「幽霊って暇なんですか」
「暇といえば暇だけど……ってちょっと待って。まだ幽霊になってないから。幽体離脱しただけだから」
「一緒では?」
「一緒じゃない。殺すな。私はまだ生きてる」
私、レイ・ファントムは強めに否定の言葉を紡ぐ。すると隣にいたキノコ頭の少年――マッシュ・バーンデッドが「え、でも透けてるじゃないですか」と平坦な声で反論してきた。だが、途中でどうでも良くなったのか「ま、いいか」とシュークリームを食べ始める。自由か。
――――現在、私は森の中にいる。
ただ、一人ではない。
マッシュルの主人公、マッシュ・バーンデッドと一緒だ。
いや、なんで?
自分の隣で「もっもっもっ」と咀嚼音を響かせながらシュークリームを食べる主人公。彼を見ながら私は心底疑問に思った。
それにしても食べるの早いなこの子。えげつねぇ勢いでシュークリームの山が消えていきやが……いやいや、そうじゃない。今はシュークリームはどうでもいい。
なーんで私、この世界の主人公と知り合いになってんのかなぁ。
まぁ、自分のせいなんだけど。疑問なんて感じる以前全部私がやらかしたからなんだけど。でも、隣に主人公がいるとふとした瞬間に「なんでこうなったんだろ……」ってなるんだよな……。
私はため息を吐いた。霊体のまま宙に浮きながら頬杖をつく。
「はぁ、人生ってままらないな」
「死んで幽霊になってからも人生に迷うもんなんですか?」
「だから死んでないって。幽体離脱してちょっと霊体になってるだけだからね。私の話聞いてたかな?」
私は半目になりながらマッシュのことを見た。彼は相変わらず真顔である。シュークリームを食べ終わったのか、今度はプロテインを作り始めていた。本当に自由だなお前。
「幽霊はみんなそう言うんですよ」
「君、私以外に霊体の人間見たことないって言ってたよね。それなのになんで自信満々にそんなこと言えるの?」
マッシュが『ファーン』という効果音を背負ったような顔でふざけた発言をする。それを聞いた私は『この野郎……』みたいな気持ちになった。
前世でマッシュルを読んでいた時、マッシュのボケには笑わらわせてもらった。だが、今ならマッシュにツッコミを入れていた他キャラの気持ちが分かる。これは『この野郎』とか『クソが』とか言いたくなる。当事者になって初めてわかったツッコミ側の気持ち。非常にいらない。
私は「フーー……」と息を吐きながら眉間のシワを揉んだ。マッシュの「プロテイン飲んだら筋トレしなくちゃ」という言葉を聞きながら、自分は今までのことを思い出していた。
――――マッシュとの出会いは1ヶ月前だ。
オーターによる私の家の捜査があった日。そう、彼が『イノセント・ゼロについての原作知識』及び『オーターへの二次創作ラブレター』を見つけたあの日。私はオーターから逃げた。彼がラブレターを読み始めた瞬間、咄嗟に逃げてしまったのだ。
だってさぁ……自分の二次創作(しかも登場人物が自分と相手の創作)を見られて普通の精神でいられると思う……? 無理でしょ。絶対無理でしょ。
あと、あのラブレターを読んだ後のオーターの反応を知りたくなかった。どんな反応されても恥ずかしくて死ぬ。たとえるならリアル厨二時代に色々やらかしたことを、成長してから目の当たりにする感じである。いっそ殺せ。
そんな風に羞恥心に耐えれなかった私は遠くに逃げた。その逃亡先が――マッシュの住む森だったわけである。
当時のマッシュは森の中で筋トレをしていた。彼は漫画で描かれていたように「ふんふんふん」と言いながらクソデカダンベルを持ち上げていた。それを見た私は咄嗟に二度見した。「あれ主人公じゃんマジかよ」と言う気持ちと「えっあの筋トレ、マジで現実に起こったらこんな感じなんだ? 怖すぎる」的な気持ちである。
思わず私はジッとマッシュを見た。今の自分は霊体なのでいくらおかしなことをしても周りからは分からない。なので長い間マッシュを見ていたと思う。すると、まさかまさかでマッシュがこちらに話しかけてきたのだ。
