エタった小説のラスボス邪神に転生したが、過去の俺の性癖が痛すぎて死にたい 作:超とんでもなくムッチリしたインコ
昨日の魔法少女姿という悪夢から一夜明け、俺たちは王立学園の教頭室に呼び出されていた。
カイは床で正座させられている。
だが、俺は違う。森の妖精さんである俺は、来客用のソファでふんぞり返っていた。
……まあ、理由は分かっている。
俺は今、変装のために『森の妖精さん』ワンピースを着せられている。
ルミナたち曰く、昨日の魔法少女姿よりこちらのほうが身バレしにくいらしい。
確かに、以前の学園潜入でも使った服だ。変装としては実績がある。
だからといって、好きで着ているわけではない。
おまけに『
邪神の力を抑えるための必須装備なので、これは外せない。
清楚なワンピースに包帯。我ながら、絶妙に中二病くさい。
とはいえ、身バレするよりはマシだ。
その一方で、校舎はプラチナ化し、全校生徒は謎のポーズで祈り始めた。
前代未聞の騒動の結果、王立学園は現在、臨時休校という名の機能停止に陥っている。
つまり――。
「……で?何か言うことはあるかね?」
目の前には、怒りで血管をピキピキさせた教頭先生。
「怪現象から生徒たちを救出した……という報告は受けている。それは感謝しよう。……だが! 教員から全校生徒まで邪教に染め上げ、歴史ある校舎をプラチナ化させるという破壊活動!言い訳があるなら聞こうか?反省しているのかねッ!?」
「……ごもっともだ」
俺は重々しく頷いた。
教育者としては至極真っ当な怒りだ。ぐうの音も出ない。
「それに、極めつけはこれだ!!」
バサァッ!と、教頭がデスクに書類の束を叩きつけた。
「今朝、キリング・ドールからこれが提出された!!」
「……ん? なんであいつらが退職届なんて出してるんだ?」
「そうだ! なぜ古代の兵器が、律儀に書類を出してくる!? 理由は『邪神様の専属護衛へ転職するため』だと!? 学園のセキュリティは今、崩壊しているんだぞ!!」
「ふっ……偽りの契約を破棄し、覚醒したというわけか。機械仕掛けの魂にも、深淵の理は届いていたようだな……」
カイは正座のまま、片目を手で覆いながら不敵な笑みを浮かべた。
(正座しながらやるポーズじゃねえだろ)
俺が内心で突っ込んでいると、教頭の額の血管がブチッと音を立てた。
「深淵だの覚醒だのと、ふざけた妄言を吐くなァァァッ!! 事の重大さがこれっぽっちも分かっていないようだな!!」
「重大さか……。だが、運命は狂い始めた。もはや誰にも、この黒竜のうねりは止められない……ッ!」
カイが右腕を押さえながら、天井を見上げ虚空へ語りかける。
(おい、カイ。人にはな、血管の本数に限りがあるんだぞ)
教頭の顔が怒りでドス黒く染まっていく。
これ以上こいつの痛い発言を聞かせるわけにはいかない。
俺はソファから身を乗り出し、キメ顔を作っているカイをすぱーんと引っぱたいて黙らせた。
そして教頭へ向き直る。
「すまなかった、教頭先生。だが、話が通じない御仁ではなさそうだな?」
俺はストレージから純金の延べ棒を一本取り出し、テーブルの上にドンと置いた。
「これで手を打ってくれ」
「……は?」
教頭が目を剥く。
「足りないか? ならばもう一本」
ズン!
「まだか? さらにもう一本」
ズズン!
金塊が積み上がっていく。
教頭の顔色が激怒から困惑へ、そしてその目が金塊に吸い寄せられるように泳ぎ始める。
ゴクリ、と喉が鳴る音が聞こえた。
「迷惑料だ。余った分はあんたの老後の蓄えに……」
「ふざけるなァァァァッ!!」
ドンッ!!
