長い旅路の果て。
※本作は『鬼滅の刃』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
●13
朝餉の後、千寿郎さんに心当たりのある炎柱の手記というものを見させてもらった。しかし、開いてみるとページの大半は破られ抜け落ちた状態でとても読めるものではない。唯一、日の呼という記述が確認できたので煉獄さんのお父さんが言っていたヒの呼吸が日の呼吸なのだということは理解できた。
千寿郎さんは時間はかかりますがと手記の修復や、お父さんにも内容について聞いてくれるという。申し訳ないとは思ったが、ありがたかった。
そして今はユリさんに朝餉を渡しにいった煉獄さんと合流し、千寿郎さんと3人で縁側に座って話しをしている。
「兄上、良いのですか? 姉上が体調を崩されているのにここにいて」
「うむ! 問題ない! いま俺が近くに戻ると、また疲れさせてしまいそうなのでな」
朝餉の時も思ったけれど、朝から煉獄さんはとても嬉しそうにしていた。何か良い事があったんだろうな。あとユリさんの匂いが煉獄さんから強くするんだけど、こういう匂いの時は指摘してはいけないと、むかし母から言われたことを思い出す。
母から父の、父から母の匂いを強く感じたことがあってそれを指摘したら2人とも大慌てで何か言っていたけどーー。
「では竈門少年! そのヒノカミ神楽というものを見せてはもらえないか!」
「はい!」
俺は木刀を持って立ち上がった。
ヒノカミ神楽の一連の流れを、煉獄さんと千寿郎さんに見てもらう。
「なるほど! とても神秘的だな! 俺もやってみてもいいだろうか!」
「え? もう動きがわかったんですか?」
「なんとなくだがな。ただ見ているよりは身体も一緒に動かした方が理解も早いだろう」
そう言うと煉獄さんも俺の隣にきて一緒にヒノカミ神楽を舞いはじめた。こんな風に誰かと一緒にヒノカミ神楽を舞うなんて思ったこともなかった。
「竈門少年のお父上は、病に伏せていた時もこの神楽を舞えたと言っていたな」
「はい!」
「ともすれば、少し余計な力が入りすぎているのかもしれん。たとえば足の踏み込む角度や、足の開き具合そういったところをよく思い出してみるのはどうだろうか?」
「なるほど……」
確かに煉獄さんの言う通りだと思った。今の俺のやり方ではとても長く舞い続けることは出来ない。
「もしこの無限に舞える神楽が戦いに応用できるとするなら、かなり強力なものになるな。日の出までずっと鬼を足止めできれば上弦も日の光で倒すことが出来る」
「そうですよね!」
煉獄さんにそう言ってもらえてとても嬉しかった。
「俺、頑張ります! もっともっと思い出して、よりこのヒノカミ神楽を父がしていたものに近づけます! 良ければ煉獄さんもこのヒノカミ神楽を使ってみてください! 上手く技として出せればかなり強力なので! あ、でも使うとすごく疲れるんです! だから本当にここぞという時に!」
「そうか! ではもし使えるようなら使わせてもらおう!」
千寿郎さんは、俺と煉獄さんのやり取りをとても微笑ましい様子で見守ってくれていた。
○ ○ ○
「姉上、千寿郎です。
お茶とお菓子をお持ちしたのですが、良ければいかがでしょうか?」
「はい、ありがとうございます」
ふすまが空いて、顔を見せてくれた。
「お身体の具合は大丈夫ですか?」
茶器とお菓子ののったおぼんを手にして部屋の中に入る。
「えぇ、ゆっくり休ませてもらったから大丈夫。
心配させてしまったかしら?」
「大丈夫なら良かったです。
心配できることも嬉しいことだと僕は思いますよ」
姉上は外の様子を気にしているようだったので、そのまま言葉を続ける。
「炭治郎さんは指令を受けて、先ほど出かけられました。兄上はいま父と話しをしています」
「そう……」
体調も気になったし、もし回復したなら暇をしているのではないかと思って、お茶とお菓子を持ってきた。喜んでもらえるといいのだけれど──。
ふと姉上と目が合う。一瞬、幼い頃に亡くなった母の面影をみたような気がした。
「いまお茶を入れますね」
慌ててお茶を入れようとして、手にお湯をかけてしまう。
「あっつ!」
「大変!」
姉上がお湯のかかった方の手に自分の手を重ねてくれた。不思議とそれだけで痛みが引いた。
「え? あれ?」
赤くただれるはずだったその手は、特に異常もなく。
「火傷にならなくて良かったね」
優しく微笑んでそう言ってくれるので、なぜか頬が赤くなってしまう。
「は、はい! どうぞお茶と芋羊羹です。
