学園を卒業し、煉獄杏寿郎を探す旅路の途中で。
※本作は『鬼滅の刃』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
●16
──もうすぐ夜が明ける。
今は炭十郎と槇寿郎ふたりが考案した二重円環で無惨の動きを完全に封じていた。
逆に相手が守りの体制になっているという状況がまずい。起死回生を狙っているといったところか。
無惨を助けに上弦の鬼たちも最終的にこの山に集っている。対等に戦えるのは柱と一部の隊士だけだから、他は近づかないように補助に徹底するようにと言い含めておいたけれど。
すべての鬼を倒す必要はない。足止め出来ればそれでいい。無惨さえ倒せればそれで──
「炭治郎! 危ないわ!」
炭十郎の妻が息子の手を引いて呼び止めようとしているところだった。
「どうしてこんな──」
母親の声など聞こえていない様子で、炭治郎はふらふらと父親たちが戦う場所へと近づこうとしている。
「杏寿郎! 炭治郎の前へ! あなたが説得なさい! これ以上の接近は危険よ!」
「あぁ!」
杏寿郎は私を抱きかかえたまま炭治郎の前に降り立つ。
「炭治郎!」
「え!? この匂いは杏寿郎さん!?」
「うむ。訳あって今はこの姿をしている。
炭治郎、君はいま何をしている。なぜ自ら危険な場所へ向かうのだ」
「だってあんな一方的に、あの人が一体何をしたっていうんですか」
「君にはあれがまだ人に見えるのか?
君の境遇はユリから聞いて知っている。この世界の君はこの戦いに関わりもなく、それはとても幸運なことだ。あの男はここに何しに来たと思う?
──君の大事な家族を亡き者にするためにやってきた。そんな男でも情けをかけるに値すると?」
「そんなまさか、どうして俺たちが?」
「あの男が今あそこまで追い詰められているのは、君の父君がいるからに他ならない。君も知っているだろうヒノカミ神楽を、その継承をあの男は断ちたかった」
「杏寿郎! こっちに来る! 炭治郎と一緒に離だ──」
言葉を言い終わる前に杏寿郎は私とヒカルを肩に乗せて片手で支え、片腕で炭治郎を抱えて飛ぶ。
杏寿郎の背中を狙った無惨の攻撃を障壁を張って撃ち落とす。
「炭治郎、よく考えろ。一方的に打ちのめされている相手に同情する気持ちはとても立派だ。しかし、今回ばかりは相手が悪い!」
「あぁ、もう面倒くさい!」
無惨は何度か爆散して逃げようとしている。その度に私が空間を一時的に囲っているのだけれど、それがまた面倒で。
「あの血肉が少しでもかかったら意識を乗っ取られるわよ! 炭治郎は母親と弟妹をしっかり守ってなさい!」
杏寿郎は家の近くで炭治郎を降ろす。納得したとはいえない雰囲気だったが、母親たちを守れと私が言うとハッとした顔をしていた。
○ ○ ○
陽光が射すのと同時にユリの掛け声と共に、炭十郎殿と父が僅かに無惨から離れる。ユリが幾重にも透明な壁を作りその中に無惨を閉じ込めた。
「なんとか間に合ったじゃない」
最初からその壁に閉じ込めればいいというわけでもなく、夜の内にこの壁を壊せるだけの力を奪う必要がありそれを成し遂げたわけだ。
「ユリ、大丈夫か? 君の身体が随分と冷たくなっている」
「大丈夫よなんて言えると思う? これが終わったらしっかり休ませてもらうわ。
まだ終わってないから──最後まで油断しないで」
その後、一部の人員で無惨の最後の言葉を聞いた。
炭治郎も何か責任を感じているのか、炭十郎殿に寄り添うように立ち涙を流しながら聞いている。
そうして、ようやく終わった。
山の至る所で歓声が上がる。
「無惨の支配下にあった鬼は同時に消滅したわ」
ユリの言葉にどれほど安堵したか。
「疲れたー」
ヒカルは彼女の胸に顔を埋めて、すやすやと寝息を立て始める。
「私もしばらく休むわ。あとは任せた」
疲弊しきった様子で、ユリも俺に抱き上げられたまま腕の中で瞼を閉じた。
