無限列車編のその先に。
※本作は『鬼滅の刃』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
15恋敵編1〜6
●1 プロローグ
ある日の蝶屋敷、夜。
怪我をした隊士たちがベッドに寝転がりながら話しをしている。
内容は、どの柱が来たら生きて帰れるか? というもののようだが。
「いや、それは……蟲柱様一択だろ?」
「そうか? そもそも柱が来てくれる時点で、俺たちもう死んでるんじゃね?」
「縁起でもないこと言うなよ!」
「蟲柱様は医学知識もあるから、鬼との戦闘が終わったら人命救助してくれるっていうもんな」
「そうなんだよ! あの美しい蟲柱様に介抱してもらえるなら俺いくらでも鬼と戦っちゃう!」
「言ったな……じゃあ、蟲柱様に伝えとくわ」
「やめてくれ! ホントにキツいところに送られそうでこわい!」
「他の柱じゃ、助けに来てもらっても手遅れだろうなー」
「でも、追っかけてた鬼を倒してもられるならまだいいんじゃないか?」
「うかばれるって? やめてくれよ。縁起でもない」
「そういや少し前に聞いたんだが、例の無限列車の件。お前知ってる?」
「あぁ、炎柱様が重傷で死んだって誤報があったやつだろ?」
「誤報なんて、ある時はあるだろ。そんな珍しいことでも」
「いや、隠と話してて聞いたんだが。勢いよく脱線までしてたのに怪我人が1人だけだったらしい」
「は? なにそれ?」
「怪我人が1人なら良かったんじゃないの?」
「脱線だぞ? 乗客が何人も乗ってたのに」
「そりゃ確かに変な話だわな」
「普通、何人も怪我人がいるだろ」
「確かに!」
「それでここからが本題よ。あの事故以来、炎柱様が参戦した戦場において、死傷者がかなり減っているらしい──」
「はぁ?」
「なんだそりゃ」
「皆さん! とっくに消灯の時間は過ぎてますよ!
おしゃべりはそれぐらいにして休んでください!」
「「「はーい! すみませーん!!!」」」
暗くなった部屋で、声を小さくさせながら。
「でさ、さっきから黙りのお前。任務先に炎柱様が来てくれたんだろ? 実際どうだったのよ」
「……」
「なんだよ。覚えてないのか?」
「……覚えてるよ」
○ ○ ○
あの場所には俺の他に隊士が3人向かっていた。
古い山寺を住処にしている鬼で、4人もいれば楽勝だと思っていたが。
雨が降るなか山中での戦闘になって、連携も上手くいかずかなり追い詰められてた。
俺は他の隊士たちの姿も見失って、隠れて自分の傷の手当てをしてたんだ。
雨が降っていたとはいえ、鬼も鼻がきくから──。
気付いたらいたんだよ。俺の後ろに鬼が。
なんで気付いたかって?
鬼の腹の音が聞こえた。
そうしてその鬼は俺の腕をばりばりと音を立てながら食べて
「嘘つけー! 両腕あるじゃんよ!」
違うんだよ。本当に腕を食べられたって記憶があるんだ。でもそうさ、こうして俺の腕は無事だし腹の傷だってそこまでひどいもんじゃない。
やられた! そう思った時に炎の一閃が鬼の首を落とした。
炎柱様は周囲を警戒するようにして、再び姿を消して入れ違いに綺麗な女の人が来てくれたんだよ。
隠みたいに口元を布で隠していたけど、俺の手を取って「痛かったね。頑張ったね」って声をかけてくれて……死んだ母ちゃんみたいだった。その声を聞いて意識を失って、気付いた時には雨宿り出来そうな大きな木の下に寝かされてて。
あとはなんか炎柱様とその女が人が、なんでか接吻してるのを見た。
「なんでだよ!」
いや、なんか俺もよくわからないけど。
その後に助けに来てくれた隠から聞いたけど、鬼は1体じゃなくて森の中に何体もいたらしい。だから戦うならちゃんと他の隊士たちと一緒に協力して戦うべきだったのかなと。
隠たちが来てくれた時に、まだ炎柱様と女の人はまだいてくれたんだよ。雨もやんでてさ。
おふたりにお礼を言おうかなと思って近づこうとしたんだけど、同じように助けられてその女の人に付き合ってる人がいるのかとか聞いてた奴がいて。
「君! 人の妻を口説く余裕があるなら良かった! 自分の足で早々に下山したまえ!」
って、炎柱様に一喝されてた。
あ、炎柱様の奥様なんですねって感じで。俺の初恋もそこで終わったわ。
「その歳で初恋とか」
「え? そこ笑うとこ?」
「でも炎柱様が祝言あげたって話しは聞いてないけどな」
まぁなんかよくわからないけど。炎柱様が来てくれなかったら俺、たぶん死んでたと思う。
●2
郊外に向かう列車の中、ユリと一緒に並んで座っている。
「久しぶりの休みだというから、家に帰るのだと思っていたけれど」
車窓から見える景色に視線を向けながら彼女がぽつりと言った。