教頭が机を叩き、立ち上がった。
「金か!? 貴様、金で教育が買えるとでも思っているのか!?」
「えっ、いや、理事長は受け取ってたし……」
「理事長は理事長! 私は私だ! 学校とは、神聖な学びの場だ! どれほど金があろうと、これ以上の校風の乱れと破壊を撒き散らす者を置いておくわけにはいかん!!」
(……まともだ)
俺は感動すら覚えた。
この世界、金に汚い大人ばかりだと思っていたが、こんな骨のある教育者がいたとは。
教頭はビシッと指を突きつけた。
「よって、氷結処刑人アルテ・イリヤ! 貴様ら一行を、本日付けで退学処分とする!!」
「なっ……!? 俺の黒竜がもがれるというのか……ッ!?」
「ただの退学だァァァァッ!!!」
カイは砕け散った幻想を拾い集めるように床へ両手をついた。
(こいつ、わりと学園生活を満喫してたんだな……)
「本日をもって貴様らは本校の生徒ではない!! 荷物をまとめて即刻退去しろ!!」
こうして俺たちの学園生活は幕を閉じた。
実のところ、俺はこの退学処分を渡りに船だと思っていた。
これ以上この学園にいると、本当にプリズム・エンジェルになりそうだったしな。
しかし少なからず迷惑をかけたのは事実だ、金塊は匿名で学園に寄付しておこう。それでセキュリティは何とかしてくれ。
ありがとう、そしてさようなら。真っ当な教頭先生。
そして、王立学園の正門前。
『『『オ待チシテオリマシタ、邪神サマ……!』』』
キリング・ドールたちが、ズラリと整列していた。
その背中には、唐草模様の風呂敷が律儀に括り付けられている。
いつの時代の家出スタイルだよ。
「……お前ら、本気でついてくる気か」
『『『御意……! 我ラ、邪神サマノタメニ……!』』』
やっぱりバレてるか。
今日はいつもと違う服装だし、もしかしたら誤魔化せるんじゃないか?
なんて、期待していたんだが。
『ソシテ……報酬、ヲ……』
『約束……シタ……アノ、ポーズ……』
「……は?」
俺は記憶をまさぐる。
そういやあったぞ……そんな約束。
「いや、待て。今ここでか? 後じゃダメなのか……?」
『ハァ……ハァ……ッ、今……ココデ……ッ!』
『焦ラサレスギテ、我慢デキナイ……ッ!』
古代兵器たちはジリジリと距離を詰めてくる、本気かよ。
そんなにあの強制土下座を味わいたいのか。
まったく、何がそこまでこいつらを駆り立てるのか分からん。
俺はため息をついて右手を高々と掲げた。
左手で右目を覆い、片足立ちで背中を思い切り反らす。羞恥心の塊のようなあのポーズだ。
「……しかと目に焼き付けよ……邪眼開放の儀!」
ドォォォォォン!!
『『『アアアアアアッ!! シテ……ッ! ユルシテェェェェェェェッ!!!』』』
案の定、通りすがりの王都民たちが立ち止まり、ヒソヒソと指を差し始める。
もはや邪眼開放の儀なんかじゃない、誰も得しない性癖の発表会だ。
俺は静かに社会復帰を諦めた。
* * *
王都の屋敷。
俺たちが帰宅すると、リビングは夕食の準備中だった。
「ただいまー」
「邪神さまー! カイさん! おかえりなさい!」
エプロン姿のリナが出迎えてくれる。 窓の外ではジェノ君が、じょうろを持って花壇に水をやっている。
平和だ。本当に平和だ。
「おおおおおっ! 邪神様ァァァア!!」
ズザーッ!! と、スライディング土下座が強襲してきた。
そのまま俺の足にすがり付き、号泣し始める。
「お久しぶりでございます! 半日もお姿が見えなかったので、見捨てられたかと……! ああっ、尊い!森の妖精さんになられた邪神様も尊い!その息遣いすら聖なる旋律に聞こえますぅぅぅ!」
「おい! 離れろ!! ていうかどこから湧いて出たんだよ!」
「ええ、ガリウス様はどこからでも湧くんですから……」
ガリウスの顔面を足の裏で押し返していると、キッチンからルミナが呆れたように歩いてきた。
お玉を手に、腰にはエプロンを巻いたままだ。
「ガリウス様。少々邪魔ですわ」
「お、お待ちくだされ!まだ邪神様の尊さを全身で感じ取らねばぁぁぁ!!」
ズルズルズル……。
ガリウスはそのまま部屋の隅へ回収されていった。
今やルミナは、家事だけでなく狂人の処理までこなすオカンと化していた。
ルミナは何事もなかったかのようにお玉を持ち直し、こちらへ向き直る。
「予定より早いですね。ふふ、何かありましたの?」
「あー……まあ、色々あってな。聞いてくれ」
俺はソファに腰を下ろし、今日一日の出来事を話した。
プラチナ化した校舎、狂信者と化した生徒たち、ブチ切れた教頭からの退学宣言、そして正門前で待ち構えていたキリングドールたちとの一幕まで。
聞き終えたルミナは、ニコニコと微笑んでいた。
ただ、その瞳からは一切のハイライトが消え失せている。
ミシッ……。
ルミナが両手で握りしめたお玉の柄が、ひしゃげていく。
「……なるほど。教頭ともあろう者が随分と器が小さいようですわね」
「いや、一般常識からしたら教頭が正しいからな?」
「退学処分……ええ、結構ですわ。……少々お待ちくださいませ。わたくし、学園に『抗議』してまいりますわ」
「やめろ! 教頭もひしゃげたお玉にみたいにする気か!?」
俺は慌てて立ち上がり、臨戦態勢に入りかけたルミナを引き留めた。
コン、コン。
その時、玄関の方から控えめなノックの音が聞こえた。
(来たか、助かった……!)
