無限列車編のその先に。
※本作は『鬼滅の刃』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
●13
朝餉を終えて、次に行われる乗馬の開始を待っている。今頃ユリたちは乗馬用の衣服に着替えている頃だろう。
「兄上! 今日は乗馬と舞踏、それから剣道ということになったみたいですね」
「あぁ、そうだな……」
「どうされたのですか?」
「千寿郎。相手が苦手なことをやってくれと頼むと──やはり嫌われると思うか?」
「……また姉上に何かしたんですか?」
「なぜわかる!?」
「なぜわかるじゃないですよ。
父上、また兄上が姉上を困らせているようです」
少し離れていたところにいた父に千寿郎が声をかけると、険しい顔をした父が近づいてくる。
「それはけしからんな。
お前は──そういう嗜好なのか?」
千寿郎は言葉の意味がわからず父を不思議そうに見上げていた。
「違います!」
「だとしても、先日からさほど日も経っていないのに同じようなことをするというのは目に余るぞ。お前がユリさんに嫌われたいと思っているなら、話はまだわかるが」
「そうなんですか?」
「違うぞ!」
「だとしたら僕は、もっと姉上と仲良くしていただきたいのですが──」
何か2人には勘違いされている気がしたが、改めて訂正するのも千寿郎がいる手前気恥ずかしく感じて出来ない。
「あ、姉上たちの準備が終わったみたいですよ。
姉上〜」
千寿郎がユリに手を振った。
○ ○ ○
わたくしは日常的に乗馬を嗜む時間があり、慣れているので何も不安に思うことはないが。
彼女は乗馬は初めてだというのに、臆する様子もなく楽しげに使用人たちと話しをしているものだからかえって気になってしまった。
ほどなくして彼女が乗ることになる馬が、男たち3人がかりで会場に入ってくる。これもまた母の差し金らしく、馬刺しにされかけていた気性の荒い馬をこのために買い取っておいたらしい。彼女と親しげに話していた使用人たちもその馬の荒々しい気配に怯え、彼女の後ろに隠れるようにして様子を見ている。
馬の方に近づこうとする彼女に危ないですよ! と声がかかるが、彼女は気にした様子もなくまっすぐに近づいていった。
そして今にも自身をその場に止めようとする男たちを蹴り飛ばそうとしていた馬が、彼女が近づいていくにつれ、ぴたりとその荒々しい動きをやめる。
そして彼女が手を伸ばすと犬猫のように、先程まで暴れていた馬が頭を寄せるのだ。
今度は近くにいた男たちに、彼女は何か話しかけている。信じられないといった表情で何か聞き返していたが、男たちはうなづきあってその馬から乗馬するために必要な鞍と鐙などを全て取り外した。
「どういうことですの?」
馬を抑えていた男たちが、こちらに向かって走ってきたので聞いてみると。
「はい。ユリ様がおっしゃるにはこれがない方が良いようなので、外してもらえないかということでして」
信じられない。乗馬もしたことがない者が何を思ってそう言うのか。
「それからお嬢様。ユリ様がもし自分があの馬を乗りこなすことが出来たら、あの馬を譲っていただけないかとおっしゃっていましたが」
そんなことが出来るわけがないと思いたかった。
しかし、彼女がひとしきり馬と話しをするように顔を近づけていて、いざ乗ろうとした時に馬が彼女のために座っているところを見てしまったら、もうそんなことは不可能だと言う気もなくなってしまった。
「構わないでしょう。食用として処分されそうになっていた馬だと聞きます。彼女の好きになさっていただいて結構ですわ」
●14
乗馬の時間はまず障害馬術を見せ合うことになった。彼女は乗馬は初心者ということもあり、まずはわたくしがやってみせた後に彼女がやるという流れで一通り終えたわけだが。あの暴れ馬が変に嫌がることもなく、全ての障害を彼女を乗せた状態で通過していたことはもう当然のことのように受け入れることが出来た。
障害馬術をしていた空間を囲むように馬を走らせる路があり、そこをわたくしと彼女が馬に乗った状態で2周走らせる。
開始の合図は旗で行い、開始と同時に彼女の乗った馬が驚きの速さで走りはじめる。
食用の馬ではなかったの!?