芋羊羹は僕が作ったものなので、お口に合えば良いのですが……」
「手作り? それはすごい。いただきますね。
……うん、甘くて美味しい。お茶にもよく合ってる」
「えへへ」
喜んでもらえたようで良かった。
「美味しい……」
微笑んで食べてくれている姿が、以前兄の継子だった蜜璃さんの姿と重なってみえる。
「……兄が、あなたと出逢えて良かった」
「?」
「兄は自分のことは二の次にしているところがあったので、誰かと添い遂げようとかそういうことはあえて考えないようにしているのかと思いました……でも、あなたと帰ってきた兄の姿を見て、なんというか兄としての顔だけではなく男の顔をしているなと思って」
姉上は僕の言葉を真剣に聞いてくれている。
「本当に……兄があなたに出逢えて良かった……」
なぜかぼろぼろと涙があふれてきた。
「あれ? おかしいな……僕はなんで泣いているんだろう」
涙をふいていると、ふわりと抱きしめられた。
「あ、姉上!?」
よしよしと頭を撫でられて、更に心地よくなった。
姉上の胸の鼓動が聞こえる。まるで母に抱かれているようだった。
●14
部屋に戻ってくると、ユリが千寿郎を膝の上に座らせて抱きしめていた。
千寿郎の顔には涙のあとがあり、泣いてしまった弟にユリが寄り添っていたことは明らかだが。
「どうした千寿郎!!! 昼寝をするには少し時間が遅いのではないか!!!」
声をかけると千寿郎が驚いたように目を覚ます。
「!? あ、兄上もどられたのですね」
恥ずかしそうにユリから離れると、千寿郎はユリにお礼を言って慌てたように部屋を後にした。
ユリが何か言いたそうな顔でこちらを見ている。
「何か言いたいことでも?」
「なにもわざわざ起こさなくても……」
「……」
今朝のやり取りを彼女は忘れてしまったのだろうか。
「私と千寿郎は、もう家族みたいなものだと思っていたけれど。違うということ?」
そう思ってくれているのは問題ない。むしろ喜ばしい。けれど、彼女が実はあの頃の俺を一番好きであった場合に大きな問題が生じる。
むぅと不満そうに彼女が表情を曇らせる。
「また杏寿郎が怒ってる」
「怒ってはいない」
ユリは感情が読み取れるようだが、肝心なところで少しずれている。俺の嫉妬の感情は、彼女からみると怒っていると思われてしまう。
「ユリ」
両肩をつかみ瞳を覗き込んで問う。
「君が一番好いている相手は誰だ?」
顔を真っ赤にして俯き口ごもる。
「ユリ、ちゃんと答えてほしい」
──頼むから俺だと言ってくれ。
「……言いたくない」
「頼むから、言ってくれ」
「杏寿郎らしくないよ! 私の知ってる杏寿郎はそんなこと私に聞かないもの!」
急に手を振り払い、ユリは立ち上がると走って部屋から出ていってしまった。
「ユリ!」
慌てて彼女の後を追う。
「ユリ! 待て!」
「嫌!」
走るユリの前に父が歩いてきた。こちらを見て眉をしかめる。
「ユリ!」
ユリの肩を掴んで止めようとするが、一瞬彼女の身体がかき消え父の後ろに姿が現れる。
「何をしているんだ!」
父は俺に怒鳴り声を上げた。
「すみません、すぐに彼女を連れて部屋に戻ります」
ユリの方に手を伸ばすと、
「嫌!」
ユリは父の後ろに隠れてしまった。父は深く息を吐き、
「何か嫌われるようなことをしたのか?」
俺に問う。
「いえ、そのようなことは……」
父は俺とユリを交互に見て、
「君、杏寿郎と少し離れていたいなら……俺の部屋にいなさい。酒臭いが、それでも良ければだが」
ユリは下から父を見上げ、
「お邪魔します」
小さな声でそう言うとこちらを恐がるようにチラリと見た。
「だそうだ。少し頭を冷やすんだな」
父はそう言うと、向こうへ行っていろと手を振る。
「……」
……ユリを父にとられた。
ユリは昨夜、父の為に何か策を講じていた。普段の父なら彼女を匿うなどしないはずだ。それのせいか? もしくは先ほど彼女は父とかなり接近していたし、何か精神操作を行った? 父とユリは今どういう状況なのだ。俺は、一体どうすれば……。
●15
「千寿郎!」
夕餉の準備をしていると兄が慌ただしく駆け込んできた。
「兄上!? どうされたのですか? そんなに慌てて……」
「どうしたらいい!?」
「何をですか?」
「ユリを」
「姉上が、どうしたんですか?」
「父にとられた……」
「は?」
「父がユリを連れて行ってしまった……」
「え? なんでそんなことに?」
兄上はひどく落胆した様子で、俯き座り込んでしまった。
「あ、兄上!? しっかりしてください!