「帰りたかったか?」
「私がというより、杏寿郎がという話よ?」
「普段であれば帰っているが、今回は君に合わせたい人たちがいるんだ」
「合わせたい人?」
話そうかとしたところで、向かい合う席に母らしき女性とその娘がやってきた。
俺が軽く目を閉じたので、ユリも口をつぐむ。
しばらくすると母子とユリが楽しそうに会話をはじめた。
「おねえちゃん、一緒におみかん食べよう?」
すっかりユリに懐いた様子の女児が、みかん片手に声をかける。
「あら、いいの? ありがとう」
母親がうなづいているのでユリは女児のみかんを受け取ろうとした。
「おねえちゃんのおひざで食べたいな」
「いいよ。こっちにくる?」
「うん!」
ユリの膝に女児が座り、2人一緒にみかんを食べている。
「もしかして新婚旅行ですか?」
母親がユリに聞いた。
「え?」
「はい。そうです」
俺が肯定する。
「やっぱり、初々しい感じが伝わってきてすぐわかりましたよ」
「そうですか」
「お似合いのお兄さん、お姉さんね」
こくこくと女児も首を縦に振って、ニコリと笑っていた。
○ ○ ○
「それでは、私たちはこれで」
数駅先で、母子は列車を降りていった。
「バイバイ! おねえちゃん! おにいちゃん!」
窓の外の2人にユリが手を振っている。
「……俺の家では男児を生んでこそという家系だが、女児がいるというのも良さそうだな」
「?」
「君があの女児を膝にのせて楽しそうに話している様子が、まるで自分に娘がいるような錯覚をみせてくれた」
「なるほど、そういうこと」
「俺は男でも女でも、君との子供ならどちらでも構わないが」
手を握りそう声をかけると、ユリは頬を赤く染めた。
「……ところで新婚旅行って?」
「間違いというわけでもないのでは?」
「杏寿郎がそう言うなら別に構わないけど……大人になって平気で嘘をつくようになってしまったのね」
俺の顔を覗き込むようにして言う。
「寛容になったと言ってほしい」
「杏寿郎少年は素直で可愛いかったのに」
「おや、やはり君は若い方が好みなのか?」
「そういうわけじゃないけど……」
「仕方ない。お気に入りの場所を触れるようにするから機嫌を直してくれ」
ユリの方へ頭を寄せる。
「覚えているの?」
「今なら方便だとわかるが。君になら頭を触られるのは悪い気はしない」
彼女は笑って俺の頭を撫でた。
「杏寿郎はいい子だね」
自分でやっておいてなんだが。
いい子いい子と頭を撫でられ続け、同じ方に身体を向けているので赤面した顔をユリに見られなくて良かったなと思わずにはいられなかった。
●3
目的の駅について、駅前に停められていた馬車の御者に挨拶をして乗り込む。
この馬車はこれから向かう場所の主人が、用意しておいてくれたものだ。
再び隣り合って座り、話しをはじめる。
「君が俺を探して旅をしてくれていたことは知っている。君は俺が君のことを忘れてしまっていた頃、何をしていたと思う?」
「鬼殺隊に入隊するために頑張って、入隊してからは柱になれるように頑張っていたとかではなく?」
「あぁ。おそらく君と会っていたからこそ、していたことがあるんだ。
鬼殺隊に入ってから色々なところへ任務で出向くようになってから、俺は任務先で君のことを探していた」
「私のことは忘れていたって言ってなかった?」
「忘れていたよ。でも、俺は確かに誰かの面影を探して方々を見て回っていた。今回向かっている場所も、そうして見つけた所だ」
○ ○ ○
御者が降りて門を開けている。門の壁面には藤の花と藤の家の家紋が描かれていた。
「ここは藤の家?」
「そう。以前、俺が知り合った人たちで鬼殺隊に協力したいと申し出てもらった。
知り合った当時もだったが、養子を探していて。最近、手紙で訊ねたところまだ探しているということだったから君を紹介しようと思ったんだ」
ユリはこの世界の住民ではない。だから当然、戸籍もない。そんな彼女がこれからこの世界の住民として生きていくには後ろ盾が必要だろうと記憶が戻ってからは考えるようになり、このご夫婦との出会いを思い出したのだ。
馬車が止まった。
「行こう」
御者がドアを開けてくれる。俺が先に降りて、ユリの手を取った。
「ありがとう」
風が吹いて木々がざわめく。
「どうだろうか?」
「ここは──」
「少し似ていないか? 君と共にすごしたあの場所に」
「あらあらあら、いらっしゃい! 待っていたのよ」
洋館の中から初老のご婦人が出て来て笑顔を向けてくれる。
「達夫さんもありがとうね」
御者がぺこりとお辞儀をすると再び馬車を走らせて行ってしまった。
「長旅疲れたでしょう!
