無限列車編のその先に。
※本作は『鬼滅の刃』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
●11
無限列車の事件前の話
「煉獄、今日誕生日なんだってな。おめでとう」
「ありがとう!」
任務帰りに宇髄に声をかけられた。
「任務の帰りか?」
「そうだ。君もか?」
めずらしく宇髄も任務帰りらしい。
「煉獄、昼間は家にいるとしても夜は時間がありそうだな。
誕生日祝いに俺が花街にでも連れて行ってやろうか?」
「!? 花街など、俺には不要だ。
君こそ奥方がいるのにそのようなところに出入りしていいのか?」
宇髄の思いがけない発言に驚きはしたが、ほぼ反射的に断った。
「うちは浮気でもしなけりゃ問題ないな。
煉獄はもう20になるんだろ? そろそろ女の1人や2人、経験しておいた方が後々都合が良いだろうと思ったんだがな。
心に決めた相手がいるとも聞いたことがないが、実際のところはどうなんだ?」
「いるぞ! と言いたいところだが、いると思うが正しいか」
「なんだそれは」
呆れたような表情で宇髄は俺を見る。
「──再会の約束をした人がいるはずなんだ」
「昔 出逢って分かれて、いまだ再会してないということか?」
「そうだ。しかし話せることはあまり多くない。
俺も詳細を忘れてしまっていてな!」
「いやいやいや、お前。
忘れてる時点で普通それで終わりだろう。
どうして相手がその再会の約束を覚えていて、お前を今も探しているような、そんな希望が持てるんだよ」
言われてみればその通りだ。自分が忘れているのに相手が覚えていて今も俺を探してくれているなんて、普通ならばありもしないことなのに──。
「いいんだ。俺は信じられる。
約束をしたから、俺は待つことが嬉しくもある」
「俺にはよくわからん考え方だな」
「それはそうだろうな。
俺もこの話を人にはあまりしていないし」
婚約してほしいという話を断るにしても、理由にはならないからな。
「ならいっそお前が思い出して、探し出せばいいんじゃないか?
俺が忍びの秘術で記憶を呼び戻してやろうか」
言いながら5銭硬貨に糸を通しているようだが。
「忍びの秘術?」
「まぁ催眠術みたいなもんだな。少しでも何か残ってるならわりと思い出せるぞ」
そう言って、俺の目の前で硬貨をゆらゆら左右に振り始める。
煉獄に左右に揺れる硬貨を見るように言って、言葉をかけていった。
いつ頃出逢ったか? という質問には、母親が死んで間もなくといったような返答があった。
女か男か? という質問には、女だという。
名前は? という質問には、返答がなかった。
年上か年下かという質問には、年上だという。
「なぜ花街に行かない方がいいと思ったんだ?」
「彼女には俺の弱さをいくらでも見せられる。
初めてのことや慣れないことでも、きっと2人で挑んだ方が彼女も喜ぶと思うから──」
煉獄の記憶を探っていて、不思議に思ったのが年上のその彼女というやつが仮に実在しているとして煉獄よりも年上ならとっくに結婚している可能性はないだろうか? 催眠状態の煉獄にそれを指摘するのも良くないかと思い。
その彼女とやらの具体的な印象を聞いてみると、
「彼女は世間知らずで純粋で、愛らしく時に妖艶で、小賢しいところはあるがどこか抜けているところもあって、何より優しく俺のことを1番に想ってくれていて──」
「お、おう……」
まだまだ出てくる出てくる。煉獄が忘れているというわりに、彼女とやらの印象については言葉が止まらない。
聞いている内になんていうかその彼女というやつが、煉獄の願望をただ言葉にしているだけのような気がしてきた。
とてもそんな指摘が出来そうな雰囲気でもなかったので、俺は空気をよみ煉獄の言うことを聞くだけにした。今日は誕生日だしな。後で言っていたことを教えてやれば、少しは喜んでくれるだろう。
という話しを、後日。
出し物の練習中にユリをつかまえてしたところ、
煉獄の言っていたことは本当だったと褒めるつもりだったのだが、花街に連れて行こうとしていたことを指摘されて怒られた。そこはあえて言わなかったのに、きっちり思考を読み取ったらしい。
「これは天元の奥さん達にも言っておかないと」
「やめてくれ」
「私のこの腹立たしさはどう責任をとってくれるの?」
「いいじゃないか行かなかったんだから」
「そういう事じゃない!