なんでそんな……そこまで!?」
そんなわけで、僕がお茶を持って行きながら様子をみてくることになった。兄も後ろについてきてはいるが、完全に気配を消して……気配を消すというよりも廃人のようになってしまっている……兄上! しっかりしてください!
父の部屋に近づくと、中から2人の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「父上、姉上お茶をお持ちしました」
「あぁ、入りなさい」
中から父の声がする。普段とは違った声色に、後ろを歩いていた兄と視線を交わす。
「失礼します」
「……という話だったんだが」
「まぁ、それはとても面白いお話ですね」
2人は向かい合って談笑していた。
「ちょうど喉がかわいたところだった。助かるよ」
父が手を伸ばしたので、慌てておぼんごと湯呑みを差し出す。
「ありがとう」
そう言って父が湯呑みを持った。
「ユリさん、昔から千寿郎は気の利く子でね。杏寿郎に愛想を尽かしたのならこの子でどうだろうか?」
「またご冗談ですか?」
「冗談を言うなら後妻に来ないかと言っているところだ」
父が声を上げて笑っている。
普段の父の物言いからは程遠いことを言っている。
かろうじて自分のところから見える兄上の表情はことごとく暗い。千は見ていられません!
「あ、姉上! 無理を承知でお頼み申します!」
僕はおぼんを置くと、正座をして真っ直ぐに姉を見てから頭を畳に擦りつけた。
「どうか、どうか兄のところへ戻ってはいただけないでしょうか?」
「どうした千寿郎?」
父が僕に声をかける。
「兄は姉上のことを心底お慕いしております。姉上が嫌がることをしてしまったのも、その想いの強さゆえかと。
どうか、お願いします。兄に何が嫌だったのかお伝えください。きっと兄は姉上の言葉を無下にしたりはしないはずです」
「ふむ。杏寿郎もどうやらそこにいるようだ。
ユリさん、言ってやったらどうだ?」
「……」
わずかに顔を上げて姉上の表情を見る。言おうか言うまいか迷っているようだ。
「姉上、ここで言っていただければ廊下の兄にも聞こえます。どうか言っていただけないでしょうか?」
意を決したように姉上は立ち上がると、
「……怒ってるのはよくない」
ぽつりと言った。
「そうだな。怒るのは良くない」
父が姉の発言に賛同する。
「大きな声を出すのも」
「その通りだ」
「お父様みたいに──」
「?」
父が姉の方を不思議そうに見る。
「笑って話しをしてくれる杏寿郎なら一緒にいたい」
吹き出すように父は笑った。
「それはそうだ。しかめっ面の男ほど、一緒いて面白くない奴はいないな。まったくもってその通りだ。
聞こえたか? 杏寿郎。
今ここで笑って迎えに来られるなら、彼女を連れて部屋に戻るか?」
兄上! 廊下にいる兄の姿を見ると、だいぶ葛藤している様子がわかる。深く息を吐き、吸い込んで兄は笑顔を作った。だいぶ無理をしている気がする……。
それで本当に大丈夫ですか!?