慌てて後を追うが、既に大きく差がついていた。
もう追いつくことは出来ないかと思っていたが、路も半分ぐらいまできたところで彼女と馬が走るのをやめていたのだ。何かあったのだろうか? 首を傾げながらも追いついて追い越すには今しかないと鞭を入れて加速する。
近づくにつれ、何か彼女がこちらに言葉をかけているようだが聞き取れない。
彼女と馬を追い越した瞬間、足元から激しい破裂音と火花が発生した。
わたくしの乗った馬が驚いて暴れはじめる。
急いで静止させようとするが、次から次に音と光が続いて振り落とされないようにしがみつくことしか出来なかった。
音と光が終わると次は馬が勢いよく走り出す。
こんな速さで馬を走らせたことはなかった。身体を起こせば、あっという間に振り落とされる気がして身動きが取れない。馬が疲れて止まってくれるか、自分がしがみついていられなくなって振り落とされるのが先か、嫌な考えばかりが頭を過ぎる。
こんなことなら杏寿郎様とちゃんと話しておけば良かった。自分のことをちゃんとわかってもらえていたら、それこそ彼が言ってくれたように、友にはなれたかもしれないのに──。
馬の嘶きと共に、乗っている馬の前足が大きく上がり動きが止まった。
自分の後ろに誰かが乗っていることに気付いておそるおそる目を開けてそちらを見る。
「怪我はないですか?」
彼女だった。ふと優しく微笑んでわたくしと視線を合わせてくれる。
「恐かったですね。もう大丈夫」
わたくしの身体を支えるように起こしてくれた。
ほっとして涙が出そうになる。
乗馬で競い合っていたところからはだいぶ離れたところまで来てしまっていたようだった。ここは裏山だろうか。
「このまま一緒に戻りましょうか?」
彼女がそう言ってくれたので、わたくしはこくりと小さくうなづいた。
すぐ近くには彼女が先ほどまで乗っていた馬がおり、彼女が目配せするとわたくしたちの乗った馬の少し後ろを一緒に歩きはじめる。
「……」
周囲にはわたくしたち以外誰もいないようだ。何か言葉を交わすのであれば今しかないかもしれない。
「ユリ様は──」
「?」
「なぜ杏寿郎様を選ばれたのですか? わたくしには、ユリ様ほどの方ならもっと別の殿方を選ぶことも出来るのではないかと思いました。もっと貴方に──相応しいお相手がいるのではないですか?」
なんて自分は醜いのだろうと思った。彼女が優れた人だとわかったから、なぜ杏寿郎様を選ぶのかと聞いてしまう自分を。
「夏火さんは、相応しいとか相応しくないと考えて人付き合いを決めるのですか?」
「──そういうところもあります。わたくしは教生院家の人間なので。杏寿郎様の妻になれなかったら、それだけでわたくしの価値はなくなってしまう……」
「思慮深く、聡明な人」
「え?」
「夏火さんは先ほど言いましたね。もっと私に相応しい相手がいるんじゃないかと。それはあなた自身にも言えることでは?
