あるアイドルが拒食症になったおはなしと、その末路



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本作は「アンティーカ死別合同」に寄稿した作品に一部修正を加えたものになります。

本作品は情け容赦なしの曇らせを描いた作品となっています。
以下の要素があります
・拒食
・栄養失調
・Pドル
気分が悪くなったら読むのをやめてブラウザバックをしてください。あなたのメンタルのほうが大切です。

また私は医療関係者ではありません。一部現実的でない表現も敢えて入れていますし、間違った部分もあります。

あなたの身体的/精神的な問題はお近くの医療機関にご相談ください。


あなたの身体の責任は、あなただけのものではありません。



これはあなたのせいでもあります。/I have granted my kid to hell.

 しかし、現在の飽食の時代とも言われる日本ではあり得ないと思いますが、働く女性の栄養失調は深刻です。栄養失調と聞くと、 食糧が乏しいことによって起こるものだと思いますが、働く女性の「新型栄養失調」は、摂取カロリー不足も深刻ですが、偏った食生活により、たんぱく質やビタミン、ミネラルなどの必要な栄養素が摂取できていない事も問題です。 もともとは食生活の偏りなどで、高齢者に多く見られるものでしたが、現在では食事制限のダイエットや、栄養素のバランスが悪い食事による食生活の偏りなどが原因で女性に多く見られるといいます。

不足しがちな栄養素で代表的なものは、たんぱく質や炭水化物。ビタミンではビタミンA、ビタミンB1、ビタミンD、ミネラルではカルシウムや鉄、亜鉛などがあります。

冷え、だるさ、片頭痛、気分の落ち込みなどの不定愁訴、便秘や肌荒れなど女性に多い不調は、「新型栄養失調」が原因の1つと考えられます。

 

出典:働く女性の心とからだの応援サイト 食事 健康と美を食べるもので叶える!~肌や髪、爪も美しく~

(確認日2024年8月12日)

 

 

あなたの身の回りの女性で、「痩せたい」と口癖のように話し、ダイエットの話題ばかりする人はいませんか? あなた自身はどうでしょう、自分の体型や体重に満足しているでしょうか?

実は、若い女性が、正常体重であるにも関わらずダイエットすることが、摂食障害の発症危険因子であることは明らかで、それ以外にもさまざまの問題が指摘されています。それにもかかわらず、女性は、自分が太りすぎで、痩せないといけない、ダイエットしないといけないという圧力を感じているのが、現在の日本の実情だと思います。どうして私たちは健康な体重を素直に受け入れられないでしょうか?

その理由の一つは、痩せを礼賛する価値観が私たちを取り巻いているからです。女性向けの雑誌にはいつもダイエットの特集が載り、テレビやファッション雑誌は、美しさの象徴として痩せた女性を起用し、ふくよかな女性に対しては「太っている」として醜いというレッテルを貼り、からかいの視線を向けます。 このようなメディアの状況は、若い女性に「痩せて理想の体型になれば、ハッピーな人生を送れる」といった幻想を与えます。そして、健康な体重の若い女性に過度のダイエット行動を起こさせ、その結果、摂食障害発症リスクが上昇します。

このような価値観を強く後押しするのが、メディアに露出するファッションモデルです。彼女らに求められる痩せはどんどん加速してきました。

 

(中略)

 

ファッションモデル志望の女性が、モデル事務所の面接に行くと、「もっと痩せなさい」と言われることは、日常茶飯事でした。その結果、モデル業界は決して公表はしませんが、痩せすぎのファッションモデルがたくさんおり、その中には摂食障害になっているモデルも数多く存在すると言われています。アメリカのモデル団体は、ファッションモデルの31%が摂食障害を持ち、64%が痩せろと言われた経験があると報告しています。痩せすぎたモデルが、若年女性の痩せ願望や肥満恐怖、自尊心や食行動に与える悪影響が報告されるようになり、医療業界からも規制を求める声があがりました。

そうした中、2006年以降、ファッションモデルの摂食障害による急死が報道されるようになりました。

 

(中略)

 

このように、欧米各国では、摂食障害の発症を予防するために、痩せすぎモデルを規制する取り組みが進んでいますが、日本ではそのような取り組みは全く行われていません。では、日本に痩せすぎモデルは存在しないのでしょうか? 日本の代表するファッションショーである東京コレクションを主催する日本ファッションウィーク推進機構は、新聞の取材に「日本のショーで問題があるほど痩せ過ぎのモデルはいない」と語っています。しかし、日本のファッション雑誌で活躍しているモデルの、公表されている身長、体重からBMIを計算すると、BMI14−16台が数多く存在します。欧米ではBMI18以下のモデルはファッションショーに出られないように規制されている状況にもかかわらず、日本では明らかに健康を害するレベルのBMI14-16という低体重のモデルが、メディアに好ましい美の基準の持ち主として取り上げられているのです。