……じゃあ天元が、一番奥さん達に知られたくないことを伝えてくるから」
「やめてくれ!」
俺が一番知られたくないことを口に出してそれだけはと言ったが、ユリはふと微笑むと顔を近づけて耳元で囁く。
「違うでしょう? 本当に知られたくないのは──」
囁かれたその内容は、間違いなく俺が本当に妻たちに知られたくない内容だった。
「それから私がどれだけ思考を読み取れるのか試すのやめてくれる?」
さて、それじゃあとユリは目の前からいなくなった。
○ ○ ○
「ちちうえ、たんじょうびってなんですか?」
「きょうはちちうえのたんじょうびだって、ははうえからききました!」
膝の上に座った2人が俺を見上げて聞いてきた。誕生日、そうか もうそんな時期か。
ユリの内面世界に滞在して数日、子供たちが起きている間は相手をすることにしていた。
「誕生日というのはこの世に生まれた日のことだな。君たちはまだ生まれたわけではないから、よくわからないかもしれないが」
「うまれてないことはわかってるし」
「もうすぐだもの」
「たのしみー」
「「ねー」」
顔を見合わせて笑っていた。
「俺も君たちと外で会うのが楽しみだぞ」
俺が2人の身体を抱きしめると、3人で声を上げて笑う。
「あ、ははうえかえってきた」
「ははうえ!」
2人が俺の膝の上からおりて障子を開けると、ユリが蒸した大量のさつまいもを持って立っていた。
「ははうえ、それなにー!?」
「杏寿郎に誕生日の贈り物をと思って、用意したのだけれど……」
精神世界においては夢と同じようなものだから、飲食はごっこ遊びのようなものだが。
「さつまいもだな! 俺の好物だ! みんなで食べよう!」
「たべるー?」
「たべるってなんですかー?」
まずはそこからかとユリと2人で印象に関する説明をして、みんなでユリが蒸してきてくれたさつまいもを食べた。
「わっしょい!」
「「わっしょい!」」
香りはないが、味はする気が。美味しいものに関してもひーとふーは興味深く聞いてくれている。
山のようにあった蒸したさつまいもはあっという間に消えてしまった。
2人が寝てからもユリは留まってくれるようだったから嬉しい。
「こんなことになっていなければ、お父様や千寿郎ともお祝いできたのに」
ごめんねとユリは俺の頭を撫でながら言う。
「任務で留守にしたこともあるから気にしてないさ。
こうして君の側にいること、まだ生まれてもいない我が子とこの日を過ごせたことが何よりの贈り物だ」
「なら良いのだけれど」
「今は外の世界も夜だろうか?」
「そうよ」
「今夜はこれから何か予定は?」
ユリの手をとって、口を寄せる。
「ない、けど」
「それでは──今から先は大人の時間ということで、付き合ってもらえるかな?」
「……お手柔らかにお願いします」
「善処はする、が──」
子供が寝ている時間、ユリも留守にしている間は俺はこの内面世界で鍛錬を続けている。
どういう種類の鍛錬かというと、監視者として得た能力のひとつ 譲り受けた時代のそれこそ歴代の柱たちと戦うこともこの世界では叶うのだ。己を維持したまま、様々な相手との実戦経験を積めるということはいずれユニゾンを解いても役に立つと思った。
結果、生きるか死ぬかの真剣勝負を続けているとどうしてもその──昂るものがあり。
そんな俺の思考をよみとって、ユリから生えたしっぽがぼわと一回り大きくなっていた。
手加減することが難しいということに、彼女は既に気付いているだろうか?
