ピロロロロ ピロロロロ ピロロロロ
俺は、自分が寝る前にセットしたタイマーの音で目を覚ました。俺はベッドから上半身を起き上がらせ、グッと腕を上げ背筋を伸ばした。
「おはようございます」
「あぁ」
俺のルームメイトである真田が、
読んでいる本から顔を上げて声を掛けてきた。
「邪魔して悪かったな」
「いいえ、大丈夫ですよ」
俺はベッドの上に放ってあった、仮眠を取る前に外していたネクタイを手に取り洗面所に向かった。鏡を見ながらネクタイを締め、身だしなみを整える。
コンコンコン、とドアを叩く音が聞こえる。
約束の時間が来たようだ。
「行って来る」
「はい。頑張ってください」
「お互いにな」
手を振る真田に俺も軽く手を上げる。ドアを開けて廊下に出ると、そこには橋本と神室が立っていた。
「迎えに来たぜ」
「おぉ」
「ん? お前もしかして寝てたのか?」
「まぁな」
俺と橋本が並んで歩き、その一歩後ろから神室が黙ってついて来る。
「お前のとこにも葛城から連絡来たか?」
「あぁ。以前と比べて声に覇気がなかった」
無人島特別試験でだいぶ堪えたようだ。
「"最初から最後まで話し合いを持つな" だってさ。
葛城の奴、完全に弱腰になってやがる」
要するに、葛城は"何もするな" と言っている。
奇しくも坂柳の命令とは真逆であった。
「相当参ってるようだぜ」
「いや、そうとも限らない」
「?」
この試験で絶対避けたい結果は、『優待者』の正体を誰かが見破り、裏切ること。裏切り者を生み出すのが敗北に繋がる。裏切り者が正解しようと失敗しようとも、どちらにせよ敗北となる。なら逆に、それ以外はマイナスが存在しない。そう、結果1と結果2にはデメリットがない。クラスポイントが詰まることも開くことも無いが、わさわざ危険を負うことはなく利益を得る。
なんて葛城は考えているのだろう。守りに徹するアイツらしい戦い方だ。
俺は頭にハテナを浮かべている橋本と後ろの神室にも説明した。それを聞いた橋本は顎に手を乗せて「ほぅ」と言うような顔をした。
「………なるほどな。確かにそれならデメリットはない。葛城もちゃんと考えてるんだな」
「あぁ。だが、そこに葛城の見えない罠が存在する」
「見えない罠?」
「一見、誰も損をしないように見えて、実はそこにAクラス以外のクラスが到底見過ごすことが出来ないものが隠されている。2人とも、何か分かるか?」
橋本と神室は俺の問いの答えを考え始めた。
タイムリミットは指定部屋に着くまでだ。
「お前の話を聞くに、葛城の作戦はメリットしか無いのが逆に怪しいところだよな」
「…………………」
まだ答えは出てこないようで、頭を悩ませている2人に俺はヒントをやることにした。
「なぁ、あと何回特別試験があると思う?」
ほぼ答えを言ったようなものだな。
「はぁ? いきなりなん……………なるほど、そういうことか!」
「分かったの?」
「あぁ分かったぜ。
確かにそれは他クラスは簡単に見過ごせねぇな」
「ちょっと、一人で納得してないで教えなさいよ」
優待者の逃げ切りを許して、全クラスが平等にプライベートポイントを得ることが出来るなら無闇に争うことなんてない。そう思ったら最後、葛城の罠に見事嵌められている訳だ。
真の目的は、クラスポイントの変動を阻止することにある。この先、特別試験が何度行われるか誰にも分からない。卒業後、学校の恩恵を受けることができるのはAクラスのみ。葛城作戦に乗っかった場合、下のクラスはクラスポイントを縮める限られたチャンスを棒に振ることになる。
特別試験の度にこのクソッタレな平等に賛成していると、最終的なクラスの位置が変わらないまま卒業を迎えることになる。
「まぁこんな作戦、クラスのリーダーなら直ぐに分かる。最初の内だけさ」
「だけどよ、話し合いに参加しないことで優待者がいることを悟られることもない。上手く出来てるんじゃないか?」
「いいや違うね。俺や坂柳ならもっと差を広げる為、積極的に話し合いに参加する。こんな作戦、お世辞にも良いなんて呼べやしない。俺は好きにやらせてもらうとするよ」
橋本は細めて笑みを浮かべた。
「そりゃあ、葛城も困ったもんだな」
そうこうしているうちに、俺たちは指定部屋に辿り着いた。ドアノブを捻り扉を開け、俺、橋本、神室の順に入室していく。部屋に入った俺の目に入ったのは、部屋の中心にある円形のテーブルを囲んで椅子に座る11人の生徒。人数を確認したところ、俺達が最後の入室者のようだ。
「遅せぇなぁ、Aクラスの奴らは」
いきなりケチをつけてくる男子生徒が一人、俺達を見て睨みを効かせてくる。なんだコイツは?