 

出典:なんば・ながたメンタルクリニック 世界の痩せすぎモデル規制の経緯と日本

(確認日2024年8月12日)

 

 

 幽谷霧子に医学知識はあまりない。

 一般的高校生と比べればあるほうだが、あくまで彼女は高校生である。病院の手伝いもあくまで高校生ができる範囲のレベルであり免許もなにも所持していない彼女が素人知識で何かを判断するのは良くないというのは彼女自身がよくわかっている。

 それでも――

 

「結華ちゃん、ちゃんと食べてる……?」

 

――三峰結華の体躯を見るとかなり心配になるのだ。

 283プロアイドル寮。幾度か繰り返されているお泊りで風呂に入るときに霧子が言った。

 下着姿の結華の姿を見ると、以前の撮影で見た時よりも骨が浮いている気がする。

 

「え、なに……?」

「瘦せた気がする……」

「そうかな?」

 

 首をかしげる結華を無視しつつ霧子は彼女のあばら骨あたりを撫でた。「ひゃん!」と驚いた声を上げた結華に脱衣所にいたアンティーカの面々が驚いたようにこちらを見た。

 

「ふえ、なんね結華……霧子⁉」

「こがた~ん、きりりんを止めて~!」

 

 恋鐘が戸惑いながらも霧子を引きはがす。鏡で映っていたから結華は落ち着いて自分の後ろからこっそり近づいてきた摩美々の腕を振り返って掴んだ。「ちょっと~」と、悪びれもせずに抗議をする彼女を完全に無視。

 

「霧子、どがんしたと?」

「結華ちゃんの体……瘦せたみたい」

「ん~?」

 

 霧子の言葉に恋鐘が結華の体を見る。しばらく見て「あ~ほんまやね」と言った。

 

「え、そんなに減ってる?」

「夏んときよりも痩せてるたい。でもその程度、問題なかと思うんけど……」

「それは問題だね」

 

 ここで割って入ったのは咲耶だ。

 

「私がモデル時代の同僚に栄養失調を起こした人がいてね。そういう話はどうも敏感になってしまうんだ」

 

かつてモデルとして活動していたからだろうか。咲耶は栄養失調、異常な痩せに対して鋭敏だ。

 摩美々が疑問を呈する。

 

「BMIってやつー?」

「うーん、BMIは………まぁ一種の指標にはなるけど、正確じゃないからね。女性なら特に。例えば……言い方は悪いけど、私や恋鐘のようにバストが大きい人と結華のようにちぃ――可愛らしい人を比較しても仕方がないからね」

「さくやん? それは三峰を遠回しに蔑んでいるのかな?」

 

 結華は若干怒りの声を滲ませながら話題の転換を図る。しかし後ろからやってきた摩美々がそれを許さない。

 

「体重計、持ってきたよー」

「うわぁ、早い」

 

 アイドル事務所の寮だ。体重計が無いほうがおかしいだろう。しかしシンプルで簡単なアナログ式の文字盤が回転するタイプの体重計だ。皮下脂肪とか体脂肪率とかを計測する機能は無いらしい。

 渋々、といった表情で結華が体重計に乗る。ギャララ、と音を立て文字盤が回転する。入浴前だったため眼鏡を外していた彼女の代わりに摩美々が目盛りを読み上げる。

 

「よんじゅってん――……さんに、ぐらい? 40.32」

 

 真面目に目盛りの十分の一まで読んだ摩美々だが、ふつうは同じユニットであっても他人の体重まで把握していないし当人も把握していないようだ。283もアイドルたちの体重までは公開していない。これが減ったのかどうかは……。

 

「結華ちゃんの身長って、公式サイトの記載から変わってないよね……?」

「え、まぁ、うん、たぶん。157センチ」

「じゃあ……」

 

 身長を聞き出した霧子がいつの間にか持っていたスマホを叩く。

 

「BMIは16.14……。痩せすぎギリギリだね……」

 

 スマホの画面には計算結果とWHOの指標が掲載されていた。

 

「それは看過できないね」

 

 咲耶が苦言を呈する。

 

「いやさくやん、さっきBMIはあまり参考にならないって」

「正確ではないけど、参考にはなるよ」

 

 ため息を出しながら咲耶がたしなめる。

 