「──長い夜になりそうだ」
鬼狩りの時間ではなく、君と過ごす時間であることが何より幸せだ。感謝の気持ちをこめてユリの身体を優しく抱きしめた。
●12
煉獄 煌寿郎、歴代の炎柱の中で最も親身で俺の想いに共感してくれた。鍛錬の相手も良くしてくれるが、今は休憩時間の話し相手になってくれている。
年の頃は30ぐらいだろうか、落ち着きがあり笑うとこちらもつられて笑顔になるような愛嬌のある人だ。遠い昔の人のはずなのにまるで父や兄のように感じる。
極限まで身体を鍛え上げ、背中側はたいぶ昔の古傷しかないことが自慢だと聞かせてもらった。
「井戸の水を頭からかぶるのは、やはり気持ちがいいな」
「はい!」
鍛錬中の汗を井戸の水で流す。父に教えてもらったやり方だが、煌寿郎も昔からそうしていたらしい。
「俺が生活していた頃と、やはり雰囲気は違うものだ。君が生活している時代だと聞いたが」
「そうですね。だいぶ違うのではないでしょうか」
気がつくと遠目でひーとふーがこちらを窺っていた。
「起きたのか。おいで」
走ってこちらに向かってくる。
「ちちうえー」
「このひとは?」
しゃがんで2人を抱きしめる。2人とも煌寿郎のことが気になっているようでちらちらと見上げていた。
「君たちは杏寿郎の子供か。
俺はご先祖様だぞ。煌寿郎という。覚えてくれたら嬉しい」
煌寿郎は笑って2人の頭を撫でている。
「おれはひー、こっちはふー」
「変わった名前だな」
「2人はまだ生まれていないので」
「そうか! 本当に変わった場所だなここは。だが、悪いところではない。いっそ歴代の面々を呼び出してこの子たちをお披露目したらどうだ? 皆、喜ぶのではないかな」
喜んでもらえるだろうとは思ったが、ユリの内面世界とはいえこの場所に複数人呼ぶことは難しいのではないだろうか。
「難しいか。まぁ所詮は俺も魂がここにあるわけではなく、記憶の集合体だからな」
意味のないことかと寂しそうに言い、表情を曇らせる。煌寿郎には世話になっているし叶えられるなら叶えたいとも思うが。
「おうじゅろ、あそぼう!」
「あそぼー」
「そうか遊ぶか! 何して遊ぶ?」
「かたぐるましてー」
「いいぞ。
ひーは杏寿郎によく似ているな。ふーは母親似か?」
軽々と2人を両肩に乗せた。
「そうです」
「ふーは将来かなりの器量良しになりそうだ。
俺の昔馴染みと面影が似ていて、初めて会った気がしない」
ひとしきり遊んで、縁側に座り今度は煌寿郎から話しを聞くことになった。
「次は何か話しをしろときたか。
さて、何の話をしたものか。杏寿郎、もう2人にはあの話はしたことがあるか?」
「あの話?」
「煉獄家に代々伝わる昔話だ」
言われてみれば父から昔、寝かしつけられる時に聞いた気がする。
「どんなはなしー?」
「きいてみたい!」
「そうか、では俺が話してやろう。
煉獄家に生まれた男は生涯に一度だけ、病気や怪我でも命に関わる危機を逃れることが出来る」
「おとこ?」
性別の概念が2人にはまだ難しいかもしれない。煌寿郎の話しに追加で俺が補足をしていく。
「どうやって危機から逃れることが出来るかというと、遠い昔のご先祖様が白い天女に惚れられたから、その天女が似た容姿の男たちを見守っているって話だ」
「しろー?」
「てんにょー?」
そう。確かそんな話だった。白い天女がどういうものなのか2人に説明する。