「ユリ、俺が悪かった。部屋に戻らないか?」
廊下に正座した状態で、兄は障子を開き姿を見せた。顔は笑顔だが、僕はその表情に若干の恐さを感じる。
父に促されて、姉上は兄の方へ近づいた。そして兄に手を引かれ、倒れ込むように兄に抱きしめられ、次の瞬間には立ち上がった兄に姉上は抱き上げられて身動きの取れない状況になっている。
「父上、ユリの話し相手になってくださりありがとうございました」
姉上を抱き上げたまま兄は深々と頭を下げた。
「失礼のないように、大事にするんだぞ。
ユリさん、またいつ来てくれてもいいからな」
父が声をかけると姉上はこくりとうなづいている様子だったが、兄が早々に身体の向きを変えたので僕からはもう確認できない。
「せっかく用意してくれたが、彼女の分が無駄になってしまったな。
千寿郎、これをお前が飲む間、俺と少し話しでもしないか?」
いつになく穏やかな父が思いがけない言葉を僕にかけてくれた。
「はい! 喜んで!」
にこやかに返事をすると、父もふと笑ってくれる。
記憶の中の父は、いつも厳しい顔か怒った顔しかしていなかった。
姉上、ありがとうございます。
次に会った時は、ちゃんとお礼を言おう。
●16
自室に戻ると座布団の上にユリを座らせて、彼女の腹部のあたりに片耳をつけるような形で下を向いたまま抱きついた。
「俺は、自分がこんなに嫉妬深いと男だとは思っていなかった」
「杏寿郎?」
ユリが心配そうに声をかけてくれる。
俺の身体を、両手と身体で包んでくれた。
「君が怒っていると言った時に、俺はどんな気持ちでいたと思う? 正直、自分でも最初はよくわからなかったんだが。
どうやら俺は、ひどく嫉妬していたらしい……君は嫉妬がどういうものか、知っているんだろうか?」
とても笑って話せる内容ではないので、彼女の顔は見ないまま言葉を続ける。
「以前と違って、今の俺は君の気持ちが理解できない。それは君もわかってくれているとは思っている。再会できた時、俺はとても嬉しかった。君も同じように喜んでくれていると思っていた。
しかし、君は記憶を失い。今はどの程度回復したのか、以前の君にどれほど近づいたのか、以前の君にはもう二度と会えないのか……わからなくなってしまった」
「君は時々、俺に心の中をみせてくれるけれど」
度々、唇を触れ合わせていたことを思い出す。
「それはあくまで表面上のものしか……知ることが出来ない」
「ユリ、君は俺のそばにくると頬を赤らめ胸が高鳴るといってくれた。それは今もそうだろうか?」
顔を上げて彼女の様子を伺う。少し照れたような表情のユリは頬を赤くしてくれている。
「……俺は自惚れて、いいんだろうか」
「身体を重ねても、満たされたのは少しの間だけだった。君が他の誰かにみせる優しさや笑顔が自分だけに向けられればいいと思ってしまうのは、
やはり狭量だと思うか?」
「……身勝手な俺ですまない。
君に自由をあげたかったはずなのに、一番不自由なところへ君を来させてしまった……」
ユリは俺の頭を胸の前で優しく抱きしめてくれた。彼女の少し小走りな鼓動が聞こえてくる。
「杏寿郎、私はね。あなたと出逢わなければ、きっとここにはいなかったと思ってる。
あの場所で一人で悲しんで絶望して自棄になって、終わりを選んでいたと思う。
あなたは白黒だった私の世界に、初めて色をつけてくれた人、とても大事なたった一人の人だから。
ただそばにいられるだけで、私は幸せなんだよ」
「苦しい気持ちを話してくれてありがとう。
不安な気持ちは分けてくれればいいから、私は何度でも杏寿郎に大丈夫って伝えるからね」
「ユリ……」
「私は他の誰のためでもない、あなたのためにここにいるのだから」
返せる言葉などもうなかった。込み上げる気持ちと共に彼女の身体を強く抱きしめる。
「君を抱きたい」
熱を帯びた声で彼女の耳元で囁く。
「? もう抱いているじゃない?」
「いや、今のはそういう意味でな──
「兄上! 姉上! すみません。
お取り込み中かとは思いましたが、夕餉の用意が出来ましたのでお声をおかけしに来ました! お待ちしておりま…いえ、難しいようであれば後でお持ちしますので!」
部屋の外で千寿郎がそう言うと、小走りに遠ざかっていった。
「行く?」
ユリが小首を傾げながら言う。
「そうするか」
俺の言葉を聞いて立ち上がろうとしたユリの手を取り声をかける。
「ただ俺の刀が届いて、任務に戻るようになれば夜は鬼狩りの時間になることが多くなる……」
「?」
「だからつまりその……そうなる前の夜は君と」
ユリは柔らかな微笑みを浮かべると、俺の頭を抱きしめて頭の上に唇をつけた感触があった。
「じゃあ、先に行くね」
さっと身体を離して部屋を出て行こうとする。
「ユリ! 今のはどういう意味だ!」
慌てて彼女の後を追う。
不思議と心は既に軽くなっていた。
先ほどまでは出来なかった、自然な笑顔を今は浮かべることが出来る。
「ユリ」
先を歩くとユリの腕を掴んで、抱き寄せ耳元で囁く。
「好きだ」
ふふ、と彼女が小さく笑う。
今度は彼女が俺の耳元で囁く。
「知ってるよ。
でも私の方がもっと杏寿郎のこと、好きだよ」
君にただ一人と言ってもらえたこの喜びを、どう表現したら良いだろう?