俺の姿がまだ変わらないのは、あの女性が無惨の支配下にはないけれど鬼のままということか? ひとまず足早に日影に入って2人の寝顔を見守っていた。
「杏寿郎! 無事か!」
「父上!」
父が俺の姿を見つけて駆け寄ってきてくれる。
「姿はまだ変わらずか。不慣れな身体とはいえ、お前が戦場を駆ける姿をみていたぞ。良い働きだった。
まさか俺の代で一族の因縁を断つことが出来るとは──」
感情が昂っているのか、父の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「炭十郎殿との共闘、じっくりと見届けることは出来ませんでしたがお見事でした」
「ははは、そうだろうそうだろう。お前の口から瑠火に話して聞かせてやってくれ。今日は良い日だ。早く帰って瑠火と千寿郎に会いたいな」
「はい!」
その後、家に帰るまではなんとか意識を保っていたが、ユリとヒカルを寝床に置いてからは俺も意識を失ってしまった。
●17
その後、俺もヒカルも次の日の朝には目覚めたがユリは眠ったままだ。布団に寝かせたままでも良いだろうとは思ったが、なんとなく抱き上げて生活している。
「千寿郎、まずはこうだ。
そして歩くのは簡単だが、転ぶのが難しい。尻から転ぶんだぞ、尻ってわかるか?」
ここだぞと千寿郎の尻を軽く叩きながらヒカルが話しをしていた。
母もその場にいて近くに座り2人を見守っている。
「あーぃうぇ」
千寿郎がこちらを見て声をかけてきてくれた。微笑みを返し、
「千寿郎、ヒカルに歩き方を教わっていたのか」
ユリを抱いたまま千寿郎の近くに座り頭を撫でる。
身体の大きさはほぼ同じだが、2人の運動能力にはかなり差があった。そしてヒカルはなぜか千寿郎と意思疎通が出来ているらしい。
「かーちゃ?」
ヒカルが俺に近づいてきて服を掴んでよじ登る。そして俺の肩のあたりからユリの寝顔を覗きこんで、まだ寝ていることがわかるとため息をついていた。ぴょんと飛び降りて再び千寿郎に話しかけている。
「ユリの側にいなくていいのか?」
「……いつか、かーちゃとはお別れしないといけなくなるから今の内に慣れておくんだ。ずっと一緒にいたら一緒にいることが当たり前になる。だから離れてる時間を作って離れていることに慣れているんだ」
そんな風に目に涙を溜めて言うのだ。思わず母と顔を見合わせる。
「君はユリと共に旅立つことも出来るのではないのか?」
ヒカルは左右に頭を振る。
「一緒に行きたいと言ったけど。だめだって言われた。俺はこの世界に生まれたから、この世界でやらなければならないことがあるんだって。
この世界で死ぬ時に、かーちゃのことを覚えていたら迎えに来るって言ってもらえたけど」
千寿郎が這うようにしてヒカルに近づいて顔に手を近づけている。
「千寿郎ぅ、かーちゃと離れ離れになるのは嫌だよなぁ」
そしてヒカルはうわーんと声を上げて泣き始めた。千寿郎もつられて泣き始め、母は見かねて2人を抱きしめる。
ヒカルと千寿郎がしばらく泣いた後に、
「あなたが良ければですが、この家で共に暮らしますか?」
そう声をかけた。うーんとヒカルは考えこんで、
「俺は、まだ鬼だし。ここで暮したらきっと迷惑をかけるとおもうから。
かーちゃが旅立った後に、俺は珠世や愈史郎としばらく旅をしようと思ってる」
そんな風に言うのだ。初耳だった。
母はヒカルに、
「そうですか。ヒカルはきちんと考えているのですね。とても立派です。何かあったらいつでもこの家に帰ってくるのですよ」
「うん。千寿郎も杏寿郎も寂しがるだろうし。たまには顔を見せにくるぞ」
「むっ、俺もか?」
寂しがる相手として勝手に名前をあげられて反射的に声を上げる。
ふふと母が声を上げて笑い、みんなで笑い合った。
○ ○ ○
「杏寿郎、お前も挨拶なさい」
父に呼ばれて婦人と少女の2人に挨拶をする。
産屋敷邸で祝勝会が行われていた。
「まぁ、杏寿郎様? 随分と大きくなられて」