──気付いているから、言葉に出来た。
ただ、あなた自身のこととしては考えられないように縛られてしまっている」
「……」
「私が杏寿郎を選んだ理由だけれど──」
使用人たちが、声を上げながら近づいてくる。もう少しで聞けそうだったけれど、
「──今はやめておきます。また後で教えていただけますか?」
○ ○ ○
ユリと夏火が、共に夏火の馬に乗って戻る姿を見送った。ユリには気付かれているようで、先ほど視線が合ったが。
「なんとかなったようだな」
少し遅れて父がやってきた。
「はい」
「ユリさんは乗馬は初めてだと言っていなかったか? なぜこうも上手く乗りこなせる?」
「それは──彼女の持って生まれた才でしょうね」
「兄上〜、父上〜」
千寿郎も走ってきた。
「千寿郎! もう大丈夫だ!」
「なんとかなったのですか?」
「うむ! ユリも夏火も無事だぞ」
帰りは俺が千寿郎をおぶり、先ほどまでいた場所に戻ることにする。
「おふたりがご無事で良かったですね!」
「そうだな! 父上も心配して来てくださり、ありがとうございます!」
「……こんなことで怪我などされたら大変だからな」
●15
舞踏の時間を前に、夏火の母親が帰ってきた。
相変わらず高慢な女性という印象が強く、俺たちに声をかける態度と、使用人たちや夏火に対する叱咤するような態度が違いすぎて幼い頃に感じた印象のままだなと思わずにはいられない。ユリに対しても言動は明らかに冷ややかで、流石のユリも少し困った様子だった。
舞踏の時間、夏火は幼い頃から習っている日本舞踊を。そしてユリはというと──。
「俺は反対だ」
禊で入浴することになったユリに詰め寄る。
どこから聞いたのか、夏火たちはユリが神楽を舞ったという情報を入手しており今日ユリが神楽を舞えるように根回しがされていた。
先ほど教生院家に何人かの来客があり、俺に挨拶をしてくる人物もいて気付いたのだが、あの祭りの日に神楽のための演奏をしていた面々が呼ばれて来ていたのだった。
「なんで」
「また良からぬものを呼び寄せてしまうかもしれないじゃないか。祭りの時はなんとかなったが、同じことになって無事でいられる保障はないぞ」
むぅとユリが表情を曇らせはしたが、まだ諦めてはいないらしい。
「でも──」
「なんだ? 弁解があるなら聞くが」
「……なんでそんなに怒るの?」
「怒ってはいない。また君が俺の意見を聞かずに勝手に行動しようとしているから、必死で言葉をかけているだけだ」
「私は、ここで神楽を舞った方がいいと思うから」
「だから、それは何故なのかと聞いている」
彼女の両肩を掴んで問いかける。
「……」
いっそ今ここで再び彼女を汚してしまって、更に神性を下げてしまおうかとすら思ってしまう。
『見ていられん!』
ユリの胸元から男の腕が出てきて、俺の顔を掴んだ。そのまま押されるように後退させられ、ユリとの間に距離が出来る。例の蜥蜴が人型になって俺とユリの間に割って入ってきたようだ。
『ユリ、こいつの相手は余がしていてやろう。今のうちに禊を済ませるがよい』
「あ、ありがとう」
ユリが風呂場に入っていく。
「なんのつもりだ」
力いっぱい腕を掴んで横にずらす。
『お前があまりに女心を理解していないようなのでな』
「お前は彼女の考えをわかっているとでもいうのか?」
ミシリと掴んだ腕が音を立てる。蜥蜴男は眉をひそめると腕の実体化をやめた。
『お前よりはわかっておるぞ』
涼しい顔でそう言い放つ。
『まぁそう怒るな。ここではユリの邪魔になる。場所をかえよう』
○ ○ ○
『ここならば少し話しが出来るかな』
中庭まで歩いて移動してきた。
『人払いは既にかけておる。ここまで誰にも合わなかったであろう? それで今度の神楽じゃが、以前の祭りの時のようにはなるまい』
「なぜだ?」
『あの時はユリが神楽をお前に見てもらいたいという気持ちが強すぎた。そのことについてはユリも既に知っておるし、2度はせんじゃろう』
「……」
『今回の神楽はあの夏火という女のために舞わねばならぬと思っておるようじゃ。ここは土地柄か隠の気が強いようでな、人々の心に影を落としておる。それを祓いたいと思っておった。