「おうじゅろもあったの?」
「あぁ、俺が天女と会ったのは鬼殺隊に入ってからだったから──」
「てんにょって、ははうえみたい」
煌寿郎はまだ続けて言いたそうだったが、ふーが言葉を遮った。
「ははうえも、よくしろいふくをきているものね」
「ほー。そこまで言われると杏寿郎の奥方がどんなか、一度みてみたいものだ」
「……なんだかねむくなってきた」
2人とも眠たそうな顔をしている。
「無理せず寝ておいで」
「うん」
「またね。おうじゅろ」
「あぁ、おやすみ」
○ ○ ○
「呼吸は全て日の呼吸が元になっている。他は派生だ。自身の体格や身のこなしに合わせて派生させていったと俺も聞いている。
炎の呼吸は代々煉獄家で継承はしていったが、炎の呼吸を使いこなせない煉獄家の血族もいたからな。
君は縁壱の記憶を既に入手しているのだから、あとは身体が追いつきさえすれば日の呼吸を使いこなすことが出来るのではないかと俺は思う」
2人が寝てしまってからは再び鍛錬の時間になった。煌寿郎の話はとても参考になる。
気がつけばうっすらと日が暮れてきていた。
「それではそろそろ、俺は帰ろうかな」
「はい。ありがとうございました」
手を差し出されたので、握り返す。
「うん?」
煌寿郎が俺の後ろを気にした。振り返るとユリがこちらに向かって歩いてきているところだった。
「ユ──」
「ユキ! 俺に会いに来てくれたのか!」
俺との握手をやめて、煌寿郎がユリの方へ走り寄る。
「久しいな。どうしたその猫のような耳は? しっぽまで生えているのか?
君も多少は歳をとったのか?
美しさに磨きがかかった気がするな。色気が増したか?
──俺が誰だか覚えているか?」
煌寿郎がユリの腰を抱いて話しかけていた。ユリは困ったような表情をしているが、嬉しそうな雰囲気もある。
「煌寿郎、待ってくれ」
ユリと煌寿郎の間に割って入った。
「どうした? そうだ紹介しよう。
信じられないだろうが、彼女が例の天女だ。
名前は教えてはくれなくて、なんと呼んでも良いというから俺はユキと呼んでいる」
ユリが俺と煌寿郎を交互に心配そうに見ている。薄々そんな気はしていた。
俺とユリの様子がおかしいことに煌寿郎も気付く。
「──そうか。そういうことか杏寿郎。
君が、彼女の想い人だったということだな」
肝が冷えるほどの冷たい視線と声音。
「……良いことを思いついた。
俺は君との鍛錬で、やはり今まで手を抜いていたらしい。次からは真剣で手合わせをしよう。
そして俺が勝ったら──彼女との時間を貰うというのはどうだ」
返事も待たずに煌寿郎は俺の視界から消えていた。
「ユキ、君は彼からなんと呼ばれているんだ?」
今度は彼女の両手を、自身の両手で包んで見つめ合い会話をしている。
「ユリだけど」
「それが君の本当の名前か」
「杏寿郎が私にくれた名前よ」
煌寿郎のユリを見つめる表情は、なんて切ない顔をしているのだろう。
「──必ず俺を呼べよ」
その言葉を残して姿を消した。
●13
伊黒さんはたくさん走ってここに着いたようだったから、お盆の上に麦茶とおにぎりをのせて持ってきた。
伊黒さんの部屋の前で、どう声をかけようか考えこんでいるのだけれど。
「伊黒さん! 甘露寺です。お茶とおにぎりをお持ちしたのだけれど──」
部屋の中から声も返ってこないし、物音もしない。
いらっしゃらないのかしら?