エリスが扉を開けると、そこには眼帯を外した少女が、もじもじと立っていた。
「あ、あの……お邪魔します……!」
「アリスか。それと、後ろにいるのは誰だ……?」
俺が首を傾げた瞬間、アリスの背後から現れた人物を見て、エリスが息を呑んだ。
黄金の髪に、整った端正な顔立ち。そして全身から漂う、隠しきれない王者の風格。
「いや、ま、まさか……レオンハルト殿下!?」
エリスが慌てて跪き、最敬礼の姿勢をとろうとする。
だが、レオンハルトは片手を軽く上げてそれを制した。
「いい、楽にしろ。少しそこの邪神を借りるぞ」
「……ああ。エリス、ちょっと席を外す。あとは頼んだぞ」
俺は目配せし、ルミナをなだめる手を離すと、彼と共に屋敷の中庭へと出た。
夕暮れの風が、中庭の木々を静かに揺らしている。
茜色に照らされたレオンハルトの横顔は、憑き物が落ちたように穏やかだった。
「髪、戻ったんだな」
俺が言うと、彼は自身の黄金の髪を軽く指で梳いた。
本来のアッシュ……いや、レオンハルトの姿に戻っていた。
なんだか、ようやく帰ってきたという気がした。
「アリスが救われた歴史が確定したからだろう。それより創造主、伝えておく事がある」
二人きりで話す必要がある話か。だとすれば。
「……不思議なものだ。もうあの巻き戻る感覚が、欠片も残っていない」
「……そうか」
ループ機能の消失。
だが、レオンハルトにとってはもう不要な力だろう。
地獄のような日々を、一人で100回も繰り返したのだから。
「もうこの学園で悲劇は起こらない。これでお前との共犯契約は解消だ」
「……そうだな」
レオンハルトは小さく息を吐き、満足げに夜空を見上げた。
「では、私は王宮へ戻る。学園側の不祥事の揉み消しに、各所への根回し……事後処理が山ほど残っているからな」
「ちょっと待てよ」
きびきびと踵を返そうとする彼の足を、俺はぺちっと軽く叩いて引き留めた。
「まだ共犯契約は終わってないぞ。……祝勝会をやるまでが契約だ」
「ふざけるな。私にはやらねばならん事後処理が山ほどある。第一、王族たる私が――」
「お前が王宮に帰って事後処理をするのは、『レオンハルト殿下』としてだろ。なら、今ここにいるのは誰だ?」
俺の問いに、彼はピタリと足を止め、一瞬言葉に詰まった。
「ここにいるのは、学園の平和を守り抜いた『誰よりも気高く、立派な生徒会長』だろ? なら生徒会長として、祝勝会の飯がまだだ」
「……詭弁だな」
「詭弁だよ。俺たちが死ぬ気で勝ち取ったハッピーエンドの味だ。……お前も食わなきゃ、完成しねぇんだよ」
レオンハルトは少しの間、ポカンとして俺を見ていた。
やがて彼は肩を震わせ、小さく吹き出した。
「神に詭弁で食事を強要されるとはな」
「強制じゃねぇよ。……お前にも食ってほしいだけだ」
「……やれやれ。ならばアッシュとして、その恩恵にあずかろう」
そう言って、彼は小さく肩をすくめた。
黄金の髪が夕暮れの風に揺れる。
その横顔に浮かんだのは、王子としてのものでも、百回の地獄を生き抜いた男のものでもない。
ただの少年の、穏やかな笑顔だった。
俺も、自然と笑っていた。
* * *
俺たちは連れ立って中庭を後にした。
リビングに戻ると、エリスたちは少し緊張した面持ちで立っていた。
エリスの視線が、アッシュの顔から黄金の髪へと移る。
「……レオンハルト殿下、ですね?」
「さてな。長いこと色々ありすぎて、髪まで気分を変えたくなったのかもしれん」
「い、いえ……そういう問題では……」
「まあいいだろ、髪色くらい。今は王子様の事情より、祝勝会の方が大事だ」
俺が横から口を挟む。
エリスは俺とアッシュを交互に見た。
「今はただのアッシュだ。……そして私は腹が減っている」
「……はぁ~……。まったく、お前たちは」
アッシュがいつものアンニュイな調子で肩をすくめる。