「結華。これはさすがに無視できない。いくらアイドルが体重制限を必要とするとはいっても、これ以上は栄養失調を危惧するレベルだ」

「そ、そうかな……?」

「そうだね」

 

 咲耶は霧子からスマホを借りると先ほどのページを眺めながらしばらく考え、言った。

 

「3キロぐらいかな。そのぐらい増えればBMIが十七台になる。痩せすぎには変わりないけど生命の危機を考えるほどではないレベルになるから」

「――………わかった。できるだけ、頑張ってみるよ」

 

 と言って結華は自身の腕の太さなどを確認する。「そこまで細くなってるかなぁ」と、ぼやきながら。

 

 

 恋鐘と咲耶は常日頃寮母によって正しく調整・制御された料理を食べている。

 霧子と摩美々は実家暮らしで食事には不足しない。幽谷家は栄養士の家系ではないが医者の家系だから致命的な栄養不足は起きないし、田中家もそれなりに裕福だからこそ同様である。

 しかし結華は一人暮らしの学生。有名アイドルとはいえ事務所が栄養を管理できている訳ではない。加えてファッションや推し活による浪費で節約はするものの、アイドルだから安いパンや米、お菓子などの糖分ばかり摂取するわけにもいかない。ただ糖分を一般女性レベルに摂取出来ていても、アイドルである結華の消費カロリーに見合った量とは思えない。加えて昨今の食費の高騰対策で食は少なくなるばかり。

 きっかけはありふれたものだった。

 

 

 39.2キログラム

 事務所で結華は台本読みをしていた。時刻は16時過ぎ。

 お腹が空いた。最近空腹がひどい。でも耐えなければ。

 

「お、三峰―」

「あ、おはようまみみん」

 

 数週間ぶりだろうか。寮でのお泊り会以来の顔合わせに摩美々は怪訝な顔をする。

 

「三峰、なんかやつれたー?」

「え、そうかな」

 

 そう言いながら結華はペットボトルのふたを開けた。ぷしゅりと気の抜ける音。

 

「炭酸飲んでるのー?」

「炭酸……まぁ炭酸だねぇ。何の味のついていない水に炭酸ガスを注入しただけの無糖無味のやつだけど」

「ふーん……マズそう」

「おいしいものではないかな……」

 

 はっきり言って苦い。ドライアイスと同じ味。

 

「なんで飲んでるの……?」

「なんか美肌とか健康に効果があるんだって。血行促進とかなんとか」

「……三峰って水素水とか信じる人?」

 

 えー、と嫌そうというよりも危ない可哀そうな人を見るような目で摩美々が見る。その視線に弁明するようにさらに重ねた。

 

「それにさ、おなか膨らむから」

「ちゃんと食べなよー……少し前に痩せすぎって言われたばかりじゃん」

 

 摩美々は大きくため息をつくと仕方なそうに、本当は言いたくないことを言うように言った。

 

「……そんなことばかりしてると、プロデューサーに嫌われるよー。――というか、女として見られなくなるよ」

「…………それはライン越え」

「そういう発言をしなくちゃいけないほど、今の三峰の体は人間的な魅力以前の問題だと思うよ」

「………」

 

 その言葉に結華は反論しなかった。

 

 

 38.7キログラム

 レッスンルームでタイマーがけたたましく鳴る。休憩をとる合図だ。集中していると休憩を取らなくなるのは大体のアイドルに当てはまる。

 結華は壁際に移動すると置いていた水のペットボトルを開けた。さすがに炭酸水ではない。

 水を少しずつ飲みながらも顔をしかめる結華に咲耶が不思議そうな顔をした。

 

「どうしたんだい結華。いつもの可愛らしい顔をそんなにしかませて」

「いやー、ちょっとね」

 

 いつもの人をほめるには過剰包装と言っても差し支えない文言を無視し結華は答える。

 

「最近、口内炎がひどくって」

「口内炎……」

「最近、3つもできちゃってさー。塩水でそそいだりとか軟膏塗ったりとかしてるんだけどさ」

 

 あはは……、と普段のように笑う結華だが相対する咲耶は内心穏やかではない。

 

「口内炎……となると、たんぱく質もそうだけど重要なのはビタミンB2だ」

「ビタミン……最近野菜全然とっていないからな~……」

「まぁ野菜も食べてほしいけど……B2は納豆やレバー、それに卵に多く含まれている。帰り際に卵を買うことをお勧めするよ」

「卵か……最近高くなったからな……」

 

 物悲しそうに言う結華の体を咲耶は眺める。

 ……あの合宿から彼女の体躯はさらに細くなった気がする。かつての栄養失調をおこして引退した同僚を思い出しながら窘めるように咲耶は口を開いた。

 