そう思って自分の部屋に帰ろうとすると、鍵の開く音がした。
「!? ……失礼します」
そろそろと入り口を開けると、鏑丸くんが部屋の奥に戻っていくところが見える。
「伊黒さん?」
部屋の中を覗き込むと、壁を背にして伊黒さんは目を閉じていた。仮眠中かしら。何かの任務でここに来たと言っていたし。そのためのものよね。邪魔をしてはいけないわ。
机の上にお盆ごと置いて、手紙を残すことにする。
「鏑丸くん、ありがとう。
私が部屋を出たら、また鍵をお願いして良いかしら?」
小声で話しかけると、うなづくように頭を動かしてくれた。
「伊黒さんが後で話しをと言ってくれたけど、鏑丸くんはどんな内容なのか知っている?」
言葉を交わせるわけではないので、これは独り言なる。でも不思議と鏑丸くんが話し相手になってくれているような気がした。
何を思って伊黒さんが、私に声をかけてくれたのか。もしかして、もしかしなくても──求婚ではないかと期待している。
師範とユリさんの祝言は、とても素敵だった。
いま思い出してもときめきが止まらない。
煉獄さんが酒瓶を片手に挨拶まわりに行っている時に、私はしのぶちゃんと一緒にユリさんの話し相手をした。
私ばかりが盛り上がってしまってユリさんを質問責めにしてしまったのだけれど。ユリさんはとても丁寧に答えてくれて嬉しかった。
「それで! それで! 馴れ初めはさっき千寿郎くんから聞いた内容だとして。
求婚はどちらからだったんですか!?」
私の予想では煉獄さんじゃないかと思って聞くと。
「杏寿郎から」
と、頬を染めながらユリさんがこたえてくれたので、私もつられて顔を赤くして盛り上がったものだった。
どういう時にどんな風にと聞き続けていたら、恥ずかしそうにお風呂でのぼせてしまった時に裸を見てしまったからということだった。
「なっ!?」
「あらあら、煉獄さんらしいといえばらしいですが。意外ですねー」
しのぶちゃんも横でニコニコ話しを聞いている。
やはり既成事実が重要ということかしら? 真剣な顔をしていると、
「それは違うと思います」
と、ユリさんに声をかけられた。
「あら! 声に出てしまっていたかしら!? 恥ずかしいわ!!!」
「何の話しをしてるんだ?」
一升瓶を持った宇髄さんが私たちの会話に参加してきた。任務帰りで明日はお休みだからか、すごく沢山お酒を飲んでいるみたい。ユリさんもお酒を飲んだ男の人は苦手なのか視線を背けているようだから、私がなんとかしないと! と。宇髄さんに話しかける。
「煉獄さんがどんな風に求婚したのか聞いていたんです!」
「お風呂でのぼせてしまったユリさんを介抱されている時に告白されたんですって」
「へー。そこはほら、煉獄にも色々聞いてみようぜ」
おーい。煉獄ぅと宇髄さんが声をかけると、顔を赤くした煉獄さんがふらふらと戻ってきた。
「おい! お前、飲み過ぎじゃないか!」
煉獄さんの肩に腕をかけて宇髄さんがバンバンと背中を叩いている。
「──今日ほどめでたい日はないからな。
いや! 俺は酔ってない! 酒になど!」
「煉獄は嫁さんに酔ってるんだよな!」
「そうだ! 俺はユリに酔っている!」
名前を呼びながら煉獄さんがユリさんに抱きついていた。
「煉獄さん、告白がお風呂場というのは本当ですか?」
「それは一番最初のやつか。あの時は断られたが、あれは君の中で有効だったのか?」
これはいま聞いたらどんな質問にもこたえてくれそうだわと、私はここでこそという質問をしてみることにした。
「ユリさんを好きになったのはいつですか!?」
「そんなの初めて会った時に決まっている! 一目惚れだ!」
きゃー! 酔ってるからといっても、こんな台詞を師範から聞けるなんて!
そんな風に私も──。
伊黒さんの寝顔をちらりと見て、おやすみ中のところを邪魔してはいけないわねと立ち上がった。
もう行くの? といった様子で鏑丸くんが近づいてきてくれる。
こくりとうなづいて伊黒さんの部屋を後にした。
●14
夕暮れ時。
風呂上りの甘露寺と話しをすることになった。浴衣姿で湯上がりの彼女が隣にいると変に意識をしてしまい、あえて視線を甘露寺から外している。
まずは先ほど彼女が持ってきてくれたお茶とおにぎりについて礼を言った。
そして次は大事な、任務の話をする。
「!?」
甘露寺が息をのむような気配を感じた。
そこまでの反応があるとは思っていなかったので、彼女の方を向くと──衝撃を受けたような、何か残念に思っているような複雑な表情をしている。
「どうかしたのか?」
「えっ!? いえ、その、違うの。
私が何か……勘違いしていたみたいで……」
最後の方は消え入りそうな小さな声になりながら、うつむいて声をしぼり出していた。
何か彼女に恥をかかせてしまっただろうか?
