比翼の二人   作:暁悠

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第四話 平穏の終わり

 それから、森の中で結構な数の魔物を、二人は狩っていた。

『あれは巨剣背突竜(グレイブドラゴン)かあ……厳しいね。前は不意撃ち〝破邪の光(ディスインテグレーション)〟でどうにかなったけどさ』

『アイツの注意すべき点は背中の馬鹿デカい剣かな。背びれが剣になってるんだろうけど……』

『同時に、あれはエネルギー貯蔵庫だよ。体内のエネルギーが、不審なくらいあの剣に集まってるもん。実際に、肉体部分が内包してるエネルギー量が限界なのかな? 限界以上のエネルギーを蓄える為に、エネルギー貯蔵庫兼攻撃用の背びれが発達したのかも』

 こういう〝考察〟は、イオフィエルの得意分野なのだ。見た事ない魔物でも、得意の分析能力と解析系レアスキルを使い、その生態及び攻撃方法を分析。それを的確にジーンに伝える事で、ランク的には格上の相手でも優位に立ち回れるようになっていた。

『それって、僕のエネルギー量以上?』

『うん。あの背びれのエネルギーがどういうものなのかは別として、もしあれを意のままに扱えるならジーン以上だね。でも、単なる貯蔵庫の可能性もある。エネルギーの予備的な意味で』

『それだったら、勝ち目はある?』

『うん。十分に。でも、もしかすると扱えないだけで背びれからエネルギーを放出する事が出来るかも。その場合は結構な破壊力を持つだろうから、あの背びれが光りだしたら注意だよ!』

『わかった。いつもありがとう、イオフィ』

『お安い御用!』

 かくして、戦闘が始まる。

聖閃光波(ホーリーレイ)!」

 攻撃用の神聖魔法である。操作して固めた聖波を、そのまま破壊力を持った光線として対象に照射する魔法。魔物に対してはかなりの優位性を誇り、並大抵の魔物ならコレの長時間放射で問題なく生命活動を断つ事が出来るのだ。

 ただ──

『ちょっ、放射ストップ! グレイブドラゴンの鱗、めちゃくちゃ硬いから。貫通性能ありの魔法でキズ付けてからじゃないと、効かないかも!』

『ちょっと、それ早く言ってくれない!?』

 イオフィエルの情報は信頼は出来るが、たまに……いや、結構な確率でこういう事が起こる。だから、分析してもらったとはいえ、油断出来ないのだ。

「ガァ──ッ!」

 グレイブドラゴンは、吐息(ブレス)攻撃として、貯蓄していたエネルギーをそのまま放った。それは単なるエネルギーの塊だったが、確かな破壊力を持つ光弾と化す。ジーンは間一髪で避けたが、背後にあった岩は木っ端微塵に砕け散った。

(……おいおい、嘘だって言ってよ……)

 ジーンは内心で、コイツに挑んだのは間違いだったか──と思う。しかも、この濃霧の中だ。ちょっとでも気を抜いて周囲の観察を怠ったら、すぐにエネルギー弾で破壊されそうである。

 ちなみにジーンは、イオフィエルの手を借りて少しズルをしていた。イオフィエルが所有するレアスキルの数々を、憑依同一化しているという状態を利用して幾つか借り受けていたのだ。

 その一つである『魔力感知』。これがかなり便利で、視野を広げるだけでなく、エネルギー──つまり、〝魔波〟の動きも確認出来るので、魔物が放つエネルギー性の攻撃は大体予知できた。これが、ジーンが格上の魔物を相手にしても勝てる理由の一つ。

 しかも、その『憑依同一化状態』だからこそ、天使の力の一部まで借り受けていた。故に、詠唱無しで神聖魔法を放てる。イオフィエルは黙認していた──というか、全面的に協力していた──が、普通に考えてとんでもない所業である。

(適度にズルしてこそだよね、こういうのはさ)

 ジーンはそんな事を考えているが、真面目に冒険者をしている者からすれば「ふざけんな」というものである。まあ、当のジーンは「そんなこと知ったこっちゃない」と言いそうだが。

「──神聖光槍(ホーリースピア)