「この姿は鬼の術がまだ解けていないだけで、本来ならご息女の歳とそうかわりませんよ」
「そうでしたよね? 驚きましたわ」
父が会話をしている相手は、煉獄家と関わりのある家だというのは前に聞いた気がするけれど──。
主賓としてユリはお館様がいる部屋に寝かせられている。何がというわけではないが、離れていることが落ち着かない。ヒカルにも言われたが、俺も慣れないといけないなとは思うのだが。
少女が俺を見上げて何が言いたげにしていたが、父に声をかけてこの場を去ることにした。
沢山の人々が笑い泣き、鬼に勝ったことを喜んでいる。
ユリがいる部屋に着いた時に、室内の話題は彼女を手放さない方がいいのではないかといった話になっているようだった。
俺が姿を見せると、室内にいた人々の視線が集中する。
「おぉ、ちょうどいいところに。お前もそう思うだろ?」
そう声をかけてきたのは風柱殿だ。
「何がでしょうか?」
ユリに関する話題だと察しはついたが、わからぬ素振りで聞き返す。
「そこで寝ている天女様の話しだよ。なんでもカタがついたらどっかいっちまうんだってな。
こいつがいればどんな大怪我も寿命も関係なくなるっていうなら、なんとか気を引いて留まらせた方がいいんじゃないかって」
驚いたことに柱の何人かは、その意見に同調している。
「──俺はそうは思いません。彼女の力は人の手には余るものです。こうして鬼のいない世界をもたらしてくれた彼女に、これ以上なにを望むというのですか」
「やれやれ、毛の生えてないガキにはまだ理解できない話題だったか」
「なっ!?」
「お誂えたように女の姿をしていて、都合良く寝ていやがる。
女に情を抱かせるなんて簡単なことだろうが」
「風柱殿、ここは祝いの席なれば酒の飲み過ぎとはいえ言い過ぎです」
「そこまで酔っちゃいないぜ。ここにいる誰もが思っていることだろ」
ちょうどお館様がこの場所にはおらず、風柱殿は寝ているユリの元に近づいていく。
「可愛い顔しやがって──」
風柱殿の手がユリに近づく、
「やめろ!!」
脚に力を入れて飛び込もうとした時に、落雷のような音が響いて風柱殿の身体が後ろに大きく飛んだ。
飛ばされた勢いで襖を破り、庭にある池に着水する。
「なんだ今の音は」
お館様と炭十郎殿がやってきた。俺はユリの元に走り寄る。まだ寝ているようだが、俺は触れても風柱殿のように飛ばされることはない。
炭十郎殿は改めて日柱と呼ばれるようになっていた。日の呼吸の使い手がいると公になると無惨がまた百年単位で姿を隠す可能性があったからだ。
お館様と炭十郎殿、父も参加してユリの今後についてはじっくり話し合った。3人とも俺の意見に賛同してくれて、納得していない者たちの説得をする時間になったが。
そんなやり取りをしてからは、俺はユリの側を離れられなくなってしまった。
ヒカルは彼女がいなくなった後のことを考えて行動しているのに俺は──ユリの寝顔を見ながら、いつか訪れる別れの時に思いを馳せていた。
●18
ある日の朝、起きると隣に昨夜寝かせたままのユリが寝ていた。よほど深い眠りなのか表情はないが、ふと思い立って彼女の頬に手のひらで触れる。
「ユリ」
彼女の名を呼んでしばらく様子を見ていた。
まぶたがゆっくりと開いて視線が合う、微笑みながらユリが目覚めた。
「ん? 杏寿郎? 大丈夫?」
──しばらくの間見惚れてしまっていたらしい。
ユリが顔を近づけて俺の顔を覗き込んでいた。
「ついでに寝てる間のことを教えてね」
と額を合わせられ、それはほんの一瞬のことで
「ちょっと寝過ぎたかしら」
既に彼女は上半身を起こして伸びをしている。
「とりあえず今日は挨拶まわりでもしようと思っているの。
っていっても、私が用があるのは炭十郎と珠世のところぐらいだけれど」
「俺も──」
一緒に行くと言いたかった。俺の唇に彼女の人差し指があてがわれ言葉が止まる。
「ずっと一緒にいてくれてありがとう。
もういいのよ。別れの時は近いわ。