「そう怒るなよ石崎、
別に時間に遅れたわけでもあるまいし」
「ハッ、ビビって逃げたかと思ったぜ」
見るからに粗暴が悪そうなこの男、名前は石崎と言ったか。メンバーリストでは確かCクラスの生徒だったな。
「知り合いか?」
「まぁな。お前が知らない所で、坂柳と龍園は何度か衝突しかけてるから嫌でも覚える。コイツはその龍園の取り巻きさ」
「坂柳でいうところの橋本、お前というわけか」
「おいおい、こんなのと一緒にされちゃ困るぜ」
「何だとテメェ!」
石崎は声を荒げて椅子から立ち上がった。
橋本の発言に気に障ったようだ。
「馬鹿なことしてないで早く座るわよ」
呆れた様子の神室は、俺と橋本の横を通り過ぎて空いている席に向かう。空席は3つしかなく、神室はその並んだ空席のうちの真ん中に座った。
残った両端の空席に俺と橋本が着席する。石崎はまだ橋本を睨んでいた。すると、石崎の隣に座る女子が腕を引っ張って座るよう促したことで、石崎もようやく落ち着きを気を取り戻し座り直した。
「久しぶりだね」
俺は左隣に座るBクラスの網倉から声を掛けられる。以前話したのは確か、入学して間も無い頃だった筈だ。無人島特別試験でBクラスのベースキャンプを訪れた時にチラッと彼女を見かけはしたが、誰かと話していたし距離も遠かった為、軽く声を掛けることも出来なかった。
「本当に久しぶりだな。元気だったか?」
「うん。そう言う狡噛君も元気そうだね」
「おいおい、入ってきた途端すぐBクラスの女子と仲良く話し始めるとは、舐めたもんだよなぁ」
俺と網倉が会話しているのを見ていた石崎が、
また軽くちょっかいを掛けてくる。
「無視していいよ。彼らいつもああなの」
「そうか……」
網倉はテーブルを挟んだ向かい側に座る石崎を横目に睨んでそう言った。どうやらBクラスもCクラスと何かしらあったようだ。
『ではこれより1回目のグループディスカッションを開始します』
集合時間から程なくして試験開始のアナウンスが流れた。簡潔で短いアナウンス。後は好きにしろということか。
「さてと、とりあえず名前と顔を一致させる為に自己紹介から始めるか。俺の名前は橋本正義だ、よろしく。次、真澄ちゃんな」
「………神室真澄」
試験開始早々に口を開いたのは橋本。有無を言わさずいきなり始まった自己紹介。渡された自己紹介という名のバトン、拾わずに落とすと変な空気になるため、そこには強制力を持っていた。神室はいつものように愛想悪かった。そしてバトンは俺に繋がれる。
「狡噛慎也だ」
俺としては自己紹介はありがたかった。何故なら、このグループは知らない奴が多いからだ。
「網倉麻子です。よろしくね」
Bクラス、Dクラスと自己紹介は滞りなく進んでいく。そしてCクラスはというと、
「あの、次………」
恐る恐るといった様子でDクラスの王が隣にいるCクラスの男子生徒にバトンを渡そうとするのだが、
「自己紹介なんざ必要ねぇよ。こちとら仲良しする気はねぇからよ」
「ちょっと自己紹介もまともに出来ないわけ?」
「誰もするだなんて言ってねぇだろ。舐めてんのかテメェ」
残念ながらバトンは最後まで回らなかった。血の気が多い奴らだ。椎名はこんなクラスにいて大丈夫なのか。配属先を間違えられてないか?