エリスは小さく笑って、首を振った。
「まあいい。今日は肩書きなしだ。改めて歓迎するぞ、アッシュ」
「……ああ」
「アッシュおにいちゃん! アリスおねえちゃん!今日はごちそうだよ!」
リナが嬉しそうに笑う。
テーブルの上には、ローストミートや香草焼きの鶏肉、魚のソテーに色とりどりの温野菜、クリーム煮やグラタン、焼きたてのパンまで並んでいる。
皿の隙間を探すほうが難しいくらいの大盤振る舞いだ。
アッシュは目の前の料理をしばらく眺めていたが、やがてフォークを手に取る。
肉を一切れ、ゆっくりと口に運んだ。
何度か咀嚼したところで、その手がふと止まった。
「……どうした? 口に合わなかったか?」
俺が尋ねると彼はふっと息を吐き、口元をわずかに綻ばせた。
「いや……美味いな」
アッシュはそれだけ呟くと、今度は迷うことなく料理に手を伸ばした。
「アッシュおにいちゃん!おかわり、いる?」
「……頼む」
リナが嬉しそうに皿を差し出す。
その様子を、アリスがほっとしたように見つめていた。
俺も、思わず口元を緩める。
それからしばらく、俺たちは他愛のない話をしながら食事を続けた。
大皿の料理が次々と空になっていく。中でもアッシュの皿が空になる速度は、やけに早かった。
「……なあ、アッシュ」
不意に、カイが口を開いた。
「あの時……あんたが俺の右腕に流し込んだ『特濃の心の闇』。今でも覚えてるぜ」
アッシュはグラスを傾けながら、ちらりとカイを見る。
「忘れろ、ただの妄言だ。極限状態で気でも触れていたんだろう。自分は選ばれた英雄だっただの……今思い返しても、反吐が出る」
「そうか。……でも、俺はあれを聞けてよかったと思ってる」
アッシュが怪訝そうに眉を上げる。
「……なぜだ」
「あれは、あんたが抱えてきた後悔も、恥も、覚悟も、全部ひっくるめたものだったんだろ」
カイは包帯の巻かれた右腕を見つめる。
「……随分と美化してくれるものだな」
「美化じゃねえよ。俺にとっちゃそれが事実だ」
カイは右腕を軽く握り、それからアッシュへ向き直った。
「俺はあの闇のおかげで、アリスを救えた。……俺にとっては、あの時あんたが俺に託したものは、本物だったんだからな」
アッシュはしばらく黙っていた。
やがて、困ったように眉を寄せる。
「……お前は妙なところだけ律儀だな。私としては、墓場まで持っていきたい記憶なのだが」
「残念だったな。もう俺の右腕に刻まれちまった」
アッシュは一瞬だけ目を伏せた。
そして――ふっ、と小さく笑う。
「……なら、好きに覚えておけ」
「……ああ」
カイも僅かに口角を上げた。
二人はそれ以上何も言わず、ただ静かにグラスを傾ける。
そんな二人の様子を、俺たちはそれぞれの場所から眺めていた。
「……ふふ」
ルミナが、どこか嬉しそうに微笑む。
「良かったですわね。あの二人、随分と良い関係になりましたわ」
「……ああ。あれが男同士の友情ってやつだろう」
エリスも腕を組み、しみじみと二人を眺める。
アリスも嬉しそうに頷いた。
「はい、そうですよね。カイさんとアッシュさん、とても……」
そこで言葉が途切れる。
「……とても?」
エリスが続きを促す。
アリスは二人を見つめたまま、目が離せないようだった。
「お似合い、ですよね……!」
「…………何がだ?」
エリスが首を傾げる。
「えっ!?い、いえ!なんでもありません!」
アリスは慌てて顔を逸らした。
「……お、おう」
俺はとりあえず頷いておいた。
まあ、本人にもよく分かってないんだろうな。
そういうことにしておこう。
「……ところで、なんか甘いものないか?」
話題を変えるついでに、何気なく聞いてみる。
まあ、あれだけ豪勢な料理を用意してくれたんだ。
デザートまで用意しているかもしれない。できればプリンがいい。