別行動しましょう」
その顔は微笑むでもなくかなしんだ様子でもなく、彼女の感情は読み取れない。
部屋に走ってくる足音が聞こえた。
「かーちゃ!」
ヒカルが障子を開けて入ってくるなりユリに抱きついて甘えている。
「ヒカル〜。よしよし〜」
ユリは笑ってヒカルの身体を撫でていた。
朝餉を一緒に食べた後に、ユリはヒカルと出かけると言ってきた。そのまま珠世のところにヒカルを預けてくると言うのだ。ヒカルが俺や俺の家族に挨拶している間、俺は玄関でユリの側にいた。
「このまま」
「?」
「いなくなってもいいと私は思うのだけれど」
「まさか! 君はこの世界を救った英雄だぞ? 誰もが君に感謝し、別れを惜しむだろう」
そう言うと彼女は渋い顔をする。
「そういうの。なんか苦手」
「気持ちはわからんでもないが。明朝君が旅立つことは鎹鴉たちに伝えてしまったからな。今夜は家に帰ってきてもらいたい」
「むぅ」
「かーちゃ! 挨拶終わった」
ヒカルがてちてちと歩いてくると、ユリの身体をのぼり彼女の肩につかまる。
「杏寿郎! 達者でな!」
ニッと笑ってヒカルは手を上げた。
「あぁ、また会える日を楽しみにしている」
○ ○ ○
夕餉の途中にユリは帰ってきた。炭十郎殿のところで食事は済ませてきたというので入浴を勧める。
火の番をしながら浴室のユリと会話をした。
こんな風に俺が火の番をしている風呂に入ったことがあるそうだ。彼女との話しはどんな内容でも聞いてみたいと思っていたが、別の世界の杏寿郎との思い出など聞くものではないなと思った。
その後、父と母がユリと話したいというので俺は千寿郎を寝かしつけながら話しが終わるのを待つことになり
「杏寿郎」
母が部屋に戻ってきた。
「父があなたの部屋にあのお方をご案内しています。手助けに向かってもらえますか?」
「はい」
自分の部屋に向かうと、父が顔を赤くしたユリの身体を支えながら俺の部屋に向かっているところだった。
「ユリ!」
「あぁ、杏寿郎だ〜」
あははと笑いながら父の側を離れ、俺の身体にしなだれかかってくる。彼女からは強くお酒のにおいがした。
「上物の酒をこれまでの礼にと思って用意したんだが、まさかこんなことになるとは」
すまない。後は任せたと父は足早に去っていく。
ユリを抱き上げて自室に戻ると普段自分が寝ている布団より大きいものが用意されていた。枕もふたつ並べられて……昼の彼女がいない間、父母に呼ばれてユリについて話す機会はあったが。
「なんか暑いねぇ。脱いだ方が涼しいかな」
「待て! 帯を解くな! 暑いのは俺が君を抱いているせいだろう」
ほらと布団に彼女を寝かせる。
「はぁ、冷たい」
「水でも持ってこようか?」
「うぅん──いらない」
もうだいぶ眠いのかまぶたが重くなっているようだ。仰向けのユリの上に覆い被さるようにして顔を近づける。
「ユリ、この世界に戻ってくる方法は思い付いたのか?」
「──うん」
「そうか……君は俺にどうしていてほしい? ずっと君を待ち続けた方がいいよな?」
ユリは頭を左右に振る。
「杏寿郎はこの世界で幸せになるのよ」
突き放された。
「君がいなくなった世界で、俺が幸せになれると思うのか?」
俺がそう言うと、彼女は傷付いたような表情を浮かべる。
「なら、忘れさせてあげましょうか?」
言いながら俺の頬に手を触れさせた。
「嫌だ。君を忘れて生きることに意味を見いだせない」
彼女の手に自分の手を重ねる。
「そう──」
「──もし違う世界でも同じ俺なら、愛する君が苦しむなら旅など続けなくていいと言うと思う」
「仮にそうだとしても、ここで旅をやめることは出来ないわ。彼は私の境遇を知らずに待ってくれているのだもの」
あぁ、なぜこの人の探す相手が別の世界の俺なのだろう。約束をした相手が俺ならば、決して違えたりしないことがわかるからこそ──こんなにも苦しい。
しかし、可能性として彼女の探している杏寿郎が死んでいた場合は?