先程までの軽かった室内の空気が次第に重たく感じる。これでは先に進むことができない。さっき橋本と話していたのが石崎なら、その隣の女子は西野だな。残る二人は小宮と近藤のどっちかだが、仕方ない。
「おい小宮、輪を乱すのがカッコいい思ってるなら痛くて見てられん。悪ぶってないでさっさと話せ馬鹿」
「あぁ!? 馬鹿だとテメェ!
ふざけんじゃねぇ俺の名前は近藤だ!」
操り易くて助かる。
「そうだったか、すまん近藤。ならお前の隣が小宮でそのまた隣が西野、そして石崎というわけか」
「なっ!? お前!」
嵌められた事に憤る近藤を俺は無視する。
「とりあえず自己紹介は済んだ。次にいこう」
「ちょっと待ちやがれ! 何スルーしてんだ! 俺はまだ名乗ってねぇぞ!」
石崎がテーブルをドンッと叩いて俺たちに怒鳴る。
「お前はやるつもりだったのか…………」
グループの輪を乱す作戦かと思いきや違ったみたいだ。コイツら、自分の好き勝手に発言してるだけだ。それもそれで面倒だな。まぁ何にせよ、このうるさい奴らがいるから退屈はしなさそうだ。
「さてと、これから話を進めていく上で事前に聞いておくが、進行役は俺で構わないか? 嫌なら別の奴に代わってもいいが」
橋本は皆にそう問いかけるが、10秒経っても他に進行役を買って出る者が現れないため、このまま橋本が進行役を務めることになった。
「せっかくの話し合いの場だ。黙っちまう状況を作りたくないなら、分からない点や疑問に思ったことはいつでも言ってくれ。じゃあまずは、各クラスがどんな結果に持っていきたいのか、代表者が一人ずつ言い合おうか」
持ち前のコミュニケーション力を駆使して、橋本は話し合いを円滑に回していく。最初の提案としては悪くない。各クラスがどんな考えを持っているのか。これに至っては嘘でも構わない。重要なことは、会話を止めないことなのだから。
「そうやって言うのなら、Aクラスが先に言うのが筋なんじゃない?」
網倉はわざわざ手を挙げて橋本にそう言った。
「なら言わせてもらおうぜ。俺達Aクラスは、優待者を見つけてクラスポイントを獲得したい」
「と言うことは、Aクラスは結果3を目指しているというわけね」
網倉は橋本ではなく俺の目を見て言った。
「さぁ、次はBクラスの番だぜ」
すると、待ってましたと言わんばかりにBクラスの柴田が席から立ち上がった。
「俺達Bクラスは、皆がプライベートポイントを得るために結果1を考えている」
早くも意見が割れてしまった。まぁ最初から、意見が全て一致することとは思っていない。Bクラスはお互いが得をする結果を望んでいるようだ。
「次はDクラスだ」
Dクラスの連中は、仲間同士で顔を見合わせて誰が言うか迷っているようだ。少し待ってから小野寺が立ち上がった。
「私達もBクラスと同じ、結果1と考えています」
「そりゃ不良品のDクラスは金がねぇもんな」
立ち上がった小野寺を見てケタケタと笑う石崎、近藤、小宮の三人。残る一人の西野はため息を吐いて自分は関係ないと別の方を見ていた。
小野寺は嘲笑されて視線を床に落とした。
そして椅子に座っても顔は俯かせたままだった。
「そのDクラスに負けて無人島試験で0ポイントだったのは、何処のクラスだっけ?」
「あぁ?」
驚いたな。網倉は物怖じせずに発言するタイプだったのか。
「確かに、Dクラスには一杯食わされたようだな。
お前らCクラスは」
「何言ってやがる、お前らAクラスも同じだろうが。龍園さんとの契約で毎月ポイントを徴収される羽目になったマヌケ共が」
「全く、耳が痛い話だぜ」
