レミリア・スカーレットは、ついに幻想郷を紅い霧で覆う「紅霧異変」を起こす決意を固める。
咲夜は冷静に、パチュリーは淡々と助言を重ねつつも、
三人とも博麗の巫女を“そこまで脅威ではない”と見ている様子。
蝋燭の灯る静かな団欒の中で、吸血鬼の主は月を見上げながら宣言する。
――「明日、決行するわ。」
紅魔館の空気がわずかにざわめく、嵐の前のひと夜のお話。
紅魔館の大広間は、深い夜気を閉じ込めたように静まり返っていた。
煌々と揺れる蝋燭の灯りが天井を赤く照らし、壁にかけられた古い絵画の影を長く伸ばしている。
重厚な椅子に腰かけたレミリア・スカーレットは、机の上に置かれた紅茶を指先で弾きながら言った。
「……そろそろ潮時よね」
その声音は軽く、まるで今日の献立を相談しているかのようだった。
だが、対面に立つ従者・十六夜咲夜は、その一言の重さをよく理解していた。
「あの計画を、起こされるのですね」
「ええ。私は夜の支配者よ。この幻想郷がどれだけ私たち吸血鬼を軽んじているか、少し示す必要があるわ」
やわらかな笑みを浮かべながらも、レミリアの瞳には紅い光が沈んでいた。
背後の大きな扉がひとりでに開く。
図書館の主、パチュリー・ノーレッジが分厚い本を抱えて歩み寄った。
「……紅霧計画、ついに実行に移すのね」
「遅いじゃない、パチェ。あなたの意見も必要なのよ」
「本を片付けていたの。レミィ、あなたの思いつきに付き合うのも長いけれど……今回は少し、大胆すぎるわ」
「大胆でいいの。霧で空を覆えば、日光なんて怖くない。もう誰にも文句は言わせないわ」
パチュリーはため息をつく。
「問題は“博麗の巫女”よ」
咲夜も小さく頷いた。
「確かに、巫女への対処は必要でしょう。異変と判断されれば、必ず動きます」
「巫女、ねえ……」
レミリアは椅子にもたれ、片翅を軽く揺らした。
「正直、甘く見てるわ。あの子、いつも神社でのんびりしてるじゃない。
力量はあるんでしょうけど、実戦となると経験不足よ」
パチュリーが半眼を向ける。
「レミィ、あなたが言う“経験不足”ほど当てにならない評価はないのだけど」
「だって実際そうでしょう? いままで本気の吸血鬼と戦ったことなんてないはずよ」
咲夜は少しだけ微笑んだ。
「お嬢様がそう仰るなら。ただ……侮りは禁物です。
博麗の巫女は、幻想郷そのものの均衡を守る存在。
博麗結界が絡む以上、常識では測れません」
「そういう話はパチェの担当でしょう?」
レミリアはわざとらしく肩をすくめる。
「……そうよ。だから言っているの。」
パチュリーは懐から魔導書を取り出し、指で数ページをめくりながら続ける。
「異変解決は、結界の維持そのものに組み込まれている。巫女が来ないという選択肢は最初から存在しないわ」
「つまり、必ず来る。けれど……倒す必要はない、そうでしょう?」
咲夜が言葉を引き継ぐ。
「ええ、戦うにしても“追い返す程度”で十分かと。
巫女本人に致命的な損害を与えれば、かえって均衡が崩れます」
レミリアは紅茶をすっと口に運び、ゆっくりとカップを置いた。
「なら問題ないわね。霧を広げて、空を奪い取る。
日光を封じれば幻想郷は私のもの。博麗の巫女が来るなら軽く遊んであげればいいわ」
パチュリーが片眉を上げる。
「遊ぶつもりなの?」
「もちろん。せっかく来てくれるんだもの、礼儀よ」
咲夜の表情が少し強張る。
「お嬢様の“礼儀”は、いつも相手にとっては試練ですが……」
「でも、いいわ。軽く暴れても誰も困らない。むしろ幻想郷の夜が少し華やかになるだけよ」
パチュリーは本を閉じ、静かに告げる。
「では、霧の展開は私が担当するわ。魔力の循環は整えてある。
あなたが起点となれば、紅魔館全体を中心に霧は一気に広がるでしょう」
「咲夜は?」
「いつも通りに。館の警備と、来客への対応をお任せください」
レミリアは満足げに頷いた。
「いいわね。これで準備は整った。
幻想郷に、スカーレットの夜を刻んであげるのよ」
蝋燭の揺らめく光が、三人の影を長く伸ばした。
静寂の中で、レミリアの瞳がわずかに光を帯びる。
「――明日、決行するわ」
その言葉が、紅魔館の空気を完全に変えた。
重く、しかしどこか楽しげな、嵐の前の静けさ。
吸血鬼の少女は立ち上がり、夜の空を見上げた。
「さあ、幻想郷に夜を贈りましょう」
蝋燭がぱちりと音を立て、赤い光が彼女の微笑を照らした。