「彼は私の事を忘れているのよ。記憶を取り戻すには私と再会する必要がある」
「なら君は仮に探している杏寿郎が死んでいたとしても──」
「そうね。探し続けるでしょう。
──泣かないで」
ユリの唇が閉じたまぶたに触れる。
「私はあなたに出逢えて嬉しいの。何の見返りもなく助けてくれると言ってくれたあなたを悲しませたくないわ。
いつまでも待ち続けるのは大変よね。それならあなたが元の姿に戻って、その姿に成長するまでにもう一度会いましょう」
「本当に?」
「えぇ、約束する。ただしそれまでに私のことを忘れているようなら──」
「忘れない。忘れるはずがない」
ユリが微笑む。
その後は2人で寝転がりいつまでも語り合った。
●19
まだ朝早い時間、隣を歩くユリがふぁと小さく欠伸をしていた。
俺と視線を合わせ、ふと微笑みを返してくれる。
ユリの旅立ちを見届けたいと、お館様や柱たちも朝早くから訪れている。炭十郎殿も家族を連れてわざわざ出向いてくれた。
家の庭からでも問題はなかったそうだが、ユリの希望で小高い丘の上で見送ることになった。そうして今はその小高い丘の頂上に向けて全員で黙々と歩いている。
本当にあと少しで彼女とは会えなくなるそう思うだけで足や身体がひどく重く感じた。
お館様はあの夜から体調が一気に回復し、今はご子息の輝哉様と手をとりゆっくりではあるがご自身の足で歩かれている。一度は歩くことすらままならないほど病状が悪かったと聞くが、ここまで回復したのはやはり呪いというものがあったからなのか。
頂上の開けた場所で、
「ここでいいわ」
ユリが言った。彼女が空を見上げると、天と大地を結ぶように光の柱が現れる。
「それじゃあ、わざわざ集まってくれてありがとう」
ではと手を振って行こうとした。
「待て待て」
手を引いて留める。
「なによ? もう全員と言葉は交わしたし、特に言うこともないわ」
思考をよめるユリであれば、俺たちの言葉を改めて聞く必要もないのかもしれないが振り返って見ると、やはり何か言いたげな者も多く。
「君がなくとも、君に言葉をかけたいという者は多いようだから」
と、なんとか最後に順番に言葉を交わしていくことになった。
父母千寿郎と共にその様子を少し離れたところで見ていると、風柱殿が音もなく父に近づいてきて、俺の方をちらと見て何事かを話しているのだが──。
その後、挨拶も終盤。
お館様との会話を終えて輝哉様と話しをしていた。
「あなたのことを後世まで語り継ぎます」
「そんな必要ないわ。事を為したのはあなた達なのだから、自分たちのことだけ語り継ぎなさい」
輝哉様が困ったように微笑み返している。
そしてユリは炭十郎殿と家族たちと言葉を交わしはじめた。
「ありがとう。いくら感謝しても足りないぐらいだ」
「……」
「こうして今俺が生きていることも、家族と共にいられることも」
「私は、あなたを利用しただけだから」
「それでも、俺がいま幸せで君に感謝する気持ちは変わるまいよ」
「ねえちゃん! またいえにあそびにこいよな!」
「竹雄! 失礼だぞ!