「あのー、そんなに見られると筋トレしにくいんですが」
「え?」
「え?」
「……もしかして私に話しかけてる?」
「そうですけど」
「エッ?!」
なんで私のこと見えてんだよお前。
二人の間に流れる沈黙。数秒固まったあと、私は苦し紛れに自己紹介した。
やべぇやっちまった。主人公と顔をあわせちまったよ、という後悔で胸がいっぱいだった。まさかマッシュが私のこと見えると思わねーじゃん。
マッシュとの話の中で「自分は事故に遭って本体は病院で寝てること」と「幽体離脱して霊体でここにいること」を話した。しかし、マッシュは難しくてわけが分からなくなったのか途中で頭から蒸気がでていた。気持ちは分かる。私も意味わかんねーなと思うもん。
仕方がなく要約して「私の名前はレイ。レイ・ファントム。まだ死んでないですが、現在霊体の人間です。本当なら人には見えません。君は何故か見えるみたいです」とだけ言った。
マッシュは「なる……ほど……?」と答えた。多分これ分かってねぇな。そう思った瞬間だった。
――――マッシュがノータイムでぶん殴ってきたからである。
ものすごい速度で迫り来る主人公。
身体をすり抜けるマッシュの拳。
とんでもねぇ風圧で揺れる後方の木。
あまりにも恐ろしすぎて私はひっくり返った声を上げた。
「ホァッ?!」
「あれ、成仏しない。おかしいな、除霊ってこうするんじゃなかったっけ」
しねーよ!
そんな除霊の仕方あってたまるかボケェ!
マッシュ曰く「昔、じいちゃんにお化けがこわかったら殴ればいい。そうすれば除霊できるからと言われました」らしい。多分それ、お化けを怖がる子供を宥めるためのただの方便。真に受けないでほしい。すんげー怖かった。あと、私は死んでないって何度も言ってんだろ成仏させんな。
――――こんなクソみたいな会遇が1ヶ月前のことである。
それからというもの、私はマッシュについて回った。自分の身体のある病院に帰ることなく、だ。
理由? シンプルにオーターと顔を合わせたくないからである。現実を見たくない。原作知識と二次創作ラブレターを手に入れたオーターがどう行動するのか分からなくて帰りたくない。素直に怖い。現実逃避させてくれ。
どうしてこうなっちゃったかなぁ……。
私は何度目か分からぬため息を「はぁー」とはいた。視線を上げると森の中でマッシュが筋トレする姿が見える。今までのことを私が思い出している間にマッシュは三セット分の筋トレを終わらせていた。はえーよ。
手持ち無沙汰な私はス、と視線を横にずらす。そこには新聞があった。マッシュに私が『新聞を読みたい』と頼んで家から持ってきてもらったものだった。
――――三魔校対争神覚者選定最終試験、明日開催!
その見出しと共に今年の最終試験への出場者が写真付きで掲載されていた。ほとんど知らない顔だが、一人だけ見覚えがあった。ツートンカラーの青年――レイン・エイムズだ。
(そろそろ原作開始か)
イーストン魔法学校二年、レイン・エイムズ。そう書かれた新聞の文字をなぞる。
確か原作一話目に『今年の神覚者はイーストン魔法学校二年のレイン・エイムズ!』という新聞記事が登場していたはずだ。三魔校対争神覚者選定最終試験終了後、まもなく原作が始まるのだろう。
マジでなーんにも考えてねぇ。
死にたくないから早めに田舎に引っ込みたいのになーんにもできてない。自分の本体が魔法局近くの病院にあるんですけど。首都にあるんですけど。どうしろってんだ。クソが。
世知辛いな……と思っていると、横からマッシュが顔を出してきた。どうやら筋トレが終わったらしい。シュークリームを口に咥えている状態でひょこっと新聞を覗き込んできた。
「何見てるんですか」
「知り合いが新聞に載っててね」
咄嗟だったので私の口から何故か嘘が出た。多分、原作についてあれこれ考えていたからだろう。自分が気が付かない内に隠そうとする心理が働いてしまっていた。
ただ、マッシュのことだから聞いただけで、それ以上は尋ねてこないだろ――――。
「どれですか?」
――――どれですか?!