「――……結華。最近の君は瘦せすぎだ。早めに対処するべきだ」

「……対処、ねぇ。でもお金もないし、下手に太るのはアイドル的に問題じゃないのかな」

「…………問題じゃないよ。ステージで倒れるよりかはマシだ。子供ができなくなるよ」

「子供ねぇ。普段から低用量ピルで妊娠できなくしているからそれ以前の問題だと思うけど」

「それにお金が問題というのならば、私がお金を出そう。いくら必要だい?」

「えっ」

 

 咲耶の言葉に結華は驚愕したように手を振って断る。

 

「いやいやいや! そんな、良くないよ!」

「そこまでの提案をするレベルだということを自覚してほしいね。結華の体は現在まわりの人から見ればかなり不安になるレベルの不健康さだ。……頼むからきちんと食事をとってほしい」

 

 深刻そうに、心配するように彼女を見る切れ長の視線に結華は目を背ける。

 

「そ、その……検討、します」

「………残念だ。その言葉が現実になることを切に祈るよ」

 

 咲耶は悲しそうに言った。

 

 

 38.3キログラム

 今日は食レポの日である。ネット番組の特集で結華は恋鐘と一緒にデパートの物産展の一角にいた。

 

「ん~~~~、おいしかばい!」

 

 北海道産の海産物が大量に乗った海鮮丼を大きな口で食べる。カメラの前だというのに大口開けられる彼女の無遠慮さ、よく言えば芸能界慣れしない素人らしい反応をするから恋鐘は食関連で引く手数多なのだろう。

 その様子を結華は表情こそテレビ向けの微笑を含ませながらも無感情に見る。結華の食レポは先ほど北海道の乳酸菌飲料とカステラ菓子のもので済ませた。

 彼女が恋鐘の抱き合わせで出演しているのは、本人には伝えられていないがプロデューサーが結華の体調を気遣って強引に食事をとらせるためである。彼女が食べたものは栄養不足の児童のために開発されたものなので彼の企みは成功していると言えるだろう。

 お約束の挨拶を終了させるとカメラが彼女たちから離れる。レンズがそっぽを向いたのを確認すると結華は表情を溶かし息を吐いた。

 

「結華~~~! これうまかけん食べんね~~!」

 

 そんな様子をいざ知らず、――いや、あえて無視をして恋鐘が海鮮丼を渡してきた。

 

「え、えぇ?」

 

 ほとんど公然の秘密だが、食レポ用の食事はリポーターがすべて食べているわけではない。撮影スタッフが分け合って食べたり、ごくまれにタレントがすべてを平らげる例もあるが、少なくとも食に制限がかかるアイドルにすべて食べさせることを強制できない。

 だからと言ってアイドル本人が食べようとしているのをスタッフが強引に止めさせるわけにもいかない。周囲のスタッフは止めようとはしないが、どう触れたらいいか困った顔をしていた。

 渡された丼を少し困った顔で見つめると刺さっていたスプーンを手に取った。

 

「じゃあ――一口だけ」

 

 そういうとスプーンで海鮮丼を掬った。

 

「……………………………ふぇ?」

 

 その量はスプーンの4分の1にも満たなかった。

 

 

 37.4キログラム

 今日はテレビ局で音楽番組の撮影の日だった。

 メイクによって結華のやせこけた顔は何とかごまかされている。しかしこれはメイク職人の努力でなんとか誤魔化せているだけであり、現在のSNSでの画像をみて結華の体調を心配するものは増えてきている。

まだ大手のネットメディアに取り上げられていないだけで、ファンコミュニティの中では結華が拒食症、またはそれに類する病気を患っているのはほぼ確定という前提で会話が行われている。

ただそうであっても、たとえ会議室に巨大なインド象がいるようなあからさまな問題であっても「細さと美しさは比例する」と勘違いしている芸能界においては無視される。

 パフォーマンス前のインタビュー、そしていつも通りのパフォーマンス。

 本来の能力が発揮できればなんてことは無いいつもの仕事だった。

 それでも結華にそれを完遂する能力はあっても、体裁を整える余力はなかった。

 パン、と番組プロデューサーが手をたたく。カメラの焦点がステージから離れると結華は膝をついた。

 

「はぁっ、はぁっ――」

「ゆ、結華ちゃん――!?」

 

 フォーメンション的に一番近かった霧子が駆け寄りほかのメンバーも血相を変える。周囲の撮影スタッフも慌てているようだ。

 