橋本とCクラスが軽口の叩き合いをしているのを他所に、俺は網倉に話し掛ける。
「お前、結構言う奴なんだな」
「まぁCクラスに対してはね。彼ら、私達に嫌がらせしてくるんだから」
「嫌がらせだと?」
網倉の説明によると、その嫌がらせは5月頃から始まっていたらしい。肩にぶつかってきたり、進路を妨害してきたり、ガンを飛ばしたりと様々。学校側に報告しようにも、問題にするにはほんの些細な出来事であり、悪気は無かったとか自意識過剰だと言って白を切ることが出来る為、ずっと耐えているのだとか。
「それで、Cクラスはどうなんだよ?」
「同じだよ橋本。俺達もクラスポイントを狙ってる。まぁこんな試験、龍園さんに掛かれば造作もねぇよ。Aクラスなんざ相手にもならねぇ」
石崎は随分と龍園を信頼しているようだ。同い年なのに"さん"付けとは、まさに舎弟って感じだ。
「
「知ってるぜ。坂柳は今回の特別試験も不参加らしいじゃねぇか。葛城の野郎なんか逆立ちしたって龍園さんに勝てねぇよ」
「いいや、俺が言ってるのは坂柳でも葛城でもないんだよなー」
するとここで、橋本は見るからにわざとらしく、そのニヤけた顔を俺に向けてきた。そのせいでこの部屋にいる全員の視線が俺に集中する。
「なぁ?
橋本の野郎、面倒なことをしてくれる。察するに、
「は? コイツがリーダーだって?」
「しらねぇだろうが石崎。狡噛は坂柳の懐刀さ。コイツが動くとなれば、お前らも簡単にはいかねぇぜ」
さっきから俺について好き放題言いやがって。
「そうなの狡噛君?」
キョトンとした顔で俺に問うてくる網倉。
俺は首を横に振る。
「嘘だよ、アイツが勝手に言ってるだけだ」
「えっ?」
「なんだ嘘かよ」
「ちょっと狡噛、ここは話を合わせてくれないと困るぜ。これじゃあ俺がスベったみたいじゃねぇかよ」
「スベってるのよアンタ」
「とりあえず、現時点での各クラスの考えは分かった。そして意見が割れていることも分かった。さて、これからどうしようか…………」
クラスポイントを狙うAクラスとCクラス、平等にプライベートポイントを獲得したいBクラスとDクラス。この両者の意見は決して交わることはない。それが分かっている橋本も言葉に詰まってしまった。沈黙が大切な時間を削っていく。これは良くない。
「Dクラスに質問したい」
一つ、矢を放っておこう。
「………‥何かな?」
先程、代表者として自ら席を立った小野寺が緊張混じりの声で問う。
「お前達はどうして結果1を目指している?」
「えっ? どういうこと?」
「Dクラスは、前回の無人島試験で大きくクラスポイントを伸ばしてきた。5月の時点で、ポイントを全て吐き出した落ちこぼれクラスだと見下していた俺達
3クラスをまんまと出し抜いた。素直に称賛したい」
「そ、そうなんだ。あ、ありがとう……」
「ちょっと待って、私達は見下してなんかないよ」
「そうだぜ!」
聞き捨てならないと、横から網倉と柴田が俺の発言に抗議してきたが、一旦は無視しておく。
「だからこそ理解出来ない。何故ここでクラスポイントではなくプライベートポイントに手を伸ばそうとする? やはり懐が寂しいのか? それとも、何か別の理由があるのか?」
「な、何? 別って……」
「もし優待者を当てて50cpを得るのなら、来月自分達に5000pp入る。それに他クラスとの距離も縮められる。それはそれでハッピーなことだ。だが結果1ならどうだ? 50万pp。100倍も違う。それに優待者なら100万ppも手に入る。おかしいとは思わないか?
