうございます。作者の696です。
 前作は赤城と加賀にケッコンを迫られるラブコメを書いたのですが、今作はそれと同時に書き進めていた話でした。
 結局、ラブコメの方が見ていて楽しいかと思い、そちらを先に完成させましたが、こちらもせっかく書きかけたので完成させて公開しました。今読むと、推敲が甘いですね。
 私は普段、ミステリのようなものばかり書いているので、そういう意味では普段の作風に一番近いと言えば近い作品でした。まる。

 冒頭及び末尾は言うまでもなく、夢野久作「ドグラ・マグラ」からの引用です。未読の方は青空小説などで無料で読めるようなのでぜひ読んでみてください。

 自分で書いておきながら懐疑的なのですが、実際、どうなんでしょうね。妹は妹の目線で姉のことを見ているので、精神が姉になった時に「記憶の中に姉がいた事実」はどう処理されるの?と思ったり、思わなかったり。まぁ、その辺は「姉ならこう思うはず」という想像が実際の自分に追いついてしまったのでしょう。

 この小説に関しては飽くまで息抜き程度で軽く書いた感が強いのですが(イラストサイトでいう『落書き』みたいなものが小説には存在しないのって不思議ですよね)、地味に語ることがあるとすれば、「時雨が鏡を渡したから扶桑としての自分になった」わけではなく、山城が鏡を見た時点で「そんなに髪長くなってないじゃん」と思っているので、とっくに彼女は彼女ではなくなっていた、ということくらいでしょうか。

 時雨にも諦められた彼女は、これからも『止まない雨』が降り続けるのでしょうね。

 なんて、ちょっとそれっぽいことを言ったところでお開きです。
 艦これの二次創作小説は、ツイッターのフォロワーの間で流行っていたというのと、普段書いている小説の息抜きとして書いていたという側面が強いのですが、こちらのサイトでは皆様が書かれている、いわゆる「SS形式」の方が本流のようですので、小説しか書けない古い人間は退散することにします。
 もしかしたら、何食わぬ顔してまた投稿しているかもしれませんが、その時は「ああ、息抜きに来たんだなぁ」と暖かく見守ってくださいませ。
 それでは、失礼します。


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