あなたがユリさんね。杏寿郎くんから聞いているわ。想像以上にとっても美人さん。会えて嬉しいわ。
主人は今日まだ仕事で帰ってきていないのよ。日が暮れる前には帰ると言っていたけれど」
「マリエさん、お元気そうで何よりです。ご無沙汰しております」
「いつぐらいぶりかしらね。杏寿郎くんも元気そうで良かったわ。
藤の家のことを教えてもらってからは度々隊士の子たちが来てくれてね。とっても賑やかで楽しいのよ」
「それは良かったです。
ユリ、この方は橘マリエさん。ご縁があってここで藤の家を開いてもらっている」
「ユリです。はじめまして」
「ご挨拶嬉しいわ。よろしくね。
さぁ中に入って! お茶を用意しましょう」
○ ○ ○
その後、日が暮れる前にマリエさんのご主人である貿易商の橘ジョージさんが帰ってきた。
2人の使用人に給仕されながら夕餉を共にし、ユリを養子にという話しも快く引き受けてもらえた。
「事情はわかったわ。すぐにお嫁に行ってしまうのは少し寂しいけれど、炎柱様の家とご縁が結べるのは喜ばしいことだもの。
それに子供でも出来れば私たちの孫ということにもなるのよね。すごく嬉しいわ。夢みたい」
「鬼殺隊の手伝いをさせてもらうようになって、少し裏社会にも顔がきくようになってね。ユリさんをうちの籍に入ってもらうのはさほど難しいことではないようだから、安心して僕たちに任せてほしい」
「ありがとうございます」
「私たちからお願いしたいことがあるとしたら、ひとつだけね。あなた」
「そうだな」
「ユリさん、あなたはダンスは得意かしら?」
「ダンスですか?」
「実際、引き受けてもらいたいことはダンスではないのだけれど──」
「では、どうだろう? お腹もいっぱいになったことだし、食後の運動に少しダンスでも」
「あら嫌だわ。私お話しがあまりに楽しかったからつい食べすぎてしまって、こんなお腹で入るドレスがあったかしら」
「ではお互い少し準備をしてホールに集合としようか」
ジョージさんが使用人に目配せをすると2人の使用人は先に部屋を出て行った。
「ユリさんは家内に、杏寿郎くんは僕についてきてくれるかい?」
●4
「僕が若い頃に着ていたものが合って良かったよ」
ジョージさんの燕尾服を借りることになった。慣れない服のせいか少し窮屈に感じる。
「とても良く似合っている。きっとユリさんも君の姿をみて喜んでくれるだろう。髪をひとつに束ねているところも、いつもと雰囲気が違って凛々しさが増している気がするよ」
「ありがとうございます」
「さて、家内とユリさんはいつ来てくれるかな。女性の準備は時間がかかるものだから。気長に待つとしよう。杏寿郎くん待っている間、チェスでもどうかな?
将棋を知っているなら出来ると思うが」
「将棋なら知っています」
「では説明しながら少しやってみよう」
○ ○ ○
「ごめんなさいね。お待たせしてしまって」
ホールにマキエさんがやってきた。
「ほら、ユリさん。こっちよ」
靴音が近づいてくる。
白いドレスを身に纏ったユリの姿が見えた。
恥ずかしそうにこちらに視線を向ける。
「素晴らしい! ビューティフル! ほら、杏寿郎くんも」
ジョージさんに背中を叩かれたが、
「うん? どうした? おやおや、耳まで赤くして。余程、ユリさんに見惚れてしまったらしい」
「まあ本当? それはとっても嬉しいわね。
ユリさん、ステップはもう教えなくて大丈夫?