「だい、じょうぶだから――ね? 最近、体を支えるのが、難しくなっている、だけで」

「体を支える――って?」

「最近、普通に歩くだけでも、膝が、痛くなるんだ」

 

 その言葉に霧子は自分たちの行いが悪かったかようやくわかった。

――結華ならきっとこのままの状態を良しとしないだろうからすぐに直すだろう。そんな共通認識に甘えて、彼女を叱らなかったのがいけなかった。

 

「――恋鐘ちゃん、咲耶さん。結華ちゃんを控室に」

「……わかったばい」

「うん、わかった」

 

 うずくまる結華の両脇を抱え、二人はスタッフに一応の会釈をしながら控室に向かった。

 

「あ、あの、三峰ちゃん大丈夫かな?」

 

 番組プロデューサーが慌てふためきながらスタジオに常備されているのであろう救急箱を抱えてなぜか霧子のほうに向かった。まぁ演者が倒れたとなればテレビ局の問題になりかねないからパニックになるのも頷ける。

 

「落ち着いてください、番組Pさん」

「あ………はい」

 

 どうどう、と冷静さを取り戻そうとさせる霧子の言葉に番組プロデューサーは素直に従って深呼吸を始める。

 

「――霧子ぉー。本当に大丈夫かなー……?」

「多分だけど……ケガとかじゃなくって、内的な――これまでちゃんと食べていなかった弊害だから……救急箱があっても、仕方がないと思う」

 

 その言葉に「えっ」と番組プロデューサーが持っていた救急箱を見つめる。

 

「すみません、うちの三峰が……いきなり不調を訴えて……」

 

 普段の口調よりも丁寧なものに変質させて霧子は目の前の番組プロデューサーに頭を下げて謝罪した。

 

「いやいやいや、三峰ちゃんの――……不調もある程度ツイスタで知っていたし、それにたまにタレントが不調を訴えることなんてよくあることだから!」

 

 実際、そんな珍しくないのだろう。何人かのタレントが番組後に体調を崩す光景は芸歴1年未満のアンティーカでも見たことがあった。

 

「………すみませーん。もしかしてこの番組って全員がなんか……Mステみたいにひな壇で待機する奴でしたっけー?」

「いやいや、そういう待機場所はないから控室に戻ってもらっていいよ! エンディングのために出演者全員並ぶぐらいだから」

 

 最善の例が想起できず他局を例に出した摩美々を咎めることもなく彼は控室に戻るように告げた。

 

「あ、一応救急箱持っていく? 珍しいかもだけど故障のためのテーピングとかもあるよ」

「じゃあ……持っていきます」

 

 撮影の流れ止めてしまいすみませんでした、と2人が周囲に頭を下げる。

番組プロデューサーやほかの撮影スタッフの様子は霧子の頭に入っていなかった。

 控室に入ると結華は椅子に座らせられ脚も椅子の上に載っていた。

 

「霧子、いちおう自販機で冷たいスポドリ買ったんだけど、冷やしてもよかと?」

「関節痛は冷やしちゃダメ、だよ。温めるのがベストだけど、今は温める道具もないから……」

 

 と、霧子は手渡された救急箱からテーピングとハサミを取り出す。医学の知識はないが、応急処置の知識はあった。

 

「結華ちゃん、痛いのはどっちの膝?」

「……両方、かな。特に左が痛い」

「ほかに痛む場所は?」

「………とくにはない、かも」

 

 竹馬を連想させるような細さだった。ダンスの要領で蹴れば簡単に折れるのではないか。

 テーピングを施す。やっていることは部活でマネージャーが選手に施すような、簡単なものだ。霧子が何も見ずに処置できるのは病院の手伝いで手慣れているからである。

 3分程度で作業は終了した。

 

「いやー、ごめんね? 最近体にボロが目立ち始めちゃって」

 

 椅子に座った結華はさほど深刻そうに思っていない表情で言った。いつもの彼女のごまかし笑いだ。

その様子にほかのアンティーカは少しも笑わずに視線を交わす。

 

「……結華」

「これは――」

「結華、そいは……」

 

 ほかの三人が発言に悩んでいると霧子が1歩踏み出した。

 

「結華ちゃん……そんなヘラヘラしないでよ……!」

「き、きりりん……?」

「言ったよね……瘦せたって。みんなから言われたよね……このままだと栄養失調になるって……なのに――なのに、どうしてそんなになるまで食事をとらなかったの!?」

 

 彼女らしからぬ剣幕で霧子は結華に迫る。その声が徐々に震え始める。

 