 神聖力で操作した〝聖波〟を槍状に成形し、それをグレイブドラゴンに放つ。それはグレイブドラゴンを貫くには至らず、その装甲(うろこ)に少し穴を開けた程度。しかし、それで十分なのだ。

「よしっ、聖閃光波(ホーリーレイ)!」

 ジーンが、再び聖なる破壊光線を放つ。鱗に空いた穴から聖波がグレイブドラゴンの体内に流れ込み、魔波で構成された肉体を内部から破壊していく。

「グギャアアアアアアアア──ッ!!」

 そんな咆哮を最後に、巨剣背突竜(グレイブドラゴン)は絶命したのだった。

 

『やったねジーン、大収穫だ』

『イオフィエルのお陰だよ。あのズル(チート)といい、分析といい……イオフィエルには頭が上がらないや』

『ふふーん、もっと褒めてくれてもいいんだよ? 私、嬉しくなっちゃうな♪』

 普段なら調子に乗るので絶対に褒めないが、ジーンは戦闘面では本当にイオフィエルには頭が上がらない思いなのだ。なので、今回ばかりは本心からの感謝である。

 ──と、そこで。

「おやおや、お一人でその魔物を倒されるとは!」

 紳士のような様相の男が、茂みから飛び出してきた。

 まず、ジーンは──

(なんだコイツ、驚くほど()散臭(さんくさ)いな)

 ……と、思っていた。妥当である。誰だって、茂みから急にこんな事を言いながら飛び出す輩が居たら胡散臭いと思うだろう。

「……はい?」

「いやいや、そう警戒しないでください! 見ていましたよ、貴方の戦い! 巨剣背突竜(グレイブドラゴン)をあんなにも手玉に取って、どこまでも優勢に戦って……極めつけはあの身のこなし! あれこそ、素晴らしい戦士の証!」

 ホントに胡散臭い──と、ジーンは内心でまたも溜息を()く。

「あの、貴方は?」

「おやおや、私とした事が。名乗り忘れていたとは……コホン。私はニックと申します。不甲斐ない冒険者でね、この森で迷ってしまったのです」

「はあ……?」

「心優しい貴方です。どうか、私に食べ物を……」

(乞食かよ!)

 内心でツッコむジーン。

『どうしようか?』

『別にいいんじゃない? 今まで倒した魔物の数的に、街に着けば直ぐに食べ物なんて補充出来るし』

『あー、確かに。それじゃあ……あげちゃっても、いいかな?』

『いいんじゃ?』

『よし』

 精神内会議により可決した内容を、ニックという男に告げる。

「別にいいですよ。じゃあ、ちょっとここに拠点(テント)を建てますね」

 ニックは目を輝かせた。

「いいのですか!? やはり貴方様は勇者だ! 心優しき勇者様だ!」

「お世辞はいいですから……」

 塩対応で応じるジーンだったが、彼の内面は違った。

『ウフフ、聞いた? ジーンの事、勇者だって』

『そんな……大袈裟な』

『ジーンは勇者だよ! うふふ』

 イオフィエルは、まるで自分の事のように喜んでいた。かなり、ジーンの事を好いているらしい。

 

 それから、ジーンは焼いた牛の肉をニックに振る舞った。

「い、いいのですか!? こんな、こんな高級品を……」

「高級品? そこまででもないよ。金貨一枚くらいだし」

「金貨一枚!?」

 ニックは、かなり貧乏なようだった。冒険者をしていても貧乏になる事があるのか──と、ジーンは妙な感覚を覚えた。

『ほら、ジーンには私がいるじゃん? 結構なズルだと思うし、普通はあんな感じなんじゃない? 普通はさ、ほら、生活費? とかあるみたいだし』

『ああね』

 常に外で暮らしているジーンからしてみれば考えられない事だったが、そうなのだ。人は、家で暮らしている限り無限にお金を消費するのである。どちらかと言うと、ジーンの方が例外なのだった。

 

   ◇◇◇

 