まさかそんな質問されるとは思わなくて面食らう。マッシュが私の知り合いに興味を示すとは思わなかったからだ。
え、どうしよう。嘘でもレイン・エイムズを知り合いとは言えないからな……。原作で知ってるだけで会ったことすらないし……。レイン・エイムズが漫画の登場人物でなければ「こいつが知り合い」と嘘を言えたんだけどな。マッシュが今後関わり合いになる人物だからそれは禁句だ。嘘がバレた時かなり気まずい。
慌てて新聞を見直す。そこには見慣れた顔が一人いた。三魔校対争神覚者選定最終試験の出場者一覧の下にある写真に写る人間。
――――砂の神杖オーター・マドル。
他の神覚者と共に写るオーター。私は咄嗟に彼を指差した。
「この人。オーター・マドルって言うんだけど。元相棒なんだ。ま、相棒っていっても後もう一人いて、三人でコンビだったんだけどね」
「相棒」
「そう。魔法警察学校時代のね。これでも私は元警官なの。オーターも昔は警官を目指してたんだけど今は違う道に行っちゃったんだよねー」
「ふーん」
「オーターはすごいやつなんだよ。『何かあればオーターに頼ればいい!』と言えちゃうくらいのやつでさ」
「へー」
……。
あんまり興味なさそうだな……。
思ったより興味なさそう。最初は私の知り合いとやらがわりと気になっていたみたいだった。だけど、こちらが話していると段々と興味なさげになってきた。最近の十代、興味なくすの早いな……。悲しくなってくる……。
なんか悔しかったので私はマッシュにオーターとアレックスとの思い出を語った。
三人で遭遇したパトロール中のトラブルだとか、アレックスと私の二人でオーターにイタズラを仕掛けた話だとか、そういうたわいもない思い出話だ。
マッシュは真顔でその話を聞いてくれた。マジでずっと真顔だったので「これは楽しんでくれているのか……? 興味ないままか……?」と悩んだ。大分悩んだ。しかし、途中からヤケクソになっておもしろエピソードを語り続けた。
私はある程度話し終えたところでマッシュを再び見る。やはり真顔だった。話し過ぎで逆に嫌気がさしたかな。やりすぎたか……と後悔した時、マッシュが口を開いた。
「そのオーターって人とは会わないんですか?」
「うん? 会ってきたよ」
「え?」
「え?」
マッシュと私は顔を見合わせた。数秒の沈黙。そしてそのままの状態で私たちはお互いの目を見ながら首を傾げる。
うん? なんか話が噛み合ってないな……?
そう私が思った時、マッシュが気落ちした様子で下を見ながら呟いた。
「僕について回るよりそっちの人がいいんじゃ……」
「エッアッついて回るの迷惑だった?!」
「いや別に」
「よかった……。ん? そもそもの話、貴方以外私のこと見えないんだよ。会っても向こうには分からないの」
「なるほど」
マッシュの養父、レグロさんも私のこと見えてないのに分かってなかったのか?!
さっき、マッシュが私に対して『オーターに会いに行かないのか』って聞いた理由ってもしやこれか。
マッシュ側からすると私、レイの姿は見える。そして何度説明しても彼はみんなに私の姿は見えると思っているようだった。なのでマッシュは『自分について回るより知り合いの人と一緒にいたほうがいいのでは?』と思ったのだろう。
まさかまさかの悲しい顔をした上で。
(びっくりした)
まさかマッシュが『自分について回るより知り合いの人と一緒にいたほうがいいのでは?』と言うだけでなく、悲しい顔をするとは。
まって、これもしやマッシュからの私に対する好感度わりと高いな?