「結華ちゃんがボロボロになっても何もしてこなかったわたしが言えたことじゃない……でも、このままだと死んじゃうから、結華ちゃんの、未来が……死んじゃうから――!」

「ご――ごめん……」

 

 肩を震わせついには泣き始めた霧子の様子に結華は呆然としてしまった。

 霧子の震える肩を咲耶が支える。

 

「――結華。前にも言ったけど君の体は既に限界を迎えている。これ以上は――たとえ君を何らかの病院に入院させるとしても、もう二度と結華と会えなくなっても…………処置をしなければならない」

 

 咲耶の言葉はかつての自分の無行動に後悔するような、それによって生まれた教訓を受けながらも話していた。

 ようやく――ようやく、自分の現在の姿が異常だと感じ取った結華は気まずそうに眼をさらした。

 

「もし食事をとることに忌避感とか嫌悪感を感じるとかならさー、私のパパの知り合いに――あー……そういうのが詳しい人がいるから紹介できますー……」

「食事はうちがつくったるけん――やけん、きちんと食事をとってほしいと。このまま結華が痩するの見たくなか……」

 

 摩美々と恋鐘が彼女の病状とその改善案を言う。

 それほどに結華の様子はやつれていた。そして彼女を気遣うほかのアンティーカのメンバーの優しさが沁みた。

 

「――ごめん。みんなの心配をこれまで無視するような振る舞いをして……」

 

 自分の腕をつかむ。もとより細い自分の体は骨と皮と浮き出た血管のみの腕だった。必要な筋肉すらそぎ落としたといっても過言ではない自分の細さが他のものと比べて異様だった。

 

 

 結華が現在患っている病気に関しては描写しない。あの音楽番組の撮影から2年以上経過した現在においても未だに摩美々の父や霧子の家族に紹介された病院に通院を続けている、とのみ記しておく。

 

「最近の結華の様子はどうだ?」

 

 結華のみを省いた他アンティーカメンバーとの定期会議。プロデューサーが聞くと摩美々が答える。

 

「食事量は……あんまり変わっていませんしー、体重も変わっていませんー」

「40キロ前半?」

 

 アイドルとして体重管理は必要。しかしプロデューサーは結華に対してそれをしようとしない。

 

「恋鐘、食事に対して何かあるか?」

「高カロリーそうなものは相変わらず吐き出しそうになるのは相変わらずね。味付けを薄くして量を多く食べさせようとしちょんけど、全部食べようとはしなか」

「食事が難しい?」

「お医者さんが提示した量はなんとか食べさせとる。無理やり寮いれて食事管理させたんが正解やったとね」

「でも寮を出てしまったら……」

 

 咲耶のつぶやきが現在のアンティーカの抱える問題だった。霧子が医学部に入るためにアイドルを卒業してから明確化した「結華の監視者」問題。

 アイドルを辞めてしまえば「痩せなければならない」という彼女の強迫観念の原因は消えるが、こびりついた強迫観念が消えるわけではない。

 

「もう、これはアレするしかないじゃなーい?」

「……アレ?」

 

 アレ、の言葉の意味をプロデューサーが問うと三人の視線が交差する。

 

「あぁ……アレ、ね」

「――うちは反対ばい。プロデューサーには責任もあるけど自由もあると」

「それは、建前ー? 本当は自分が――」

「ま、摩美々~! そういうことはあんまし言ってほしくなか……!」

「………?」

 

 三人が共通認識をもとに各々の意見をバラバラに言うものだから、その認識を持たないプロデューサーは困惑してしまう。

 

「えーっと……何を言ってるんだ?」

「あー…………そいは、えーっと……」

 

 言いにくそうに淀む恋鐘の代わりに咲耶が答えた。

 

「――製造者責任、と言うべきかな。それとも……ステージの呪いに引きずり込んだ案内人の責任というべきか。――プロデューサーは結華をあんな風にした責任をとって未来永劫彼女を見守り続ける、というものだ」

「それは――」

「今更、あなたを想うアイドルたちの感情に気づいていないなんて言わせないよ」

「ふぇ、咲耶!?」

 

 プロデューサーは溜息を吐く。否定はしない、いや出来ないといった様子だ。

 今更咲耶が言う「未来永劫見守る」の意味を取り違うことはしない。……要は結婚しろと迫っているのだ。

 

「それは――」

 

 それでもプロデューサーは口を開いた。

 

「……それは良いのか? 蔑みや哀れみで恋人になれと? ………それは結華にとってかなり失礼なことじゃないか?」

 

 その言葉は真っ当だった。真っ当ではあったが、現状の結華の解決策にはならない。

 言葉の詰まった咲耶の助け舟として摩美々が口をはさんできた。

 

