比翼の二人   作:暁悠

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第一章 始まりの物語
第一話 子と天使


 雪が降る。雪雲は見当たらなかったのに、いつの間にか降り出した。

 黒曜石のような短い髪を持つ少年──ジーンが、白い息を吐く。

(……寒くなってきた。そろそろ中に入ろう……)

 またアイツらと一緒に過ごす事になるのか──と、憂鬱な気持ちを募らせながら、ジーンは木陰から抜け出した。

(寒いし、さっさと入ってしまおう)

 そう思っていた──のだが。

(──うん?)

 ジーンの紅い目には、あり得ないものが映った。

(──女の人……?)

 空から降る、一人の少女。金糸の髪を風に靡かせ、雪すらも彼女の美しさに溶けていく。肌は透き通るような白で、瞳は白に映える瑠璃(るり)の色。ぷるんとした瑞々しい唇は、そんな蒼白の美に一滴垂らされた紅。

「綺麗……」

 思わず、ジーンはそう呟いていた。ジーンが孤児院の中で綺麗だと思ったどんな少女や女性よりも、その少女の方が数万……いや、数億倍は可憐だった。しかし、その少女はどう見ても──

 人外。

 そう思わせる美を持っていた。

「えっ?」

 その少女が、素っ頓狂な声を出した。

 ジーンは、真っ先に聞こえていたのか──と思う。距離的にも、聞こえるはずがないと思った。その少女は、ジーンの目の前に降り立った。その瑠璃色の瞳で、ジーンを見つめる。

「え……えっと……?」

「君、私の事が見えるの?」

 何を言っているのか、ジーンには理解出来ない。

「はい……」

 いつの間にか、そう答えていた。

 

 それから、その少女ととりとめのないお話をした。

 彼女は、自らを天使だと言った。『私の事を見る事が出来る君は、私と運命の糸で結ばれている』とも。

 ジーンはまず、自分の頭を疑った。それは、ついさっきまで『天使様』を望んでいたからである。自分の頭が都合よく作り出した妄想の少女なのではないかと、疑った。

(おかしい。絶対におかしい。妄想じゃないとしたら……不審者? でも、空を飛ぶ不審者なんて──)

 いや、いる。この世界には魔法がある事を、少女に夢中になるあまり忘れていた。

「……お姉さんの事、まだ信じられないよ。天使、だなんて。そんな話し、聞いた事もないし」

「ええっ!? そ、そうかぁ、困ったな……」

 そんな事を言いながら思案顔になる少女は、やはり可憐だった。ジーンは、つい見惚れてしまう。

 ふと、少女の頬に触れてみた。

 温かい。確かに、温もりがそこにある。最悪でも、自分の妄想という事はなかった。ジーンは、内心ホッとする。

(良かった。僕の頭が作り出した妄想、ってわけじゃなかったんだ)

 対する、少女は。

「えっ、あの、ちょっ……」

 急な事過ぎて、硬直していた。美貌すら持つ少年に、頬を触られている。天使は女性のみなので、初めての経験だった。

 しばらくして、少年が少女の頬から手を離した。少女は、内心で混乱し尽くす。

(この子の狙いがわからない!!)

 それから、お互いに名前を言い合った。

 少年は、ジーンと。

 少女は、イオフィエルと。

 これが、二人の出来損ないの出会いだった。

 

   ◇◇◇

 

「イオフィエルって、本当に天使なの?」

 ジーンが、唐突にそう問いかける。

「え? う、うん。出来損ない、だけどね……」

 イオフィエルは、自分で言ってて情けなく思った。どう聞いても、どう解釈しても、出来損ないというのは蔑称だから。

「だったら、イオフィエル。相談……というか、お願いがあるんだ」

「お願い?」

 イオフィエルは聞き返す。自分の事を頼ってくれるのが嬉しくて、つい聞き返してしまった。

「うん。僕を……天国に、連れて行って欲しい」

 イオフィエルの期待に反して、ジーンが言ったお願いとは──斜め上どころではない、想定外過ぎるものだった。

 イオフィエルは驚きのあまり、どうしてなのか聞いてしまった。天国……つまり、人間で言う死後の世界。そこに連れて行って欲しいというくらいだから、辛い事があったのだろうとも思ったが。