 それから、ジーンとニックは少しばかり談笑していた。

「それでですな。双牙刃虎(ブレードタイガー)に襲われてしまいまして、お金を落としてしまったんですよね」

「何してるんですか!? それは……なんというか、災難でしたね」

「ジーン殿ほど、魔法に卓越しているわけではないですからな! その点、ここでジーン殿と出会えたのは幸運でした!」

「大袈裟だなあ……」

 とは言いつつも、ジーンもこの男に心を許していた。少し話す中で、ニックの言動に悪意を感じなかったのだ。

「そういえば……ニックさんはドラゴニュートなの?」

 ニックの顔は蜥蜴(トカゲ)といった感じで、鱗は緑色。瞳は黒く、好奇心に満ち溢れていた。

「やはり気づかれますか。そうなのでございます。私は龍人族(ドラゴニュート)でして……」

「それはまた珍しい! 亜人の冒険者、聞いた事はあったけど、実際に会ったのは初めてです!」

「ほほう、そうですか。この見た目故に、迫害される事も少なからず……大変な人生でしたぞ」

 話しながら、ニックはワハハハと笑う。こういう辛い過去を笑い話に出来る辺り、ニックのコミュニケーション能力の高さが(うかが)えた。

 平穏な時間。

 しかし、異常事態とは、そんな何でもない時に限って訪れるものである。

 

「きゃああああああああああああああっ!!」

 

 その森に響き渡った悲鳴。

「なんと!?」

『ジーン!』

『うん』

 二言返事で答えたジーンは、全速力で悲鳴の発生地へ移動を開始した。魔法での強化(バフ)を惜しみなく使い、文字通りの全速力で。

「お待ちください、ジーン殿!!」

 ニックも追いかけてくる。それでも、やはり置いて行かれる。

 少し走ると……開けた場所に出た。広大な広場で、やはり濃霧がかかっている。しかし……広場の中央に、辛うじて見えたものがあった。

「なっ……おい、大丈夫か!」

 ジーンが駆け寄った先には、ぐったりと地に伏せる少女。少し肩を揺すると、薄っすら目を開けた。

 それを見て、内心でかなりホッとする。

「もう大丈夫だ。回復(ヒール)

 下位の回復系神聖魔法である。体力と多少の傷を癒やす魔法なのだが、今の少女には十分だった。幸い、そこまで深い傷も無さそうである。

「はあっ、はあっ、一体……どうして……って、その女の子は?」

「ここで見つけた。多分、依頼にあった行方不明者だ」

 ジーンは、談笑の過程で自分がどうしてこの森にいるのかも話していた。なので、それを聞いたニックはすぐに納得する。

「えっと……お兄さん……は……」

「冒険者。この森で行方不明が相次いでると聞いてさ。依頼を受けてきた」

「冒険者……冒険者のお兄さん! はっ、早くっ、早く助け──ひっ!?」

 少女が小さく悲鳴を上げた。綺麗な焦げ茶色の瞳は、どす黒い恐怖に歪んでいる。その瞳は──ジーンの背後を、見つめていた。

『ジーン、気を付けて。後ろにいるのは下位幻狼(レッサーフェンリル)だよ』

 幻狼族(フェンリル)。上位の魔物であり、幻獣。討伐適性は──A+ランク。

 ジーン自身も、感じていた。背後から、ヒリヒリとした殺気(しせん)を。

『………………』

『呆けてないで、魔法の準備だよ! 初手で〝破邪の光(ディスインテグレーション)〟を命中させなきゃ、勝ち目はない!!』

 イオフィエルが檄を飛ばす。それと同時に、ジーンは超高速で『秘匿詠唱』を開始した。

 レアスキル『秘匿詠唱』。ジーンが魔法の鍛錬中に獲得したレアスキルの一つで、もう一つは『高速詠唱』。文字通り、詠唱を高速化するレアスキルである。どっちも、魔術師(ウィザード)にとっては必須級にして超強力なレアスキルである。その両方を惜しみなく使い、最高火力の神聖魔法:破邪の光(ディスインテグレーション)の詠唱を進める。

 呪文の高速化のお陰で、数秒で詠唱が完了した。

「食らえ、ディスイン──」

 後は術名を唱えるだけ──振り向く、その時。

神聖光盾(ホーリーシールド)──ガハッ!?」

 横から迫っていたレッサーフェンリルの前足が、ジーンを薙ぎ払い……吹き飛ばした。

「うっ……ぐっ、う……」

「ジーン殿!? ──カハッ!?」

 ギリギリで発動した聖属性の盾のお陰で一命は取り留めたものの、もはや虫の息である。ニックも、同じ方向に弾き飛ばされたようだった。

(くっ、そ……やられた……)

『ちょっとジーン! ジーン? ねえ──』

『わかってるよ!』

 少し苛つきながら答えたジーンは、発動しかけだった〝破邪の光(ディスインテグレーション)〟の再発動を試みる──が。

(クソ、クソクソクソ!! ダメだ、今発動したら、あの子まで巻き込んでしまう──っ!!)