相変わらず怖い目付きでこちらを睨むな。なんじゃ? 好いた女の心も読めずにいる歯痒さで、余が羨ましくてたまらぬか?』
歯を食いしばり手を強く握る。今激昂してしまえばそうだと言っているようなものだ。
『人の身で欲しがるには過ぎた力だ。あの娘と共に生きるというなら、人であることをやめる覚悟が必要だというのに──』
物知り顔で蜥蜴男は言葉を続ける。
『お前の助けになるようなことを、これ以上言ってやる義理はないな。それとその蜥蜴男という言い方を改めろ、この罰当たりが。余は赤龍である。様をつけて敬うぐらいがお前のような矮小な存在には相応しいが、そこは大海のように広い余の寛容さで黙認してやる。
此度の神楽中に火の粉が降りかかるようであれば余がなんとかしてやろう。無論、ユリのためである。
お前は自身の無力さを噛みしめながらユリの神楽をしっかり見ておけ』
ふんと笑って奴は姿を消した。
●16
夏火の日本舞踊、幼い頃から習っていたということもあり見事なものだった。
しかし、夏火の母親が何かというとこちらに話しかけてくるので、せっかくの舞踊の評価が落ちてしまっていたように思える。
「夏火さんの舞踊すごかったですね」
千寿郎は父を挟んで見ていたので、集中して見ることが出来たようだ。
夏火の母親が千寿郎の言葉に即座に反応し、捲し立てるように夏火を売り込んでくる。
次はユリの神楽の番だ。夏火の母親には口出ししないよう先に釘を刺しておこうかと思ったところで室内が暗くなり、舞台の上に巫女服を身に纏ったユリの姿が光の中に浮かび上がった。
シンと静まった室内に、神楽鈴の音が響く。
たったそれだけで空気が変わった。
あの時と同じ、給事途中の使用人でさえ動きを止めて彼女の方を向いている。
祭りの日のように嫌な気配は感じない。
あいつの、赤龍の言っていたことは真実であったようだ。
ユリの一挙一動を目に焼き付けようと、じっと舞台の上の彼女を見ていた。
そしてほんの一瞬目が合うと、柔らかく微笑む口元に気付く。
それだけでたまらなく嬉しかった。
その神楽はあまりに美しく。
この地の穢れを慰め、浄化した──。
ユリが頭を垂れる。
神楽が終わった。
部屋が明るくなる。
室内はシンとしていた。
パンとすぐ隣で大きな音がした。
夏火の母親が大粒の涙を流し、顔面の化粧をぐずぐずにさせながら手を叩きはじめている。
つられるように部屋にいる全ての人々が、思い思いに拍手喝采をしはじめた。
あぁ、俺もいつの間にか涙が出ていたようだ。
父も泣いていた。千寿郎も。
夏火のためにと神楽を舞ってくれた君を誇りに思う。あんな風に問い詰めなければ、君は俺に話してくれただろうか──。
○ ○ ○
舞台を降りて着替えに行こうとするユリを待っていた。
巫女服姿のユリに千寿郎が走って駆け寄り、抱きつく。
咳払い。
「姉上! とても素敵でした! まるで天女様みたいで!」
溢れた涙をユリに拭われている。
「千寿郎、ありがとう」
お礼を言われ、千寿郎は頬を赤くしていた。
咳払い。
「どこであの神楽を習われたんですか?」
千寿郎は目を輝かせてユリと会話を楽しんでいる。
咳払い。
「あー。あのな千寿郎、ユリさんも次の準備があるし色々聞くのは終わってからにしような」
何度も咳払いをしている俺の方をちらりと見て、父上は千寿郎をユリから引き離した。
「ユリさん、とても良いものを見せてもらった。俺も色々話しを聞きたいところだが、また後にさせてもらおう!」
はははと笑いながら父上は、姉上ともっとお話しがしたいですという千寿郎を抱えていってくれた。
巫女服姿のユリと俺がその場に取り残される。
「ユリ、その──先ほどは悪かった。君の本意を聞かねばならなかったのに、言い出しづらい雰囲気にしてしまって」
頭を下げる。
「ううん。私もごめんね。上手く杏寿郎に伝えられなくて──」
ユリの手が俺の頭を撫でた。
「杏寿郎はいい子だもの」
──いい子か。
「俺は、君からみたらまだ子供かもしれないが」