「プロデューサー、結華はもう女性として生きることはできないと思います。……性的魅力とかトーク力とかあっても、女性として生きる――明け透けに言えば理想な結婚相手としては難しいんだと思います」

 

 あくまで素人目での判断ですけどねー、と摩美々は付け加えた。

 

「食事を満足に取れない、なら結婚後絶対に料理をするときに何らかの問題が起きる。やせすぎになった影響で骨にどんなダメージが入っているかもわからないから将来……五〇歳ぐらいに絶対にガタが来る。それに今はピルで制御されているから明らかになっていないけど生理や妊娠機能がどんな影響を受けたのかわからない。そんな状態で結華が真っ当に女性として生きることは難しいと思います」

「それは……なんというか、前時代的な判断基準だな」

「私もアイドル業界という前時代的な場所に生きていたのでー」

 

 若干プロデューサーを責めるようなニュアンスを含んだ言葉に「すまない」と返すと摩美々はそっぽを向いた。

 

「無論、最後の判断はあなたに任せるしかない。結華の社会的な女性が死んだとみなすか、それとも将来に賭けて放任するか。今後の行動はプロデューサーと結華に任せるしかない」

 

 咲耶の言葉にプロデューサーが目をそらし、恋鐘が何かを言いかけてやめた。

 

 

 三峰結華が音楽番組で不調を訴えたあの日から10年経過した。

 結華は幸せだった。四年前にプロデューサーと結婚、そして今現在妊娠18週目である。

 結婚したということが功を奏したのか、治療は通院しなくても良いレベルで寛解していた。

 あの時の摩美々の懸念、「結華が女性的に良い人生を送れない」という懸念はいまだ現実になって表れていない。せいぜい骨密度が平均よりも少し低い程度であり、生理不順も見られない。産婦人科も妊娠した結華に異常は見られないと判断していた。

 

「ただいま」

 

 彼が家に帰ってきた。彼は今も283プロでアイドルプロデューサーとして働いており、今は後輩プロデューサーに新人教育を施しているようだ。産休と育休の申請はすでに済ませており、天井社長も肯定的だとか。

 

「おかえり~」

 

 結華も283プロの職員として働いていたが現在はリモートワークである。これは夫であるプロデューサーが通勤に否定的であったことと、社長が試験的に導入していたリモートワークを実践導入したかったという両者の思惑があったからだ。

 

「大丈夫か?」

 

 プロデューサーは帰ると必ずそう尋ねる。そう訊かれると肯定したくなるが、どうも現実はうまくいかない。

 

「大丈夫――と、言いたいけどあんまり良くないね……。つわりは相変わらずって感じ」

 

 このつわりは非異常なものであるから心配する必要はない。それでも彼は気にする。

 トースターが鳴る。ご飯のにおいはつわりを誘発させるからと最近はパンで食事をとっているが効果は実感していない。

 

「昼ご飯はちゃんと食べたか?」

「食べたよ。吐き出してもいない。……だからさ、早く手洗いうがい済ましなよ。ごはん冷めちゃう」

 

 もう、とプロデューサーの過保護さを笑いながら焼いた鶏料理をよそう。料理のにおいははっきり言ってつわりを誘発させかねないらしいが、すくなくとも結華は食事のにおいでつわりが起きたことはなかった。

 手洗いうがいを済ませた夫が食卓に座る。

 

「いただきます」

「いただきます」

 

 食事をもそもそと食べる。つわりを防ぐため薄味だったがプロデューサーはおいしそうに食べる。

 

「……ごめんね」

 

 結華がふと口を開く。その様子にプロデューサーは目を丸くした。

 

「いきなりどうしたんだ?」

「私のことを負担だと思ってるんじゃないかなって。……あなたが私と結婚したのも――」

「結華」

 

 何度もやり取りされたその言葉を彼は未然に防ぐ。

 

「マタニティブルーってやつだ。つわりとかの不調で引き起こされる不安だよ」

「そう……かな。私、幸せすぎて……」

 

 言いよどむ結華を見てプロデューサーは箸をおき席を立って彼女の背中から優しく抱きしめる。

 

「大丈夫だよ」

「……うん」

 

 その抱擁に結華は微笑んだ。

 結華は彼があの日の他の者たちの提案による催促は知らない。しかしプロデューサー考えた責任を取ったから自分にプロポーズしたのだ、ということをなんとなく肌で感じていた。

 たとえ女性として見られていなくとも、いつまでたっても「プロデューサーとアイドル」という距離感を保ったままであっても。

 結華は幸せだった。

 