身内しかいないんだから、ただ寄り添っているだけでもいいのよ。あなた」
「あぁ」
ジョージさんが蓄音機のレコードに針を落とす。
優雅なワルツの旋律でホールが満たされた。
「ここから中庭にも出られるの。今日は天気も良いから星空を見ながら踊るのも良いかもしれないわね」
両開きのドアを開けながらマリエさんが言う。
ごく自然にジョージさんはマリエさんの手をとってワルツを踊りはじめた。俺の方に視線を向けて、片目をつぶってみせる。まるで次は君たちの番だというかのように。
呼吸を整え、ユリに近づく。
そして跪くと彼女に右手を差し出しながら
「私と踊っていただけますか?」
普段とは少し違う感じで言葉を口にした。ユリが驚きから柔らかな微笑みへ表情を変化させ
「はい。喜んで」
俺の手に自分の手のひらを重ねてくれる。
立ち上がり彼女の腰を抱く。
ヒールのある靴をユリが履いているせいか、いつもより顔が近い。
「もう赤くなってはくれないの?」
俺の顔を見ながら、ぽつりとユリが言う。
「見惚れて顔を赤くしている男なんて、みっともないと君も思うだろう?」
「私は顔を赤くしてくれる杏寿郎も好きよ。だって可愛いいもの」
「……検討しよう」
見つめ合い今度はユリと呼吸を合わせる。彼女の動きに合わせて次の動きを。
「あら、2人ともダンスは初めてと言っていたけど。上手に踊れているみたいね」
「そうだな。杏寿郎くんが上手くリード出来ているようで良かった」
「なかなか上手く踊れているようだ。このまま中庭に出てみようか?」
「えぇ」
中庭へ続く道と中心はダンス用の舗装がされており、もしかしたらこの場所で夜会でも開くことがあるのかもしれないなと思った。大きな噴水があり、その周囲をユリと共にゆっくりと円を描きながら進んでいく。
「──足が痛むのか?」
俺が声をかけるとユリが躓いたように姿勢を崩した。
腕の中に倒れこんできたので、そのまま抱き上げて噴水の縁に座らせる。靴を脱がせて足をみる
「少し腫れてきているな。無理はしない方がいい。
靴はこのまま脱いでしまって、俺が君を運ぼう」
「大丈夫よ。そこまでしなくても」
「ユリ、俺がそうしたいんだ。君は俺に頼むと言ってくれさえすればいい」
「……お願いします」
「承知した」
微笑んで彼女の額に口づける。
「それにしても見事な星空だ。
昔、俺が君に言ったことは事実だったな。
君と一緒に見るものは一際綺麗に見える。
──そう、ついでに言っておこうか」
「?」
「あの頃、思ったけれど口にしなかった言葉だ。
ユリ、君は夜空に輝く月のような人だ」
じっと彼女の瞳を見つめて。
「それは、ありがとうと言えばいいの?」
どこか照れた様子で彼女は言う。
「私が月なら杏寿郎は太陽かしら」
ふふと笑う彼女の唇を奪う。
「……強引な人」
「嫌いじゃないだろう?」
「あなただからよ?」
「それは嬉しいな」
「杏寿郎、唇に私の紅がついてしまってる」
「よもや、それは困った。さてどうしたものか──」
「何か拭くものを……」
探そうとするユリの両手を片手でおさえ。
「ならば君の口で落としてもらえるか?