ここから上のクラスへ上がろうとするDクラスとは思えない選択だと俺は思うが」
そう俺が言い終わると、3クラスのDクラスを見る目は一気に疑惑の目に変わっていく。
「待って待って! 何か誤解してるよ!」
「そう言われたら段々と怪しくなってきたな。お前らのうち誰かが優待者なんじゃないのか? 先に言ったBクラスの意見に合わせた可能性もある」
「やっぱ金が欲しかったんだろ」
橋本と石崎がさらに切り込んでいく。
小野寺はブンブンと首を横に振っている。
「違うよ! 私達は本当に仲良くプライベートポイントを貰えればいいなと思ってるだけだよ。ねぇ、みーちゃん、前園さん」
「は、はいそうです……」
「疑っても何も出やしないわよ」
みーちゃんと可愛いらしいあだ名で呼ばれた王や疑われて不機嫌そうな前園も小野寺に同調する。必死に訴えかける小野寺だが、その必死さが逆に疑いを持たせることになる。だが、
「……………………」
小野寺の必死に誤解を解く表情、集まる視線にビクビクと震える王の姿、前園のどうでもよさそうな様子を俺は観察し、分析し、そして結論付ける。Dクラスにはいないと。
「狡噛君、本当にDクラスの中に優待者がいると思っているの?」
網倉がそう俺に問い掛けてくる。
「さぁな」
俺はどっちつかずの返事をして背もたれに重心を掛けて座る。
「……もしかして、適当に言っただけ?」
「信じるかはお前達に任せる」
「本当はAクラスに優待者がいて、疑いを逸らすためだったりしてね」
網倉の発言に、今度はBクラス、Cクラスの連中は俺達Aクラスに疑いの目を向けてくるようになった。
「どうかな………言っておくが今の話、Bクラスにも言えるぞ。仲良く分け合おうと考えるのは結構なことだが、常にそんな事をしていたら、いつまで経っても上には上がれない。まぁ、それが嘘だったら話は変わってくるがな」
「…………………」
疑いが疑いを呼ぶ俺達『戌』グループ。疑心暗鬼の種は広がり、皆の心の中で芽を出し始める。
各クラスの思惑が交錯する中、所定の時間が来たことで本日1回目のディスカッションが終わった。各クラスがそれぞれ席を立ち部屋から出て行ったが、俺は座ったまま動かなかった。
「どうだ狡噛、優待者は見つけられそうか?」
「まだ1回目よ。そう簡単にいくわけないじゃない」
同じく席に座っていた橋本、神室の会話を聞きながら、俺は空席となった11個の椅子を眺めていた。
「いいや、そうでもないさ」
俺の中じゃあ、さっきの会話で優待者は多くとも7人の生徒に絞られている。
「2回目もしくは3回目で優待者は特定できる」
「おぉマジか! 期待してるぜ狡噛」
「それ本当なの……?」
「信じられないか? まぁ見てろ」
〜櫛田桔梗の視点〜
最悪最悪最悪。まさか、堀北と同じグループになるとは思いもよらなかった。ただでさえクラスで顔を見るのも嫌なのに、同じ部屋で一緒にいるなんて最悪の極みだよ。
『辰』グループのメンバーを見るに、学校側が意図して組み合わせたんだと思うけど、余計なことしてくれたわホント。
まぁいいわ。愚痴を言ったって何も変わらない。とにかく今は特別試験こと、そして堀北を退学させる作戦を考えないと。私は足元から顔を上げて前を見る。そして気付いた。