マッシュは先程悲しそうな顔をしていた。『もしも私、レイ・ファントムが知り合いの下へ行ったしまったら』を考えたからこそ、そういう表情になったのだろう。私の自意識過剰でなければの話しだが。
ちょっと嬉し――いやいや待てよ自分。
やばくないかこれ。
マッシュは『マッシュル』の主人公だ。この物語の中核。彼を中心に世界は回る。つまりマッシュに好意を持たれるということは、原作のゴタゴタに巻き込まれるということではないか。
現実を見据えないようにしていたが、これいよいよヤバいのでは。
(これ、やっぱりマッシュと離れるべきか)
でもなぁ、私のこと見えるの現状マッシュだけだし。
正直自分が周りから見えない状態になってるの――キツイ。ほんっっとキツイ。
どんなに私が話しかけても皆無視。それは仕方がない。こちらのことが見えてないのだから。
誰にも自分が“ここにいる”と分かってもらえない。その状況は自分の想像以上にキツかった。
オーターから逃亡し、マッシュと出会って早1ヶ月。この1ヶ月で私は街に何回か行ったことがある。マッシュ離れをしたかったからだ。
だが、結果は撃沈。周りから自分の存在をずっと無視され続けるのは大分心にキた。
それにより、『リスクはあるが今もマッシュの側に居続けよう』になったわけである。
いよいよマッシュからの好感度もあがっちゃったかぁ。
「はーーーー……」
「また人生に迷ってるよこの人。幽霊なのに」
うるせぇ幽霊じゃねぇつってんだろ本当にこいつは。
マッシュは度々誰かにツッコミを入れる人物である。ただそれがボケのツッコミの場合と、ちゃんとしたツッコミの2通りあった。今のマッシュの言葉はボケのツッコミである。漫画ではクスッとなる表現でも今の自分にはイラッとした気持ちになった。こちとら人生かかってんだよアァン??
(ああいや、でも私もため息ばっかり吐いてるのは流石にまずいな)
一応、マッシュは私がついてまわることに嫌だとは言わない。ただ『ちょっと今はレイが一緒にいてほしくないな〜』って時はきっと彼にもあるはずだ。確かに何度説明してもいまだにマッシュはこちらを幽霊と解釈する困ったところはある。それでも私の存在を嫌がらずに“ここにいる”ことを彼は許してくれていた。
そんな人に私は暴言を吐くべきではない。
たとえ内心であったとしても。
私は自分の頬をぱちんと両手で軽く叩く。霊体になっても己の身体には何故か触れられていた。そのまま私はマッシュに話しかける。
「うん、だめだね! マッシュごめんねため息ばっかりして」
「いつものことだから気にしてないよ」
ちょっと一言多いんだよなぁ……。
気にしてないよだけで良い気がするんだ私は。でもマッシュ良い人だからな。あんまり気にするのもな。私の性格が悪いからこんなこと考えちゃうのかな……。
少しなんとも言えない気持ちになった時、私はハタと思い出した。今まで気がつかなかったことに気がついたからだ。
――――オーターのことマッシュに話してよかったのかこれ……?
原作時、マッシュは神覚者達のことを殆ど知らなかったはずだ。それなのに一方的に今、私はオーターに関する知識をマッシュに伝えてしまった。というかオーターの過去だけじゃなく彼の人なりや、なんなら好きな食べ物まで言った。これでマッシュにとってはオーターは“わりと良い人”みたいな印象になったはずだ。それにより初期のオーターとマッシュの険悪感はなくなる……かもしれない……?
原作ブレイクをまた私――した?
思わず私は固まった。数秒の停止。マッシュが再び筋トレしている「フンフンフン」という声をBGMして、私は空を見上げる。そして意味もなく手を太陽にかざした。
「おそらきれい」
――――人はこれを現実逃避と呼ぶ。
オーターに『原作知識が書かれた紙を見られた』『オーターへの愛を綴ったラブレター(嘘)を見られた』という原作ブレイクに引き続き起こった事故。正直なところ私にとってキャパオーバーだった。
なんかもう取り返しのつかないことになっている。これからこの世界はどうなるのか。
――――私が教えて欲しかった。