──紅の味がしなくなるまで」
耳元で低く囁くと再び唇を重ねた。
●5
朝餉を終えてお茶をいただいている頃、夫妻からお願いしたい事について説明を受けていた。
「神楽、ですか?」
「そうなの。橘の家は神職の家系でね。神社は弟が継いでくれたのだけれど、今度のお祭りで神楽を舞える人がいないのよ」
「今回はマリエが踊ることにはなっていたんだが」
「私みたいなおばあちゃんが舞うより、もっと若くて綺麗な人が舞った方が神様も観に来てくれる人たちも喜ぶと思うのよね」
「その神楽は、ヒノカミ神楽とは言わないですよね?」
念のため竈門少年から聞いていた神楽のことを聞いてみたが、2人とも知らない様子だった。
「弟の家に先日孫が産まれたから、その子が大きくなれば継いでもらえると思うのだけれど。
ユリさん、どうかしら? ワルツのステップもとっても素敵だったし、きっとあなたが巫女装束で神楽を舞ってくれたら皆喜ぶと思うのよ?」
「あの、巫女というからには未婚でなくてはならないとかそういう条件はないのですか?」
「元々、私が踊る予定だったわけだしそのあたりは大丈夫よ。大昔は色々条件があったみたいだけれど」
「であれば、あとはユリのやる気次第だな」
「お願いできないかしら?」
マリエさんに頼まれて、ユリも引き受けるしかない様子だった。
それからお祭りまでの間、俺はこの屋敷を拠点として鬼殺隊の任務にあたることになった。
近場である場合はユリを屋敷に残し、少し遠出する場合はユリにも同行してもらう。
ユリは俺と行動を共にする以外はマリエさんに神楽を教わっていたわけだが、彼女の口からは習得具合に関する話題は教えてもらえなかった。
何度かマリエさんが俺に何か伝えたがっている様子を見かけてはいたが
「ユリちゃんから内緒にしてと言われてるんだったわ〜」
と、聞かせてはもらえなかった。
○ ○ ○
祭りの当日、なんとか任務を終えて帰ってきた。
すでに日は傾き、夕暮れ時となる時刻だ。
聞かされていた神社への道を急ぐ。長い階段をゆっくりと登る人の間を、すり抜けるように駆け上がり境内に入った。既にたくさんの人で賑わっており、屋台も多い。
境内には今回のお祭り用に一際立派な神楽殿が作られており、そちらに視線を向けるとちょうどユリらしき巫女装束の人物が神楽殿に現れる。
シャンと巫女が神楽鈴を鳴らすと空間から音が消えた。全ての人々、犬や猫、鳥ですら巫女の姿を注視している。
シャンと再び神楽鈴を鳴らして、身体を反転させると何かが自分の中を通り抜けていったような感覚があった。神社の上空にも円状に風が吹いたようで、雲が消え夜空がしっかりと見えるようになる。
神楽鈴の音がもう一度すると、ようやく音が戻ってきた。
楽器を構えていた人々も慌てて楽器を構えなおし演奏が始まる。
あぁ、これは予想以上に──
この空間にいる人の気配を、倍を更にこえる数の大小様々な気配を感じた。その背中にのし掛かってくるような圧に、じんわりと冷や汗が出てくる。
まずいことになった。
ユリは人の身体にその身を変化させてこの世界にやって来てはいるが、元は精霊に近いような存在だ。
そんな彼女がこんな場所で、神楽を舞えば本来の効果以上のことが出来てしまう。
惚けるように神楽を見ている人々を掻き分けて神楽殿に近づく──ユリの神楽を辞めさせなければ。
更に近づこうとしたところで、俺は行く手を阻むように人々に囲まれていることに気付いた。あぁそうか、ユリの神楽をみたいと思うような超常の奴らにとって俺の考えを読むことも人々を操って俺を足止めするのも容易いことなのだろうな。
舌打ちをして、地面を蹴り木の上に降り立った。
たかが神楽とユリに引き受けてさせてしまった自分の浅はかさに嫌気が差す。
どうする? どうせこのまま近づいても神楽殿には入れないだろう。思考していると、突然雲もないのにこの神社の御神木に落雷があった。
そして誰もがユリの神楽に見惚れているはずなのに、一角だけ人々が慌てた様子で何か話しているようだ。
ひとまず話しが聞けるなら何か状況が好転するかもしれない。木の上を枝から枝に飛び移りながら、近づこうとしている人たちが服装から神職の集団であることに気づく。そしてそのまま中に飛び込んだ。
「どうされましたか!」
「おや、どこからいらしたんですか?