俺もユリさんには感謝してます。ありがとうございました。
──でも、どうしてですか?」
「……」
「杏寿郎さんのことをユリさんはすごく好きですよね? そういう匂いがするのに、どうして旅立ってしまうんですか?」
「──あのね。そういう疑問に思ったことをすぐ口に出来るのはあなたの良いところかもしれないけど、相手と場所をよく考えてから口になさい」
「でも──」
「それだけの理由があるのよ」
「良かったぁ」
「?」
「杏寿郎さんのことを好きなことは否定しないんですね」
炭治郎はにこやかに笑って言った。
最後に俺の父母と言葉を交わし、千寿郎も腕に抱いて言葉をかけてくれる。
ユリが俺の前まで戻ってきた。炭治郎の言っていたことを変に意識してしまう。
「夜の内に沢山話したから、今更よね」
そう言う彼女の身体を抱きしめる。
ユリも俺の身体に腕をまわしてくれた。
地面に足をつけていた彼女の身体が、ゆっくりと天上に引き上げられるように浮き上がる。
──段々と引き上げる力が強くなっていった。逆に俺の身体は地面に縛りつけられるようにひどく重く感じ、抱きしめ続けることが難しくなり両手同士を握りしめる。ユリの身体を包む帯のように見える光が、まるで羽衣のように見えて、
さよならと彼女の口が動く。
光の中へユリの姿が消える。彼女の両手を握りしめていたはずの俺の手には、美しく輝く白い百合の花が一輪残った。
「杏寿郎、姿が──」
母が声をかけてくる。
まるで今までのことが全て夢だったとでもいうように、俺の姿は元の歳の頃まで戻っていた。
今まで我慢できていた事が我慢できなくなり、涙が溢れる。
○ ○ ○
真っ暗な無限に続くこの空間は、彼のいた世界の遥か上空、宇宙のようなところだ。
いくつもの物語が小さく瞬く夜空の星のように遠くに見える。その数はとても数えきれない。
『やぁ、お疲れ様。
上手くひとつの物語を見届けることが出来たようじゃないか。それに監視者の目も上手く誤魔化せたようだし』
かなり危ない挑戦ではあったけれどね。
『魔力もだいぶ回復したようじゃないか。
それで? これからどうするんだい?』
彼を探すわ。
でも、今までとはやり方を変える。
あの杏寿郎と出逢って考えに変化があったことは自覚していた。私という存在を、杏寿郎を救う概念にまで変化させて短期間に関わる世界の数を増やす。
『なるほどね。でもそうなると力が尽きる前にさっきの世界に戻ることは難しいんじゃないのかな?』
……最初から戻る気なんてないもの。
もし都合良く戻れていたとしても、何年後になるかもわからないのだから。
『なるほど。だからか。
いいよ。君の存在を造り替えよう。
心も記憶も何もかもを概念として置き換えて、激しく燃えて輝く流星のように。
でも本当にいいのかい? 君の魔力の源はさっきみたいに人と関わるとこで得ることが出来る。急ぐよりも時間をかけた方が良いもののような気がするけど』
いいえ。私は思ったの。ここで急がなければきっと間に合わない。ううん。間に合わせたいからそうするわけじゃない。たとえ違う存在だとしても、同じ魂を宿す彼が少しでも早く、一人でも多く救えるのなら──。
一際大きく輝くものが生まれた。
この輝きが消えるまで、はたまた彼女が探す彼と再会するその時までその概念はいくつもの世界の彼を救い続けるだろう。
「なんという自己犠牲、献身だろうか」
それこそが愛と呼ばれるものだと、彼女が理解するのはまだ先の話。
旅する物語 白百合異聞 竈門炭十郎との邂逅 終幕