前方から誰かが歩いて来る。長身でネクタイをきっちり締めずに緩んでいる。それでいてポケットに手を入れながら歩く男子生徒。
(あれは………1年Aクラスの狡噛慎也君)
1年女子が作った裏投票イケメンランキング第1位の生徒。ぶっきらぼうで冷たい印象を受けるも、言葉はしっかりと返してくれるし、学力・身体能力共に非常に優秀。Aクラスが坂柳、葛城派閥に分かれた時もどちらにも所属せず一人で行動している一匹狼、と言うのが私が女の子達から伝え聞いた狡噛君の情報。最近では、2年生の先輩女子を寮の部屋にまで連れ込んだんだっけ。
確かに憎たらしい程カッコいいわね。前世でどれだけ徳を積めばあんな顔で生まれて来るのよ。まぁ丁度いいわ。話しかけて連絡先をゲットしてやろう。本当はもっと早く接点を持とうと思ってたんだけど、イケメン第1位相手に変に近づいたら、女子から妬まれると思って避けてたのよね。
「初めまして」
私は狡噛君の進路を塞いて立ち止まる。そして彼に笑顔を見せる。
「私、櫛田桔梗て言うの。狡噛慎也君だよね?」
「……あぁそうだが、俺に何か用か?」
伝え聞いてた通りそっけない男ね。
「ごめんね、別に用があるわけじゃ無いんだけど、一度狡噛君とは話してみたかったの」
「どうして?」
「どうしてって………う〜ん、狡噛君は女子の中で人気だから、かな」
私がそう言うと狡噛君はため息を吐いた。面倒臭い、そう顔に書いてあるみたいに。何度も似たような言葉を掛けられたのだろうか。私がせっかく話してやってるのに。彼の態度は腹が立ったけど私の笑顔は崩れなかった。
「あはは、結構露骨に嫌がるんだね………」
「そう思うのなら、もっと言葉を選んだらどうだ?」
「モテて嬉しくないの……?」
「遠くから知らない奴にジロジロと見られ、陰でコソコソ言われる方が当人とって煩わしい以外ない」
結構ストレートに言うんだ。
チヤホヤされるのが嫌なタイプなのか。
「あ、うん……なんかごめんね」
「別に………もういいか?」
「引き留めてごめんね……あっ、そうだ」
私は今思いついたかのような顔をして、ポケットから携帯を取り出した。
「連絡先交換してくれないかな?」
すると狡噛君は私の差し出した携帯を黙って見ていた。う〜ん、第一印象としてはまずまずの結果じゃないかな。ここで狡噛君と連絡先を交換出来れば、他の女子にアドバンテージを取れるんだけど。
「………あぁ、分かった」
良し。やっぱり私ってすごい。つうか、さっさと見てないで交換しなさいよ。何警戒してるのよ。
「じゃあ「なぁオイ、俺も混ぜてくれねぇか」ーー!?」
何でコイツがここに…………。
俺がさっきまで歩いて来た道から一人の男子生徒が歩いて来る。
「龍園君……」
小さく、櫛田の口から言葉が漏れ出す。
「なぁ、いいだろ?」
肩まで届くギリギリまで伸びた赤褐色の長髪と鋭く不敵な目つき。そして、いかにも不良感が漂う端正な顔立ちを持つこの男、龍園翔。Cクラスのリーダー。俺の真横に立って足を止めた。
「え、え〜と……」
櫛田は困った顔をしてチラッと俺の方を見た。
「嫌なら交換しなくていい」
「何だ? コイツには良くて俺はいけないのか?