俺がいては更に甘露寺を困らせてしまうのではないかと思い、その場を去ろうとする。
「あ──」
「俺が君に話さなければならないことは全て話し終えた。この里にいる他の柱や、隊士たちには君から話して伝えてくれ。俺は夜の間里の見回りをする。君は昼の間を頼む」
「伊黒さん、私も夜の見回りをご一緒するわ! さっき私も仮眠をとったの。だから──」
「あくまで俺の予想でしかないが、今夜襲撃されることはないだろう。今夜中にこの里の夜の守りを把握するつもりだ。必要があれば明日の夜から頼みたい」
「……わかったわ」
彼女の表情が曇ってしまった。また俺は気分を害するようなことを言ってしまったのだろうか。
甘露寺にはいつも笑顔でいてもらいたい。
こんな些細なやりとりで彼女から笑顔を奪ってしまう俺は、やはり──相応しくないのだろうな。
杏寿郎の祝言の日、俺は任務帰りだったこともあり早く会場に到着していた。
既に着替えを終えた杏寿郎が1人でいるのを見かけて声をかける。
「来てくれたのか! ありがとう! 嬉しいぞ!」
「招待状も渡されて、来ないわけにはいかないだろう」
「それもそうだな!」
笑っている杏寿郎を見て、なぜお前は甘露寺を選ばなかったのだと内心思っていた。
師弟の関係もあり、煉獄家の人々とも甘露寺は上手くやっていたはずだ。あとはお前が彼女に惹かれてしまえば、この日お前の隣に立つのは甘露寺だったかもしれないのに──。
俺は甘露寺を託せると思っていた杏寿郎が、あっさりと別の女との婚姻を決めたことが今でも信じられない。
「何か俺に言いたいことがあるのか?」
杏寿郎がわずかに目を細め、こちらを見て声をかけてきた。
「……なぜ今、婚姻を決めた?」
この言葉には、なぜ甘露寺を選ばなかったのかという気持ちも込められている。
「なぜ今、か。なるほど。
──この人という相手がいて、場が整ったからだが。
この言葉だけでは、君の質問の答えには不足だろうか?」
「……」
「君はまだユリについて、知らないことの方が多いだろうから」
ユリというのが、杏寿郎の相手だというのは案内の中にも書かれていたし認識はしている。
「──しかし、どうして俺がユリを選んだのか理由を聞きたいわけでもないのだろう?
先ほどの問いは、まるで今 祝言を挙げることを責めるような物言いにも聞こえた。小芭内にもいるのか? 添い遂げたい相手が」
「なんの話だ」
杏寿郎の問いにハッとなり、反射的に言い返す。
「俺は思ったままを言っている。
君は出会った頃から何にでも必要以上に距離をとっていると、俺も気付いていたよ──だが、そのままでいいのか?
仮に添い遂げたい相手が、他の誰かと一緒になっても心から祝福できるのか?」
その誰かがお前だったのに!