 それは絶対にダメだった。レッサーフェンリルもそれがわかっているのか、直ぐに女の子を殺そうとはしない。かといって、逃がすこともない。

 詰みだった。

 ジーンが、指を咥えて見ているしかないこの状況に悔しがっていた、その時だった。

「いやっ、いやあっ!! 痛い、痛いっ、痛いいいい!!」

「──ッ!!」

 レッサーフェンリルが、肉を割く不快な音を響かせながら、少女を捕食し始めた。

 想像を絶する激痛だろう。少女は悲痛な叫びを上げ続けるが……ある時を境に、その絶叫も止まった。やがてレッサーフェンリルが少女の肉を食らう音も無くなり、その場は、不気味な程にしんと静まり返る。

 ジーンは、軽い放心状態に陥っていた。

 心に伝来する虚無。

 イオフィエルが何かを叫んでいたが、その叫びがジーンに届く事はない。

 ジーンの中で、ある感情が肥大化する。

 怒り。

 憎しみ。

 ジーンの全身に不気味な黒い模様が浮かび上がっている事に、彼自身は気づかない。

 そして。

 

「うおおおおおおおおおああああああああああああああああああっ!!」

 

 ジーンが咆哮を上げる。それは、上位の魔獣であるレッサーフェンリルが、驚いて威嚇するほどに強く、その場に響く。

 黒曜石のように美しかった短髪は、烈火の如き赫怒を宿して、淡い赤と黒が混ざったようなモヤを発している。血の色よりも鮮やかだった紅い瞳は、強い殺戮と破壊の衝動に染まってしまった。

「うううううああああああああっ!!」

「ガァ──ッ!?」

 再び咆哮しながら、レッサーフェンリルに両足蹴りをお見舞いした。

 怒りに染まったジーンの戦い方は、まさに野生。

 両手には、赤黒く禍々しい妖気(オーラ)にも似たエネルギーを纏っている。それは全身へと拡散していた。

 両手の甲を中心に、赤い模様がジーンの全身に巡る。それは鮮烈な光を発しているが、その光は邪悪さを孕んでいた。

「うあああああああああっ!!」

 もう一度咆哮を上げながら、ジーンが飛び上がった。そのまま、レッサーフェンリルに襲いかかる。オーラを纏った手──爪で、レッサーフェンリルの肉をえぐる。

「グギァ──ッ!?」

 当然、レッサーフェンリルは苦痛に呻く。しかし、ジーンの手が止まる事はない。何度も何度も何度も何度も何度も、レッサーフェンリルの肉をえぐった。

 その後に、ジーンはレッサーフェンリルを蹴り飛ばす。

 

「うううううううううううううううあああああああああああああああああああ──────」

 

 ジーンの全身に巡った模様だけでなく、ジーンの全身が赤色に淡く輝き──

 

「うあああああああああああああああああああ────ッ!!」

 

 ジーンは、全身から有り余る邪悪なエネルギーを解放した。

 

   ◇◇◇

 

 凄まじい爆音が鳴り響き──そこにあったはずの森も、濃霧も、ジーンを中心に全て消え去っている。レッサーフェンリルの姿も、女の子の亡骸(なきがら)も、ニックも、そこにはいなかった。見渡せども見渡せども、何も見つからない。

 そこら一帯は、ジーンが解放したエネルギーによって更地と化していたから。

 ジーンは倒れそうになるのを必死に我慢して、歩を進める。

 一歩、一歩、一歩。少しずつ進むが──やがて、体力が底を尽き、地面に倒れ伏したのだった。




 禍々しい……。
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