同じ『辰』グループだろう?」
龍園は一歩前に足を出した。そして、櫛田に圧を掛けるように前屈みになって顔を近付ける。櫛田は「どうしようかな……」と頬をかきながら苦笑いを浮かべている。
「どうなんだ?」
龍園は櫛田に凄む。奴の言葉一つ一つには優しさが全く感じられない。
「うん、分かったよ。そんなに私の連絡先が欲しいって言うなら交換してあげる」
「ハッ、生意気だな。ほら早くしろ」
お願いしておいて傲慢な態度の龍園に櫛田は何も言わない。二人は連絡先を交換した。
「狡噛君も」
「あぁ」
次いでみたいになってしまったが、俺も櫛田と連絡先を交換した。また一人、俺の連絡リストに名前が増えた。
「じゃ、じゃあ私はこの辺で。またね狡噛君、龍園君」
櫛田は携帯をポケットにしまうと、逃げるようにこの場から去って行った。そうして俺と龍園だけが取り残される。櫛田の背中を無言で見送る両者。曲がり角を曲がって櫛田の姿が見えなくなると俺は口を開いた。
「余程お前が怖いらしいな」
「ククッ……あぁそうかもな。狡噛」
俺は龍園と向かい合う。
「坂柳にも葛城にもつかねぇでふらふらしてやがるAクラスのはみ出し者。だがその実、学力はずば抜けて優秀。中間・期末テスト共に全教科満点。聞き伝てだが、運動神経も良いらしいじゃねぇか。なぁ、エリートさんよぉ」
どこからか手に入れた情報を饒舌に話す龍園。
「お前が俺の熱烈なファンだとは知らなかったよ」
「抜かせ。こんな情報、簡単に手に入る」
一歩近づいてくる。それで龍園のイカつい顔が俺の視界にドアップに入る。大抵の人間はこの顔が近付かれたらビビるな。あの状況で言い返せる櫛田は中々に強かな女だ。
「こんな所で油売ってて良いのか? この特別試験で巻き返さないとクラスから信用を無くすぞ」
「余計なお世話だな。俺のクラスに信用や信頼なんて言葉は存在しねぇ。あるのは絶対的な力関係」
龍園は一歩後ろに後退すると、直ぐさま俺に向かって拳を放った。早いな。だが俺は対処しなかった。何故なら、その拳は俺の目の前で止まると確信していたからだ。
「この世界は暴力によって支配されている。俺はその頂点に君臨し、クラスの連中を支配している。弱者が強者に従う、それがこの世の全てさ」
「なるほど分かりやすい。ならお前の暴力が通じない奴が現れた時が、お前の終わりというわけか」
「ククッ……さぁ、それはどうかな」
その不適な笑みは、自分が勝つという絶対的な自信から来るものなのか。コイツはただの不良なんかじゃない。龍園には、修羅場を潜り抜けた人間特有の雰囲気が感じられる。
無人島じゃ全てのポイントを吐き出して豪遊。だがリーダー当ての為に島に残って機を狙っていた。自分の身がボロボロになる事など厭わない。勝つ為なら何だってする、そういう男だと俺は分析した。これは、綾小路が興味を持ちそうな男だ。
「狡噛、お前はAクラスで卒業するのに興味がねぇんだろ?」
「それがどうした?」
「なら俺のスパイになれ」
用件はそれか。
「断る。確かに俺はどのクラスで卒業しようが構わないが、仲間を裏切ることは出来ない。仮に俺がお前に手を貸したとしても、坂柳を倒せるとは思えん」
「ハッ、そんなデケェ体してても坂柳が怖いのか?」
「お前じゃ無理さ龍園」
次の瞬間、カッと龍園の目が大きく開いた。それと同時に、先程よりも鋭い拳が俺目掛けて襲って来る。今度は確実に当てるつもりだ。なにせ腰が入ったパンチだ。だが俺は、その拳を右手を広げて難なく受け止める。
「………さっきの寸止めで目を瞑らなかった事もそうだが、狡噛テメェ、相当腕っぷしが立つようだな」
龍園の顔に笑みが消えた。
「想像に任せる」
龍園は腕を下ろしてポケット中に手をしまった。
「ガリ勉集団の中に、こんな実力者がいたとはな」
「龍園!」
声のする方に俺と龍園が顔を向ける。そこに、腕を組みながら眉間に皺を寄せたクールな見た目の女子生徒が立っていた。
「じゃあな狡噛。いずれ、お前らとも遊んでやるよ」
用が済み、呼んだ女子の方へ歩いて行こうとする龍園。俺も部屋に戻ろうと歩き始めたが、一つ忠告する為に後ろを振り返った。
「櫛田に近づこうとするなら用心しろ」
「あぁ?」
「あの女、何か怪しい。巧妙に隠されているが、嫌な気配が俺の鼻先を掠めた感じがした」
もしかすると、あの笑顔の下からとんでもない怪物が顔を出すかもしれない。
「………………」
「まっ、ただの勘だ。誰であろうと近づいて来る奴には気を付けるんだな」
「テメェに心配される筋合いはねぇ」