俺の視線を受けてもなお、杏寿郎は穏やかに微笑んでいた。まるで俺の心など見透かしているかのように。
「人を好きになるというのは不思議なことだと思う。どんなに魅力的な人だと人々から評価される相手でも、心が動かなければ友や家族としか思えないのだから──俺は無理だな」
「何がだ」
「ユリが他の誰かと幸せになると決まっていても、許容できそうにない」
「!?」
意外な言葉だった。
「無限列車の戦いで、俺は死んでいたかもしれないんだ。いま生きているからこそ、生きてどうしたいのかをよく考えた。
もう一度逢いたいと思っていた人と再会できたから、俺は彼女を世界で一番幸せに出来ると信じて夫婦になる」
どこか遠い目をして言葉を紡ぐ杏寿郎は、きっとユリという女のことを考えているのだろう。
○ ○ ○
「伊黒さん!」
行ってしまうと思って、羽織の裾を掴んで声をかけてしまった。
「なんだ?」
心なしか伊黒さんの表情が暗い気がする。
「あの、まだ日が落ちるまで時間があるから。
もう少しだけお話ししませんか?」
山間に消えようとしている太陽に視線を向けて、伊黒さんはなんとか座り直してくれた。
しかし……呼び止めてはみたけれど、何の話しをしたら良いのか。私は伊黒さんから貰ったお手紙の内容や、ここ最近起きたことなどを必死に思い出して第一声を考えていると。
「君は──」
伊黒さんの方から声をかけてきてくれた。
「伴侶となる相手を探して鬼殺隊に入ったと聞いたが、その後どうなんだ?」
「どうというと?」
「誰かが君と付き合っているというような噂も聞かないから──」
「……気になっている人はいるの。
よく食事をご一緒したり、お手紙をくれたりして」
あなたのことよと思いながら言ったけれど。
「そうか。そういう相手が君にはやはりいるんだな」
届いていないみたい。かなしいわ。
「伊黒さんは? そういうお相手はいないの?」
あえて明るく聞き返した。伊黒さんの表情が更に暗くなる。
「そういう相手がいるように見えるのか?」
「えっ」
ますますわからなくなる。伊黒さんにとって私は何なのだろう。一緒に食事に行くのも、お手紙をくれるのもただ世話をしてくれているだけなのだろうか。
「も、もしお相手が今いなくてもどんな人が好きですか? 私はほら、恋柱だから! 伊黒さんのお手伝いが何か出来るかもしれないし!」
伊黒さんの表情がどんどん暗くなるから、私は元気になってほしくて明るく声をかけ続ける。でも、言っている内容は私が本当に言いたいことではないからとてもかなしい。
「……誰からも愛されていて」
小さく低い声だったから、危うく聞き逃すところだった。
「優しい人で」
しっかり聞いてどんな人なのか理解しないと!
「俺が想いを告げれば、きっと不幸にしてしまう」
それってもしかして?
不幸にしてしまうということは──もう相手がいる人を伊黒さんは好きなのではないかと、私は気付いてしまった。
「日が暮れたな。身体が冷えてしまうぞ。早く部屋に戻るといい」
伊黒さんはそう言うと立ち去ってしまう。
──伊黒さんの想い人は、もしかしてユリさんなのではないか。そう聞き返すことも出来ず、かなしい気持ちのままこの場に取り残されてしまった。
●15
ユリの内面世界。
上半身裸の俺と、しっかりと服を着ているユリが少し離れた場所で向かいあってお互いの出方をみている。
──時は少し遡る。
今後について話しをしておこうということになり、俺の部屋でユリが言った。
「杏寿郎は、今回の戦いに参加してはいけません」
「よもやよもやだ。それはなぜだろうかと聞いておいた方がいいのかな」
刀鍛冶の里が襲撃されると知って、当然俺も隊列に加わるつもりでいたのだが──。
「あなたは今どれだけ強くなっているか自覚がないの?