「ふふ」
なぜか、エリスとリナとルミナが顔を見合わせる。
「……お?なんだ?」
「いや。何でもない」
エリスが意味ありげに笑った。
「そういえば、デザートがまだだったな」
そう言って、エリスが立ち上がる。
「デザートはこれだ」
エリスが箱の蓋を開ける。
中には、高級そうな瓶が綺麗に並んでいた。黄金色に輝く滑らかなプリンだ。
思わず身を乗り出す。
「なんだこれ……!!ただ者のプリンじゃないぞ……!?」
「邪神様、やっぱり嬉しそうですわね」
その瞬間、リナがテキパキと瓶を配り始める。
「ほう、これは……王室専属パティシエ特製、禁忌の慈味か」
アッシュが少し驚いたように目を丸くした。
「わあ……っ」
アリスが、配られた瓶を見つめてほうっと感嘆の息を漏らす。
「こんな綺麗なスイーツ、私……初めて見ました」
「な、なんだこの深淵なる甘露は……ッ!俺の魂が……次元の彼方へ昇華してゆく……ッ」
カイは白目を剥き、そのまま椅子からズルズルと崩れ落ちていった。
何やってんだ、こいつ。
……いや、そんなことより。
「……エリスにもらったカタログにあったやつか……」
俺が思い出すと、エリスは得意げに微笑んだ。
「ああ。今日、届いたんだ。王家からの報酬だ」
エリスは自分の瓶からスプーンでプリンを掬い、俺の口元へと差し出してきた。
「はい、アルテ。……あーん、だ」
「いや、自分で食えるんだが……」
「ほら、遠慮するな」
甘い香りと共に、エリスが薄く微笑む。
有無を言わせぬ圧があるのに、不思議と嫌な気はしなかった。
観念して、俺はぱくりとプリンを口にした。
(……頑張った甲斐があった)
俺は内心で静かに安堵する。
そんなエリスは俺の顔を見て、静かに言った。
「……いい顔をしているな」
「ん?」
「……やりたいこと、やり切ったんだろ?」
俺は自分の顔を触った。そうか。今の俺は、そんな顔をしているのか。
黒歴史に怯え、設定に振り回されるだけの俺じゃない。
自分の足で物語を書き換えた、充実感。
「……ああ。ハッピーエンドにしてきたぜ」
二人の視線が交差する、少しの静寂。
心地よい時間が流れたが、そんな空気は長くは続かない。
「抜け駆けは許しませんわ。さあ邪神様、あーん」
ルミナはプリンをすくうと、俺の口元へ持ってきて――
と思いきや、ふーっ、ふーっと丁寧に息を吹きかけ始めた。
「……ルミナ、別に熱くないぞ?」
「ええ、存じておりますわ」
「じゃあ、なんで冷ましてるんだよ」
「愛ですわ」
「ふーふーしたの食わせたいだけじゃねーか!!」
「あっ! お姉ちゃんたちずるーい! 邪神さまー、私のも!」
リナが負けじとスプーンを突き出してくる。
さらにその時、部屋の隅からズルズルと這いずる音が響く。
「私も邪神様のおこぼれにあずかりたく! 食後のフルーツの盛り合わせをお持ちしましたぞォォ!」
ルミナの拘束を抜け出したガリウスが、フルーツ皿を頭に掲げながら特攻してきた。
三方向から迫る甘味と、狂信者の熱い視線。
アッシュが呆れたようにため息をつき、アリスが顔を真っ赤にしてオロオロしている。
床ではカイが完全に昇天していた。
「おい、待て待て!俺の口は一つしかないんだぞ!」
俺は思わず吹き出した。
きっと、こういうのだ。
アリスを救う。
書き換えた物語も、ひとまずハッピーエンドに辿り着いた。
けれど、こうして皆とくだらないことで笑っていると、不思議と分かる。
俺が欲しかったのは、完璧に整えられた物語の結末じゃない。
その先も、こうして皆と馬鹿騒ぎを続けていける――そんな物語だったんだ。
……まあ、プリンくらいは、ゆっくり食わせてほしいもんだが。
今まで読んでくれてありがとう
キリがいいので一旦完結済みとさせて頂きました
またしれっと投稿再開すると思うので、その時はよろしくお願いします(ぺこぺこ