 

それでも、かつて支払った代償の後始末は。

始まってしまった物語は終わらせなければならない。

 

 

 妊娠21週目。

 病院の1室にプロデューサーが駆け込む。一報を受けた内容は「結華が破水した」というものだった。

 予定日よりも10週以上も早いそれが異常であるというのは素人目で見ても明らか。あらゆる仕事を社長に放り投げたプロデューサーが分娩室に案内されるとそこには横たわって呆然とする結華がいた。

 彼女はまるでトウモロコシを抱えるように何かを抱えていた。

 

「ゆい、か――」

 

 思考が回らない。彼女が抱えているソレは何だ?

 

「ごめん、私……ダメな、お母さんだね……」

 

 彼女の焦燥しきった表情にプロデューサーはそばにいた看護師に目線のみで現在の状況を問う。

――いや、そんなことをしなくても現在の状況は彼にも理解はできたが認めたくはなかった。

 

「こ、これは――」

 

 言いよどむ看護師の様子でプロデューサーは認めざるを得なかった。

 低体重の女性の後遺症はすでに調べ上げている。その一つに予定日よりも早く産まれること、「早産」が含まれていたことも知っている。でもそうなったら人工呼吸器とか――

 プロデューサーは知らない。妊娠22週未満に出産された胎児は「生育限界」であるとみなされ救命措置が行われずに「流産」として処理されることを。

 かつて白瀬咲耶や田中摩美々が懸念したように、結華は痩せすぎの後遺症で早すぎる早産を起こした。

 プロデューサーは結華が座っているベッドサイドに近づき、それでも声をかけられない。

 

「――」

「この子の名前、まだ、考えていなかった……よね……」

「……そう、だね」

 

 出産予定日が数か月先であったため名前を決めていなかった。そろそろ決めようと、元アンティーカのメンバーに色々候補を挙げてもらおうと考えていたところだった。

 それでもいきなり名前を付けることなどできない。名前は親が子供に贈る最初のプレゼントだ。場当たり的に、急場しのぎで名づけるわけにもいかない。

 だから数秒逡巡すると、彼女はプロデューサーを見た。

 その顔に涙はなかった。いまだ感情が現実を認識できずに泣くことができないのだろう。実際、プロデューサーもどちらかというと呆然としていた。

 

「――この子、抱いてあげて」

「………わかった」

 

 結華から手渡されたタオルで巻かれたソレを抱きかかえた。タオルの隙間から覗く顔はあまりにも――

 

「――ごめん、なさい」

 

 空になった腕を、五百グラム程度の重りを手放したことで結華はようやく泣くことができた。

 

「ごめんなさい……! 私、あなたを……この世界で――この世界に……!」

 

 嗚咽を漏らし、泣きながら謝罪する結華に看護師が駆け寄る。

 プロデューサーは他人の人生をぐちゃぐちゃにした責任を取るために自分の人生を捨てたというのに、相手を慰めることができない自分の弱さに涙を流した。その涙は腕に抱えられたタオルの塊に落ちて吸収された。

 

 

知っておいてほしい摂食障害の特徴

1. 生命の危険のある病気です。

神経性やせ症の患者さんの死亡率は一般人口の5~10倍。

神経性過食症の患者さんの死亡率は一般人口を2~4倍。

 

(中略)

 

2. 回復の可能性のある病気です。

 

(中略)

 

3. 回復しても後遺症が残ることがあります。

代表的なものは以下のようなものです。

骨粗鬆症:BMI 16.5 kg.m2未満の状態が持続することで進行。運動などの身体的負担でさらに進行。

早産:月経が回復しても早産の傾向があると言われています。

虫歯:嘔吐を繰り返すことで、胃酸で歯が痛みます。総入れ歯になることも。

下剤乱用症候群:下剤の乱用で正常な腸管機能が失われていきます。

 

4. 再発する可能性があります。

“治る”ではなく、“回復”と考えるのは再発の危険があるからです。耐えられないストレスに曝されたりすると再発するかもしれません

 

出典:北九州市 いのちとこころの情報サイト 摂食障害について

(URL: 確認日:2024年8月18日)

 

 

 

 




本作品は「アンティーカ死別合同」で寄稿したものです。
主催さんに感謝を

再録に伴い、一部表現を更新しています。

タイトルはドキドキ文芸部の2週目警告文のもじりです。

Q.なんでこんな作品を?
A.相互フォロワーが瘦せすぎらしい+合同に出せるストックしているネタが無かった+アベプラの現代型栄養失調の特集を見た。

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