宿敵と戦う時は監視者の力は私が預かることにしているけれど、監視者の力がなかったとしても今のあなたの総合的な力はかなりのものよ?」
「ふむ」
「今回の襲撃は、上弦と戦ったことのない柱の戦力強化とさせてもらうつもり」
ふふとユリが笑っていた。
「君の見立てで戦力が足りるというなら俺はここで鍛錬を続けるが、家にはいつ帰れるのだろうか? いま俺を演じている者とはいつ交代させるつもりだ?」
「それはこの襲撃の一件が終わった時よ。私は襲撃前に入れ替わるつもりでいるから、あなたの入れ替わりは違和感なく出来るようにします」
「むぅ。そうか。
……俺はどれだけ強くなれたんだろうか」
そうぽつりと言葉を口にすると、ユリが言ったのだ。
「なに? 試してみる?」
「!?」
そして、冒頭に戻る。
精神世界とはいえ、ユリ相手に殴る蹴るをしたいわけではないので鬼ごっこをすることになった。
「遊びとはいえ、俺を鬼に出来るのは君ぐらいだな」
ふと微笑む。
「遊びではないでしょう? 真剣勝負よ」
「──そうだな」
俺はおもむろに着物の両袖を抜いて帯に巻き付けた。
「なぜに!?」
ユリが狼狽る。
「君は何度か転移をするだろうから、一回分数を減らしておこうかと思って」
肌同士が触れ合っていれば転移しづらくなるからだ。
「転移の回数制限はしない。俺は十数える間、君を拘束できたら勝ち」
「私は杏寿郎の意識を失わせたら勝ちね」
「そして負けた方は勝った方の言うことをひとつ叶えると」
「そうよ。なんでもひとつ」
ユリが微笑んでみせる。
内面世界において、他者が勝てることはないだろう。俺も薄々はそう感じていた。
だが、自身の思考をよまれていてもなお俺は時に彼女より早く動けていたし、ユリの不意を狙うことが出来たのだ。
──もしかしたら勝てるかもしれない。
そう思ったところで自身の服を犠牲に俺の背後へ転移し、ユリの絞め技で意識を失うことになった。
決して俺の背中に彼女の胸が直にあたっていて狼狽たわけではない。ユリが自身の筋力強化をしていたせいで現実世界よりも力が強く、絞め技が綺麗にきまってしまったせいだ。
ユリが俺にどんなことを願うのか……多少は気になったりもしたかもしれないが。
そうして、ユリは俺に勝って意識が戻った俺に願いを言った。
「──生殺しだ」
俺の部屋、仰向けに寝転がっている俺の上にユリがのっている。もちろん衣服を着た状態で。
ユリが願ったこと。それは彼女がいいというまで俺からユリに触れてはならないということだった。
「生殺し? そんなに物騒なことなのこれは?」
「君はわかってない」
好きな相手にそんなにも身体を密着させられ、嬉しそうな顔をされたら誰だって手を出したくなる。
「いいの! 私はこうして杏寿郎の胸の鼓動を聞いて、ゆっくりしていたいんだから──」
俺の胸にユリが頭をすり寄せた。
「いつまで? これはいつまで続くんだ」
「私がいいというまでね」
「ユリ!」
「だめー」
「ぐむぅ」
「にしても、だいぶ強くなってるの。わかったでしょう? ここは圧倒的に私が有利なところなのに、なかなか勝てないからちょっと焦っちゃった」
ユリを焦らせることが出来るようになったということは、やはりそれだけの強くなったということだろう。
「もし現実世界でその気になれば、杏寿郎は私を今までより簡単に──」
「やめてくれ、そんなことを言うのは」
「うん。
──ごめんね」
「謝るぐらいなら早くこの状態をやめてくれないか?」
「それはまだ」
「よもや……」
そうこうしているとひーとふーがやってきた。
「ちちうえ、ははうえなにしてるの?」
「おひるね?」
「杏寿郎が枕になってくれるって2人もおいで」
「まくら?」
「あたまおくやつ?」
俺の右腕左腕にそれぞれひーとふーが抱きついてくる。
「うむ! 動けん!」
愛する者たちの重みを感じながら、幸せというのはこういうものなのかもしれないなと思った。
○ ○ ○
刀鍛冶の里を見回り中の伊黒
炭治郎がカラクリ人形と戦闘訓練しているのを見かける。近づいてみると刀鍛冶の里の少年が俺に挨拶をして経緯を話してくれた。
──なるほど。
しかし、人間飲まず食わずで動き続けると簡単に死んでしまうのだが。少年はわかっていないようだ。
追い詰められて状況で、何か開眼することもあるかと俺は彼らに関わらないことを決めた。
その後、甘露寺から刀鍛冶の里に誰が来ているかを聞かせてもらう。新たに煉獄夫妻と狛治が訪れたようだったが、2人ともまだ血鬼術のせいで若返ったままらしい。この地には療養のため訪れたらしいが──。
もし甘露寺の身に何かあった時にユリが近くにいるのであれば、使えるかもしれないとは思った。
ユリに関する話を聞いている時に、妙に甘露寺が俺の反応を気にしているようだった。