君は春に吹くあたたかな風のように、夏に喉を潤す清らかな水のように、秋の物静かな安らぎの時間と、寒い冬の日に身を寄せ合う温もりを思い出させてくれる。
俺にとっても君は、
たった一人の大事な人だ。
●17 エピローグ
兄上が炎柱として任務に戻る日がきた。
上弦の鬼との戦いは、刀が折れるほどの激戦だったと炭治郎さんたちから聞いたが。
それほど激しい戦いでも、無傷で兄上が帰還されて本当に良かったと今思い出しても思う。
「兄上、姉上。おふたりともどうかご無事で」
履き物を履き終えたふたりに声をかける。
姉上はてっきりこの家で兄の帰りを一緒に待ってくれるものかと思っていたが、兄と離れこの家にいるより鬼狩りの場に兄と共に出向く方が安全なのだと教えられた。
「姉上、どうぞこれをお持ちください」
藤の花のお守りを手渡す。
「本当は香を焚いたものが一番良いのですが。兄上が鬼と戦うので、においがあるものはやめておきました」
「ありがとう」
姉上は優しく微笑んで両手で大事そうに受け取ってくれた。
「それから姉上、あの……もし授かりごとがありましたら。是非うちに滞在なさってください!
この千寿郎、精一杯お手伝いさせていただきます!
それに姉上が安心して過ごせるよう武術の腕も磨いておきますので!」
お守りを受け取ってくれた姉上の手をとって言う。
兄上は口元を片手で覆い、驚いたような表情をしていた。姉上はそんな兄上の様子を気にしているようだったが……。
「可愛い弟の頼みだ。君が良ければ受けてもらえないか?」
兄上が姉上にそっと耳打ちしているのが聞こえてくる。
「千寿郎、ありがとう。その時はお願いしますね」
そう言って再び微笑んでくれた。
「はい!」
姉上に抱きついて別れを惜しむ。
「……」
「父上!」
兄上が僕の後ろに向かって驚いたように声を上げ、姿勢を正す。後ろを振り返ると父の姿があった。
「いくのか」
「はい! 伝令が入りましたので」
父上は諦めたように深く息を吐くと。
「もうお前にはお前の矜恃が既にあるとは思うが、ひとつだけ言っておく。
自分を必ず勘定に入れて行動しろ。
生き汚くとも、命があれば次がある。
もし悪く言うような奴がいたら……俺に言え」
「!? はい!」
「……彼女を連れて行く事は反対したいところだが、お前が決めたことだ。
男ならば、必ず守り抜けよ」
「はい!」
「ユリさん、これを持っていくといい」
そう言って父上が姉上に差し出したそれは代々煉獄家へ嫁いできた者が継承してきた守刀だった。
姉上の前に膝をついて、見上げるようにして父は言う。
「杏寿郎には許嫁をという話しもあったが、この歳まで頑なに断り続けていた。その理由が君なら、もうこれを渡しておいた方が良いだろうと判断した。
祝言を上げるには黙らせないといけない相手がいる面倒な家だが。君たちが次にゆっくり帰ってこれるまでには俺がなんとかするつもりだ。
……受け取ってもらえるかな?」
姉上が兄や僕の方に視線を向けるが、僕たちはこくこくと頷くことしか出来ない。
「ありがとうございます……」
守刀を姉上が受け取ってくれた。
「兄上、良かったですね」
小声で兄に話しかけると、兄もとても嬉しそうに微笑んでいた。
火打ち石でふたりを見送り、父上と一緒にふたりの後ろ姿が見えなくなるまでずっと見守った。
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