俺の頭に置かれた彼女の手をとって顔を上げる。
「もっと大人として見てもらいたい」
ユリの身体を抱きしめ、
「あの頃より色々なことを経験した。背だって君より高くなった。声だってかわった。
おかしなことだと思う。俺はあの頃のようになりたいと思いながら、君には俺を──今の俺として求めてもらいたい」
彼女の瞳に自分の姿が映る。
「俺に恋して、愛して欲しいんだ」
「それは、どういう──」
頬を赤くして戸惑うユリを愛いと思った。
「好きであることと、恋とか愛というものは何が違うの?」
「それはなかなか、言葉にして伝えるのは難しいな」
唇を触れ合わせようとして、彼女を呼ぶ声がし身体を離す。
「お邪魔してしまい申し訳ございません」
「まだこちらにいらしたんですね!」
「お着替えをお手伝いしますので、私共と来ていただけますか?」
3人の使用人がユリを連れて行ってしまった。
●17
胴着に着替え、剣道勝負の道場部屋に向かう途中。
同じように着替え終わり移動中の彼女と遭遇した。
「先ほどの神楽、とても見事でしたわ」
思っていることがすんなり口に出来る。彼女に自分の日本舞踊を褒めてもらうこともとても嬉しい。
「わたくし、剣道には自信がありますの」
幼い頃から習ってきた。免許皆伝の腕前である。
「だからどうか、手心など加えず全力でお相手くださいまし!」
彼女の手を取りしっかりとした口調で言う。
彼女は剣道も初めてだと聞かされている。しかし、初めてであるはずの乗馬であれほどの腕をみせたのだ。剣道だって何かあるのではないかと思うのが当然だった。
──ここまできたのだから、わたくしは恋敵として最後まで全力で挑まなければ彼女にも杏寿郎様にも失礼だと思えるようになった。
もし勝つことが出来れば、きっと今より成長出来るだろう。
たとえ負けても──いいえ、負けることなんて今考えることではありませんわ!
○ ○ ○
道場部屋にて、2人が防具を身につけている姿を遠目でみている。ユリの方は防具をつけるのは初めてなので、千寿郎と父が手伝ってくれていた。
剣道勝負ということではあったが、ユリが初心者ということもあり夏火の身体にあてられでもしたら一本で良いと夏火は言っていた。二本先取したほうが勝利となるわけだが、もしどちらかが戦闘不能となった場合も終わりになる。
「両者、前へ」
審判の言葉に従って2人とも構えた。
「あれ?」
千寿郎がひそひそと俺に話しかけてくる。
「姉上の構え、兄上の構えとよく似ていますね」
お教えしたんですか? と聞かれたが、ひとまず指をひとつ口の前にあててみせた。
「すみません」
先手必勝といわんばかりに声を上げながら夏火が距離をつめる。
ふと、遠い昔に誰かとユリのことについて話してもらったことを思い出す。
『君、何か勘違いしてないかい?
彼女は戦闘には向いてないと、確かにボクも言ったさ。戦闘という行為において重要なのは命のやり取りだからだ。
彼女は何より優しすぎる。
だからこそ負けてしまう。
相手が傷つくより、自分が傷ついた方がいいと思う。
自分が生きながらえるより、相手が生きながらえる方が良いのではないかと考えてしまう。
そういう迷いが、彼女の弱さなんだ』
夏火の動きがひどくゆっくりに感じられた。
『だから結局、ボクが何を言いたいかというとね。
もし命のやり取りが発生せず、彼女にとって負けられない理由があるのだとすれば──』
炎の呼吸 弍ノ型 昇り炎天
『ユリちゃんは、必ず勝ってみせるということさ』
管理人はニイと笑ってそう言っていた。
ユリが振り上げた剣に確かに炎の円が見えた。
千寿郎も父も息をのんだ気配がする。
夏火は技の直撃を受けて、後ろに吹っ飛ばされる。
慌てたように使用人たちが夏火に駆け寄るが、真っ先に駆け付けたのは防具を脱ぎ捨てたユリだった。
○ ○ ○
──完敗ですわ。
彼女の一撃を受けて、わたくしは後ろに飛ばされ意識を失って倒れていたらしい。
目を開くと防具を外した彼女が心配そうにわたくしの様子を窺っていた。
なぜ貴女は炎の呼吸が使えるの?