 ジーンは、少し躊躇いながらイオフィエルに語って聞かせた。

 

 ジーンは、出来損ないだった。剣術も、弓術も、槍術も、何も出来ない。魔法には触った事がないのでわからないが、どうせ出来ないだろう。

 出来損ない、出来損ない、出来損ない。

 そう言われて、育ってきた。

 些細な()()()()から、壮絶ないじめにまで発展しそうなソレをシスターは見てきた筈なのに、止めようとはしない。あくまで、傍観の姿勢を()めるつもりはなさそうだった。

 この生活が続くくらいなら、天国で、幸せに暮らしたい

 

 ──と。

「……だから、私に、君を天国に連れて行って欲しい……と」

「そう。だから早く。早く僕を天国に連れて行ってよ。……それか……」

「それか?」

「天使って、体がないんでしょ?」

 天使族(エンジェル)は、幽霊のようなもの。肉体(からだ)はなく、だからこそ誰にも視認する事が出来ない。それでも絵本として残っているのは、守護天使と出会った人間がその経験を絵本にしているからだ。

 ただし、そんな天使族(エンジェル)でも肉体を得る方法がある。

 ──憑依。特殊な繋がり──運命の糸で繋がっている対象にならば、憑依する事で肉体をものにできた。

 それ以外にも憑依の方法はあるが、それ以外は様々な制約がある。一番手っ取り早くて簡単なのが、『守護対象への憑依』だった。

「だったら……僕の体も、心も、全部あげる。ずっと寂しかったんだ。だから……イオフィエルに、友達になって欲しい」

 それは、イオフィエルにとっては驚愕の申し出だった。

 天界に残された人間に関する文献──歴史を切り取った、映像──を見ても、そんな事を言いだす人間は一人たりともいなかったからだ。

 またも降り掛かった予想外の〝お願い〟に、イオフィエルは目が回る思いだ。

(ええっと……こういう時ってどうしたらいいの!? 素直にお願いを聞いてあげた方がいいのかな……それとも……)

 断ると、この子がどうなるかわからない──何を思ったのか、そういった結論に辿り着いてしまった。

 なので、イオフィエルは。

「…………うん、わかった」

 了承してしまったのだ。

 しかし、どれ程馬鹿なイオフィエルでも、完全に意識を乗っ取る事はしない。

『えっと……これは……?』

『ジーン、私が君に宿ったんだよ。頼まれた事とはいえ、年端もいかない君の意識を完全に乗っ取るなんて、なんだか悪い気がして。でも、君の中にちゃんと、私はいるよ』

 ジーンは、心の中で会話をしている。他の者がそれを聞いたならば、ただの妄想だと嘲笑った事だろう。しかし、イオフィエルはジーンの中に()()のだ。

『これから、私は君に()いていくから』

『そっか……これで、友達だね!』

 ジーンは嬉しそうだった。彼自身、もしかすると今までの人生で、これ程感情を露わにした事はないかもしれない。

 その様子を眺めながら、イオフィエルは少しウットリとする。

(この少年が……私の友達で、守護対象……。見ていますか、ガブリエル様!! 私、ついに出来損ないから脱却出来そうです!!)

 その叫びがガブリエルに届いたかどうかは本人のみぞ知るというところだろうが、イオフィエルは疑わない。

 かくして、一人の少年・ジーンに、出来損ないの智天使(ケルビム)であるイオフィエルが宿る事となった。

 この出来事が、ジーンとイオフィエルの運命を大きく変えていく事になるのだが……それを知る者は、まだ誰一人としていないのだった。




 ちょっと短いですかね……? まあ、いいでしょう!(気にしたら負け! の精神)
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