いや、大変なんですよ。神楽中に御神木に落雷があった時は、隣山の龍神様に踊り手の巫女を捧げねばないという言い伝えがありまして」
「!?」
ビキと額の血管が音を立てる。目の下の筋肉が痙攣していることに気付きながらも、
「是非、詳しく伺いたいのですがお願いできますか!」
初老の老人の肩を掴んで頼みこんだ。
●6
清流で身を浄めて巫女装束に袖を通す。
マリエさんからは普段通り踊ればユリちゃんならもう完璧よ! と言ってもらえたけれど。
練習を見せていたのは、マリエさんや動植物といった見知った相手ばかりだったから。
自分の知らない人がたくさんという状況は、少し心が強張るような感じがする。
それでも──。
杏寿郎は任務を終えて、もうここに着いている頃だろうか。
長く息を吐く。
杏寿郎の微笑みを思い出す。神楽を最後までちゃんと舞って笑って褒めてもらえるように頑張ろう。
──この時の私は気付いていなかった。
神楽というものはただ無心に、何かを思うとしてもそれは教えてもらった本来の神楽の役割通り、邪を払う祈りを込めるべきだったのだ。
見てもらいたい。褒めてもらいたいなどと思ったせいでまさかあんなことになるとは、この時の私は思いもしていなかった。
○ ○ ○
神楽は順調に舞えている。
でもここから見えるところに杏寿郎の姿はない。
任務中に何かあったりしたのだろうか、でもそれならわかるはずだ。
もうすぐこの神楽も終わる。
一時は色々なものが集まってきていたけど、途中から悪いものは全て消え去っていた。
そのかわりにこの神楽殿の上に現れたものがある。
なんだろう? もちろん人ではない。
どちらかというと精霊か神霊の類のようだけれど……。
神楽の最後はしゃがんで頭を垂れることになっている。しゃがんで顔を伏せた時に目を閉じて開くと、視界に見慣れない足元が見えた。
『心地良い鈴の音に誘われて来てみれば、とても良いものを見せてもらった。苦しゅうない面を上げよ』
顔を上げると神職の着るような古風な服を着た、人のようなものがいた。着ているものも、持ち物も赤を基調としており扇で口元を隠している。上の気配が消えているところを見ると、目の前のこれがそれのようだ。
『お主は人の身でありながら見目も心も美しいな。
実に良い。余の好みだ。
お主には余の番となる褒美を与えよう──』
「え? あの……」
『戸惑うのも無理もない。余のような高貴なものと、言葉を交わすことすら恐れ多いだろう。愛いものだ』
「燃えてますよ?」
『うん?』
「全身が燃えてます」
ドンという音と地響きと共に、隣の山に炎の柱が現れた。
断末魔の悲鳴が上がる。
止まっていた時が動き出して、神楽殿で火事が起こりなんとかしなければと人々が押し寄せた。
既に原型を留めていない人型だったものから助けてくれと声が聞こえ気になって手を差し伸べると、素早い動きで何か赤い小さなものが手に飛びつき、そのまま袖から巫女服の中に入ってくる。
「ユリちゃん! こっちよ!」
マリエさんに呼ばれて私は神楽殿を後にした。
○ ○ ○
マリエさんに手を引かれ本殿の方の控え室までやってきた。
「火傷とかはしていない?
神楽はとっても素敵だったわ。ユリちゃんの頑張りがしっかり伝わってきたから大丈夫よ。
杏寿郎くんの席も用意しておいたけど、どこか他のところで見ていてくれたかしらね。私はちょっと向こうの様子を見てくるから、少しここで休んでいてね」
私がうなづくのを確認して、マリエさんは戻っていった。
……さて、先ほどの小さな赤いものはどこにいるのか。巫女服の中に入ってきてから、胸の間に挟まって動いていないのはわかっている。
襟を広げて覗き込んでみると、そこには小さな赤色の蜥蜴が目を閉じてぐったりとしていた。
「あの……」
『死ぬかと思った! いや、2回ぐらい余は死んだぞ!』
大きく目を開いて喋りはじめる。喋っているというよりは思考を飛ばしているようだが。
『まったくなんだ! 誰だ! 余の領域を意味もなく壊していった罰当たりは!』
怒りは収まりきらない様子で、喋る喋る。
「それだけ元気なら、もう大丈夫?」
はっとこちらを見ると、先ほどの怒りはどこへやら。急にしおらしく涙目になった。
『このような姿で放り出されたら、余は野垂れ死にじゃ。ユリといったか? お主であれば余を助けてくれるであろう? 心優しき娘よ──』
特別自分が心優しいとは思っていないが。目の前で弱っているものを見捨てるのは気分が悪い。
「具体的には何をすれば助けになるの?」
『ただ共にいさせてもらえばそれで良い。お主から陽の気を少し分けてもらって余の力とさせてもらおう』
「ずっと一緒?」
『そのあたりの融通はきこう。常に共にいた方が回復は早いだろうが。1人になりたい時もあるだろうしな』
「それなら、いいけど」
『では契約成立じゃな』
蜥蜴がひらひらと前足を見せるので、指先でその手に触れると赤い光が室内を一瞬満たす。
『ふぅ、これて一安心。もうしばしここで休ませてもらうぞ』
再び目を閉じて、蜥蜴は私の胸の間にもぞもぞと入っていった。