元々、御三家は炎の呼吸の素質が遺伝的に備わっているという理由で煉獄家と関わってきたのだけれど。
貴女が炎の呼吸を使えるなら、もう何も言うことはありません。
使用人がわたくしの頭から防具を外してくれた。
「ユリ様、完敗です。わたくしは、いえ教生院家は今後一切あなたと杏寿郎様の関係に口出ししませんわ」
わたくしが決して邪魔させるものですか。
「ありがとう」
そう言って静かに涙を流す彼女につられるようにして、わたくしの目からも涙が溢れる。
「なぜ泣くんですの? 泣いて悔しがるのはわたくしの方なのに──。
ユリ様、ひとつだけお願いがあります。
どうかわたくしと、
お友達になっていただけませんか?」
●18 エピローグ
今日はユリと百貨店に行くことにしました。
女学生時代は友人といっても名ばかりで取り巻きのような人たちとしか付き合いがなかったから、こうして友となってくれた人と一緒に過ごすのは初めてかもしれませんわ。
どんな話しをしようかしらと、わたくしは昨日から色々考えてきたのですが──。
ユリは物珍しそうに馬車から見える景色に目を向けている。
そうですわ! きっとユリはこのあたりに詳しくないのでしょう。わたくしが彼女に教えてあげましょう! そうと決まれば──。
一度話しかけてしまえば、後は何も意識せず会話を続けることが出来た。
あぁ友との会話というのは、こうも楽しいものなのかとわたくしは初めて知ったのだ。
百貨店もユリにとっては物珍しい場所だったようで、そこでもわたくしはユリに色々教えることが出来て楽しかった。
「ふぅ」
「色々教えてくれてありがとう」
カフェーでわたくしが一息つくと、ユリがお礼を言ってくれた。
「お安い御用ですわ。この際、わたくしがお教えできることならなんでも教えてさしあげますけれど?」
そう言って得意げに笑ってみせると、ユリは何か考えているような様子だった。
「あら、何か他にもありますの?」
ユリが教えてもらいたいことは一体どんなことかしら?
「あの──恋していることを相手に伝えるにはどうしたらいいかしら?」
そんなことを頬を染めながらユリが言うものだから、あらあらあらあらまぁまぁまぁとわたくしの心の中は慌ただしく行ったり来たりを繰り返していた。
てっきりとっくに一線はこえているものと思っていたけれど、ユリはそうではなかったのね! 恋に恋する1人の乙女だったのね!
「わかりましたわ!」
ユリの両手を自分の両手で掴んで。
「わたくしが恋愛のいろはを貴女にお教えします!
杏寿郎様のような女っ気のない人なんてイチコロですわ!」
○ ○ ○
「杏寿郎、ちょっといいかしら?」
自室に1人でいるとユリがやってきた。心なしか機嫌が悪いようだが。夏火と何かあったのだろうか。
「どうした?」
「少し話しをさせてもらっても?」
「もちろん」
ユリの分の座布団を用意する。
「ありがとう」
お礼を言ってその座布団の上に座った。
「あのね。杏寿郎は私に、恋をして愛してほしいと言ってくれたと思うのだけれど」
「あぁ、言ったな」
「夏火と出かけてね。色々お話しを聞かせてもらったのよ。その中に、恋愛のいろはというのがあったのだけど」
──まずい。
「何がまずいのかしら? 言ってもらえる?」
「……」
「言ってはくれないの? なら私が続けて話すけど、恋愛にはね。順番があるそうなのよ。一緒にいる時間を段々と増やしていって、まずは指先を触れ合わせるようなそんな触れるか触れないかのやり取りを楽しむのが恋というそうなのね」
「……」
「それでね? あなたがよくするあれって、夏火が教えてくれたことから推測すると恋愛において最後の最後にたどり着くものじゃないの?
──なにか、順番が違うのではないかしら?」
ユリは笑顔で俺を問いただす。
「……申し訳なかった」
畳に額を擦り付けた。
「口に出して言うのも気恥ずかしくて君に伝えていなかった。もうひとつ弁解させてもらえるなら、俺たちは学園でユニゾンしていたし、それに比べたらまだ些細なことだと思ってしまっていた」
「……夏火に勘違いさせてしまったのよ? 気を使わせてしまって、こんな服まで買ってくれたんだから」
衣擦れの音がしたので思わず顔を上げる。
そこには背中を向けて立ち上がり、衣服を脱いで薄絹だけを纏ったユリの姿があった。
「とっくに一線こえてるならこんな服、着たってしょうがないじゃない?」
「いや、それはそれでありだな」
立ち上がりユリの身体を後ろから抱きしめる。
「え、ちょっ──」
【暗転】
旅する物語 白百合異聞 恋敵編 終幕